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第十三話:おっさんは地図を読む

 あれから、肉と酒をたらふく食べた。

 その後は、いつもよりいいランクの宿をとっている。

 そして、朝。


「体が軽いな」


 久々にふかふかの布団で眠ったことで、たまりにたまった疲れがようやく抜けた気がする。

 その気になれば、魔法の収納袋でふかふかの布団を持ち込むことができるのだが、重く、容量を圧迫する。

 そのため、ダンジョンでは固い寝袋シェラフを使うようにしていた。


「なんだ、もう起きていたのか」

「ええ、さっき起きたところです。セレネは少し前に起きて、ランニングに出ました」


 すでにフィルは着替え終わっていた。

 時計を見ると、そろそろ朝食の時間だ。


「朝の訓練は休みと言っていたのに。セレネはストイックだな。それに比べて……」


 隣のベッドを見ると、お子様二人組が凄まじい寝相で掛け布団を蹴り飛ばしていた。

 幸せそうで緩みきった顔をしていて可愛らしい。

 ほうっておくと昼ぐらいまで眠ってそうだ。

 二人の真ん中ですやすやエルリクは眠っているが、よく潰されないものだと感心してしまう。


「今日ぐらいいいじゃないですか。結構、無理をしていたんですよ」


 まだ、体が出来上がりきってない二人は俺以上に疲れが溜まっていたのかもしれない。

 朝の訓練を休みにしておいて良かった。


「それじゃ、もう少しだけ寝かしておいてやるか」


 好きなだけ寝かしておいてやりたいが、朝食のために食堂が開かれている時間は決まっている。

 だから、寝かしてやるのは食堂が開いているぎりぎりまでと心に決めた。


 ◇


 宿の食堂は賑わっていた。

 普通の宿だと、朝食はあまり需要がないのでやっていなかったり、やっていてもがらがらなのだが、ここは特別だ。

 うまい朝食が売りなのだから。


「美味しい、ふつーの卵なのに。とっても味が濃い!」

「うん、このベーコンエッグサンド、最高だよ! とろとろの黄身が流れて、ジューシーなベーコンに絡んで、レタスはシャキシャキ、美味しいよぅ」


 つい数十秒前まで、起きているのか寝ているのかわからないほどぼーっとしていたお子様二人組が途端に元気を取り戻す。

 朝食のメニューは、豪勢に卵三つを使ったベーコンエッグ、レタス、トマトを大きいパンで挟んだ特製ベーコンエッグサンド。


「本当に美味しいです。卵もベーコンも素材自体がすごい」

「でも、それだけでこんなに美味しくなるかしら?」

「もう一つ、秘密がある。秘伝のソースと最高のバター。ソースは醤油ってのに近くて、半熟卵との相性はばっちり。バターのほうは保存食ではあるんだけど、できたてのバターは別次元にうまい。それをたっぷり塗っているんだ。そのバターの材料がこのミルク。飲んでみろ、うまくなるのも頷けるだろ?」

「ルーナ、このホットミルク、大好き!」

「うん、とっても濃厚で甘いよ。ミルクってこんなに美味しかったんだ」


 お子様二人組は口元に白いひげを生やしていた。

 あっという間に、飲みきってお代わりを注文している。

 このベーコンエッグサンドを食べるためだけに、この宿を選ぶ者までいるそうだ。


 秘伝のソース以外のレシピは平凡。

 だが、材料へのこだわりが凄い。この宿の主人は牧場も経営しており、朝食に使う卵とミルクは毎朝、獲れたての物を使う。

 パンも自家製で焼き立て。

 そこまで拘っているから、ただのベーコンエッグサンドがご馳走になる。


「早起きして良かった」

「うんうん、もっと寝かせてーって思ったけど、これが食べられないのは悲しすぎるよ」

「ですね。あっ、デザートのハチミツヨーグルトも美味しい」

「この宿に住んでしまいたいわね」


 全員、ここの朝食はお気に召したようだ。

 俺も当然気に入っている。

 魔物のドロップアイテムはうまいが、こういう人の手で工夫されて生み出された味というのもいいものだ。

 気がついたら、全員デザートまで食べきっていた。


「おなかいっぱい」

「幸せだね。柔らかいベッドと美味しいご飯。やっぱり、人の生活にはこういうのが必要だよ」


 朝食が終わりまったりした空気が流れている。

 みんなリラックスしきっていた。


「ダンジョンから戻ってくると、当たり前のことにすごく感謝できるわね」

「まあな、どれだけ工夫してもダンジョンでの生活は不自由だからな……冒険者によっては、ダンジョンで辛くならないよう、ダンジョンの外でも快適な生活を封印していたりするぐらいだ」


 俺たちのダンジョン内での暮らしは他の冒険者からしたら、ふざけるなと怒鳴りたくなるほど恵まれたもの。それでも、地上と同水準とはいかない。

 そして、俺たちほど恵まれたダンジョン生活ができない冒険者たちは、別の方向性で工夫をしている。


「それってどういうことかな?」

「まずだな、柔らかい布団が恋しくなるのは、それを知っているからだ。温かくて柔らかい飯を食いたい、あるいは酒がほしいと思うのは、そのうまさを知っているからだ。欲しいものが手に入らないからストレスになる。だからいっそ、そういうダンジョンの外にしかない贅沢を忘れる。常に寝袋で寝て、食うものも焼き固めたパンや干し肉とかの保存食、酒は飲まない。そういう生活が当たり前ならダンジョン内での生活はいつもどおりと感じられる」


