氷漬けのヒーロー ①
「ぐっ……!?」
肩に鋭い熱が走る。 滴る鮮血のは俺のものだ。
しまった、ヴァイオレットに気を取られ過ぎていた、こっちは元から囮。
本当の目的は――――俺にトワイライトのナイフを突き立てる事だ。
《マスター!?》
「大、丈夫だ……これぐらい……っ!?」
肩に突き刺さったナイフを抜こうとした途端、両足の力が抜けてガクリと膝をつく。
いや、両足じゃない、全身だ。 いくら踏ん張ろうとしても上手く力が籠らない。
この黒い姿すらもまともに維持できず、瞬く間に煤けた黒色が抜けていつもの魔法少女衣装に戻ってしまった。
「やあ、効いたか。 花子という子には通じなかったようだから少し心配だったが杞憂だったね」
「おま、え……なにを、した……!?」
「ボクじゃないよ、トワイライトの魔法さ。 “停止”の魔法、彼女の力は遠隔でも発動できるから便利だね」
「俺の、動きを……止めたのか……?」
「―――――違う、私が止めたのはもっと根本的な力」
黒衣が放つ強烈な熱がないことを確認してか、ヴァイオレットの後ろからトワイライトが顔を覗かせる。
その右手には、すでに気絶しているのだろう花子ちゃんとギャラクシオンの2人が腕を掴まれ、変身を解除した状態で引きずられていた。
「―――――安心して、まだ生きてる。 殺してしまえば激高したあなたが何をしてくるか分からないから」
確かに2人はまだ息がある、外傷はあるが致命的な出血なども無い。
しかしそんな無事をしっかりと確かめる前に、距離を詰めたトワイライトが俺の肩に突き刺さったナイフの刃をさらに押し込む。
「ぐ、ぁ……っ!!」
「―――――私の魔法は停止の魔法、選択した力の流れを永久に留める。 それは魔力でも例外ではない」
「なん、だと……!?」
「――――あなたの魔法少女としての力を、私がすべて停止する。 そうしてからトドメを刺す、東京でさらなる進化を見せたあなたの力を、ローレルはそれだけ脅威と見ている」
「んだよ、そりゃあ……買いかぶり過ぎだろ……!」
こちとらあの時の赤い姿すらまともに引き出せないってのに、そりゃ随分と過剰評価してくれたものだ。
だがその結果がこのピンチだってからまったくもって笑えない、どうにか足掻こうにも体はまともに動かないし魔力だって一絞りすら出てこない。
不味い、ここで変身が解けたら俺はどうなる? 正体がばれるってのはこの際些細な問題だ、その後に待つのは3人の確実な死にほかならない。
《マス―――――駄目―――――抵抗でき―――――!?》
魔力の流れを阻害されているせいか、ハクの声も段々と遠のいていく。
何かが視界の奥で点滅する、ナイフが突き刺さった方だけではなく全身が焼けるように痛い。
全身を苛む激痛に、俺の意識も一瞬飛んで――――――
『―――――ねえ、私のお兄ちゃんになにしてくれてんの?』
――――――――…………
――――……
――…
―――――バギンッ!!
「…………はっ?」
順調だった、問題なく事は進んでいた。 トワイライトの魔法は間違いなく通用していた。
だが、次の瞬間に彼女の刃はすさまじい音を立てて弾き飛ばされる。
カラカラと乾いた音を立ててトワイライトのナイフがコンクリートの上を滑る。
「……おい、何があったんだ? トワイライト……?」
「―――――っ……わから、ない……なんで……!? ブルームスターの力は、“炎”じゃ……!?」
激しい混乱を示し、苦痛に顔をゆがめるトワイライトの掌は分厚い氷に覆われていた。
……なにをした? いや、ブルームスターに何が出来た?
