【3】
絶対神デウスを讃える年に一度の祭典。
街には市が立ち並び、国内外から集まった様々な人種の人々が街を行きかう。
大道芸人が軽業を披露し、美しい乙女が舞を踊る。
だれもが愉しげな笑みを浮かべ、町が活気づいている。
ファウステリアは路地裏に近い道の隅で、そんな人々を黙って眺めていた。
長いローブをフードまでかぶり、その紫水晶の瞳と眼帯を隠してはいるが、それでも行きかう人が思わず視線を奪われてしまう程、その美しさはにじみ出ている。
少し前の自分なら、このような状況で悠長に祭り等眺めてはいられなかった。祭りは人々が浮かれ注意力が散漫になる、かきいれ時。行きかう人々の持ち物を、いかにばれないようにかっぱらうか、懐が広くなった物好きに自分を買って貰えるようにアピール出来ないか、必死だった。
実際、ファウステリアには明るい祭典の陰で、かつての自分のように薄暗い行為を行っている同類が幾人も目に入った。その眼は目的の為にぎらついていて、心からの笑みを浮かべていないから一目でそれと分かる。
だけどもう、自分はそんな惨めな行為をしなくてもいい。
そんな惨めな行為に耽らずとも、自分はもう生きていけるのだ。
ファウステリアの口端が、優越感から吊り上る。
だが、まだ足りない。
まだまだ、足りない。
自分は、誰からも羨まれる、そんな立場の人間になるのだ。
「――王様たちが現れたぞっ!!」
大広間の中央にある、この日為に作られた特別な高台。
大勢の騎士に囲まれたそこに転移魔法によって出現した王族たちの姿に、集まった人々は歓声をあげる。
現れたのは、煌びやかな衣服を纏ったまだ年若い国王陛下と、その妃。
そして、その二人以上に派手な衣服を身に纏う、齢60を迎える先王陛下だ。
「―皆の者」
集まった国民を見下ろしながら、先王陛下は威厳がある声色で国民に呼びかける。
ざわめいていた国民は、その声が響いた途端静まり返った。
「今日という喜ばしい日を、共に過ごせたことを喜ばしく思う。かつてこのグレーヒエルの地は、魔の侵攻による暗黒時代を送っていた」
人々の顔が痛みを耐えるように、暗い面持ちに変わる。
40年前、グレーヒエルは一人の魔族によって壊滅状態まで追いやられていた。
魔族は自らを「魔王」と名乗り、恐ろしい「魔物」たちを率いて、グレーヒエルに攻め込んだ。人々は魔物の脅威に怯え、幾年もの眠れぬ夜を過ごした。
そんな魔王を打ち負かし、国に平和をもたらしたのが、救国の英雄リューク・ソーゲル。
その功績が讃えられ、国王の地位を得た、今の先王陛下だ。
「魔王は私が打倒した…だが、40年経っても、未だ魔物の脅威は消えてくれない」
グレーヒエルの地は、かつて魔王の標的にされていた地のだけあり、その魔物による被害は、他の国の被害に較べてとび向けている。
毎年1000人規模の単位で魔物による死人が出る悲惨な事件が起こる。
だがかつてはその被害規模は万単位だったとも言われ、その事実がさらに先王陛下の威光を際立たせている。
「だが、私は約束しよう!!来年のこの祭典時には、諸君がさらに安寧な気持ちでこの祭典に挑めることを!!今年以上の数の魔物を討伐し、その被害を減らすことを、デウスに誓おう!!」
リュークの宣言に、広間では大きな歓声があがる。
狂気的な熱気が、広間中に広がっているのが、分かった。
先王の名が、先王を讃える声が、どこからか上がり、その声の大きさを増していく。
続いて現王も祝辞を述べるが、誰もまともに耳に入れようとしない。
年齢と、かつては一貴族に過ぎなかったが故の背景事情から、王位を息子に譲ったが、実質最高権力を握っているのは先王であるリュークだ。
グレーヒエルに生まれた子供は寝物語に彼の英雄伝説を聞かされ、やがてその偉業を讃えるようになる。
民衆にとって、彼は生きる神のごとき存在だ。リュークは数十年の治世の中で、完全に民衆の心を掌握した。
(待っていろ…)
ファウステリアは内心でリュークに毒づく。
確固たる自身の地位に、今はまだ、せいぜい胡坐をかいているがいい。
神のごとく振る舞うがいい。
その地位はいずれ、ファウステリアの物になるのだから。
リュークなどとは比べ物にならない権力者として、彼女はこの地に君臨するのだから。
首を洗って、待っているがいい。その地位が簒奪されることを。
(必ず、手に入れてみせる)
ファウステリアはローブの陰で、その紫水晶の瞳を怪しく光らせた。
「…っドラゴンだ!!ドラゴンが襲撃してきたぞ!!」
歓声の中不意に、悲痛な叫びが上がった。
西の空から襲いくる、複数の陰。
一見それは鳥のように見えるが、その縮尺は明らかに鳥のそれと違う。
人々が悲鳴をあげて逃げ惑う中、ファウステリアは一人ほくそ笑んだ。
さあ、権威簒奪劇の幕開けだ。
せいぜい自分の手のひらの中で、滑稽に踊るがいい。