鏡映しの双竜 ⑥
「――――ロウゼキ!」
奪い取った小瓶を即座にロウゼキへ投げ渡す。
吸い込まれるように投げられた小瓶は妨害も無く、ロウゼキの小さな掌に収まった。
反応が遅れたローレルがベールの下で歯噛みする音が聞こえた気がする、一度ロウゼキの手元にわたってしまえば奪い返すのは容易じゃない。
「チッ……!」
ローレルも奪還は不可能と悟ったのか、すぐさま逃げるそぶりを見せる。 判断が速い。
だがそう簡単に逃がすわけが―――――
「――――ブルームはん、死にたくなかったら避けてなッ!!」
「へっ……? ほわぁ!!?」
背筋に極大の悪寒が走り、反射的にその場を飛び退く。
一瞬前まで俺が立っていた場所を貫いて飛来したのは神社の敷地内に敷き詰められた砂利だ。
それがまるで機関銃のような音を立ててローレルの全身にこぶし大の風穴を幾つも開けていく。
《ひ、ひえ……》
俺と共に特等席で蜂の巣を目撃したハクが小さな悲鳴を漏らす。
ロウゼキの持つ破壊の力を乗せれば小石一つでもこの威力、相変わらず恐ろしい魔法少女だ。
「……あかん、逃がしたわ」
「い、いやあれ……死……?」
「身代わりや、そう“視えた”から撃ち込んだんやけど」
ロウゼキが言う通り、先ほどまでローレルだったものは見る見るとしわ枯れた木に変貌し、水分が枯渇した端から風化していく。
ローレルは最初から俺たちと相対してすらいなかったのか。
「やってくれるな……けど視えたってのは?」
「ん、その話はあとや。 一応周囲の警戒と被害状況の整理、怪我人いたら最寄りの病院まで搬送や、まだまだ忙しいで」
「は、はい!」
既にこの場にローレルの影が残っていないことを確認すると、すぐさまにロウゼキは事後処理に意識を切り替えて動き出す。
ローレル(だったもの)の惨状に半ば放心していたラピリスもすぐにその後を追う、現場の対処に関しては経験のある彼女達に任せて置けば問題ないだろう。
「……って、ブルーム? どこに行く気ですか?」
「ああ、悪い。 俺は俺でやる事があるんだ、こっちは任せた」
「何言っているんですか、勝手な行動は……いえ、貴女には貴女の理由があるんでしょうね。 分かりましたよ」
「おっ、珍しいな。 てっきり引き留められるもんかと思ったが」
「言ってもどうせ聞いてくれないでしょうしね、それに野良の貴女がここに残ってできる事は少ないです。 どうぞどこにでも行ってください」
「言い方!」
何か釈然としないが、ラピリスの言う通り非公式の魔法少女がいたところで出来る事もない。
現場経験の少ない素人が1人居ても邪魔なだけだ、お言葉に甘えて取り出した羽箒に脚を掛ける。
「き、輝鏡……」
飛び立とうとしたその時、駆け付けた救急隊員によって担架に乗せられた輝鏡ちゃんの母親がうめき声を上げる。
意識はまだない、命に別状はないので本当に無意識の言葉なのだろう。
「どうして……私は、あなたが、私のようにならないために……」
「……そういう事情はちゃんと言葉にしないと伝わらないよ、俺も人のことは言えないけどな」
親から逃げた人間が説教する言葉はない。
それに、今さら何か言った所でもう遅い。 俺にできるのは……少しでも早くこの事件を終わらせることだけだ。
――――――――…………
――――……
――…
既に空は日が沈み始め、街の方からは気のせいかいつもよりうるさい喧騒が聞こえてくる。
クーロンは上手くやっているのだろうか、だとしたら私にもそろそろ時間がない。
「……なぁにしかめっ面してるんすか、トイレなら向こうっすよ」
「知っておるわ、というか何度も行ったわ!」
「そうすか、まあ余計な事は考えない方が良いっすよ」
「……ふんっ」
隣のベッドで横たわるそばかすがあまりにも不躾な視線を送って来る。
まあ実際に脱走を考えている訳だから文句は何も言えないのだが、にしても勘のいい奴だ。
「……我はトイレに行くぞ、覗くなよ?」
「覗かねえっすよ!」
今なお療養中のアイツとは違い、私は既にある程度の体の自由は戻ってきている。 あいつの目を盗んで逃げること自体は完璧だろう。
とはいえ、身一つで逃げたところで先はない。 やはりクーロンの言う通りに錠剤を取り戻さねば……
「…………」
仮に、今一度魔法少女に変身できたとして……私は戦えるのだろうか。
あのそばかすの言葉が頭の中をぐるぐると回っている。 決意が揺らぐ。
あいつは私の痛みも苦しみも知らない、否定してしまうのは簡単だ。 だが……心のどこかでしこりが残る。
「……考えるのは、あとだな」
まずは錠剤を取り戻して……それから考えよう。
ここを逃げ出して、ヴィーラたちと合流して、そうすれば何か考えが浮かぶかもしれない。
ふらふらと怪しい足取りでトレイまでの道のりを歩いていると、よく前を見ていなかったせいで柔らかい何かにぶつかった。
「わふっ!」
「…………悪い、大丈夫か?」
質量差で弾かれて盛大に尻餅をつくと、私にぶつかって来た忌々しい壁が手を差し伸べてくる。
噂をすれば何とやら、というよりこの院内でぶつかるような相手はこいつぐらいか。
数少ない錠剤を奪いあげたヤブ医者が目の前に立っていた。