1. 就職し、婚約者が出来ました (本編)
本編です
この世界には歌乞いという役職がある。
この世界には、といういささか不穏な枕言葉になるのは、ネアハーレイが、異世界から呼び落とされた迷い子という立場であるらしいからなのだが、この際、それはさしたる問題ではなかった。
勿論、それはネアハーレイという人間の履歴としてはとても大事なものだ。
しかしながら、割と深刻かつ改変し難い問題な上、現在は若干それどころではない状況に置かれているぞと判断したネアは、せっかくの新天地で胃痛持ちにはなるまいと、早々にそんな事実に蓋をすることにしたのだ。
手段を選ばない人間は、自分とは何者なのだろうという高尚さよりも、目先の安全を最優先にしてしまったのである。
だが、そうせざるを得ないとても悲しい事情がここにはある。
この世界では、見知らぬ場所から呼び落とされる来訪者が、例外なく稀有な美貌や魔術を有しているという前提があるそうなのだが、残念ながらネアは、そんな迷い子の基準を一つも満たしていないたいへん平均的な人間だった。
その結果、拾われた先で迷い子として認識されなかったのだ。
(とてつもなく悲しい経緯だけど、ここは豊かな国のようだし、身寄りのない人間に対する保証制度もしっかり整っているらしい。自活してゆけるような職業斡旋を受けられるのなら、自ら波風立てることもないかなと………)
保護されたネアにそう決心を促したのは、現在目の前で行われている、職業斡旋のせいだろう。
歌乞いという初めて聞く職業についての誓約書を読み聞かせられながら決めた、事なかれ主義を全開にした己の覚悟に後悔はなかった。
(……………歌乞い………)
聞いたばかりの職名を、もう一度脳内で反芻する。
こんな身の上のネアに提示された歌乞いというものは、こちらの世界でも、周知されているものの随分に特殊な職種であるらしい。
幸いなことに、社会的な権威や特権を得やすく、身入りも良い。
うっかり素性を明かしてしまい、希少な迷い子として収集されたり、保護という名目で軟禁されるよりは、遥かに自由が利きそうで素敵なご身分ではないか。
そう考えてしめしめとほくそ笑んだネアは現在、壮麗な建物の中にある豪奢な部屋で、初めましてな人達と向き合って、そんな歌乞いになるべく今後の身の振り方について指南を受けていた。
(……………文化圏は、私の生まれ育った国とさして変わらない感じだろうか。移動が馬車で、騎士がいて魔法があるような世界とは言え、水回りの設備はしっかりとしているし、屋内には暖房で温められているような気がする…………)
そんな事を考えながらふかふかの豪奢な椅子に腰かけているネアは、ほんの数時間前までは、生まれ育った国の自分の屋敷にいた筈なのだ。
それは、静かな静かな朝だった。
ネアことネアハーレイは、もう家のどこにも紅茶がない事に気付き、しょんぼりと眉を下げて、昨晩に煮出してしまったティーバッグの残骸を持ってくると、ぐりぐり押してお湯に漬け込めば紅茶風味のお湯は飲めるだろうかと考え、火を熾せないストーブを悲しく一瞥していた。
それでも今朝は、薄切りのバタートーストがあるのだ。
バターを買う為には紅茶を諦めざるを得なかったが、焼いたパンにじゅわりと染み込む黄金色のバターを一月ぶりに堪能出来るのだと思えば、どれだけ幸せな日だろう。
時として、人間は大義の為に犠牲を払わねばならない。
それが今朝は、バタートーストと引き換えになった、お湯が色づくこともないくらいに酷使されたティーバッグだったというだけだ。
とは言えそろそろ、物入りな季節が近付いてくる。
庭や公園に生い茂る何かが、芳しい紅茶の材料になるかどうか試してみる頃合いかもしれないと考え、この先もずっとこんな風に一人ぼっちで困窮しながら生きてゆくのだろうかと、きりりと孤独に痛んだ胸に少しだけ目を閉じ、ぱちりと目を開くと、美しい森の中に一人で立っていたのだ。
