第二十一話:おっさんはバトルロイヤルをする
リングへの門が開くと同時に詠唱をしながら走る。
戦いにおいて、何よりも大事なのは初動。
通常の戦いでは、情報収集と戦略の立案という作業を最初に行うが、今回は初めから戦いの相手が決まっており、その情報を得ていた。
であるため、その時間を省略できる。
どの魔物よりも先にリングへとあがり、首を振り、彼我の位置関係を把握。
立ち位置を調整しつつ、詠唱は最終フェーズに。
俺が走りながら詠唱していた魔法は中級雷撃魔法【雷嵐】……その効果範囲を弾丸一発まで超圧縮し、詠唱時間の倍増というリスクを負って超威力・長射程を実現したカスタムマジック。
「【超電導弾】」
雷の弾丸で狙うのは、最も警戒していたヴェノム・パピオン。
胴体が醜悪なだるま人間に置き換わり、羽は毒々しい色と禍々しい巨大な瞳の紋様を持つ猛毒蝶。
その羽に描かれた瞳を雷弾が貫いた。
「ピギュアアアアアアアアアア」
甲高い悲鳴と共に、ヴェノム・パピオンが墜落し、地を這う。
あれはもう無視していい。
ヴェノム・パピオンの武器は毒の鱗粉。このリングはほぼ無風。鱗粉をこちらに届かせるには、羽ばたいて風を起こすか、頭上から撒き散らすしかない。
羽を貫いた時点で、あれはもう脅威でもなんでもないのだ。
それを横目で見ながら、バックステップ。
「ギュアアアアアアアアアアアアア!」
目の前を剣が通り過ぎていく。
業物の剣で、その太刀筋は超一流のもの。
ソードマスター・リザードの一撃だ。
……これがバトルロイヤル。このリングにいるものすべてでの殺し合い。
一瞬たりとも油断ができない。
ソードマスター・リザードが腰にある二本目の剣を引き抜く。
二刀流。それこそが、こいつの戦闘スタイル。
人間が二刀流を使うのは極めて難しい。現実で歴史をたどっても完璧に使いこなせるものは少ない。
剣術の世界では非効率的だと淘汰された存在なのだ。
二本の剣を同時に扱うことは難しいし、片手で振るとなると短く軽い剣を使わざるをえず、そんなものを片手で振るのだから一撃が軽くなる。
結局、重く長い剣を一本振るほうがずっと理にかなっている……なのだが、魔物の筋力があれば話はべつだ。片手で振ろうが人間の両手持ち剣より重い一撃を放てる。
なおかつ、ソードマスター・リザードの二刀流は完成の域にある。まるでダンスのように、流麗かつ苛烈な連続斬撃だ。
剣が一本であれば、真剣白刃取りぐらいはしてみせるのだが、二刀流が相手だと一本を受けた瞬間に二本目に切り裂かれる。
だからこそ、後ろに下がるという逃げの一手を取る。
これは誘いでもある。
重要なのは位置とタイミング。
……ソードマスター・リザードの恐ろしさは、こちらの動きを学習し、先読みしてくること。
だからこそ、行動を誘導しやすくもある。
「ギュア!」
裂帛の気合と共に、両手の剣を前方に突き出し、理不尽な超加速をする。
二刀流限定突進スキル、【デュアル・トラスト】。
バックステップで俺が下がる速度より、圧倒的に速い。
為すすべもなく貫かれるしかない……これを予測していなければ。
わざとバックステップを続けていたのは、このスキルを誘うため。
奴の学習能力なら、こういう躱し方をしていれば確実にこのスキルを使う。
スキルを使わず、圧倒的な技量で変幻自在の連続攻撃を繰り返されているうちは対処不可能、詠唱する余裕すらなかった。
しかしだ、いくら速くともスキルという決まった型、しかも使うスキルがわかっていれば、先読みで対応できる。
スキルの前兆が見える前から上半身をわずかに寝かしていた。
スキルの発動と同時にさらに上半身を寝かし、まるでリンボーダンスのような、滑稽な姿になる。
その反らした上体の上を、ソードマスター・リザードの突き出された刃が通過していく。
奴の両手首を掴み、完全に倒れ込むと同時に腹を蹴り上げる。いわゆる巴投げ。
突進技の速度そのままに奴は地面へと叩きつけられる。
「グヒッ」
ソードマスター・リザードの肺から空気が漏れる音が聞こえて、あまりの衝撃に左の剣を落とす。
それを速やかに確保。
「ありがたくいただく。これで五分だ」
