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ある魔法少女について ⑥

「おっすー、ほかほかじゃん。 どうようちの風呂は」


「カビが目立つ、明日は風呂場も掃除」


「聞かなきゃよかった!!」


風呂から上がり、着替えも済ませたところでちょうどヴィーラも戻って来た。

両手にはみっしり中身が詰まったコンビニ袋を抱えて……2人分にしては多くないか?


「ヴィーラ、その量は何だ……?」


「ん、好み分かんないしいろいろ買ってきたし、デザートとジュースもあるよ!」


テーブルに置かれた袋の中身はほぼ食材、コンビニ弁当やらチルド品・惣菜が3割ほどで残りは全部菓子やスイーツに缶ジュースといったラインナップだ。

うん、実に健康に悪い。


「……ヴィーラ、いつもこんな食事してるのか?」


「ん、そだよ。 贅沢っしょー、お釣りあるけどいる?」


「いらない! 屈辱だ……まともな材料さえあれば俺が調理できるのに」


「マ? 箒って料理できるの? じゃあ今度作ってよ!」


「だったら今度からちゃんとした食材を買っておいてくれよ……ったく」


不思議だ、こうして話している限りは普通の女の子に違いない。

だがひとたび戦場で出会えば手強い敵となる、こうして面と向かって無邪気に笑う姿からは想像もできないが。


「……ん。どしたの? アタシの顔になんかついてる?」


「いや……とりあえず飯にしようぜ、先に好きなの選んで良いよ」


訝しまれる前に話題を変える。 もし正体がばれたらその時は俺の命がないだろうな。

申し訳程度の副菜を添えた弁当の蓋を開け、付属の割りばしをパチンと割る。

……思えば腹が減っていたらしい。 気が付けば弁当1つをまるっと平らげていた。



――――――――…………

――――……

――…


「ふぃー、柑橘カルビ弁当中々いけたねこりゃ……あっ、ゴミはこの袋の中に捨てといて」


「駄目だ、そうやってまたゴミが溜まるんだろ、ゴミ箱作ったからこれに纏めろ」


段ボールの口にビニール袋をかぶせたものに食べた後のゴミを放り込む。

缶ゴミは別でまとめてまた後日だ、少しでも気を抜くとまたゴミ部屋に戻ってしまう。


「こまっかいなー箒は、アタシのお母さんなの?」


「やかましい、だったらちゃんと言う事を聞くもんだよ。 ほら、風呂入ってさっぱりしてきなさい」


「あはは! いいね、それっぽい。 ……うん、箒みたいなお母さんだったらなぁ」


ヴィーラがぽつりと零した言葉を俺は聞き逃せられなかった。

踏み込んで良いのか少し逡巡する……が、数秒持たずに俺の口は自然と開いていた。


「……こんな時間まで子供を一人にして帰ってこない親だ、言いたい事があるのは分かるよ」


「…………」


「でも、親の代わりはいないだろ。 それに本当に俺なんかで良いのかよ」


「んー……やっぱいいや、箒ってオカンってよりオトンって感じだし」


「どういう意味d……いや、別に怒るようなことじゃないか、ややこしい」


心と体の剥離に心労の溜息を零すと、鈴の音に似たチャイムの音が響いた。


「ん……両親か?」


「いや、あの人今日はかえってこないし……入ってきていいよー」


「…………お邪魔する」


合いカギを渡されていたのだろう、慣れた手つきで入って来たのは表情筋が凝り固まった無表情な女の子だ。

ベージュのシャツをきちっと着こなし、外はまだ蒸し暑いというのにしっかり肌を隠している。

誰だろう、ヴィーラとかかわりがある魔法少女だと……


「んー、おいっす。 紹介するわ、こっちはパニオット。 うちの頭数の9割を補う偉い奴」


「照れる」


「へ、へー……」


パニオット、増殖するという稀有な魔法を扱う魔女だ。

言われてみれば確かにどことなく似ているような……ここまで正体を明かされて「似ているような」程度なのだから認識阻害の力はすさまじい。


「でもヴィーラ、俺が言うのもなんだけどそうホイホイ人に魔女のこと話して良いのか……?」


「いいのいいの、箒いい奴っぽいし……って急に胸抑えてどうした? 何、持病かなんか?」


「い、いや……ちょっと食べ過ぎたかなって……」


この胃の痛みはきっと食べ過ぎなんかじゃない事は分かる。

ヴィーラという魔女は一度心を開くととことん距離を詰めるらしい、罪悪感に胃が締め付けられる。


「……で、なんでそんな優秀な人材がここに? 飯食いに来たのか?」


「違う、ヴィーラからメッセージ受けて来た。 あなたを迎えに」


「んっ、俺を?」


パニオットがこくりと頷く、確認に間違いはないらしい。


「それは困る、まだこの家の掃除が終わっていない」


「……ヴィーラ、まさか新入りに掃除を?」


「ち、違うし! 箒が勝手に……あ、アタシもちゃんと手伝ったからね!?」


「そう……安心して、寝泊まりはアジトでして貰うだけ。 万一親が帰って来ると、色々面倒」


「あたしは別にいいんだけどさー、帰ってこないと思うし」


確かに知らない間に見ず知らずの子供を泊めていたとなると両親はあまりいい顔をしないだろう。

ヴィーラは構わないとは言うが、警戒するのは正しい。

それにアジトというのはまたとないチャンスだ。


「……分かった、ヴィーラに迷惑もかけられない。 連れて行ってくれ」


「えー……行っちゃうの? 掃除は?」


「また明日も連れてくる、それで問題ない」


「というわけだ、散らかさずに待っててくれよ」


片手を振ってヴィーラと別れ、玄関で待つパニオットの後を追う。

空はもう真っ暗で、綺麗な満月が浮かんでいた。


「あー……パニオット、だっけ。 それじゃよろしく頼む」


「任された、何か欲しいものなどはある?」


「いや……アジトってのがまずどういう場所かも分からないしな」


「大丈夫、ヴィーラの家よりはよっぽど綺麗」


……戦闘の時は能面の様な無表情を貫き通していたが、パニオットは案外冗談が通じるらしい。

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