第八話:おっさんは竜の首を落とす
三首の竜を持つ化物と対峙する。
今まで倒してきた、三竜の首が並んでいるのは壮観だ。
そして、その首は飾りではない。
三竜の技が使用でき、開幕にぶっ放してきたように三竜の力を束ね、相乗効果まで生み出す。
最初の一撃をなんとか防いだものの、壁となったセレネの被害は甚大。
ダメージを負っただけでなく、鎧と篭手がお釈迦になった。
体力回復、予備装備へ切り替えが必要であり、二分間は彼女に頼れない。
そのため、壁なしに超攻撃力を持つボスとの戦いになってしまっている。
三首がそれぞれ別の獲物を捉えており、同時に攻撃を開始した。
炎帝竜コロナドラゴンの首が炎弾を吐き出し、それをフィルが矢で狙い撃つと、矢がぶつかった瞬間に爆発。
炎帝竜の代名詞、爆発するブレスだ。爆発範囲が広く地上で着弾したらまず躱すことはできず、威力も絶大。
対処方法は、こうして空中での迎撃しかない。一発でもうち漏らせば全滅の危険性がある。
氷盾竜アルドバリスの首が吹雪を撒き散らす。攻撃力は極めて低いとはいえ、範囲が広すぎて避けられない。
予め全員に魔物素材で作った防寒インナーを着せていなければまともに動けなくなっていただろう。
轟雷竜テンペストが咆哮すると、地面が何箇所も白く輝く、俺たちは必死になって白くなった床から離れる。二秒後に、白く光った場所に雷が降り注ぐ。
轟雷竜テンペストの必殺技だ。
雷速ゆえに、放たれた攻撃を見て躱すのは不可能。躱すにはその予兆である床の輝きを見るしかない。
高威力な上、当たると特大なスタンというおまけ付きだ。
……おそろしいのは、これらがほぼ同時に行われていること。
ただでさえ厄介な三竜をまとめて相手にしているようだ。
これこそが、三竜の祭壇を統べるもの、神竜フェルグラント。
ゲーム時代の評価は文句なしの最高難易度だ。
「きびしい。躱すだけで精一杯」
「うわぁぁん、こんなの無理だよ」
「泣きごとを言う暇があったら、撃ちなさい」
「きゅいっ!」
全員が必死になって、攻撃を回避している。
手数が多く、隙がなかなかできない。
とはいえ、一見無理ゲーなように見えて、回避できるようには配慮されている。
ゲームの設計者は性格が悪い、だがクリア不能なようにはしない。
そこだけは信頼しているし、三竜の波状攻撃は適切に動けば対処可能だと分析でわかってはいる。
……もっとも、何度も何度も死にまくって、パターンを知り、入念に分析していればの話だ。
事前情報なしであれば、どんな凄腕でも倒せないだろう。
神竜フェルグラントは、攻撃パターンの中に初見殺しがあるのではなく、ほぼ全パターンが初見殺しなのだから。
回避をしながらチャンスをうかがっていた。
今の作戦はどうにかして、合体ブレスのクールタイムが終わるまでに首を一本でも落とすこと。
この絨毯爆撃のような攻撃は三本の首があるからこそ為し得る。つまり、首が減れば一気に負担が軽くなるし、合体ブレスが使えなくなる。
合体ブレスのクールタイムが終わるまでに、首が一本も落とせなかったら終わりだ。なにせ、超威力かつ回避不能の超範囲であり即死が確定する。
「よしっ、やっとコツがわかってきたよ」
後衛組はフィルが各種ベールを使った防御と爆発ブレスの迎撃に専念し、ティルがダメージディーラーを担う。
狙いは轟雷竜テンペストの首。もともと高速戦闘を得意としている分、防御が弱く、それが首になっても反映されているからだ。
ティルの矢が次々と着弾しているが、前衛組は未だ一発も有効打を与えていない。
巨体であるがゆえに首に攻撃が届かず、カウンターを狙う必要がある。
奴にある程度近く、なおかつ蹴りが届かない距離にいると、噛みつき攻撃をしてくるのでそこを狙う。
俺とルーナは常にその距離を保ちながら攻撃を躱しているのだ。
ちなみに遠すぎたり、近づき過ぎたりすると噛みつき攻撃はこない。
つい首が届かないから届く足元に攻撃をしようとしてしまうのだが、そうしている限り首は狙えない。
ちまちまと足にダメージを与えるだけでは、奴の自動回復にすら追いつかず、三竜による圧倒的な飽和攻撃か、クールタイムが終わった合体ブレスで殺されてしまうだろう。
知っていればなんのことはないのだが、こんなもの気づけるほうがどうかしている。
奴の首が鞭のようにしなり、三つの首が槍のように突き出された。
背筋が凍るほどの速さで、とんでもない質量が襲いかかってくる。
それでも勇気を振り絞り目を逸らさず、見切って、ぎりぎりで躱す。
俺は長年の勘で、ルーナはその優れた耳と反射神経で。
避けた瞬間、首が大地にぶち当たり、大地が貫かれる。
今なら、攻撃が届く。
俺とルーナは、轟雷竜テンペストの首を挟むような位置。
俺が剣を振りかぶり、ルーナは炎の短刀へと持ち換える。
「【魔力付与:炎】!」
フィルの魔法により、俺の剣が炎に包まれた。
そして、俺のほうも詠唱が終わる。
「【神剛力】」
対象は、俺ではなくルーナ。
【アサシンエッジ】の火力は俺のバッシュを上回るし、【災禍の業火刀】は炎が弱点の敵を攻撃した際に追加ダメージまであり、ルーナにかけたほうがダメージが大きい。
「【アサシンエッジ】!」
ルーナが短刀を突き出し、クリティカル音が響き渡る。
