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『動き出す強者たち』



 創造神シャローヴァナルと快人の対決。それは幻王であるアリスを通じて、すでに快人の知り合い全てに伝達されている。快人には黙っておくようにと念を押した上で……。

 理由はいくつかある。創造神という紛れもない世界の頂点に挑む快人に、盤外の戦いを知らせれば、そちらを心配するあまりシャローヴァナルとの対決が不利になる可能性があること。

 さらに、場合によってはシャローヴァナルがそれに対応して手を変えてくる可能性もあるため、不確定要素を排除する意味でも快人には盤外の戦いについては伏せてある。


(推定戦力は、最低でも単独で国家戦力に匹敵する力を持った伯爵級800、単独で世界を亡ぼせる六王級200、それすら超えた存在3……なんともふざけた話だ。して、実際のところどうなのだ? 勝算はあるのか?)

(まぁ、なんとかね。伯爵級や六王級って言ったって、それはあくまで魔力のブーストだろうからね。それに、弱点もある。元々神族ってのは統制のとれた神界に住んでいることもあって、戦闘経験ってのが致命的に少ないんだよ)

(なるほど、貴様の分体を借りたばかりのころの我のように、与えられた力を十全には扱いきれぬというわけか……だが、そう簡単でもあるまい。貴様のことだ、もう終盤までの展開は読み切ったのであろう? して、勝率はいかほどだ?)


 アルベルト公爵家の屋根の上、部屋にいる快人の護衛をしながらアリスは心の中でイリスと会話をする。もちろん内容は、もうそう遠くないうちに始まるであろう決戦について……。


(神族たちに勝つだけなら『9割』……でも、その勝ち方だとそのあとの、カイトさんを救い出すって部分に不利になるって思う。となると、それも踏まえて理想の勝ち方ができる可能性は……ギャンブル込みで4割だね)

(……ふむ、低いとは言わぬが、ミヤマカイトを賭けるには分が悪すぎるな)

(うん。というか後手が確定してるのが痛いね。シャローヴァナル様が相手である以上、初手……カイトさんは絶対神域に連れていかれる。いや、防ごうと思えば防げるかもしれないけど……そうなったらシャローヴァナル様は他の手段をとるかもしれない。そうだったら最悪だね。まだやってくることが想定できる現状の方がいい)


 そう、かつては弱者として、いまは強者として休むことなく思考を続けてきたアリスの頭の回転は尋常ではない。すでに想定できる限りの先は読み切り、そのどれにでも対応できるように準備を進めている段階だった。

 彼女は知っている。現実が甘いものではないと……最悪の想定だけでは生温い。最悪も最善も、用意した手段が失敗した場合の展開も……その全てを読み切ろうと思考を巡らせる。


(シャローヴァナル様だってまったく付け入る隙が無いわけじゃない。相手がシャローヴァナル様だからこそ、選べる手段も存在する)

(……しかし、相手は神だ。こちらの思考を読むなぞ、造作もないことだろう? 対策はあるのか?)

(もちろん。というかすでにしてるよ。心に膜を作って表層意識では別の思考をしてる)

(見破られないか?)

(見破れるとしても、見破らないよ。シャローヴァナル様はそこまでの労力を私に割かない。というか、労力を割くほど私に興味を持ってはない。警戒するならクロさんの方だから、こっちは表層の思考だけ読み取って終了だよ……それも、シャローヴァナル様の隙のひとつだね)

(なるほどな、では気兼ねなく……話を煮詰めていくか)

(うん……けど、やっぱりもうひとつぐらい『切り札』がほしいところだね)

(ところで、貴様。口調が以前のものに戻っておるぞ?)

