零下の炎 ③
「……やったか?」
《お決まりの台詞吐くんじゃねぇです。 ……魔力反応は消滅、魔石も排出されたのでほぼ絶命したとみて間違いないでしょう》
ハクの報告を聞き、一度周囲を見渡してから箒をマフラーに戻して首に巻く。
回収した魔石は親指ほどの大きさも無い、これだけ手こずった割には赤字の収入だ。
「……しっかし、凍ったな」
《凍りましたね》
「……砕けたな」
《ええ、砕けましたね》
「……なんで?」
《それは私に聞かれても何とも》
いつものように燃える蹴りを放つつもりだったが、結果は真逆だ。
蹴りが衝突した瞬間、トカゲは見る間に凍り付いて砕け散った。 そこには炎など欠片も挟まる余地はない。
……「氷」と聞いて脳裏を過るのは嫌な思い出だ、果たしてこれはただの偶然なのか?
「―――――いや、違うだろうな……ん?」
《どうかしましたマスター、どこか不調でも?》
「いや、なんだか口の中に異物感が……ぺっ、ぺっ!」
口内に異物感を感じ、何度かせき込むとそれは勢いよく口から飛び出して地面へ落ちた。
それは氷に覆われた黒い粒のようなものだ。 拾って良く確かめようとするが、その前に粉々に砕けて塵となる。
まるで先ほどのトカゲのようだが、今度は先ほどまでと違い、後には魔石の欠片すらも残らない。
《うわっ、汚っ! 何ですか今の、豆……?》
「うーん? 今のはどっちかっていうと……」
「――――ブルームスター! 無事ですか!?」
と、そこへラピリス達が合流する。 子トカゲたちも片付けて来たのだろう。
多少の疲労は見られるが、全員どこもケガはない。 暁も揃って4人とも無事だ。
「ああ、お互いにな。 ドレッドハートは?」
「機動力生かしてあっちこっちでトカゲベビーたちを轢き倒してたヨ、中々衝撃的な光景だったネ」
「そ、そっか……ああ、暁もありがとうな。 おかげで助かったよ」
「何言ってんの、倒したのはあんたの力よ。 いやーしかし箒があのブルームスターだったとはね! サイン貰っていい?」
「後にしてください、無事なら何よりです。 我々は今一度残党がいないか周囲を見回ってきます、シルヴァは怪我人の保護と治療を、ゴルドロスは私と共にこの魔女の監視をお願いします」
「えー、ちょっと何よー! 十分働いたんだから見逃してくれてもいいじゃなーい!」
一瞥して俺の無事を確かめると、言葉通りにラピリスは暁の首根っこを掴んで飛び去って行く。
シルヴァもすぐにトカゲに襲われた人たちを集め、救護体制を整えていく。 皆慣れた手際だ。
「シルヴァ、俺も何か手伝えることは……」
「なに、これぐらい我一人で問題ないとも! それより盟友はその、後ろの人たちは……?」
シルヴァに促され、振り返ると母さんたちと目が合う。
あれだけのトカゲに囲まれてよくもまあ全員五体満足で生き延びたものだ。
「……君も魔法少女だったのか……いや、考えてみれば当たり前か」
「ああ……アンタたちも診てもらったほうがいい、ただでさえ無茶したんだからな」
「うん、ありがとう月夜ちゃん。 また助けられちゃったわね」
父さんに肩を支えられたまま、母さんが笑う。
その瞳はやはり俺を見ているようで見ていない、やはりあの時は気のせいだったのだろうか。
「……月夜、ね。 多分その子は愛された子供だったんだな」
「ええ、とってもいい子なのよ。 2人とも」
「……そうか。 ならよかった」
その言葉が聞けただけでも満足だ、俺はさようならも言わずに踵を返して歩き出す。
「盟友……その、良いのか? 我は事情をよく知らないが……」
「良いんだ。 俺も必死扱いた甲斐があったからな」
あの人がしたことはきっと許されないことだ。 けどその事実はもはやだれも覚えていない。
唯一覚えている俺だけが許す。 だから、この話はこれで良いんだ。
――――――――…………
――――……
――…
「どうして目を離したんですか! 後ろは頼みますといったばかりですよ!?」
「いきなり目の前で爆発するとは思うわけないヨ! それにそっちだって目を離してたんじゃないカナ!?」
「わ、私は風の動きを読めばと……爆風で乱されて私のセンサーも上手く働かなかったようですが」
「こっちも一緒に撒かれたチャフのせいでうまく気配が嗅ぎ取れないヨ、やってくれたねあのボンバーガール……」
上空に配置したトンボちゃんの視界を借り、地団太を踏む2人の様子を観察する。
演技ではないらしい、どうやらうまく撒けたようだ。
「――――で、言われた通りやったわけだけど。 これであんたの望みどおりになったわけ?」
「……まあ、予想とは違うがおおよその着地点は変わらない」
自販機の陰に隠れた私を庇うように立つのは忌々しい叔母……日向 天という女だ。
黒幕と言っていいのか分からない立ち位置だが、今回の裏でコソコソ動いてた腹黒だ。
「で、どこまで読み通り? あのトカゲが大暴れする所までっていったらアンタこの場で爆殺するけど」
「まさか。 私のこれは魔法の残滓で芽生えたただの“勘”だ、ここまでの事になるとは思っても居ない」
「本当かしらねぇ、まあこれでおばあちゃんへの告げ口は勘弁してよ」
「もちろん、私は約束は守る女だ」
はじめにこいつに魔女の薬を暴かれたのは一生の不覚だ。
しかも既に変身経験があるといったら、こいつは事もあろうに可愛い姪っ子を今回の作戦に利用すると言い出した。
「……で、なんで箒をここまで連れてくることがあんたの悪い予感を避ける条件だったのよ」
「さてな」
「ほーん、行っとく? クワガタちゃん行っとく???」
「勘だといっただろう。 理由は分からないさ、ただ……悪い未来が見えた」
そういう叔母の横顔からは表情が消えさり、ふっと言い争いを続けるラピリス達の方へ視線を向ける。
珍しく、いつも自信に満ちているはずはずの背中が少し小さく見えた。
「――――ブルームスターがこの世界を滅ぼす、そのような未来をな」