第七話:おっさんは高い薬を使う
迫りくるドリルの壁に追いかけ回されながら、なんとか最奥までたどり着いた。
巨大な扉が目の前にあり、ドリルに追いかけ回され、切羽詰まっていた先頭のルーナがその扉に飛び込もうとしたが、ぎりぎりで俺の言いつけを思い出して、足を止めてその場に座り込む。
ルーナに追いついた俺たちも、後ろを見てまだドリルの壁と距離があることを確認してから腰を落とした。
全員、汗だくで息が乱れている。
ここまでのマラソンと連戦に次ぐ連戦でかなり消耗している。
わかっていたとはいえ、後半の敵ほど強く、タフになっていくのはかなりきつかった。
「疲れた。もう無理」
「いったい何連戦したんだよ!」
お子様二人組はとくに消耗が激しい。
俺の読み通り、お子様二人組ははしゃぎすぎてペース配分に失敗。二戦ほど前に燃え尽きて使い物にならなくなっていた。
しかし、その頑張りのおかげでだいぶ時間に余裕ができており、体力を温存できていた俺とセレネを中心に残りの敵を危なげなく倒せている。
ちなみにゴールへたどり着いたとはいえ、ドリルは大絶賛、こちらに近づいてきている。
そんな状況で、目の前にある扉へと進まないのはそれなりの理由がある。
「ここであの壁が来るまで休憩だ。全員、これを飲んでくれ」
俺は体力回復ポーションと、魔力回復ポーションを配る。
「ええ、これ、いいんですか!?」
フィルが目を見開いて、大きな声を上げる。
「こういうときのためにとって置いたんだ」
一口に回復ポーションと言ってもさまざまな種類のものがある。
ある程度レベルを上げた錬成スキル持ちなら中級まで作れるし、レベル上限近い超一流なら上級を作れる。
そして、人には作れない特級というものが存在した。
それらは上級ダンジョンの宝箱ぐらいからしかドロップしない。
今まで、ちょこちょこと見つけてきてはいるが大事に温存していたのだ。
「ちょっともったいないわね」
「それでもだ。そこでバテてる二人ほどじゃないが俺たちも疲れているしな。特級は回復するだけじゃなく一時間ほど【自動回復】が付与される。この先にいるボスは強い。万全で挑んですら厳しいんだ。万全以上を引き出したい」
強力で貴重な消耗品というのは、使うのに凄まじい抵抗がある。
なにせ売ればとんでもない値段になるし、本当にここで使うべきか? 使い所は別にあるんじゃないかと考えてしまう。
そうして、多くの冒険者は貴重なアイテムを抱えたまま死ぬ。
アイテムの無駄遣いを恐れて、命の無駄遣いは愚かだ。
どれだけ貴重なアイテムも使うべきときに使わないといけない。
「わかった。飲む」
「ふう、助かったよぅ。最終エリア、めっちゃきつかったし、今のままじゃ戦えないもん」
「じゃあ、私も」
「わかっていても、これだけ貴重なものは躊躇してしまいますね」
俺も含めて、全員が飲み干す。
地獄のマラソンによって疲れ果てた身体に力が湧いてくる。
身体が軽い。
絶好調、いやそれ以上だ。
「びっくり! 身体が羽みたい」
「頭もすっきりだよ!」
「これが特級ポーションの力なのね」
「すごい値段がつく理由がわかります」
これでもはやボスに挑む障害はなくなった。
最高のパーティが最高のコンディションなのだから。
「きゅい~」
エルリクが飲みたそうに見ているが、使い魔は疲れない。おねだりされても、これだけ貴重なものはあげられない。
ただ、ちょっとかわいそうなのでおやつを上げる。
「きゅいっ、きゅいっ!」
それであっさり上機嫌になるあたり、なかなかいい性格をしている。
そんなエルリクは柔軟体操をしていたルーナの頭に乗り、ルーナは身体を解し終わると俺の方を見る。
「ユーヤ、どうして扉にたどり着いても、絶対に開けるなって口をすっぱくして言ってた?」
「変だよね。そりゃ、あのぐいーんってのをだいぶ引き離したけど、ここじゃ気が休まらないよ。休むなら、扉の向こうにすればいいじゃん」
お子様二人組の言うことはおかしくない。
今も鳥肌が立ちそうなほど凶悪なドリル音が聞こえ、振動が床を通じて伝わってきており、心が休まるとはお世辞にも言えない。
「ああ、それか。扉を開けた瞬間ボス戦だからだ。言わなかったか?」
「ぜったいに扉を指示を出すまで開けるなとは聞いてましたけど、その理由までは。あの、間になにかないんですか、普通はワンクッションありますよね? だいたい、ボス戦前って休める場所があるじゃないですか」
ティルが脂汗をかきながらツッコミを入れてくる。
「ないな、飛び込めば即座にボス戦で、しかもあいつは先制攻撃をかましてくる」
「うげっ、それおかしいよ。よりにもよって死ぬほど走らされて、疲れたあとなんて」
「だからこそだろ。確実にわざとだな」
最後の最後がただの背後から死がせまりくるマラソンなだけ、それほど設計者は甘くない。
俺たちは余裕があったが、普通はぎりぎりだ。
扉を見つけたら大慌てで飛び込んで、待ち構えていたボス戦に突入。体力も魔力も先の地獄マラソンで尽きているなか、まともに戦うことすらできず蹂躙されて終了。
それこそが、この地獄マラソンの罠。
「うわぁ、なにそれ」