巴投げで殺せるとは思っていない。
俺の目的は最初から、やつの剣を奪うこと。
自身の剣を奪われて、血走った目で、ソードマスター・リザードが睨む。
俺は苦笑し、そのまま全力で横っ飛び。
……だが、わずかに遅かったようで、後方から迫っていたアダマンタイトホーン・ブルの突進がかすり、ピンポン玉のように吹き飛ばされ、リングに叩きつけられた。なんとか受け身をしながら転がるが、受け身に使った左腕が折れたうえ、かなりのダメージを負ってしまった。
角に当たらなかっただけでもマシだ。
「えげつないな」
俺が立ち上がって見た光景、それは全身の骨が砕けて壁に磔られたソードマスター・リザードの姿。
かろうじて生きているが、虫の息だ。
巴投げで地面に叩きつけられた奴はすばやく起き上がることができず、あの突進を躱すことができなかったのだ。
……まずいな。奴に死なれたら、せっかく奪った剣が消える。
ソードマスター・リザードはドロップ品で上級の剣をドロップしてくれるが、あまりにも確率が低い。
瀕死のやつが死ぬ前に、アダマンタイトホーン・ブルを倒さないと。
奴は魔法耐性が異様に高く、カスタムマジックの火力でも、魔法で倒すのは難しい。角がない側面と背面に物理攻撃を加えて倒すしかなく、化け物じみた体力を削りきるには剣が不可欠。
「【ウォークライ】」
ヘイトを集める技を使う。
バトルロイヤルで使うのは自殺行為のスキルではあるが、地を這うヴェノム・パピオンと、瀕死のソードマスター・リザードはもはや怖くない。
アダマンタイト・ブルの注意を引くことができればそれでいい。
目論見はあたり、血走った目でアダマンタイト・ブルがこちらをみて、闘牛独特の前足で地面をかく仕草を見せる。
……超速の突進を躱して、背中に飛び乗り殺し切る。
そうすれば、このバトルロイヤルの勝者は俺で決まり。
大事なのはタイミング。
集中力を研ぎ澄ます。
やつが突進してくる。しかし、様子が変だ。動きが遅い。それどころかふらつき始めた。さらには顔が紫に変色し、倒れた。
「モオオオオオオオオオオオオオオオオオオンン」
激痛に苦しみ、悶えている。
猛毒だけでなく麻痺、混乱、恐慌、さまざまな状態異常にかかっている。なぜだ、ヴェノム・パピオンは無力化していたはず。
「……吐きそうだ」
奴が倒れたことで、その原因が見えた。
成人男性ほどはある蝶の幼虫型魔物がアダマンタイト・ブルの後ろ足と背中に張り付き、牙を突き立てていた。
そして、毒と麻痺と幻惑と混乱で半死半生のアダマンタイト・ブルを食らっている。
……成虫があれだけに、その姿はとてもおぞましい。
毒々しい紫色に、成虫にもある瞳模様が刻まれている。そして、人間の顔で口は肉食幼虫のもの、しかも無数の足はどこか人間の足めいていた。
羽をもがれたはずのヴェノム・パピオンを見る。
やつはまだ地面でのたうちまわっているが、その腹が大きく膨れており、卵をひりだすところだった。
人間の頭よりふた周りは大きい、そんな半透明の卵がどくんどくんと脈打っている。
その殻が、周辺に散らばっていた。
そして、今、生んだばかりの卵を突き破って幼虫がでてくる。
こういうスキルがあったんだな。というか、人間部分、どうみても中年男なのに、それはありなのか……。
かつて俺がヴェノム・パピオンに全滅させられたとき、奴らは風上から群れで鱗粉を撒き散らした。
それをもろに受けて倒れたところに、どこからか現れた幼虫に食い殺されたのだが、なるほど奴らはその場で産んでいたのか。
ヴェノム・パピオンは実入りが少ない上に超危険な魔物であり、避け続けていた。そのせいで、この生態は知らなかった。
完全に想定外。
アダマンタイト・ブルが食い殺され、飢えた幼虫は瀕死のソードマスター・リザードに殺到する。
ソードマスター・リザードは悲鳴をあげ必死に抵抗するが、幼虫の数が多いのと、瀕死の重傷を負っているせいで動きが鈍っている為に、食われていく。
幼虫たちに覆いかぶされて、見えなくなってしまった。ちょっとしたグロ画像だ。
「【神剛力】」
俺は攻撃力倍加魔術の効果時間を一瞬にまで圧縮することで超火力を得る魔法を使った上で剣を投擲した。
