254話 悩み
未来視『レストラン経営』ルートの話から始まります。
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【未来視発動】
(条件 :3人でレストランを開くルートを選んだ場合)
(場所 :辺境の街)
(時間軸:今から数ヶ月後)
手に入れた『調味鍋』を元に、3人でレストラン経営を目指すことに決めた俺達。
辺境だけれども治安の良い街をなんとか見つけ出し、そこへの移住を試みた。
俺が手に入れた幾つかの資産を手放して、1年間を費やし、なんとか許可を得ることに成功。
閉鎖された食堂を改装して、小さいけれど珍しい味を提供するレストランを開くことができた。
結局、ユティアさんは調味士にはなれず、レストランは俺とエンジュの2人体制。
ユティアさんは味付けの方にもポンコツ性能を発揮して、トンデモナイモノを仕上げてしまうし、配膳をすればひっくり返すわ、オーダーを間違えるわ……
やはりこういった人には得意分野で活躍させておくのが一番だった。
今はレストランの隅っこに工房を開き、専ら軽量級機械種を修理したり、晶脳の調整をしたりと藍染屋に近いこと……というか、ペット用機械種についてのお悩み相談室的なことをこじんまりとやっている。
幸い、味付けの方は現代日本の飽食に慣れた俺が上手くできるようになった。
実はこっそり現代物資を使用しているのは内緒だが。
最初は客足が少なかったものの、珍味を出すという評判がお客さんを呼ぶようになり、今では森羅や天琉も配膳に駆り出すくらいに客が一杯になることもあるほど。
ちなみに白兎は客誘導とレジ打ちを任せていたりする。
これが可愛いと結構な評判なのだ。
そう言えば旅人がどこかの街で機械種ラビットが大量にいるレストランがあると言っていた。
フン! どれだけ数を集めようと看板兎である白兎の可愛さには敵うまいに。
そう、このレストランの名前は『白うさぎ』。
そして、俺はこのレストランのオーナー兼店長兼調味士だ。
普段はレストランを経営、調味士としても働いている。
しかし、街の危機には立ち上がり、皆に分からぬよう刃を振るうこともある。
その時の相棒は、もちろんレジェンドタイプのヨシツネ。
自分の住む街なのだ。自分達が快適に過ごす為なら悪党を切ることくらいなんでも無い。
また、辺境にありがちなレッドオーダーの群れの大発生や、機械種の巣ができた時には豪魔を引っ張り出すこともある。
何せコイツ等が増えれば客足も減るし、物流が途絶えてしまう。
これも自分達が住む街を守るためだ。
引いては俺達のレストランを守る為。
この街は世界で一番安全な街だろう。
店内を見渡せば、そこにはいつもの風景。
エンジュはテーブルを回り、注文を聞いたり、配膳したり。
白兎はいつも通りに愛想を振りまいている。
廻斗は天井近くで待機、呼んでいる客が居ればさりげなくエンジュに伝える役目。
玄関から買い出しから戻ったボルトが入ってきた。
ユティアさんは仕事そっちのけで常連のおば様方と和やかに談笑している。
和やかな日常が続く世界。
ああ、これが幸せというものだろうか。
なぜ、俺はこれに気づかなかったのか。
随分と遠回りしようとしていた気がしてくる。
そう、幸せというのはすぐ傍にあったのだ。
俺が拗らせた考えを改めれば済むことだ。
今までそれができなかったから幸せを掴めなかったのだ。
ふと、配膳で回っているエンジュと目が合った。
浮かべられた微かな笑み。
それは俺に対する信頼の証。
多分、俺はエンジュとくっつくことになる。
なにせ今でもそういう関係なのだ。
若い2人が一つ屋根の下なら仕方が無い。
でも、最近ユティアさんもこちらを羨ましそうに見てくる時がある。
街ではユティアさんはモテる方なのだが、どうも近づいて来る男性とは合わないようだ。
ユティアさんの知識レベルに釣り合わないこともそうだし、ユティアさん自身に今の生活レベルを維持したいという欲もある。
一応、俺はこの街ではかなり裕福な方で、さらに生活環境もかなり整っている。