そうして今は、見ず知らずの世界で仕事の斡旋を受けているのだから、人生には何があるか分からない。
森で保護されたネアが収容されたこの施設は、離宮のようなものであるらしい。
ネアを保護した者達は、この土地の歴史や作法を知らないネアにその詳細を長々と語るような事はせず、手足を洗ったり、この土地に相応しい温かな服に着替える事を優先させてくれた。
そのような面に於いては、たいそう紳士的な者達の多い国なのだろう。
身支度を整えてから通された部屋は、離宮という建築に持つ印象以上に、天井が高く壮麗であった。
白に限りなく透んだ水色を溶いたような色合いの壁や柱は見たこともない石材で、彫り込まれた彫刻や彩り鮮やかな天井画などは、やはり異世界のものらしい贅沢さで美しい。
けれども、そんな人の手で作られた豪奢さよりもネアの目を惹いたのは、窓の外の、えもいわれぬ程に美しい深い森であった。
その森には古くから妖精や精霊が住んでいるそうで、この窓からも、そんな森の奥をぽわぽわと飛び交う美しい光を見ることが出来る。
保護される前に見た森の美しさを思い出せば、異世界と言えばの光景の贅沢さに、ネアは、そんな美貌の森を探検してみたくてうずうずしていた。
出来るなら、もう少しあの森での自由時間を与えて貰ってから保護して欲しかったくらいだ。
(きれい……………)
深く古いその森には、きっと良くないものや恐ろしいものもいるだろう。
けれどもその先は、お伽噺の領域なのだ。
魔法の一つもない世界から迷い込んだネアに、興味津々になるなと言う方が無理なのである。
「歌乞いは、その契約を結ぶ魔物の性質により、国との誓約の中身も吟味しなけりゃならない。まずは契約を済ませることだね」
すぐに視線が窓の方に彷徨ってしまういささか残念めな歌乞いにそう教えてくれたのは、託宣の巫女だという少女である。
黒髪に山吹色の瞳をした美少女なのだが、長命の老獪さが見え隠れする口調と合わせると、残念ながら、可愛らしいという印象は消え失せてしまう。
ネアが、渡された誓約書の下りを丁寧に脳内で整理していたのは、この少女の、見た目の幼さに惑わされてはならない老獪さを警戒したからだ。
「歌乞いは、唱歌を以って魔物を呼び寄せて契約し、その魔物の性質に見合った恩恵を得るのですよね。……魔物という言葉からの印象なのですが、こちらに困った弊害は出ないのでしょうか?」
警戒していると思われても、いいことはないだろう。
(でも、ここは私にとっては異世界なのだから、知らない事が多過ぎるのもとても問題で…………)
ネアは、怖々と尋ねてみせつつも、気弱な性格を印象付けよう心掛ける。
何となくだが、ふと、もう自分はずっとここで暮らしてゆくのだろうと思ったのだ。
それにきっとネアは、これが夢だと言われた方が落胆するだろう。
だからその予感が叶えばいいと、そう考えた。
(こちらで暮らす事を考えると、情報収集の為に質問を重ねてゆくのは避けようがない)
であれば、質問を重ねるついでに臆病で慎重な人間なのだろうと認識して貰えれば、何かとんでもない失敗した時にも、元々出来が良くなさそうだったからと多めに見て貰えるのではないだろうか。
何しろ、目の前でネアに対面しているのは、政治的な要職に就いているであろう者達や、このような交渉に長けていそうな者達ばかりなのだ。
自領に素性の知れない者を受け入れるのだから当然かもしれないが、余計な言動でこのような人達に警戒されてもいい事はないだろう。
狡いのは承知の上なので、か弱い一般人の精一杯の処世術としてどうか許して欲しい。
異世界的なハンデもあるので、時にはそんな狡い自分が生まれても宜しいのではないかなと、ネアは自分のそんな狡賢さを肯定してしまい、テーブルの上の焼き菓子を、羨望の思いで盗み見た。
紅茶すら買えなかったネアがこんな素敵な物に出会うのは久し振りだが、今はお腹を満たしている場合ではない。