 逆転の発想。

 常に生活水準がダンジョンであれば、ダンジョンでの生活がまったく苦にならない。

 それで結果を出している冒険者も存在していた。


「うわぁ、それって生きていて楽しいの?」

「それは人によるな。普通の幸せより、ダンジョンを突破したり、宝を得ることのほうが幸せなら理に適っている。……ただ、俺は普通の幸せも高難易度ダンジョンを突破する喜びも両方を噛みしめたい。どちらかなんて選ぶつもりはないよ」


 贅沢なことを言っている。

 しかし、それができるだけの知識と力が俺たちにはあるのだ。


「ルーナも賛成。美味しいものいっぱい食べたい。それから、ダンジョンのお宝もほしい」

「だよね。だから、ユーヤ兄さん、いきなり贅沢禁止とかいったら駄目だよ!」

「わかっているさ。ダンジョンだけが人生じゃない」

「ユーヤらしいですね。私たちほど楽しみながら冒険をしている冒険者って他にいません」

「ええ、最高のパーティーよ」


 そうして、俺たちは完全にリフレッシュした。

 これでまた今日から頑張れる。


 ◇


 宿を引き払う。

 そして、街の中央に移動し、そこにある巨大な魔法地図を見る。


「ユーヤおじ様、あれってもしかして世界地図?」

「よく気づいたな」

「城の宝物庫にあったの」


 世界地図なんて品は超貴重品であり、目にしたことがあるものはごく一部。

 なにせ、人の手で作り上げるのには凄まじい労力が必要でほぼ不可能。

 ダンジョン産の魔道具で、【世界地図】というものが存在しているが、それは非常に高値で取引される。


 なにせ、魔道具だけあって、ゲーム時代に存在した全て街や村の名前まで書かれているうえに、自身の現在位置がわかる。

 これを使えば、やりようによっては巨万の富を得られる。

 情報とは、最強の武器だ。

 こういうマジックアイテム以外にも、【世界地図】を人の手で写した地図も高値で取引されているが、贋作が多すぎて本物を見つけるのは至難の技。


「ユーヤ、赤い点が動いてる。あれ、何?」

「ああ、あれは浮遊大陸を指しているんだよ。世界のどこにいるかがわかる」

「ふうん、でも地図を見てもいまいちピンとこない」

「俺たちが浮遊大陸に乗ったのはこの辺だな。それで地図の青い部分があるだろ、こいつは海だ。つまり、俺たちは海を超えた場所にいる」

「けっこう、進んだ?」

「ああ、凄まじい移動距離だぞ。参考にだな、ここがグリーンウッドで、ここがフレアガルド、その二つの距離が指の第二関節ぐらいだろ? それで、俺たちが浮遊大陸に乗ったポイントと現在地は俺の掌二つ分」

「ものすっごく、移動してる!」


 浮遊大陸は最速の移動手段。

 世界に何箇所かある乗り場に近づく際には減速するが、そこ以外では凄まじい加速をしている。上に乗っている俺たちが違和感を覚えないのは何かしらの魔法のおかげだろう。


 浮遊大陸はそれ自体が攻略対象であるが、同時に大陸を渡る巨大な船でもある。

 大陸の間を渡るのに、普通の船なんてものを使っていたら何ヶ月かかるかわかったものじゃない。

 浮遊大陸が客で溢れているのは、こういった需要もあってのこと。


「これを見に来たってことは、次の目的地は海の向こうというわけですね」

「ああ、オークションがある世界最高の商業都市ゴルドバランはここだ」


 ちょうど今いる大陸の中央にそれはあった。


「でも、かなり遠いわ。地図でみると近いように見えるけど、フレアガルドとグリーンウッドの三倍は距離があるわね。こっちの大陸で浮遊大陸から降りられる場所はどこかしら?」

「この辺だな」

「さらに遠くなるわ……ラプトル馬車でも相当かかるわよ」

「それだがな、ラプトル馬車は使わない。浮遊大陸に預けていく。すでに手続きはして金を払った」


 そんな長距離の旅をする気はない。

 なぜなら、もっと速い移動方法があるのだから。


「もしかして、雲の上を滑る船を使うんですか?」

「そうだ、実は浮遊大陸の進行ルートには各主要都市に続く雲の道がある。それをたどれば、あっという間につく」


 浮遊大陸で大陸間を渡り、雲の道で目的地へ向かう。

 それが世界をまたぐ冒険をする際のセオリー。

 ゲーム時代は各大陸だけで、それなりに楽しめるように設計されていたが、本気で楽しみたいなら世界をまたぐ必要があった。


「良かったよ。でも、帰りは苦労しそうだよね。だって、雲を滑って降りることはできるけど帰ってくるときは浮遊大陸に乗れるところまでいかないといけないもん」

「それもなんとかできる。とにかく、行こう。ちょうど、ゴルドバランへの雲の道があと一時間ほどで見えて来る頃合いだ」

「急がなきゃまずいじゃないですか!」


 フィルが慌てた声を上げる。


「いや、しばらくその雲の道に沿って飛ぶから、今日中なら大丈夫だ。さすがに、そこまでぎりぎりなら、もっと早く二人を叩き起こした。さあ、行こうか」


 俺たちは浮遊大陸の端へと向かう。

 あとは雲の道を見つけて飛び乗れば、あっという間にゴルドバラン。

 彼女たちにゴルドバランを世界最高の商業都市であり、世界最大のオークションが開催されると紹介したが、実はあえて言っていないことがあった。

 あそこには世界最大のカジノがある。

 そして、そのカジノを運営しているのは神々の使徒であり、その景品の一つは最強装備に必要な材料。

 オークションで元手を作り、ある程度必要なものを買ったあとは、カジノに挑戦だ。

 カジノは嫌いじゃない、大勝ちさせてもらうとしよう。

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