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第二十二話:おっさんはギャンブルに勝つ

 バトルロイヤルに勝ったというのにまさかの延長戦が始まった。

 ゲーム時代、そういうケースは見たこともないし、報告もあがっていなかった。

 それはゲームと現実となった今との違いというより、単純に魔物を生み出す魔物が超レアで、ゲーム時代に目撃例がなかっただけに思える。


『折れた左腕と、酸にやられた右手がひどく痛むな』


 "このままでは"、そう長くは戦えないだろう。

 左腕はまったく動かないし、いくら布で縛り付けたとしても握力がない今、剣戟の威力は激減している。

 あれを使うとするか。


「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

「さっきの負けを取り戻してやる!」

「死にぞこない、さっさと諦めたらどうだ!」


 やじがひどい。身内以外はほとんど全員俺の死に賭けているせいだ。

 両腕が使えない魔法戦士なんてものはでくのぼうに等しい、もし俺が客側でも、俺の死に賭けるかもしれない。


 そんな俺を囲むのは、ヴェノム・パピオンの幼虫であるヴェノム・キャタピラーたち。

 そいつらが毒牙で襲いかかってくるのを躱しつつ、壁に張り付いている蛹を目指して走る。


『絶対に羽化はさせない』


 なにせ、あの蛹がヴェノム・パピオンになってしまえば、またヴェノム・キャタピラーたちを生み、倍々ゲームで増えていく。

 ……よくこいつら問題にならないな。

 こんなペースで増えるのなら、あっという間にダンジョンを覆い尽くしてしまいそうだが。


 もしかしたら、あくまで産卵は戦闘スキルなのかもしれない。

 戦闘する相手がいなくなれば、使わないから数が増えない。

 もともと、こいつがでるダンジョンには冒険者が近づかないから、それが発覚しなかったという仮説が成り立つ。


「糸まで攻撃に使うのか」


 毒牙を使った突進では俺を捉えられないと悟った幼虫たちは糸を吐いてきた。

 粘着性があり、強靭な糸、あれに捕まれば、そのまま食われてしまうだろう。

 それを跳躍で躱し、その勢いを利用してようやく蛹を射程に捉える。


 空中で詠唱を始めた。

 使用する魔術は、虫系の魔物に極めて効果的な属性を持つ魔術。

 今、欲しいのは圧倒的な火力だ。

 蛹状態の魔物は極めて硬い。

 それを撃ち抜くには生半可な威力じゃ足りない。おそらく、握力が弱まった今、全力で斬撃を放ったところでろくなダメージも与えられない。

 だからこそ、十八番を使う。

 中級火炎魔法【炎嵐】カスタム。


「【爆熱神掌】!」


 折れているはずの左腕を振りかぶる。その掌に超高熱の炎を生み出し、思い切り叩きつけた。

 繭を貫き、内側から炎が蹂躙してしまう。

 まずは一匹。


「よし、ちゃんと動く」


 右手の痛みも引き、握力が戻ってきた。

【爆熱神掌】はクールタイムがあるため連射が効かない、【神剛力】を併用した【バッシュ】を使おうと準備する。

 いや、その必要はないか。

 蛹がひび割れ、ヴェノム・パピオンが頭を出し、次の瞬間には……。


「【バッシュ】」


 もっとも重用している、シンプルな斬撃スキルで頭を砕く。ヴェノム・パピオンは防御力自体はさほど高くなく、孵化したてで、防御力が下がっていた。

 これなら、一撃で殺せる。

 観客たちがざわめく。


「なんで、あいつ左手で」

「そもそも、今の一撃、怪我人のものじゃないぞ」

「ずるだ、ずるしてやがる!」


 なにせ、俺が使えないはずの左手を使い、右手も万全な状態に見えるのだから騒ぎもするだろう。