(あっ、しまった。イリスと悪だくみしてるとどうも、昔に戻ったみたいで……)

(悪だくみというな、作戦会議と言え……)


 今後の展開をさらに深く考えながら、アリスはそれ以外の手段も用意しようと思考を巡らせていった。









 魔界の一角にある闘技場では、二体の魔族が静かに構え、対峙していた。片や戦王五将の一角であり、戦王配下最古参でもある伯爵級高位魔族、オズマ。

 片や幻王配下幹部のひとりであり、滅び呼ぶ病魔と恐れられる伯爵級高位魔族、パンデモニウム。


 両者は相手の出方を探るように静かに構えていたかと思えば、突如両者まったく同時に踏み込み、凄まじい速度での攻防を繰り広げる。

 空気を裂く速度でオズマの拳が放たれれば、パンデモニウムがそれを受け流してカウンターを放ち、それをさらにオズマが受け流すといった、まさに達人同士の戦い。

 このふたりは遥か昔より徒手格闘のライバル同士であり、時折こうして相互の実力を高めるために共に訓練を行っていた。


 もっともライバルというのは、あくまで徒手格闘に限定した話である。魔力なども用いた全力の戦闘になれば、勝つのは間違いなくオズマだろう。

 オズマは本来、王と呼ばれていてもおかしくないほどの力を持っており、伯爵級という枠には収まらないはずの強者である。

 しかし、オズマの本気は戦王メギドを除いて誰も知らない。そう、この世のあらゆる情報を知ると言われている幻王ですら、オズマの真の実力を見たことはない。


 なぜならオズマは、幻王……アリスがこの世界に渡って来るより前、メギドと戦った時以来一度も本気での戦闘を行っていない。

 アリスはその立ち振る舞いやメギドの話から、オズマが六王に匹敵する力を持つことは推測しているが……いまだその力を見る機会はなかった。


 なぜオズマは本気を出さないのか……その理由は実のところ単純である。彼は普段の飄々とした性格とは裏腹に、強い忠義を持っている。

 オズマが本気で戦うのは、彼にとって唯一絶対の『王の命令』があった時だけ……だが、その王は目覚めてはいない。他ならぬ王自身の手によって封印されたままだ。

 ゆえに忠義の騎士はまだ、剣を抜かない。王命が下されるその時を、ただ静かに待ち続ける。









 魔界最大の大森林。その奥地ひとりの女性が静かに祈りを捧げていた。薄い金色の長髪からは、髪飾りのように薄紅色の大きな花が咲いており、彼女が花の精霊であることを示していた。

 とても静かな自然の中で、微動だにせず祈り続ける女性のもとに幼さを感じる声が届く。


「リーリエ様! リーリエ様! お祈り中ごめんなさいです」

「……いえ、問題ありません」

「実はですね……」

「リリウッド様からの招集、ですね。なるほど……神界との戦いについて、ですか?」

「あやや? さすが、リーリエ様です」

「貴女の表層意識を読み取っただけですよ。ティルタニア」


 リーリエと呼ばれた女性は、祈りの姿勢をやめて立ち上がるが、目は閉じられたまま……そう、彼女は生まれつき盲目であり、その目に光は映らない。

 しかし彼女には、空気中の微弱な魔力はおろか、他者の心さえも読み取れるほどの感知能力……快人の感応魔法の上位互換とすら言える力が宿っており、それを用いて躊躇することなく森の中を歩きはじめる。


「争いは、望むものではありませんが……この戦いが避けて通れぬのも事実。ままならないものですね」

「ティルとしては、ラズ様と一緒に戦える機会なので、大歓迎です!」

「……たしか、初代妖精王でしたね?」

「はいです! ラズ様はとっても、とっても凄い方なのです! ティルもいつか、ラズ様みたいな妖精になるです!」


 小さな羽を動かしながらリーリエに続くのは、黄緑色のショートヘアの妖精……現妖精王でもあるティルタニア。

 彼女は初代妖精王であるラズリアを心の底から尊敬している。口調や服装を真似してするほどに……。故に彼女にとって、神界との戦いは敬愛するラズリアと共闘できる機会であり、喜ばしいものだった。


「萎縮するよりはいいですが、あまり先走り過ぎないように……リリウッド様の補佐が疎かになってはなりませんよ」

「もちろんです!」

「……では、まいりましょうか。我らの王の元へ」

「はいです!!」


 彼女たちは魔界でも有名な、美しく、気高く、強い存在。界王配下の幹部として、リリウッドの力を分け与えられた七体のうちの二体。

 界王配下筆頭『魔華姫』リーリエと『妖精姫』ティルタニア……そう、『七姫』と呼ばれる麗しき界王幹部もまた、決戦に向けて動き始めていた。









 魔界南部に多く存在する岩山。そのうちのひとつの頂上に一匹のドラゴンが居た。歴戦の雰囲気を感じる傷だらけの赤い鱗、翼と一体化した腕、竜種としては小柄な5メートルほどの体躯。

