愛 Like チョコレート! ②
「むーん……中々うまく行かないネ」
「そう、かな……初めてにしては、上手だよ?」
ビブリオガールに教わりながら出来上がったものを眺め、唸る。
確かにトリュフチョコは形になったが、本当にこれで良いのだろうか。
形も歪だし、お店で並んでいるものに比べてどうも不格好に思える。 素人作品なら仕方ないが、これでおにーさんは満足するのだろうか。
「……やり直しだヨ、これは自分で食べようカナ」
「そっかぁ……わかった、頑張ろう」
我ながら随分なわがままだ、不満の声も上げずに付き合ってくれるビブリオガールには感謝しかない。
失敗作と断じたチョコを1つ口に放り込む。 コロコロと下の上で転がすと体温で解けた甘未が舌の上に広がるが……
「……アッ」
「こ、コルトちゃん? どうか、したの?」
「お、おにーさんってこういう……甘いチョコって好きなのカナ?」
そうだ、なんとなくミルクチョコを溶かして作っては見たが、所詮子供舌で選んだ好みだ。
おにーさんの好みとは違うかもしれないし、甘すぎると苦手という人もいる。
折角尽くして渡しても味の好みが合わなければ論外だ。
「び、ビブリオガール! おにーさんの好みって分からないカナ!?」
「ふええぇぇ? わ、私もそれはちょっと……あ、そうだ」
何かを思いついたビブリオガールがおもむろに携帯を取り出すと、慣れていない手つきで何処かへと電話をかける。
コール音数回、電話向こうの相手も暇していたようですぐに通話は繋がったようだ。
「……あ、もしもし……? 葵ちゃん?」
「ちょっと待てヨ!?」
「ふぇ!? ど、どうしたの!?」
「どうしたのってそりゃ……あれだヨ、サムライガールは駄目だヨ……!」
もしサムライガールに「おにーさんにチョコ渡すから好みを教えて欲しい」なんて言えばどうなるか。
多分私は明日の朝日を拝めない、ツキノナイヨルに背後から真っ二つにされてしまう。
――――――――…………
――――……
――…
「と、言う訳で呼ばれてきました」
「来ちゃったヨ!?」
待つこと数分、電話で事情を大体聞いてしまったサムライガールがやって来た。
さようなら故郷のママ、最後に一言電話が出来て良かったよ。
「せっかくなので私も手伝おうと思いまして、今は調理の最中ですか?」
「……あれ、手伝ってくれるのカナ?」
「もちろんですよ、私はお兄さんの事が好きです。 しかし他者にその気持ちを押し付けるほど厚かましくはないですよ」
「な、なるほどネ……」
「それに最後は私がお兄さんを振り向かせます、何の問題もありません」
「どこから湧いて来るのか分からないその自信だけは素直に尊敬するヨ」
まあ私はただの義理だから、友チョコだから関係のない話だ。
ともかく3人集まればなんとかの知恵、調理場に揃って初めに行ったのはサムライガールによる試食だ。
「ふむ……確かにこれだとちょっと甘すぎるかもしれませんね、お兄さんは大人なのでもっとビターな方が好ましいです」
「ビターチョコは……在庫が、少ないかな?」
ビブリオガールが取り出したのは3枚の板チョコ、黒い包装紙には「ビター」の文字が印字されている。
他は自分が買ってきたミルクチョコとホワイトチョコの山だ、ビターに対して圧倒的に比率が多い。
「この時期だとお店も品薄ですね……というか買い占めすぎですよ、コルト」
「が、頑張って自分で消費シマス」
「虫歯に……気を付けてね……?」
在庫の山は明らかに1人に送るにしては多すぎる、完全に調子に乗って買い過ぎた。
余ったからといって捨てる訳にもいかない、暫く私のおやつは板チョコだ。
「さて、お兄さんが好みの黄金比なら私が全部覚えています。 早速調理に掛かりましょう、私が監修する以上は半端な出来は渡せませんよ」
