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第十七話:おっさんは招かれる

 カジノを楽しんでいた。

 四千枚チップを賭けることによってイベントを発生させることが目的だ。

 そのため、勝ち負けはどうでもいい。

 しかし、やるならば勝ちたいと思うのが人情というものだ。


 ……なにせ日本円換算すれば四百万ものチップを使っているのだから、燃えないはずがない。

 俺はプレイングの比重が高いポーカーに勤しんでいた。

 こちらの手はキングのスリーカード。

 ポーカーにおいてはそれなりに強い手だ。

 ここはもちろん、勝負!

 レイズによって賭け金を吊り上げる。

 そして、お互いの手が明かされた。


「エースのスリーカードだと!?」


 ディーラの手はエースのスリーカード。同じスリーカードだが、あちらのほうが強い。


「お客様、チップが尽きたようですが買い足しをなさいますか?」

「……いや、いい。楽しかったよ」


 手持ちを使い切ってしまった。

 それも一時間もしないうちに。

 ……やはり、俺は運がないな。ギャンブルには致命的に向いてない。

 これ以上やっても傷口を広げるだけだ。

 なら、みんなの様子を伺うとしよう。


 ◇


 近くを歩いて最初に見つけたのは、フィルとセレネの年長組だ。

 二人は同じルーレットの卓にいた。


「……さすがに堅実だな」

「こっちに来たんですね」

「全部すってしまったからな」

「あれだけの大金を一時間もせずに失って笑ってられるのってすごいです。……私たちはあれからここにある全部のゲームを調べたんです。ルールを聞いて、他の人がプレイしているのを眺めて。そして、結論を出しました。安定して勝つのは不可能です」

「それで、勝てないまでも負けないことを選んだのか」


 カジノにあるゲームに必勝法はない。

 強いていうなら、ポーカーなどは札の強さだけじゃなく駆け引きがものを言うし、ブラックジャックなどはカウンティングと言って場にでたカードを全て記憶すれば確率的に有利な勝負ができる。


 しかし、ポーカーのディーラは超一流だし、ブラックジャックのディーラは残りのカードを把握しており、確率に大きな偏りがでるようになればシャッフルし直してしまい、安定して勝つことなど出来ない。


「ええ、二人で話して気付いたの。このルーレットは赤か黒か賭けるなら二分の一だし、配当も二倍。私が赤、フィルさんが黒に賭ければどちらかは勝つ。……もちろん、0に入ると負けだけど確率的にはそうそうないわ」


 だから二人は、イベントが起こるまでのベット必要数を稼ぐことだけを考えた。 

 これなら傷は浅い。

 だが、実のところ致命的な欠点がある。


「ちなみに、そうやって賭けてるのは何回目だ」

「これで三回目です」

「なら、そろそろか……フィル、十枚ほどチップを貸してくれないか」

「はいっ、どうぞ」


 フィルから十枚ほどチップを借り受ける。

 そして神経を集中を高め、ディーラーの一挙一投足を見逃さないようににらみつける。

 ディーラが動いた。ベット終了を示すモーション、その初動と同時に動く。

 叩きつけるように0に置く。

 そして、賭けが締め切られた。

 くるくるとルーレットの上を球が回る。


「ぎりぎりのタイミングであんなところに賭けたのは意図があってですよね」

「もちろんだ。実は、ここにいるディーラは全員、狙ったマスに球を落とせる。だから、二人みたいな小賢しい客はどこかで必ず殺しに来る。0に落としてな。そこを逆に狙った」

「それって絶対勝てないってことじゃ」

「普通にゲームをしている分にはランダムに投げてくれるさ……そして、さすがに球を投げてからは球の落とし所を変えられない。おまえたちを殺しにくるディーラを殺す賭け、ぎりぎりまで気取られるわけにはいかなかった」


 実のところ、この殺しを逆手に取る、殺し返しは必勝法ではないが勝算の高い方法として知られている。

 しかし、テクニックと反射神経がいる。


 ベットを終了し、球を投げるぎりぎりの刹那でなければ、ディーラーは殺し返しを見てから手を変えてくる。

 その刹那を狙い撃つのは武術の達人であること及びディーラーのモーションを知り尽くしていることが必須。


「もし、殺しに来るならボロ勝ちね」

「まあな、本当に殺しに来てくれるならってのもある。そろそろ来るってのは勘だ……だが、完全に当てずっぽうってわけじゃない。殺意を感じた。こいつらはゴーレムだが感情がある。だからこそ、客を殺せるんだ」


