表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪女ファウステリアの最期  作者: 黒井雛
8/64

【8】

 胸糞が悪くなるような、真実。


 だが、ファウステリアは瞳を無くして王に忠誠を誓う先人に対して、嫌悪以外の感情が沸き上がるのを、感じざるえなかった。



「王に見いだされた紫水晶の瞳の持ち主は喜んでその瞳を王に捧げ、忠誠を誓ったんだよ。誰もが」



 メティが続けた言葉は間違いなく真実だ。

 メティの気まぐれに対して、躊躇いなくその瞳をえぐりだしたファウステリアには、瞳を王に捧げた先人たちの気持ちが、よく分かった。



 実際に死を目前にするまで、メティと契約を結ぶまで、ファウステリアが望んでいたことは、実はそんな大それたものではなかった。




 あたたかい、食事


 あたたかい、寝床

 

 あたたかい、言葉


 あたたかい、誰かの、温もり





 せめて、せめてどれか一つと望んでいたものは、そんな些細なものだった。普通の人ならば、当たり前に与えられている、そんな小さなことばかりだった。

 ファウステリアはそれらを、かつては自身の何を引き換えにしても良いほど、焦がれていた。


 もし、与えてくれる人がいれば、その思惑が何であれ、その人を神の如く崇拝しただろう。

 瞳でも、何でも、望むものはなんだって捧げた。



(――妬ましい)



 ファウステリアの中に燃え上がるのは、哀れな先人に対する、妬心。



 彼らは偶然とはいえ、選ばれた。



 選ばれて、必要とされ、手を差し伸べられた。



 真実を知らぬまま、救われたことにひたすら感謝しながら、何処までも美しくその命を王に捧げた。


 ファウステリアは選ばれなかったのに。


 メティがいなければ、あのまま惨めにのたれ死んでいたのに。




 紫水晶の瞳が忌み嫌われる原因になったソーゲル家を、それ故に恨むことはない。

 300年前の先祖がしたことなぞ、されたことなぞ、知らない。

 そんなのは、ソーゲル家とて同じだろう。

 自分の先人の不幸もどうでもいい。

 自分の不幸の処理だけで手一杯なファウステリアには、いくら同様な境遇で、血が繋がっているからといって、とうの昔に死んだ他人の不幸まで嘆く余裕はない。



(ソーゲル…絶対に、許さない)



 それでもファウステリアは、ソーゲル家を恨む。




 300年前、紫水晶の瞳に忌み嫌われるものというレッテルを押し付け、瞳を持つ人間を迫害したからではなく、



 今日に至るまで、紫水晶の瞳の人間を都合のよい時のみ手を差し伸べて、自らの益の為に体よく利用していたからではなく、



(私を救わなかったソーゲル家を、絶対に許さないっ…!!)


 ファウステリアが死を確信するつい先刻までも、ファウステリアを見出すことも、手を差し伸べることも無かった、今日、今この瞬間、生存しているソーゲル家の人間を、ファウステリアは憎む。



 それがどんなに身勝手で、自己中心的な感情だとしても、ファウステリアには関係ない。


 良識も、道徳も、誰もファウステリアに教えてなぞくれなかった。



 胸の中で燃え上がり、暴れる憎悪の感情にただ身を任せることこそが、ファウステリアには自明の理であり、自然な行為だった。それを理性故に拒絶することなぞ出来やしないし、したくもない。



(――まぁ、いい。私はそんなちっぽけなものでは満足しやしない)


 ファウステリアは、王に見いだされなかったが、代わりに悪魔に見いだされた。

 そして悪魔は約束してくれた。

 平穏に生きている人間ですら、やすやすと得ることが出来ないものを、ファウステリアに与えると。

 地位も、名誉も、力も、美貌も、「真実の愛」ですら、与えてくれると、そう言った。



 かつてソーゲル家に見いだされた先人たちより、平穏に生きている一般人より、ずっと価値が高いものを、ファウステリアは手に入れるのだ。


 誰もが羨む、そんな素晴らしい宝を、満足するまで所有するのだ。



 ファウステリアは血が滲む自身の唇を、その赤い舌でもって、舐めあげた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