「もちろん、望むところだヨ! おにーさんには最高のチョコ食べてもらうからネ!」
と、意気込んだ矢先。 3人の携帯が同時に着信を鳴らす。
このタイミングで同時に着信、となれば相手は誰か予想できる。 画面を見てみれば案の定、魔法局からの通信だ。
「……はい、もしもし? 今度は何のトラブルカナ?」
『ゴルドロス、悪いけど今すぐ出撃してちょうだい。 魔物が現れたわ、既に現場でブルームスターが対応中よ』
「ブルームが? 分かった、すぐ行くヨ!」
位置情報を確認し、すぐに電話を切ると、既に2人とも準備は完了しているようだ。
先ほどまでの姦しい雰囲気はどこへやら、エプロンを脱ぎ捨てて既に戦闘準備を整えている。
「場所はここから5分ほどですね、私が先行します。 2人は魔物の反撃に注意して後方からついて来てください」
「ああもう、折角いい所だったのに空気の読めない魔物だネ!」
「お、怒っても仕方ないよ……すぐに片づけて、もう一回頑張ろう……!」
――――――――…………
――――……
――…
『グオオオオオオオオオオオオ!!!』
「っと、あっぶねぇ!!」
現場まで駆け付けると、既に到着していたブルームスターとサメ型の魔物が激戦を繰り広げていた。
周囲の被害は散々だ、巨大なスプーンでこそぎ取られたような痕跡があちらこちらに刻まれている。
「ブルーム! 無事ですか、状況は!?」
「やっときたか! 見ての通り苦戦中だ、相性が悪い! 見た目じゃ分からないけどこいつに近づくと引き付けられる!」
空を泳ぐサメ型の魔物がブルームスターに迫る中、建物の角に衝突するとその部分がザリザリと音を立てて削り取られる。
なるほど、これが妙な痕跡の正体か。 近づいたものを引き寄せる能力と驚異的な鮫肌、確かにこれは接近攻撃が主なブルームとは相性が悪い。
『グアアアアアアアアア!!!! チ゛ョコオオオオオオオオオオオオ!!!!』
「なんだか私怨の籠った鳴き声ですね……」
「しかしバレンタインにサメとはどういうことなのだろうか……」
「どーでもいいヨ、魔物の形なんて! ともかくさっさと終わらせるヨ!!」
適当な魔石を手に取り、テディの腸に手を差し込む。
そして目当てのものを取り出し、トリガーを引くと“それ”はサメにも負けない唸り声を上げ始める。
『グガ……ヒギャッ!!?』
「どーやら本能的に分かるようだネ、こいつの恐ろしさが……ブルーム、避けなヨ!!」
「へっ……? ほぅわ!?」
間一髪で避けたブルームを掠め、投擲したチェーンソーがサメの頭部に深々と突き刺さる。
逆に考えると勝手に引き寄せてくれるなら雑に投げるだけでも当たるという事だ、弾丸よりもこっちの方が効くだろう。
「覚えておくと良いヨ、サメにチェーンソーは天敵だとネ……!」
「「「え、えぇ……」」」
3人のドン引きする声を尻目に、チェーンソーが突き刺さったサメに近づいて更に回転する刃を押し込む。
流石魔物、頭にチェーンソーが突き刺さったぐらいではまだ死なない。
仕方ないから更に2~3本追加で購入して深々と突き刺す。
『グ、グギ……ミギャ……ヒギィ……』
何度か痙攣すると、漸くそのしぶとい生命力を使い切って絶命したサメの身体がクタリと横たわる。
随分と返り血を浴びてしまったが、魔物が死んだ以上はこの血もすぐに消滅するだろう。
「さー終わった終わった! 帰ってさっきの続きだヨ!」
「…………そ、そうですね」
「わ、我怖い……」
「お前女の子なんだからそういう真似はやめておいた方が良いと思うぞ……」
何故だろう、魔石を抉り取って振り向くと3人は引きつった顔をしていた。
(前後編で終わるはずが3分割になるのは想定外だった)