「そうだね。鏡の魔物は例外なく、その歌乞いにひどく執着をする。惹かれたからこそ、呼び寄せられるわけだからね。だから、契約する魔物の性別や種族にかかわらず、お前は伴侶や子供を得ることは出来ないだろう。だが、その孤独を埋めて余る程の庇護を得るんだから、歌乞いは恵まれた才さ」
(…………いきなり、一般的な幸せが全部閉ざされてしまった……………)
最初に切り出された条件なのだから、一番軽い弊害がこれなのだろうと、ネアはとても遠くを眺めたくなった。
既に少しばかりの胃痛の予感がしないでもなかったが、作り付けた無害な微笑みのまま、まぁと呟くに止める。
因みに、ネアの生きてきた世界では、突然、元王族や巫女などに遭遇することはなかったので、庶民的なお喋りが過ぎると不敬とされそうだと考え言葉には気を付けているが、残念ながら本格的に会話で運用するには貴族的な振る舞いの下地がないので、いずれ不手際も出てくるだろう。
しかし幸いにも、この喋り方はなぜかとても身に馴染んだ。
普通とはかくあるべきと、これまで無理に馴染ませてきたみんなと同じような砕けた喋り言葉より、一定の距離を置いて敬語で話しているほうが余程楽で、ネアは、そんな小さな発見に少しだけ嬉しくなる。
異世界なのだ。
異世界なのだからこそ、ここでもう一度、まっさらな人間として生き直すことが出来る。
今迄に背負ってきた煩わしさや苦しみをぽいっと投げ捨て、見ず知らずの世界で一から自分を立て直せるということには、わくわくするような不思議な魅力があった。
例えば、よく分からない謎めいた職業を割り当てられても。
それに、家族を得る事が許されないのだとしても、そんなものは向こうでも奪われたまま帰ってこなかった。
だから、今度こそ。
今度こそどうかと、少しの夢を見るくらい。
しかしそれにはまず、その環境で強欲に楽しめるくらいの基盤が必要なのだが、自分が何も持たないとなるとそれはそれで気楽なものだと、大雑把なネアはふすんと息を吐く。
あちらでも困窮していたのだ。
幸いにして、こちらでは仕事は与えて貰えるようなので、ないなら、空っぽから組み立ててゆけばいい。
もし何かが上手くいかなくてくしゃりとなったとしても、こんな美しい世界で、物語本の中にしか存在しなかった魔法や妖精を見られるだけでも、この人生に悔いはないと、漸く胸を張って言えるだろう。
(まずは、その仕事の相棒のような魔物を選べばいいのだろうか。となると、契約さえ上手く交わしてしまえば、その魔物とやらが一番信用出来る仲間になるのかもしれない…………?)
仕損じた時にきっぱり諦める覚悟は出来ているとは言え、出来る限りは上手くやりたい。
そう考えたネアは、これから出会う人達をきちんと見定めるのだと自分に言い聞かせた。
見ず知らずのこの世界に落とされて、ネアが、まず最初に心掛けたのが冷静になることだった。
このような場合、異邦人として騒ぎ立てて精神の異常を疑われるのが一番厄介だろうと考えてそれは避けてみせたが、とは言え、あまりにも急展開過ぎて、誰が信用出来る相手なのかどうかの判断するだけの基準も何もない。
(ここは、魔法があって魔物がいる異世界で、この国が王政であることはもう知ったわ。………それから、迷い子という言葉と意味。歌乞いという職業とその説明。……でも、まだこっちに来て半日くらいなのだから、あまり性急な判断をしない方がいいのかしら…………。それと、美味しいご飯は出たりするのだろうか………)
このヴェルクレアという国が王政だと知れたのは、他でもないネアの向かいに座ったもう一人の人物が王族の一人であったからだ。
実際には、第二王子としての継承権などは既に放棄しており、組織名が難しくて覚えられなかったどこかの、更には特別呼称がよく覚えられない謎めいた最高位の魔導師的存在として、独立した権限を振るっているらしい。
加えて、エーダリアという名前のこの男性が治める機関が、どうやら歌乞いを管理するようだ。
