東京都内激戦区 ③
「お―――――らァ!!!」
上下左右から重量などお構いなしと言わんばかりに振るわれる鉄槌を体一つで躱し続ける。
得物がデカい分、隙が大きい―――――というわけでもなさそうだ、棒切れを振るうような気軽さで致命的な一撃が連続する。
《マスター、掠っても危険ですよ! 以前より明らかに強化されています!》
「知ってるよ! だけど――――うおっ!?」
何度目かも分からない攻撃を躱した直後、突然思慮外の方向に身体を引っ張られる。
どうやら拒絶の力が掠っていたらしい、ヴィーラから引き剥がされる斥力に体勢を崩され、尻餅をつく。
「油断したなバーカ! これで終わり……だッ!!」
ゴルフのティーショットのように地面を槌で救い上げるヴィーラ。
バターの如くくりぬかれた地面は巨大な砲弾と化し、俺目掛けて迫りくる。
「……なるほど、ヘリを撃ち抜いたのもこの技か!」
《呑気な事言ってる場合ですかー!?》
≪――――BURNING STAKE!!≫
踏ん張りの付かない姿勢で無理やり土塊を蹴り抜いた足が痺れる。
砕け散った視界の向こうでは、すでにヴィーラが第二打を振りかぶっていた。
「やるじゃん、ならもう一発―――――あだぁ!?」
「油断大敵だぜ、ヴィーラ……!」
蹴りと同時に袖口から飛ばした羽箒が強かにヴィーラの手元を打ち付ける。
怯ませるのは一瞬、しかしその一瞬だけでこちらが体勢を立て直すのは十分だ。
「ハァ……ハァ……! なん、だしお前……! 何度もセコい手ばっか使ってさぁ、イライラする!」
「お褒めに預かり光栄だなぁ……! そういや、お前とこうして戦うのも何度目だったっけ……!」
「なにそれ、ナンパ!? これが初めましてだろっ!」
「……思い出しちゃくれねえよなぁ」
今のヴィーラは黒衣の副作用で摩耗した俺の存在を忘れている、それこそ初めて会った時と同じ状態だ。
いや、以前よりも状況は悪いのかもしれない。 何せ向こうは引けない理由がある上に、ローレル直々のパワーアップが施されている。
「……ハク、あれの正体は何だと思う?」
《おそらくドクターやトワイライトちゃんに施されたものと同じですね、正確にはより純粋にスペック強化を施されたものです》
「そっか、サンキュー……」
ドクターやトワイライトと同じ強化、しかしそれはローレルに命の全てを握られていると同じ事だ。
もし俺がヴィーラを倒せば、分け与えた魔力リソースを回収するためにヴィーラの魔力は根こそぎ吸い上げられるのだろう……いい趣味してやがる。
「ハク、今度は原因が分かってるんだ。 どうにかできないか?」
《無茶言いますね、私たち一人じゃどうにも難しいですよ!》
「無理無茶無謀はいつものことだろ……」
「――――なぁにゴチャゴチャ言ってんだよ!!」
ローレルの考えは分かる、ヴィーラを外壁の守りに当てたのは俺への嫌がらせ兼足止めだ。
あいつは俺が付いていることを読んでいたのだろう、そして相手にヴィーラを差し向ければ相対することすら分かっていた。
―――――ローレルはブルームスターの存在を確実に覚えている。
「……それだけ警戒していたって事かね」
ヴィーラの大槌を懐に潜って躱す。 少し勇気がいるがこの超零距離なら逆に大槌は振り回せない。
そして徒手でも戦えるこちらの方が有利な距離でもある。
「なっ!? てめ……!」
「ちょっくら歯ぁ食いしばれ……よっ!!」
「――――――ガッ!?」
小石を握り込んで腕をヴィーラの腹に当て、密着した掌から生成した箒を叩きつける。
加減はしたが鳩尾へのクリーンヒットだ、くぐもった嗚咽を漏らしてヴィーラの軽い身体が吹っ飛ぶ。
「ゲッホ……ウェッ……! ッア゛……!」
《マスター、あれ!》
地面に両手を突き、せき込むヴィーラの口から何かが吐き出される。
それはこぶし大の石……いや、クルミか梅干しのタネのようにも見える脈動する何かが4~5粒ほどだ。
「……ヴィーラ、なんだそれ。 ローレルの仕業か!」
「ゲホッ……! 知ら、ねえし……! ただ、言う通りにしないと……パニパニたちの命が……!」
「お前の命はどうなるんだ、明らかに体にいいもんじゃないだろそんなの!!」
《……こんな時にあれですけど、マスターが言っても何の説得力も無いですね》
「ええいうるさい!」
「あーもーあんたこそうっさいな一人でごちゃごちゃと! なんだしお前!! 真面目にやる気あるのかよ、ちんたらちんたら手加減しやがって!!」
漫才をやってる間に落ち着いたのか、肩で息をしながら立ち上がるヴィーラが吠える。
力の源を吐き出したせいか、何となく感じる威圧感は先程までよりも弱い。
だが、まだまだ戦う意志は十二分に残っているようだ。
《マスター、もしかしたらこの調子で腹パンすれば悪いタネを全部排出できるかもしれません!》
「腹パン言うな、やることが決まればわかりやすいがもう一回懐に踏み込むのは至難だぞ!」
二度目は流石にヴィーラも警戒するはずだ、あの猛追の中で再度接近するのは骨が折れる。
せめて、こちらに人手が残っていれば……
「――――師匠、助けが必要っすか!」
「…………は?」
天の恵みか、悪魔の囁きか。
空から降って来たその声は、東北に置き去りにしたはずのものだった。