「だから限界までペースをあげて休憩時間を確保して、短時間で回復するために特級ポーションを使った。装備を変えたら行くか。なにせ、あと二分もすればミンチだしな」
「んっ、いつの間にかドリルが追いついてきた」
すでにもうドリルは目視できる距離までやってきていた。
今の休憩で貯金を食い尽くしたようだ。
全員、ボス向けに装備やアクセサリーを入れ替える。
とある事情から二段ジャンプが必要なため、ルーナはアクセサリーに【風神の靴】を選び、残りのメンバーは全属性ダメージカットで固める。
多くのボスは単一属性の強烈な攻撃を仕掛けてくるので、ボスが使う属性をメタるのがボス戦の基本だが、このさきにいるボスは実に多彩な攻撃と属性を持つ。
一周回って、汎用装備になってしまう。
装備を変更し、フォーメーションを組み、セレネを先頭にして扉をくぐる。
なにせ、一歩踏み出した瞬間には戦いが始まるのだから。
◇
扉をくぐると、いよいよこのダンジョンのボスと対面する。
ずっしりした二本足で立ち巨大な翼を持つ黒竜。最大の特徴は三首であること。
どうしてもあいつを思い出す、キ○○ギドラ。
その三つの首は、それぞれ俺たちが倒してきた三竜、炎帝竜コロナドラゴン、氷盾竜アルドバリス、轟雷竜テンペストの首。
そして、恐ろしいことにその三首すべてがブレスの発射態勢を整え、その口には圧倒的な力が渦巻いている。
炎帝竜コロナドラゴンは炎のブレスを。
氷盾竜アルドバリスは氷のブレスを。
轟雷竜テンペストは雷のブレスを。
それらすべてが、オリジナル三竜のブレスとまったくの同じ威力。
つまりは一撃必殺×3。
ボス戦にはお約束というのがある。
まず、部屋に入る。全員が入るまではボスは待機状態で、全員が入ると扉が音を立ててしまる。その数秒後にボスがこちらに気付く、そしてボスが咆哮なりの威嚇をしてから戦いになる。
ここまでのボスすべてがそのパターンを守っていた。
当然、そういうものだと冒険者は刷り込まれている。
しかし、やつは違う。
入った瞬間に、最大火力・超範囲の攻撃をぶっぱで殺しにかかる。
……ちなみに俺はゲーム時代に、ドリルに追いつかれるぎりぎりでなんとか扉へと飛び込み、一安心できると思っていたら目の前にボスがいて気が動転し、それでもパーティ全員が部屋に入るまでは戦いにならないと考え、急いで後続に部屋へ入るなと叫び、次の瞬間には開幕ぶっぱで殺された。
パーティ全員が足を踏み入れていない、扉は開けっ放し、ボス特有の威嚇もなしで最強必殺を受けての一撃死だ。お約束全無視の完全理不尽。
あまりの理不尽さに、なんでこんなクソゲーやっているのかと、本気で自問自答してしまった。
「事前に聞いていなかったらまずかったわね」
セレネが盾を構えスパイクを打ち出して地面にガッチリ固定し、ルーナたちがその後ろに隠れる。
そのタイミングで三属性ブレスが放たれた。
俺のほうは部屋に入る前から始めていた詠唱の完成を目指す。
「【城壁】!」
まずはセレネの最大防御スキルが発動し、青い防壁が展開される。
【城壁】は強力ではあるが、クールタイムが長く追い込まれたときの切り札だが、三属性ブレスはそれ以外で防げない。
いや、違う。【城壁】ですら耐えきれない。
だからこそ、俺も力を振るう。
防御力倍加魔法【プロテクト】カスタム。
本来、一分ほど緩やかに防御・魔法防御を強化する魔法。
しかし、マジックカスタムによって数秒にまで効果時間を縮めることによって倍率を跳ね上げることに成功した。
その名は……。
「【絶対防御】!」
三属性ブレスと青い防壁がぶつかる瞬間、超防御魔法が発動。
超火力と超防御がぶつかり合い、爆音と閃光が世界を埋め尽くす。
スパイクでの固定すら追いつかず、吹き飛ばされそうなセレネの背中を全員で押す。
ようやく光が止むと、【城壁】が割れ、今まで傷一つつかなかった戦姫ルノアの盾にまで罅が入り、周囲の地形は抉れていた。
三属性ブレスはただの足し算ではなく相乗効果で威力が高まるのだ。
だが、防いだ。
セレネが息を荒くし、膝を付く。あれだけしても威力を殺しきれず、しばらく動けないほどダメージを受けた。
……ゲーム時代の推奨クリア手順は生贄戦法。
他のボスと違い、扉が開けっ放しでも仕掛けてくるのを利用して、一人が先行してブレスを撃たせてから、残りのメンバーが突入するというもの。
【城壁】と【絶対防御】の組み合わせですらこれだけのダメージを負う。あの超威力に対抗するには、生贄戦法のようなものが必要となる。
「よくやった、セレネ」
セレネにポーションを渡しつつ、俺たちは飛び出した。
開幕ぶっぱを耐えたことで第一関門クリア。
次は首を落とす。
三竜の首は、それぞれの属性の象徴。
首を落とすごとに力を失うし、一本でも失えば、最大の必殺である、三属性同時攻撃は使えなくなる。
二発目の三属性ブレスは放たれれば防げない。
なにせ、クールタイムは【城壁】より三属性ブレスのほうが短い。
三属性ブレスのクールタイムが終わるまでに、いずれかの首を落とさないと誰かが死んでしまう。
首刈りこそが第二関門、首を落とし一気に戦いを優位に進めてやる。