零れた水は救えない ⑧
「姫ちゃん、私お仕事に行ってくるからね。 そのお金で好きなご飯食べてちょうだい」
母の事が嫌いだった。 いつも臭いくらいの香水を振りかけて、肌をこれでもかと見せた服と化粧で出かけていく。
テーブルの上にはいつもあったかいご飯は無く、諭吉が1人、たまに長く出かける時には2人3人置いて行くだけだ。
手料理なんて食べた事ない、私の血はコンビニ弁当で出来ている。 洗濯もゴミ捨ても買い物も全部私の仕事だ。
散らかした化粧品を片付けると文句を言われる、たまに連れ込む男は私を見ると嫌な顔をする。
タバコ臭い、香水臭い、酒臭い、服も片付けなければすぐに寝るし最近はろくに話した覚えもない。
私はあの人が大っ嫌いだ、私を無視するアイツの鼻を明かしてやりたい。 ……だから、私は魔女になったんだ。
――――――――…………
――――……
――…
「私のせいでアイツが困るならそれでいい! ザマァ見ろって言ってやる!!」
「ずいっぶんと捻くれた反抗期だなぁ!!」
「何とでも言えよ、私は自分からこの手段を選んだ……よ!!」
「んな……!?」
密着した状態で無理くり振り回したハンマーをぶん回し、地面にたたきつける。
私が司る拒絶の力を逃げ場のない地面に向けて振り下ろせばどうなるか、答えは四方八方に飛び散る石辺が教えてくれる。
この距離では自分すら巻き込む捨て身の技だが、この状況では四の五の言っていられない。
「離せよ、こんのやろっ!!」
「おま……ぐふっ!?」
突き刺さる破片の痛みで拘束が僅かに緩んだその隙に、ブルームスターの腹部へ膝蹴りを叩きこむ。
一度、二度、三度、恨みを込めて更にもう一発。 溜まらず腕を離したところへ向かって更に追撃のヘッドバッドをお見舞いだ。
鈍い音を立てて視界に星が散る、頭が割れるように痛むがそれは向こうも同じ、たたらを踏んで2~3歩後退する。
「ぐ、乱暴だなこの……! 他に、手段は無かったのか……!?」
「ああ、あったかもね……! だけどさぁ、そんな大前提の道徳すら教わらなかったんだよ私達は……!」
「だったら今からでもやり直せる、こんな魔女にならなくても!!」
「うるさい! こんな力でも必要な奴は必要なんだよ!! お前にとっては下らないような真似でも、こんな方法でしか声を上げられないガキだっているんだよ!!」
文字通り、ブルームスターを“拒絶”するたびに三度ハンマーを振りかざす――――だが、柄を握るその腕が鉛のように重くなる。
「っ゛……くそ、魔力切れ……!?」
「調子に乗って連発するからだ! ……っ」
魔法の乱射によって私の魔力はほぼ底を尽いているが、ブルームスターも万全ではない。
当然だ、祭りで戦闘がなかったとは考えにくい。 その上で羽箒を飛ばしてきたのなら向こうも魔力の残りは少ないに決まっている。
「足がさぁ、フラッフラじゃんブルームスター! そんなので私たちを止められるかなぁ!」
「うっせぇ石頭! お前の相手ぐらいこれでいいハンデ……」
「……そうかい、それならボクたちが加わればちょうどイーブンかな?」
「えっ……?」
黄金色の閃光が走り、瞬きの間にブルームスターの体が吹き飛ばされる。
私はなにもしていない、ただ間抜けな声をあげて見ていることしかできなかった。
ブルームスターを吹き飛ばした衝撃で巻き上がった土煙が晴れた後、そこに立っていたのは白衣をはためかせる見慣れた魔法少女の姿だ。
「ぐ、がはっ……! ヴァイオレット……!」
「喋らないほうがいい、今の手応えからして肋骨は折れた。 今日はあの黒い姿じゃないのかい?」
「……ドクター、なんでここに……」
「やあヴィーラ、無事で何より。 見てのとおりの救援だよ、君達だけじゃ荷が重いと思ってね」
白衣姿の魔法少女……ドクターが薄く微笑む。
救援か、確かにバッチリなタイミングでの登場だ。 だが……折角のタイマンに水を差されたのが気に食わない。
「ふん、余計なお世話だし……ブルームスター1人ぐらい私一人で……!」
「無理を言うな、既に魔力は枯渇寸前。 しかもまだブルームスターには奥の手がある事を知っているだろう?」
「その上で勝つって言ってるんだよ! 私なら――――」
≪―――――Warning!! ……OK,good luck≫
「っ……あっつ!?」
私の強がりを遮って強烈な熱波が肌を焼く。
見ればブルームスターがいつぞやの黒い姿へ変貌し、ゆらりと立ち上がる。
姿かたちは変わらない、しかし全身から放たれる陽炎が揺らめくほどの熱気と威圧感はこの前の比ではない。
「へぇ、今回はいきなり全力か。 それともクーロンとじゃれ合ってる間に制限時間を使い切ったかな?」
「今日は良く口が回るなヴァイオレット……あの2人はどうした!?」
「思ったより手こずったよ、お蔭で遅くなった。 ……ヴィーラ、すこし下がれ。 無敵の力はあくまでボクを保護するだけだ」
「―――――お前ェ!!」
その手に黒い箒を握り込んだブルームスターが、ドクターに肉薄する。
2人がぶつかり合う衝撃はさっきまで私が戦っていたのがまるでままごとの様な迫力だ、飛び散る熱波が肌に痛い。
「ヴィーラ、もう一度言うが下がっていろ。 文字通り火傷じゃ済まないぞ」
「っ……クソ、覚えてろよ!!」
我ながら酷い捨て台詞を吐き捨て、熱波の勢力圏から跳び退く。
悔しいが、あの場に割って入るのは今の私には無理だ。 せめて魔力さえあれば……
「……うん、お互いに懸念は無くなったね。 さて、それじゃしばらくはボクの相手をして貰おうかな」
「ヴァイオレット! お前はあの2人に何をした!?」
「邪魔だから倒しただけさ、敵同士なんだから当たり前だろ? しかし面白いぐらいに冷静さを欠いてくれるね、いやはや……」
逃げる背中に「トス」と、何かが突き刺さる音が聞こえた。
ふと振り返る背中では今なお2人が拮抗中だ、しかし――――ブルームスターの肩口には1本のナイフが突き刺さっていた。
「……お蔭でこちらも不意打ちのし甲斐があるというものだ」
それは――――トワイライトがもつ杖だった。