 ここにいるディーラーたちは強い。

 それは確率論だけじゃなく、感情があり、その感情を操れるからだ。

 だが、この一投だけで言えば裏目にでた。


 俺には運がない、運任せのギャンブルなら間違いなく負ける。

 しかし、剣士としての腕は超一流。殺気を見逃すほど間抜けじゃない。

 回り続けた球が勢いを無くしていく、そして、ポケットに落ち、二度、三度と跳ねて、止まった先は……。


「本当に0に止まりました!?」

「私たちが賭けた五十枚のチップは持っていかれたけど、ユーヤおじ様の賭けた10枚は、36倍の360枚になったわ。大勝ちね」


「まあ、こんなものだ。フィルに借りたチップは倍にして返そう」


 うまくはまったのでドヤ顔をしておく。

 フィルに借りた分を倍にして返しても手元には340枚もチップがある。

 あと六十枚稼げば、損を取り戻せる。よし、まだまだ俺は負けてない。これからだ。


「でも、少しもったいないですね。勝算が高いなら、もっと賭ければよかったのに」

「いや、素早く賭けるには手の平に握り込めるぐらいが限界だ」


 欲をかくと失敗する。

 なにごとも節度を守らなければならない。


「俺はルーナたちを見てくるが、二人はどうする?」

「そうですね。ルーレットで負けない賭けができないとわかったので、別のゲームをします。せっかくなので、何も考えずに面白そうなのを選ぼうかなと。サイコロを使った面白そうなゲームが気になってました」

「私はもう少しルーレットでがんばるわ。普通に賭ける分にはランダムなんでしょう? カジノの中ではわりと勝てるほうのギャンブルだと思うの」

「そうか、頑張ってくれ。俺ももう少し頑張ってみる」


 元手もこうしてあることだしな。


「一時間もせずにあれだけの大金ぜんぶなくしちゃったのに、まだやるんですか?」

「……勝負はときの運だ」

「あの、悪いことはいいません。もうそれ使わずに取っておいたほうがいいと思います」

「同感ね」


 悔しいが言い返せない。

 しかし、ここで逃げては男がすたる。


「ここからが本番だ」


 だから、強く言い切った。

 二人がジト目で見てくる。

 俺はそれに気付かないふりをして背を向けた。

 とにかく、ルーナとティルの様子をみよう。あの子たちは考えなしにギャンブルをしているだろう。

 きっと今頃手持ちを全部なくして暇そうにしているだろう。

 

 ◇


 ルーナとティルがいたのはスロットコーナーだった。

 ここのスロットはえぐい。

 定番の3×3のスロットで模様がそろえばそれに応じたコインが吐き出される。

 そして、チップを三枚まで入れられる。一枚だと中央だけ、二枚だと中央と上、三枚だと三列どこで揃ってもいい。


 ケチって一枚だけチップを入れて、真ん中以外が揃うと死ぬほど悔しい。

 だから、みんな三枚チップを入れるのだが、一回スロットを回すだけで三万円がとんでいくのは洒落になってない。……日本での一般的なスロットのコインが二十円だと考えれば、どれだけめちゃくちゃかわかるだろう。

 このカジノにあるゲームの中でもトップクラスに手持ちの金が減りやすいゲーム。

 だというのに、二人は未だに楽しそうに遊んでいる。

 そう、手持ちチップが尽きてない。それだけで十分異常なのだ。


「二人共、精が出るな」


 並んで座っている二人に声をかける。


「今、声をかけないでよ!」

「ユーヤ、じゃま!」

「きゅいっ!」


 露骨にうっとうしがられて、心にぐさっと棘がささる。

 お子様二人組にここまで邪険にされたのは初めてだ。

 二人共怖いぐらいに真剣にスロットを眺めていた。


 ……ちょっと待て、ティルのほうに至っては、ハイ・エルフの血を色濃く受けついだ特別なエルフのみが顕現する【翡翠眼】を全開時の翠の燐光が漏れてる。


「うん、覚えた。ルーナ、もういいよ」

「わかった」


 ルーナが三つのボタンを次々に押していく。


「んっ、左が三つ、真ん中が四つ、右が二つ」

「こっちはちょっと待ってね、今、絵を書くから」


 お子様二人組が椅子から降りて、紙に何かを書き始めた。

 ティルが書いているのはレーンごとの絵の並び、……ちょっと待て、俺の動体視力でもレーン全部とその順番なんてまったく見えない。

 それを完璧に書き上げただと!?