俺とエンジュが住むレストランの2階は、金に飽かせて豪華な設備を導入しているし、俺が持ち込んだ潜水艇はレストラン側の空き地に置いて、ユティアさんの私室状態になっている。
もし、ユティアさんが誰かと結婚すれば、当然ここを離れなくてはならない。
となれば、住み慣れたこの生活環境をも手放すこととなり、それでも良いと思える男性など早々出会えるはずも無く……
つまり、ユティアさんのお眼鏡に適う男性など早々この辺境の街にはいないのだ。
しかし、ユティアさんもそろそろお年頃。
厳しい世界観からこの世界の結婚適齢期はかなり早い。
だいたい20歳過ぎくらいまでには結婚してしまう人が多い。
そういう意味ではユティアさんはそろそろ崖っぷちに近くなり、やや焦っているような状態。
その焦りからか最近のユティアさんの行動が少しおかしい。
俺の誤解かもしれないが、ユティアさんが俺を見る目が少し怪しい時がある。
また、頻繁に軽いアプローチのようなものもしてくるようになった。
なにやら真剣な表情でエンジュと話していたことも。
この世界では力のある男性が複数の女性と所帯を持つことも珍しくは無い。
もしかして、ユティアさんは俺を狙っているとか……
いやいや、まさか……でも……
ユティアさんには故郷の情報は渡してある。
打神鞭の占いで正確な故郷の名前と場所を調べ上げたのだ。
かなり遠方だから送っていくのは難しいが、旅費くらいなら出そうと申し出たもののユティアさんに拒否されてしまった。
何から何まで俺に頼ってしまうのは流石に申し訳ないということなのだそうだけど。
自分で稼いだお金で何度か手紙を出したようだが、その返事がなかなか来ないこともユティアさんがおかしくなっている原因かもしれない。
この世界の郵送事情はかなり劣悪だから、本当に届いているかどうかも不明。
届いたとしてもユティアさんの家族がここまで迎えに来れるかどうかも分からない。
だからユティアさんがこの街に身を埋める覚悟をして、その伴侶として俺を求めたとしても不思議ではない。
もちろん俺はエンジュを裏切るつもりはないが、ユティアさんが第2夫人でも良いと妥協してくれるなら……
しかし、エンジュは確かハーレム否定派だったはず。
うーん、俺はどっちに加勢すれば良いのやら……
辺境の街に定住ともなると刺激が少ないとも思っていたが、意外にスリリング溢れる日常が待っているのかもしれない。
さて、俺にこれから訪れるのはどんな日々なのか……
【未来視終了】
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まだ続きがありそうだったが、ここで未来視を打ち切った。
必要な情報は知ることができたし、これ以上は俺の感情を余分に刺激するだけだ。
「はあ…」
未来視を見終えた俺はため息一つ。
そして、くたびれた老人のように覇気のない言葉が漏れる。
「そりゃあ、分かってはいるんだけどね。そういうルートも悪くないだろうけど……」
でも、俺はその選択を選ばない。
たとえ拗らせていると分かっているこの考えも変えるつもりは無い。
それをすれば今までの俺を行動を否定することになり、自分が間違っていたことを認めることにもなる。
それは非常に恐ろしい事だ。
ともすれば自分が不幸になってしまうことよりも。
「見ない方がよかったかな」
心に残るのは、苦い思いと、上がってしまったエンジュとユティアさんへの好感度。
単なる好奇心と、疑心暗鬼を払しょくしたいだけで未来視を発動したのは、やや割に合わないデメリットがあったと言える。
次の街で別れるかもしれないというのに……
……いや、エンジュとユティアさんが俺を裏切ることが無いと分かったんだ。
それでメリットは十分だ。
もちろん、それは未来視の情報が本当に正しいのか? という疑問点もあるし、人間の心というのは移り変わるモノだから絶対というわけではない。
それでも、今までの実績から未来視の情報は信頼に足るものだし、それを信じるなら少なくとも数年間一緒に過ごしたエンジュとユティアさんに怪しい行動は無かった……
ああ、そう言えば、最後の方では、ユティアさんは俺に怪しい目を向けていたな。
あれってどうなんだろう?