 奴らは俺が瀕死に見えたからこそ、俺の死に賭けているのだから。


 もうそろそろ演技もいいだろう。右手に巻いている包帯も取る。

 そこには、ただれた皮膚はなく、綺麗に傷が癒えていた。

 観客たちから悲鳴が上がる。

 彼らはようやく、自分が騙されていることに気付いた。

 包帯を巻いたのは剣を固定するためではなく、傷が治っていくのを隠すためだったのだ。


 幼虫たちが、殺された兄弟の仇を取るために襲いかかってくる。

 奴らの毒と糸は厄介だ。

 だが、所詮は幼虫でありレベルと基本ステータスは低い。

 単純な突進を紙一重で避けて、カウンターで刃を滑らせる。返り血を浴びるなんて間抜けな真似はさらさない。

 柔らかい腹を切り裂かれた幼虫は一撃で瀕死。


「さあ、かかってこいよ。糞虫ども」


 手招きをする。

 両腕が戻った以上、当たり前のことを当たり前にすれば勝てるのだ。

 油断なく、容赦なく、俺は俺の剣を十全に振るって見せよう。


 ◇


 そして、三分後、コロシアムに立っているのは俺だけになった。


『勝者、冒険者ユーヤ。まさかの大逆転勝利! 今日のバトルロイヤルはこれにて終了となります』


 ブーイングの嵐が起こる。

 大損した連中が、俺の怪我が治ったことに対して反則だと叫んでいるが、ディーラーたちは取り合わない。

 ぶっちゃけた話、身ぐるみをはいでリングに上げるという手順が存在するだけで、武器やアイテムの持ち込みを禁止しているわけではない。

 俺は反則などしておらず、ボディチェックをした奴らが間抜けなだけだ。


 そんな狂乱っぷりを冷笑して、ようやく開いたゲートから外に出た。

 控室では、支配人たちが頭を下げて、それなりにいい服とチップ千枚を渡してくる。


「貴方様はクズからお客様に戻りました。再び、カジノをお楽しみ下さい。……また、当カジノでは一度でも借金を返せなかったお客様には、チップをお貸ししないという取り決めがありますのでご容赦を」

「ああ、こんなこと二度としないさ。その千枚のチップはなんだ」

「二戦目のファイトマネーでございます」


 どうやら、一度目で借金はチャラになり、その千枚はファイトマネーということらしい。

 一度のファイトで一千万円相当の支払いというのは破格ではある。……ただ、死んで当たり前というレベルなのを考えるとそれぐらいもらってもいい気もする。

 チップはもう借りることはできない、つまり、バトルロイヤル必勝法は二度とできないということ。

 むろん、ルーナたちをここに送り込むことは可能だが、そんなことをするつもりは一切ない。

 命の危険があるし、なにより彼女たちは女の子だ。……このバトルロイヤル、女が相手でも容赦なく身ぐるみを剥ぐし、バトルロイヤル時に貸し与えられる服は、ちょっと動いただけで下着が丸見えの奴隷服。彼女たちにやらせるわけにはいかない。


 ◇


 そんなこんなでようやく、みんなの元へ戻ってこれた。


「ただいま」

「んっ、おかえり」


 ルーナが飛びついてくる。

 俺のことを心配してくれていたようだ。


「すごかったね。一回目のバトルロイヤル、武器もないのに、あんな魔物たちと渡り合ってたじゃん」

「さすがはユーヤと言ったところですね」

「そうは言っても、まともに倒したのはヴェノム・パピオンぐらいだったがな」


 ソードマスター・リザードを巴投げでぶん投げたが、あれはさほどダメージが入っていない。

 奴から剣を奪うことで、なんとか五分五分で戦える状況まで持ち込んだだけだ。


 俺がソードマスター・リザードを倒したわけじゃなく、アダマンタイトホーン・ブルの不意打ちこそが奴の死因。そして、そのアダマンタイトホーン・ブルを倒したのはヴェノム・キャタピラー。