「こんな感じだね! ふふふ、私の眼からは逃れられないよ。ルーナそっちの数字は間違いない」

「んっ、ばっちり。スライド数は三、四、二」


 スライド数? なんだその数は? ゲーム時代ですら聞いたことがない単語だ。


「あの、そろそろ話しかけてもいいか」

「うん、いいよ」

「もう、準備終わった」


 二人がいつもの二人に戻っている。


「そのスライド数っていうのは何だ?」

「このスロット、ボタン押してからいくつか動く。台とボタンごとに違う。この台は、左から三、四、二」

「だとしたら、狙いはバナナの次のサクランボが左で、セブンの次の宝石箱が真ん中、最後のはエビが二つ並んだあとだね。そしたら大当たりだよ」

「うん、それ狙う。あとはルーナにお任せ」


 そう言うと、ルーナはスロットを回し始める。

 豪快に三枚コインをぶち込んで、目押しでスロットをやっていく。

 そして、二十回ぐらいチャレンジしたところで、セブンが三つ揃って、五百枚のコインが吐き出された。

 ……この間、わずか五分程度。五分程度で六十万円相当のチップを失い、五百万相当のコインを得た。


「ちょっと、頭くらくらして時間がかかった。頭いたい」

「お疲れ! また勝ったね。でも、これでまた覚え直しか、めんどうだよー」


 そう言ってさっきまで休憩していたティルが隣に座る。


「……ちょっと待て、お前たち、これ狙って当てれるのか」

「そうだよ。だって、私の眼ならレーンの並びとか全部見えるし」

「ルーナはそんなの無理、でもすっごい集中したら、一瞬だけ絵柄が見えるし、何回かに一回は狙って止めれる」

「だから、役割分担だね。私がまずレーンの並びを調べて、反射神経と集中力がすごいルーナが当てるんだよ。私の場合見えてても狙って押すなんて反射神経が追いつかないけど、ルーナはできちゃうもん……でも、これ意地悪なんだよ! 一回大当たりだすと、レーンもスライド数も変わっちゃうんだもん!」

「んっ、おかげで疲れる。速すぎて、ルーナでも何回かに一回ぐらいしか成功しない。でも、いっぱいチップ稼いだ」


 ルーナの足元にはチップが詰まった箱が置かれていた。

 ぱっとみ、二千枚ぐらいある。

 ……この子たち、二人でこれだけ稼いだのか。

 言っていることがめちゃくちゃだ、ゲーム時代でもこんなふうにしてスロットを揃えている奴なんて見たことがない。世界クラスのアウトボクサーのプレイヤーすら目押しは無理だとさじを投げた。つまり、二人の能力はそれ以上だということ。

 こんなもの誰も真似できない。

 じっと見てるとルーナがこちらの顔を覗き込んでいた。


「ユーヤはどれぐらい稼いだ?」

「ああ、ついさっき、一回の勝負で三百六十枚稼いだところだ」

「すごい」

「さすがユーヤ兄さんだね。私たちは二人がかりでなんとかって感じだもん」


 嘘は言ってない、嘘は。

 だけど、きらきらした目が罪悪感を煽る。


「じゃあ、また覚え直そっかな。……ルーナ、こっちはもう絵柄覚えたよ。スライド数調べて」

「やる。……だめ、無理。もう、集中力きれた、集中しても絵が見えない」

「そっか、すごい集中力いるもんね。じゃあ、スロット終わりにしよ。もう飽きてきたし」

「んっ、次は楽なのがいい」

「じゃあさ、お姉ちゃんとかやってたルーレットいこっ。あれ、一番面白そうだし」

「賛成!」

「きゅいっ!」


 お子様二人組が走っていく。

 チップいっぱいの箱を持って。

 俺はさきほど手に入れたチップが入った袋をじっとみる。


「……このチップはとっておこうか」


 あの子たちがあんなに頑張って稼いだし、無駄遣いするのは気が引ける。

 よし、俺は備え付けのバーで飲んでおこう。

 もう放っておいても、あの子たちが必要枚数賭けてくれるだろう。


 ◇


 バーでちびちび酒を飲んでいるときだった。

 ぽんっと肩を叩かれる。

 ディーラを務めるゴーレムの中で、人に似せて作られた特別製の個体。


「私、このフロアの支配人をしているものでして、特別なお客様をVIPルームへ案内しております。こちらとは飛び交う金額も、出し物も別次元。あなたがたにはその資格があります。案内させてはいただけないでしょうか?」


 ついに来た。

 四千枚もの莫大なコインを賭けたものだけが招かれる、VIPルームへの招待状。


「ああ、行こう。ちょうど退屈していたところなんだ」

「では、こちらでお待ちしておりますので、パーティの皆様が相応の格好をして集まりしだい案内させていただきます」


 VIPルームはドレスコードが厳しい。

 それなりの衣装が求められる。


 幸い、ドレスもスーツもこのカジノで売っている。

 さて、みんなを呼び集めよう。

 そして、スーツとドレスを購入し、着替えて、いざVIPルームへ向かうのだ。

 この部屋のものとは比べ物にはならないほど危険な命がけのゲームに挑戦するために。 


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