神竜フェルグランドは、首すべてが急所設定されており、ルーナならば、クリティカルを出すのは容易い。
クリティカル時のみ最高倍率の一撃を、【神剛力】で十倍にまで引き上げた一撃が入った。これはでかい。
俺の方もしっかり命中させた。
「GYUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOONNN!」
首を引き抜きながら、轟雷竜テンペストの首が悲鳴をあげ、残り二本の首が、お返しとばかりにルーナに噛み付いてくる。
ルーナはジャンプして躱し、なんと轟雷竜テンペストの首を駆け上った。
……なんて無茶を。
「んっ、ここなら狙いやすい」
ルーナは首に乗りながら、短刀を振り下ろす。
【アサシンエッジ】のクールタイムが終わってないからこその通常攻撃だが、手数でダメージを補っている。
轟雷竜テンペストの首がルーナを振り落とそうと、まっすぐに首を伸ばす。
ルーナは、落ちないように左手で予備の短刀を突き刺してぶら下がり、ぶら下がったまま、右の短刀をなんども突き刺していた。
残り二本の首がルーナを睨むが、あそこまで首にくっつかれると攻撃ができないようで躊躇い、轟雷竜が首をぐるんぐるんと回す。
「ははっ、こんなパターンは知らないな」
こんな無茶、完全に想定外だろう。
あまりに激しく首を回すものだから、短刀が抜けかける。
それを見たルーナは、短刀の柄を軸にして、逆上がりのように真上に跳ぶ。
空中で体勢を整え振るうのは、ようやくクールタイムが終わった……。
「【アサシンエッジ】!」
またもやクリティカル音が響く。
重力に引かれて落ちるルーナを怒り狂った三つの首が追撃するが、二段ジャンプで躱しながら着地の衝撃を和らげる。
ルーナが着地し、俺の隣に戻ってきた。
「残念、落ちるまえに首を落としたかった」
「いや、上出来だ。かなりダメージを稼げている」
最初の超ダメージに加え、上に乗って切り刻んでいたのはかなり大きい。
カウンターのたびにちまちまダメージを重ねるしかないのが普通であり、それでぎりぎり倒せるように設定されている。
そのため、首一本一本の体力はさほど多くないのだ。
「次は仕留める」
ルーナがキツネ尻尾を振り、俺たちは左右に跳ぶ。俺たちの間を炎帝竜の直接攻撃型高速炎弾がすれ違っていく。
轟雷竜がルーナを睨んだ。
よほどヘイトを買ったらしい。
甲高い独特の鳴き声をあげて、事前に床が光らないクイックモーションの雷を放つ。
回避後でルーナは避けられる体勢じゃないうえに、あれは速すぎる。
クイックモーションの分、威力は落ちているが、もともと防御力が低い上にアクセサリーも機動性重視の靴だ。
まずい。
雷がルーナを捉える。
「ぎりぎり間に合ったわね」
雷が不自然に逸れていき、いつの間にか前に出ていたセレネの盾と激突して、散っていく。
クルセイダーの上位スキル、【カバーリング】。
ヘイトを稼ぐ【ウォークライ】とは違い、攻撃そのものを引き寄せる上位スキルで、レベル上限近くでようやく前提スキルが揃い習得できたものだ。
「ありがと、セレネ」
「これが私の仕事よ」
駄目になった防具を、予備のものに変えていた。
正確にはこれがセレネ本来の装備。
最初の一撃で防具がダメになることはわかっていたからこそ、部屋に入る前に、このダンジョンで拾った防御力は優れるが重量がありすぎて使い辛いものに変えていたのだ。
「セレネが戻ってきてくれてやりやすくなったな」
「うんうん、これで大胆に攻撃できるよ!」
強敵ほど優秀な壁の重要度は高い。
頭上から、巨大な氷柱が落ちてくる。氷盾竜アルドバリスの必殺技だ。
でかすぎて回避スペースがない。
セレネの後ろに隠れる。
セレネは、【城壁】を使わない。
正しくは、まだクールタイムが終わっていないので使えない。
そんな中、腰を落とし、腕を振り上げる。
「【シールドバッシュ】!」
渾身の突きと同時にスパイクが射出され、氷塊を砕く。
面白い。
なんて攻撃的な防御だ。
神竜フェルグラントすら動揺しているように見える。
そして首を弓のように反り、再びの噛みつき攻撃。
俺たちの狙いは、さきほどと同じで轟雷竜テンペスト。
両側から、俺の【バッシュ】とルーナの【アサシンエッジ】が炸裂、後方からのエルフ姉妹が放った矢が両目に突き刺さる。
ダメージが超過し、根本から轟雷竜の首が引きちぎれた。
「まず、一本!」
仲間を鼓舞するように叫ぶ。
「GYAAAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
「GRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!」
残された二つの首が絶叫する。
これで攻撃の密度は落ち、合体攻撃もできなくなった。
なんとか第二目標クリア。
「まだ、折返しだ。気を抜くなよ!」
「んっ、わかってる」
「油断なんてしないわ」
「次は赤いのだよね」
「任せてください」
全員、油断はない。
もう俺が忠告する必要がないぐらいに成長している。
神竜フェルグラントと向き直る。
最強の敵なのだ、これで終わってくれるほど温くはない。
奴はまだ、本来の力を隠している。
その力を凌駕し、俺たちは最強のパーティになってみせよう。