 翼竜に分類される種類であるドラゴンは、翼と一体化した腕を組み、堂々たる姿で尖った岩山の頂上に直立している。


 そのドラゴンは『滅炎の天竜』という通り名を持つ存在であり、竜王配下の幹部である『四大魔竜』の一角……ニーズベルドだった。

 本来竜種と呼べる力は持たず、『翼獣種』に分類されるワイバーン。その特殊個体である赤い鱗のワイバーン『ニーズヘッグ』と呼ばれる種族でありながら、竜種の頂点とすら言える超古代真竜まで上り詰めた存在。

 いわば竜種としては、最底辺から数多の戦いの末に成り上がった存在といえる。


「ここに居たか、ニーズベルド」

(……ファフニルか)


 ニーズベルドは言葉を発することはできない。元々ワイバーンとして生まれた彼の声帯は、複雑な発音を行うようにはできていない。

 なのでニーズベルドは、魔力によるテレパシーを使って会話を行う。もっともそれも、基本的に魔物にしか通じないのだが……。


「お前が鍛錬をしていないのは、珍しいな」

(少し、考えごとをしていた)

「……考えごと?」

(我は二万年前の戦いを知らぬ、故に創造神という存在の力も想像でしかない。だが、創造神は間違いなくマグナウェル様より強いのだろう?)

「……ああ」


 腕を組んだまま、過去の戦いで片方を失い、ひとつとなった目をファフニルに向けるニーズベルド。


(我は、戦いの中で生きてきた。己より強い者に挑み続け、傷を負うたび強くなり、数多の強者を喰らってこの場に存在している)

「……」

(己より強い者に挑むというのは、恐ろしいものだ。体は震え、心は締め付けられる……乗り越えるには、とてつもなく大きな勇気がいる)

「ふむ」


 静かに語るニーズベルドの言葉を遮ることなく、ファフニルは静かに頷き続きを待つ。


(人間が、世界の頂点に挑むとは……どのような気持ちなのだろうな? そびえたつ壁は天を突き、先は見えない。それでも、その人間は……挑むんだな?)

「……あぁ。間違いなくな」

(……素晴らしいものだ。まさに燃え盛る炎の如き魂。挑む者というのは、すべからく偉大だ。我は、挑む者の味方……その人間が、頂に向かうというなら、喜んでその道を切り開く牙となろう)

「つまり、お前も神界との決戦には参加ということで相違ないな」

(もともと、参加自体は変わらない。マグナウェル様の意向には従う。だが、命じられて戦うのと、己で選んで戦うのでは、身に宿る熱も変わってくる。ゆえに、こうして再確認をしていたところだ)


 そこまで告げたあとで、ニーズベルドは組んでいた腕を解き、大きく羽ばたいて空へと上がる。


(ミヤマカイト……偉大なる挑戦者。勝手ではあるが、ここで誓おう。我もまた、その猛き魂に恥じぬ戦いをすると……)


 己の心に誓いの炎を宿し、最強の翼竜は静かに天を睨む。そこへ挑む人間を思い浮かべながら……。









 快人とシャローヴァナルの戦いに付随し発生する、神界と魔界・人界連合の戦いまで、もうそれほど多くの時間はない。

 戦王五将、十魔、七姫、四大魔竜……名だたる伯爵級たちも動きはじめ、その戦いに向け、静かに準備が進められていた。





イラストレーターのおちゃう様が四巻の販促用イラストを描いてくださいました。活動報告にて公開しています。



ワイバーン先輩「来た! 最強のワイバーン種来た! しかもカッコいいじゃないか……素晴らしい」

シリアス先輩「でもあれ、お前じゃないけどね」

ワイバーン先輩「わかってるけど……やっぱテンション上がるだろ!」

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― 新着の感想 ―
[一言] これ……アリスの壮大な早とちりって展開だったりしないだろうか……ミスリードであって欲しい部分はほぼ全部アリスの思考から生じたものだし、神界側は戦いの準備とかしてないし……果たして……
[一言] 先輩…お前じゃないのはあなたもですよね…
[一言] この小説を読むのは5周目なのですが、この時点ではニーズベルドは男性なんだなぁということを始めて知りました。
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