そしてそんな歌乞いは各国に当代一人と決まっており、ヴェルクレア国は、第三王子の婚約者であった先代の歌乞いを亡くしたばかり。
更に言えば、恐らくエーダリアは、ネアという、新代の歌乞いに大変不満足なご様子だ。
淡い銀髪に、オリーブグリーンの光彩模様のある鳶色の瞳をした秀麗な面持ちには、淡い微笑みと、その下の冷ややかな嫌悪感が透けて見える。
(この配色を見た瞬間から、嫌な予感はしたのだ)
物語本の知識からだが、人畜無害で純粋培養のお人好し王子は、決してこんな容姿をしていない。
そんな圧倒的偏見から慄いたネアは、やはり予感が的中してしまったとこっそり心の中で溜め息を吐く。
(良く分らないけれど、こんなに澄んだ鋭い目をしている人なのだから、まず間違いなく、異世界的な謎の才能とかで、こちらの素材から潜在能力くらいは推し量れるのではないだろうか。ましてや、最高位の魔導師…魔術師?……ならもっと深く解析してしまったりするだろうし。うーん、申し訳ないな…………)
王位から手を引いたとは言え、この男性は、ネアには理解しようもない国政の一端にも関わる立場の人間であることは間違いない。
国家に一人という歌乞いの出来の良し悪しは、それなりに深刻な天秤の傾きを変えるのだろう。
八頭立ての王家の紋章を備えた馬車で迎え入れられたのだから、ネアだって、その程度の深刻さを読み解くことは出来る。
であればきっと、この歌乞いという職業は、ある程度の国益とならなければいけない、大事なお役目なのだ。
さすがに自分の事はよく理解しているつもりなので、残念ながらそんな素養はなさそうだぞと謝りたいけれど、謝ると、その辺りの機微を理解していると露見してしまう。
きっと、この申し訳程度の猫が剥がれた上で無能だと知られてしまえば、風当たりが強くなるに違いない。
知らないということがどれだけの安全なのかを、ネアは、こんな危険に晒されることもない元の世界ですら嫌という程に学んでいた。
ずっとずっと遠い昔、ネアは、まだ幼いからという理由のその無知さで選別され、ただ一人生き残った子供であった。
だからこそ、警戒し身を潜め、こっそりと周囲を窺うのはお手の物なのだ。
「前の方は、随分とお若くして亡くなられているのですね」
条件交渉が途切れてもいけないので、あえて空気を読まずにそう尋ねてみる。
エインブレアという名前の託宣の巫女の言葉尻から察するに、歌乞いという役職には、まだ語るべき秘密がありそうだ。
「前任者のアリステルの任期は三年だった。彼女は、歴代の歌乞いの中でも、また、この国の歌乞いの中でも、最も高位の魔物を捕らえたからな。その分、身を削る場面も多かったのだろう。だが、君の魔術の要素を見る限り、アリステル程の魔物を捕縛することはあるまい。他の歌乞いに前線を任せ、後方となれば然程の摩耗もないだろう」
「…………え?」
不穏な単語と聞いていない話に目を瞠れば、エーダリア元王子から、巫女姫のエインブレアが説明を引き取ってくれる。
「歌乞いは、契約した魔物から、その魔物の司るものの魔術を恩恵として得ることが出来る。だが、一つの恩恵毎に、対価として魔物の願いを叶えてやらなければならない。なぜか、契約した魔物の願いが歌乞いを傷付けることはないが、それでも魔物の願いは歌乞いを削るし、彼等はとても我が儘だからね。………そしてそれは、高位の魔物程に顕著になる。だが、お前が契約するような魔物であれば、さしたる脅威にはなるまいよ」
「あの、…………歌乞いは国に一人までと聞いていたんですが」
「託宣で選ばれ、国家の顔として使役する歌乞いは一人だ。だが、歌乞いという仕事自体はそこまで稀少ではない。国民の中に現れた歌乞いが、生活の為に働き、或いは国に従事するのは当然さね」
ネアはここで、一つだけ理解した。
歌乞いは、現れたという表現を使うようだ。
歌乞いになったと言わないのだから、望んで叶えられるような職業ではないのかもしれない。