エンジュと並行してユティアさんと最終的に付き合うことになったのだろうか?
そもそもエンジュはそれを許したのだろうか?
うーん。
打ち切ってしまったけど、続きがめっちゃ気になってくる。
自分のことだけに……
あと、もう一つメリットがあった。
ユティアさんの故郷の街の名前だ。
未来視で俺はユティアさんの故郷を占っており、その街の名前を告げてあげている。
その街の名は『プーランティア』
以前、ベネルさんからユティアさんの故郷は『ポラント』という街だと聞いていたが、微妙に異なってしまっている。
これではいくら探しても見つかるわけがない。
おそらく『ポラント』という呼び名は、その街の住人しか呼ばない名前なのだろう。
機械種のことはびっくりするくらいに詳しい癖に、肝心の自分の街の対外呼称を覚えていないなんて、実にユティアさんらしいと言える。
俺が調べた限り、ここからかなり離れた場所にある街だ。
普通に車で行こうとしても片道数週間から1ヶ月はかかるだろう。
もちろん途中でトラブルが無いという前提だが。
流石に俺も送ってあげるとは気軽に言うことはできない距離。
しかもその街は東部領域と呼ばれる地域で、中央程危険な機械種が徘徊している場所ではないが、街の出入りがかなり厳しく、所々に関所もあり、通行書を持っていないと追い返されることも多いという。
俺の目的地である中央とは別方向であり、旅慣れないユティアさんを連れていくのはかなり覚悟がいる場所だ。
「どうしたもんかね?」
ユティアさんに故郷の街の名を教えてあげるのは簡単だ。
ただし教えたからといってそう簡単に向かうことはできないだろう。
まず信頼できる護衛が必要だし、当然、1ヶ月もの期間の旅の準備もいる。
そして途中の関所を通る為の通行書も手に入れないといけない。
さらには道中で機械種や野賊が襲ってくる可能性もある。
はっきり言って、一旅人なのであれば命の危険を天秤にかけて挑む行程なのだ。
ユティアさん個人の力では辿り着くのは不可能であろう。
俺が協力しない限り。
それもある程度俺の力を明かした状態でないと難しい。
「どうしたもんかね?」
再度同じ独り言を呟く。
俺には俺の目的がある。
自身の安全の為には、自分の戦力の拡充が急務なのだ。
俺の秘密がバレた時の為。
俺の能力が突然消えてしまった時の為。
俺と敵対する可能性が高い白の教会への対処の為。
ユティアさんにはできるだけ協力してあげたいが、そこまでの労力を割く理由が無い。
俺は俺のことが一番大事なのだ。
理由も無しにそこまでのリスクを抱えるのは御免こうむりたい。
ただ……
『人を助けるのに理由がいるのか?』
ふと、どこかの正義の味方が言ったセリフが頭に浮かぶ。
子供の頃、そのセリフを聞いて心を高ぶらせたことがあった。
大人になるとともに、身の丈を知ることとなり、そんな青臭いセリフなんて思い出すことも無かったが。
今の俺には力がある。
ほんの少しのリスクを許容すれば、助けられる人がいる。
それも色々とお世話になった人だ。
悩む。
悩ましい。
悩みに悩んで……
「どうしたもんかね?」
三度同じセリフを呟いた。
それは永遠に答えが帰って来ない自分への問いかけ。
それだけははっきりしている。
どれだけ悩んでも、結局、結論は出せないのは分かり切っていたから。