あの瞬間に使える魔力なんて微々たるものだ、それがトワイライトの腕を凍らせるほどの出力を絞りだせるか? いや、そもそも氷なんて彼女の魔力の形質にそぐわない。
何かがおかしい。 そこでようやく気付いて、その場を飛びのこうとしたときにはもう遅かった。
『……ふーん、あなたたちかぁ。 お兄ちゃん虐めたの』
「なっ――――!?」
気を失い、へたり込んだ格好で項垂れたブルームスターの口が動く。
同時に、一歩引いた自分の脚がトワイライトと同じ氷に覆われていく。
バカな、この凍結は無敵が効かないのか!?
『チャチいなぁ、「チェンジャー」じゃ勝てないよ。 そこにあるなら概念だってこれの射程内だ』
「……誰だ、君は。 本当にブルームスターなのか……!?」
『ブルーム? ……ああ、この格好の名前。 違うよ、私は■■……まあ2秒でも覚えていたら褒めてあげる』
ノイズ混じりの言葉を並べて、ブルームスターが脱力した体をゆっくりと起こす。
だがその口から溢れる声はブルームスターのものではない、わずかに彼女の姿に重なって別の少女の影がちらつくが、その輪郭はぼやけて正しく認識できない。
『全くもー、お兄ちゃんったら甘いなぁ。 ああ、でも“ワイズマン”もまだ使えないんだっけ。 ふふふ、ぶきっちょさんだぁ』
くすくすとブルームスターのような何かが嗤う。
ひどく気味が悪い、あれは人の皮をかぶった何かだ。
歯の根が合わない、吐く息が白く染まる。 この震えは凄まじい勢いで低下する気温のせいか、それとも恐怖のせいか。
『あなたたちの事はどうでも良いんだけど……お兄ちゃんを殺そうとしたことは許せないから、とりあえず砕けてみる?』
無敵の力が機能しない、周囲の冷気に合わせて足元の氷がどんどんと分厚くなり、全身を覆っていく。
目の前の怪物は何もしていない、ただそこにいるだけだ。
ただそこにいるだけで―――――ボクたちの命は粉みじんに砕けようとしている。
「―――――トワっち! ドクター!! 頭伏せてぇ!!」
「……!? ヴィーラ!? ばか、なんで戻って―――――!」
「うっさい!! もってけ、こいつで全部だ!!」
ボクたちの間に割って入るように振って来たヴィーラがハンマーを振り下ろす。
残るありったけの魔力をつぎ込んだ一振りはコンクリートを捲り上げ、冷気も何もありったけ吹き飛ばして行った。
――――――――…………
――――……
――…
『……あーぁ、逃げちゃったか。 まあいいや、今の私だとあんまりできる事ないし』
『お兄ちゃんは……ああ、なんか面白いことになってる。 でもお兄ちゃんならなんとかできるよ』
『だって、私のお兄ちゃんなんだから……ねぇ?』
《……スター……マ…………マスター……マスター!》
「……う、ぐ……ハク……?」
どうやら気を失っていたらしい。 一体どれだけ寝こけていた?
なんだか倦怠感が酷い身体を起こして周囲を確認する、場所は気絶する前と同じ港だ。
同じように気絶した花子ちゃん達の姿もある、居ないのはドクターたちだ。 一体あれから何があった?
「ハク……ハ……ハクシュッ!! さ、寒っ! 夏だってのになんだこれ……ハク、分かるか?」
《わ、私も意識を失っていたので何が何だか……時間で言えば数分も無いはずなんですけど》
「そうか……色々気になる事は多いけど、まずラピリス達を呼んで2人を運んでもらわないとな。 俺も変身する力も残ってない」
原因も過程も分からないが、ひとまずの脅威は去ったと思って良いのだろうか。
リミッターを切った黒衣の反動もあり、もはやブルームスターになる気力も残っておらず、身体は省エネモードだ。
花子ちゃん達のことを魔法局に任せたら陽彩の姿に戻って、一休みしたい。
《……マスター、その事なんですけど1つ悪い知らせがあります》
「ん? なんだ、まさか2人の容態が悪いのか?」
《いえ、そういう訳ではないんですけど……戻れないです》
「うん?」
《だから、変身が解除できないんです! かといってブルームスターにもなれない、今の日常形態省エネモードで“固定”されちゃってます!》
「…………………………うん????」