氷漬けのヒーロー ③
「ゲホッ!! ぐっ……ハァ……!」
冷気で冷え切った肺から空気が溢れる。
既に港からはだいぶ離れて周囲の気温も戻っている。 奴からは逃げ切ったはずだ。
「まったく……君に助けられるとはね……素直に礼は言っておくよ」
「はっ、可愛くねーなぁ……! やっぱ見捨てりゃ良かったし……!」
トワイライトを担いだヴィーラが変身を解き、その場に膝をつく。
魔力切れによる強制解除だ、アレから逃げ切るために絞りきったに違いない。
「トワっちぃ……生きてる……?」
「――――なんとか、無事……」
私たちを覆い尽くそうとしていた氷もいつの間にか露と消えている。
融解するにしても異常な速度、やはり魔法による凍結だ。 だが、だとすればなぜ「無敵」で防げなかった?
「ちょっと、急患ですけどぉ。 ちゃんと診てよドクター!」
「大丈夫だ、凍傷の心配すらない。 精神的な磨耗以外は全員ほぼ無傷だよ」
「ウッソでしょ、あれだけコテンパンにやられたのに……なんなの、あれ?」
「ボクがなんでも知ってると思うなよ……逆にこっちが聞きたい」
虎を通り越した化け物の尾を踏んだ、たとえ万全の状態で戦ったとしてもまるで攻略できるビジョンが見えない。
……一体、ブルームスターは何を抱えている?
「……一度ローレルに報告しなければならないな、あれはボクたちの手に負えない」
――――――――…………
――――……
――…
「私の家です!」
「いーや、私の家だヨ!」
「じゃあ、俺適当にその辺の橋の下で寝るから……」
「「それは駄目!!」」
二人の声が重なる、じゃあどうしろって言うんだ。
さっきからゴルドロスとラピリスはこの調子だ。 もう10分以上は言い争っている。
話に混ざれないシルヴァは後ろでオロオロしてるばかりだ。
「どっちにも迷惑かけられねえよ、俺は一人で何とかするからさ」
「駄目です、女の子が一人で野宿なんて危険にもほどがあります!!」
「そうだヨ、せっかく家に持ち帰って着せk……保護できるチャンスだっていうのに!!」
「ははは欲望が透けて見えてんぞこの金ぴかバカ!」
「バカって何だヨ、バカってサー!?」
まあ、いうまでもなくゴルドロスの家は却下だ。 行ったが最後飽きるまで着せ替え人形にされる。
「では私の家で決まりですね、すぐに向かいましょう」
「それもなぁ……」
「なんでですか! 何が不満なんですか!!」
いや、不満はない。 むしろ勝手知ったる分都合は良い。
だがこの格好のままなのが問題なんだ。 七篠陽彩がおらず、ブルームスターがいる。 その状況にラピリスが違和感を覚える可能性は決して低くない。
「…………なんか、毒物料理が出されそうで」
「………………よほど運が悪ければエンカウントはしませんから」
苦し紛れの言いわけだったがクリティカルだった。
それに知っている、体感1%だが気紛れに優子さんが調理場を使う事を。 しかも陽彩がいない時はその確率も上がる。
ただの少女であるこの身体では命にかかわる危険もあるんだ、実の娘としても突かれては弱い急所だったのだろう。
「……しかし、言っておきますが魔法局は寝泊まりできませんよ。 あくまであなたは非公式の魔法少女です」
「分かってるよ、だとすればやっぱり野宿か……」
今でもだいぶグレーラインを突っ走ってはいるが、流石に野良の魔法少女を泊めましたとなるとマスコミが黙っていない。
まあ、それ以前に変身不能の事実が露呈すればそれこそ騒ぎになるだろうが。
「あ、あのぅ……盟友……?」
「ん、どうしたシルヴァ?」
「……それなら、我の家はどうだ?」
「「「…………えっ?」」」
――――――――…………
――――……
――…
「お、お邪魔しまーす……」
「お、お構いなくー……」
結局あれから4人で話し合った結果、俺の身柄はシルヴァ……詩織ちゃんの家に預けられることになった。
俺としては気が引けるが、決して野宿を認めない2人と他の選択肢と比べたらこの誘いを断ることは出来なかった。
深夜ということもあり、魔法局の覆面車両で送迎された俺たちは詩織ちゃんに案内されるまま、一昔前といった感じの民家の扉を潜る。
「叔父さんは……多分、今日は帰ってこないと思うから……ゆっくり休んで」
「ああ、そう言えばそうか……大変だなぁ警察も」
今頃祭り会場と港、離れた2つの現場を行ったり来たりで大混乱だろう。
明日の朝にはきっとニュースになっているはずだ、見出しはまた魔法局の失敗を責めるようなものになるだろうか……
「……憂鬱だなぁ」
「そう、だね……ずっと変身できないと、不安だよね」
「ん、まあそれもあるけどさ」
変身できないということは戦えないということ、ただラピリス達の戦いを黙って見ている事しかできなくなる。
それはいやだ、ハクと出会う前に逆戻り……いや、それ以上に悪化している。
手段を択ばなければ方法はないわけではないが、それは最終手段だ。
「……盟友の身体については、また明日しっかり調べてもらおう……? 今日はもう、寝なきゃ」
「ああ、そうさせてもらうよ。 俺は適当にその辺で寝るから」
「客間のお布団あるから……! 床で寝ちゃ、駄目だよ……!?」
適当に邪魔にならないスペースを借りて、ごろ寝しようとしたら慌てて詩織ちゃんに止められる。
風邪を引くような気温でもないし俺としては全然かまわないんだが。
《布団ぐらい借りなさいよマスター、減るもんじゃあるまいし》
「な、なんかな……人んちに泊まるのって慣れてないからなんか遠慮しちまうな」
「盟友は……もっと自分のこと、大事にして……」
その後、慣れない体と慣れない布団を使って眠りに落ちたのは深夜2時を過ぎた後だった。