「とは言え、君は面立ちが異国の者だな。身なりや、見付けた時の様子を見るに、どこかから出奔してきた使用人なのだろうか?生まれた国は何処なのだ?」
「あ、…………」
(迷い子かなぁ、違うよねって最初の流れで、私の身元調査は終わったんじゃなかったのか)
幸運にも、そのやり取りで迷い子とは何ぞやの知識を得る事が出来たし、詳細を詰められずにほっとしていたのだけれど。
咄嗟に無難な国名など出せないので、本当のことを言えば二人は首を傾げた。
「聞かぬ国名だが、西では戦乱続きの大国が斃れた後に、新しき小さな国が幾つか興されていたな。新興国だろうか」
「かもしれません。ごめんなさい、私にもよく分かってなくて。気付いたらこの国で迷子になっていたので、どのようにして辿り着いたのかの経緯もわからないのです」
胡散臭いことこの上ないのだが、その点、魔術の叡智より記される託宣というものの絶対性は揺るぎなく、ネアの身の上がどれだけ怪しくとも、この扱いが変化することはないようだった。
「転移を利用しての、奴隷の売買もあるからの。粗悪な転移では記憶や状態を損なうそうだ。おそらく、お前もその被害者の一人だろう。履歴を辿れずとも構わないさ」
「はぁ。………でも、国家に所属するお役目を、こんなよく分からない相手に託しても大丈夫なのでしょうか?」
「魔術の気配の薄いお前にはわかるまいが、託宣というのは、言葉の魔術なんだよ。言葉として成された以上は、それは魔術の理に縛られる。お前が、この国の歌乞いだということはもはやどうあっても変わらないのさ」
よくわからない物騒なルールが増えてしまい、ネアは頭を抱えたくなった。
楽観的な性格なので、普段の生活で証書などの説明書きを隅まで読み込むことはないが、ここは優しい世界ではなさそうだから。
(マニュアルを下さい!)
そして、謎めいたこの世界独自のものの多さに圧倒されたまま困り顔でいたネアに、エーダリアが爆弾的補足を告げたのはその直後である。
「因みに、厄介な因習により、君は現在より暫くの間、私の婚約者となる。歌乞いの寿命は短いから、その間の仮の身分だと思うがいい。だが、君のような育ちの者には逆に負担となるだろう。折を見て解放するので、暫くの間だけ我慢して欲しい」
(それは、あなた自身がとても耐えられないので、私の防壁となる筈の身分も取り上げますよという宣言ですね……)
彼は美しい男なのだろう。
そんな彼の婚約者という立場は、自傷癖のないネアにとっては、欠片も魅力的ではなかった。
しかしながら、非常に無力な人間からすれば、肩書きとしての安全さは一つでも多く必要だと思うのだ。
これはやはり、報酬とやらが出るのなら早々に身の回りを整えて逃亡した方がいいかもしれない。
どこかで事故死でも装えば、彼らも深追いせず、喜ぶのではないだろうか。
そう考えたネアは、控えた問題の多さに眉を顰めてしまわないように苦心しつつ、心の中で悪巧みする。
ここにいるのが無垢で幼気な少女ではなく、一人の邪悪な人間であることを、彼等は幸いにもまだ知らないのだ。
(………でも、託宣とかよくわからない不思議ツールがある以上、この世界でそんな嘘を吐いても、すぐに露見してしまうのだろうか?)
「お前が呼ぶ魔物の選別は、こちらでも手伝うから安心おし。この国にも、ある程度の伝手はある。他の歌乞いが懇意にする魔物を付けるということも出来るからね」
けれど、そう慰められた途端に心が決まった。
(………このままでは、唯一の味方を得る機会が閉ざされてしまう)
自分に優しくない人達の、その手の内の魔物を当てがわれるのだけは、避けるべきだ。
これが多分、ネアのこれからの命運を分けるべき重要な分岐になるのだろう。
(まずはここで、死ぬ気で踏ん張らなきゃ、………だ)
理不尽な成り行きに涙目になりそうになりながら、頼りない覚悟をしたその日。
確かにその選択は、ネアの運命を大きく変えたのだった。