悪魔の科学者 ⑤
《……どうなっちゃうんですかね、これから》
「さてなぁ」
自販機から排出された缶コーヒーを飲みながら相棒と愚痴をこぼし合う。
ベンチの真上に設置された空調からは冷たい空気が浴びせ掛けられる、まるで頭を冷やせと言わんばかりだ。
《コルトちゃん達も気丈に振る舞っていますが、精神的なショックは大きいです。 まさかあの縁さんが裏切るなんて思っても無かったですから》
「……“あの”縁さん、ね」
今思えば、その印象も操作されたものだったのかもしれない。
相手は魔力学、ひいては心理学のプロだ。 自分のイメージをいいもので堅め、無意識で自分を容疑者から外す……なんてこともできるかもしれない。
だとすれば相当な怪物だ。 何年も何年も潜伏し続け、今日この瞬間まで決して正体を明かさず立ち回って来た。
「ハク、縁さんって何者なんだ?」
《分かりません》
「何の目的があって魔女を増やしていた?」
《分かりません》
「何も知らないな、俺たち」
《そうですね、残ってる手がかりは殆ど潰されてしまいました》
ドクターにトワイライト、そして魔法局に残されていたかもしれない僅かな情報でさえ悉く潰えてしまった。
だが殆どだ、全てではない。 わずかに残った接点と言えば……
「よ、呼んだぁ……?」
「おぅわ!?」
どこから電波を受信してきたのか、壁を切り裂いて現れたのは丁度話題にしていたオーキスだ。
だが考えごとの最中に思いもよらぬところから話しかけられ、素っ頓狂な声を上げてしまった。 まったく心臓に悪い。
「脅かすなオーキス! というか、こんな所で魔法使うなって!」
「え、えへへ……ごめんねぇ、隠れるのが癖になってて……それで、私に用事かな」
「ああ、ローレルの件とか色々とな」
小銭を取り出し、自販機から買い取ったフルーツジュースを取り出し口から掻き出し、オーキスに渡す。
彼女も渡された缶ジュースをおずおずと受け取ると、珍しいものでも見たかのように一通り手に取ったものを眺め、異空間の中に収納……
「……いや、飲めよ!」
「ふぇっ!? い、いいいいや、友達から貰ったものは、家宝だよぉ!?」
「130円の家宝があるか、それぐらいこれからいくらでも……って」
そうか、そうだった。 オーキスにはそう言った機会はない。
東京での事件を起こした彼女は、本来ならば京都にて囚われているはずの存在だ。
「……今、私がここにいるのも特別措置だよぉ。 もしローレルの正体が桂樹 縁だったなら、一番意識の外にいるのは既に終わったはずの私だから」
「そ、そっか……その、大丈夫なのか?」
「うん。 き、京都の生活も悪くはないんだよぉ、本部の管理下なら散歩も出来るし……月一で買い物にも出かけられるし……他の魔法少女の監視付きだけどね」
ベンチの上で器用に膝を抱えて丸くなるオーキス。
彼女の犯した罪は重い、その年齢と魔法少女という希少価値から特別な待遇こそ与えられているようだが、それでも厳重な監視体制に置かれている。
それは本来ならば暴走した魔力の被害者である彼女達は、背負わなくてもいいはずだった重荷だ。
「……でも、これで良いんだよ。 わ、私達がやったことは……どんな綺麗ごとを並べても、許されていいことじゃない。 けど、あの出来事は忘れちゃいけないものだから」
「……スピネの事か?」
「うん、私はお姉ちゃんだから。 あの子が守ろうとしたものを私も守りたい……」
魔法少女スピネ、オーキスと共に東京事変を起こした張本人であり……最期はその身を賭して東京を終わらせた彼女の妹。
だが、東京事変は既に終わった出来事だ。 それなのに彼女がこうして京都の監視下から限定的に解放され、この地にいる理由は2つの事件を繋ぐ人物がいるからだ。
「……ローレルの事は、私達も詳しくは知らないよぉ。 連絡は殆どドクターを通してで、私達と目的が似ていることぐらい」
「目的が似ている?」
「うん、あれも誰かを生き返らせようとしている。 それだけは確実」
「そうか、動機については納得は出来ないが理解はできるな」
オーキスやスピネのような過去への後悔、あるいはドクターのような理想への執念。
形こそ違えど、命に対する執着は変わらない。 むしろだからこそ協力し合う過去があったのだろう。
「……ぶ、ブルーム……都合のいい事言っていいかな……」
「うん、聞くよ」
「私ね、この世界を無茶苦茶にするローレルが許せない……先に私と朱音ちゃんを裏切ったのは相手なんだからさ、しっかり落とし前はつけてもらわないとねぇ」
「落とし前って、どこでそんな言葉覚えたんだよ……」
「えっとぉ……昔の特撮?」
「よく東京に残ってたなぁ」
そういえば、東京事変が起きる以前に2人で街を歩いた事があるが、その時も彼女はホビーショップの特撮玩具に心惹かれていた。
もしかしたらこの子、根っこに男の子の浪漫が生えているのかもしれない。
「あ、あとねぇ。 ブルーム……」
「こーら、なーにこんなとこでイチャついてんだヨ」
「ひゃっわぁ!?」
音もなく背後に回り込んでいたゴルドロスに驚き、オーキスが甲高い悲鳴を上げてこちらに抱き着く。
腰に手を当て、湿り気を帯びた視線を向けるゴルドロスの顔は茶化しに来たものではない。
「ご、ゴルドロス。 何かあったのか?」
「何だカナぁ、ブルームって放っておくとすーぐそうやって……いや、あとにするヨ。 ちょっと来てほしいカナ」
「ど、ど、どうしたのぉ……?」
「まずい事態なんだヨ、カミソリガール……おそらくローレルが仕掛けて来た」
苦虫を噛み潰したような表情でつぶやくゴルドロスの背後……局長が眠る病室から、誰かが倒れる音が聞こえて来た。