その剣はヴェノム・パピオンの頭を貫き、やつは死に青い粒子に変わっていく。
かんかんっと甲高い音を鳴らして剣が落ち、その剣も青い粒子になって消えていく。……ソードマスター・リザードマンが食い殺されてしまったらしい。
これで生き残りは俺だけだ。
ただ、ヴェノム・パピオンが死ぬまでに生んだ七体の幼虫たちは残っており、唯一、この場に残った餌である俺を見ている。
どうやら、ヴェノム・パピオンのオプションではなく個別の魔物という扱いらしい。
「運営! 早く、勝ち名乗りをあげろ!」
こいつらはバトルロイヤルと関係ない魔物だ。
相手をして居られない。
『勝者、冒険者ユーヤ』
観客席から悲鳴と怒号が飛び交う。
俺の死を望んでいた連中が大損していい気味だ。
死ねコールまで巻き起こっているが、負け犬の遠吠えなど気にはならない。
しかし、いつまで経っても門が開かないのはまずい。
幼虫たちが俺を囲むようににじり寄り、今にも飛びかかりそうだ。
『バトルロイヤルは終了しました。しかし、現状ではゲートを開くのが危険なため、ヴェノム・キャタピラーの駆除をお願いします』
……おいおい、冗談だろ。
さすがにそれは理不尽だ。
観客席の死ねコールが大きくなる。
よくよくみると、俺を囲んでいる幼虫は五体。
アダマンタイト・ブルとソードマスター・リザードを食って腹いっぱいになった二体は糸をはき、壁に貼り付き蛹になっているところだ。
あれは、どうみてもヴェノム・パピオンになる前兆だ。
もし、奴らがさらにヴェノム・キャタピラーを生んだら……。
そんな思考は、飛びかかってきた幼虫で中断される。
牙に毒がまとわされていた。アダマンタイト・ブルの様子を見る限り、成虫の鱗粉と同じ性質を持っている。
噛まれたら終わりだ。
カウンターで打撃を加える、思ったより柔らかく肉を貫く……すると体液がかかり。
「がああああああああああああああああ」
激痛だ。
毒ではなく、溶解液で皮膚がただれる。
それを見た観客たちが歓声をあげる。
さきほどの勝負で大損させられた奴らは、俺が苦しむところを見たいらしい。
『お客様、エキシビションマッチです。彼が生き残れるかどうか。三十秒以内に賭けてください! さきほどの賭けで多くの方が損をしました。取り返すチャンスです』
上空にスクリーンが表示され、賭けの金額が表示される。
……俺の死にすごい勢いで積み重なっていく。
まあ、そうだろうな。俺はアダマンタイト・ブルの突進で左腕は使い物にならず、残った右腕も溶解液で剣も握れない状態だ。
「それでも死んでやるつもりはないが」
幼虫の突撃を躱して包囲を抜けつつ、蛹へと向かう。まずはこれ以上数を増やさないことを第一にしなければ。
そこでようやく気付いた。
ソードマスター・リザードの死体があった場所に剣が転がっていた。
幼虫に覆われていて見えていなかったのだ。
低確率ドロップであり、運がない俺は始めから諦めていた。
最後の最後に幸運が巡ってきたのか、あるいは幼虫に食われたソードマスター・リザードが仇をとってくれと言っているのかもしれない。
観客たちはそれに気付いていないようで、賭け金は俺の死にどんどん乗っていく。
『賭けは終了です! どうやら圧倒的に、冒険者の死に……いえ、締切ぎりぎりでとんでもない金額を賭けた方々が。これは!?』
チップが、なんと三万枚近くも俺に賭けられていた。
「ユーヤ、がんばって」
「ユーヤ兄さんだったら、そんなの余裕だよね」
フィルがさきほど勝った枚数だけではこうはならない。先の戦い、お子様二人組もしっかり賭けていたらしい。
そして、それを全額賭けた。
……まったく、生粋のギャンブラーだ。
だが、面白い。
こんなふざけたゲームを考えたことを後悔させてやれる。
幼虫を躱しながら、ついにソードマスター・リザードのドロップした剣を拾うと、その存在に気付いた観客たちが悲鳴を上げる。
溶解液を喰らった右手の握力が弱っているため、奴隷服を切り裂いて、しばるようにして巻きつける。
「こいよ、糞虫。駆除してやる」
これでもう負けはない。
剣を持った以上、こんな幼虫どもは苦にならないのだ。