「でも、そう仕向けたのはユーヤおじ様よ。見事だったわ。ああいう戦い方もあるのね」

「それは否定しない。かなり特殊なケースではあるんだが魔物の同士討ちを狙うっていうのは立派な戦術の一つ。頭の隅に置いといてくれ」


 こくりとみんなが頷く。

 基本的には、魔物が徒党を組んで襲ってくる場合は、友好関係が存在し、同士討ちは狙えない。

 しかし、何事にも例外はあり不仲な魔物同士が襲いかかってくることもあるし、群れを引き連れたまま逃げて、別の群れにぶつけるという手を取ることもある。

 自身の強さだけが勝敗のすべてではないのだ。


「んっ。あと、気になってたことがある。ユーヤの両腕だめになってたのに、いきなり回復した。あれ、何をしたの?」

「【回復ヒール】を使ったんだ」

「……あの、なんでもないように言ってますが、魔法戦士は【回復ヒール】を使えないですよね」

「覚えてないか、以前、ドロップ品で手に入れた魔法を封じ込める羽。あれにセレネの【回復ヒール】をいくつかストックしておいただろう?」

「アイテム全部没収されるから、私に荷物を預けていったじゃないですか」

「表向きはな。状態異常回復アイテムと、【回復ヒール】を閉じ込めた羽は隠し持っていたんだ」


 最後の保険として持っていた。

 状態異常で詰む危険性はあったし、死にはしなくても腕や足にダメージを負って動けなくなる可能性はあり【回復ヒール】も持っておきたかった。


「いったいどこに。パンツの中までチェックされたのに」

「あれじゃ甘いな。奥歯に状態異常回復の丸薬を詰めているのが見つからなかったし、パンツの中まで見ても、肛門の中まではみなかっただろう?」

「すごいっ、ユーヤ天才!」

「あはははっ、お尻の中だって、あんなの入るんだ」


 ルーナが尊敬の眼差しで見て、ティルが爆笑している。

 俺はケツの穴に羽を折りたたんで仕込んでいた。ちなみにこれはゲーム時代にはできなかったこと。ヤクザやスパイなどが携帯をそこに仕込んでいるのに比べたら可愛いものだ。


「ルーナちゃん、ティル、真似しちゃだめですよ」

「……まさか、お尻の中に回復アイテムを隠し持つなんて考えもしなかったわ」


 そして、良識があるフィルとセレネの二人は若干引いていた。


「そら、命がけなんだ。それぐらいはするさ。【回復ヒール】が一発分あるだけでもだいぶ違うからな」

「そんなのがあるなら、もっと早く使ってください。かなり心臓に悪かったですよ」

「使うのを遅らせたのはわざとだ。両腕が駄目になったほうが、金持ちどもが俺の死にかけてくれるだろう? そうなればそうなるほど、俺に賭けたフィルたちが儲かるってわけだ」


 いわゆる演出だ。

 大負けした連中が、損を取り返そうと熱くなっているところに、わかりやすく俺が負けそうな理由を提示して、火に油を注ぐ。

 狙いはあたり、凄まじい勢いで俺の死に金が積み上がった。


「凄まじいお金への執念ね」

「冒険者としては、これぐらい普通だ。むしろ、おまえたちは金がない辛さを知らないから、執着がなさすぎる」


 フィルはともかく、ルーナたち三人が知っている旅ははっきり言って、超セレブなのだ。

 街で毎回宿に泊まっていること自体がすでにおかしい。


 日本人的な感覚で言えば、フリーターがどの街でも高級ホテルに止まりながら、金に糸目をつけずにうまいものを注文するようなもの。

 装備だって、金で手に入る最上級のものを揃え、回復アイテムなどの消耗品も常に万全。さらには貴重な魔道具を駆使して快適な旅を行う。


 こんなパーティなどほとんどいない。

 冒険者のほとんどはその日暮らし、少しでも金が入るたびに生存率を上げるため、生活を限界まで切り詰め、装備と消耗品に金をかけていく。そのため、生活は苦しく、惨めなものだ。俺もだいぶ昔は苦労したものだ。

 駆け出しのころなんて、スラムの空き家を無断で使って、虫やらネズミなんかまで食っていた。


「そういうしんどいの、ルーナはちょっと興味ある」

「あっ、私も。ユーヤって私たちの旅は恵まれてるって、よく言うよね。だったら、普通のを体験してみたいよ」

「……ほう、言ったな。街で馬小屋を借りて藁の中で寝てみるか? 食事はかちかちの黒パンと水と干し肉なんてのが一ヶ月以上続く。もちろん、ダンジョン内ではテントなんて使えない。木にもたれかかって、寒さを凌ぐのは毛布だけ。魔物に怯えながら交代で見張りをしないとならない。そんな疲れた体で連日の冒険だ」


 ルーナとティルが顔を逸らした。

 反応を見ていると、とくに一ヶ月以上の粗食が嫌みたいだ。


「無理に貧乏な生活をすることはないですよ。それより、チップがすごいことになりましたね。五万枚以上あります」


 俺の迫真の演技で、両腕を潰れていると思っている馬鹿どもが大量に賭けてくれたのと、俺を信じてフィルだけでなくルーナたちまで賭けてくれたおかげで、凄まじい勝ちが積み上がった。


「これだけあれば、目的だった最高級素材を手に入れても四万五千枚以上残るな。……よしっ、必要なものと交換したあとは、山分けしてそれぞれが欲しい物を手に入れよう。換金することもできるが、ここでしか手に入らないものばかりだから、金に変えるのはもったいない。とはいえ、判断はそれぞれに任せる」

「やった! お宝、お宝」

「さっき下見したけど、いっぱい面白そうなものがあったよね! これはもう踊るしかないよ」

「んっ」

「きゅいっ、きゅ!」


 お子様二人組とエルリクが謎ダンスを始める。

 カジノの景品交換にわくわくする気持ちは俺にも理解できた。

 ここまでの大勝は想定していなかった。

 思いっきり、買い物を楽しむとしよう。


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