25.反撃準備完了
ユリシー嬢に替えの服を用意してやり家まで送り届けたオレは、真っ暗な自室にて硝子のウサギを抱えながら落ち込んでいた。
エリザベスがユリシー嬢を避けようとしているのはわかっている。やむをえず遭遇してしまった場合にもエリザベスはもっとも物事が穏便に収まる方法を選択する。それにオレのことを信じたからこそユリシー嬢を任せたのだ。
オレはエリザベスに信頼されている。
……でも、嫉妬はされない。
「ああぁぁぁ~~~~」
もだもだごろごろとベッドの上を転がりまわる。
明かりを消しているのは部屋に飾ったエリザベスの肖像に見られたくないからだ。微笑をたたえたエリザベスはすべてを許す聖母の表情でオレを見下ろしているが、今日ばかりは許されて嬉しいとは思えなかった。
「でも、エリザベスはお揃いのウサギをくれた。そうだよな、ウサギくん。……ソウダヨ~! エリザベスはいつかオレのことを好きになってくれるよな? ……ソウダヨ~!」
うん、むなしい。
ハロルドとラファエルには不思議がられたが、人生の半分を片想いの相手と婚約していたら普通こじらせるとオレは思う。
いや、しかし落ち込んでばかりいても前進はない。この事件を華麗に解決してエリザベスの好感度アップ&学園内での婚約者らしい距離感を勝ちとるのだ。
「よし」
拳を握って気合を入れると立ちあがった。照明をつけ、エリザベスの肖像を見上げる。
「リザ、オレは君にふさわしい男に――」
コンコンコン。
「殿下、急ぎの面会です」
「な、なるっ!!」
キメようとしたところでハロルドに呼ばれ、驚いたついでに応答の返事を間違えた。声かけられて「な、なるっ」てなんだよ。
しかしハロルドは何も言わなかった。
そんなことにつっこんでいられないというように鋭い声が続いた。
「ドメニク殿が手がかりを発見したようです」
***
広間にはオレとハロルドに相対してドメニク殿とラファエルがいた。
相かわらず筋骨隆々とした身体をしゃっきりとのばし礼をするドメニク殿の隣でラファエルも外向けの礼をする。
「申し上げます。《魅了》の加護を施した魔法使いを発見いたしました。魔法陣もその者が刻んだと判明しております」
姿勢を戻すやいなや、余計な前置きは無用とばかりにドメニク殿が口火を切る。
「その者は現在、妹とともにドルロイド公爵家に軟禁状態にあります。おそらく脅されて協力させられたのかと」
「ご苦労でした。彼らを保護することができればドルロイド公爵家がこの件に関わっている一番の証拠になる」
公爵家が魔法使いを囲い込むことはそれほどおかしなことではない。しかし妹まで一緒に閉じ込めて外に出さないというのなら話は別だ。
「証言を交換条件に父上へ減刑を申し出よう。おそらく今後は国の監視付きで暮らしてもらうことになるが」
「はい、やむをえませんな」
「彼らはまだ生きているのだな?」
「はい。公爵家に潜り込ませた者に確認させました。さすがに口封じをするだけの度胸はなかったか――」
「または、魔石のことが明るみに出たときの保険だな」
妹を人質にとり、魔法使いに「ノーデン家の指示だった」と証言させれば購入記録もあるザッカリー殿は身の潔白を証明しきれない。
彼らには利用価値がある。保護していたのだという名目をつけるためにも、害されることはないはずだ。
「ぼくもユリシー嬢からラースに似た男に魔石を渡されたことを聞いた。いまのユリシー嬢はぼくを疑っていない……が、問題は彼女が法廷で素直に証言を行うかどうか」
オレは肩をすくめる。
すべてが仕組まれたことだったと聞かされて、しおらしく証言を始めるとはとてもじゃないが思えない。
ラースも一応この期間学園には関与していなかったという体で、休学という予防線を張っている。
どうしたものか……。
「よし、兵を出そう。魔法使いと妹を保護し、ラースを脅してすべてを吐かせる」
「殿下それは私怨がすぎます。というか殿下にはまだ直接動かせる兵はついておりません。国王になられ、王国軍および近衛兵の統率権をお持ちになってからになさいませ」
ハロルドがすました顔をして言う。
よちよち殿下ちゃんもっと大きくなってからでちゅよ、を婉曲に煽ってきたなこいつ。
「わかっている。冗談だ」
「それは気づきませんでした。ユーモアのセンスに欠ける従者で申し訳ありません」
今度はまぁまぁ直接的な煽りだった。
「……そうだな、いまラースやユリシー嬢を捕らえたとすれば、『乙星』に熱中している生徒たちはさらなる興味をそそられてしまうだろうな」
無理やり話を真面目なトーンに戻す。
ラファエルたちが《魅了》の影響範囲を狭めているとはいえ元より好奇心旺盛な子息令嬢たちは面白おかしくこの成り行きを見守っている。
そんな折りにユリシー嬢が捕らえられ、無関係そうに見えるラースまで捕らえられたとあっては、こちらがいくら事情を説明したとしても噂が独り歩きするのは目に見えている。
「それに、できれば《魅了》の加護を持つ魔石が存在することは伏せておきたい」
「そのとおりです。あれは危険すぎる」
オレの言葉にドメニク殿が頷いた。
第一級禁呪は人々の記憶に触れることすら避けたほうがよい。禁呪の使用は不可能で、魔法学講義で学ぶ単語の一つにすぎないと思われているのが最も平和だ。
ラースはあくまで表向き『ユリシー嬢を扇動し混乱を巻き起こした罪』で裁かれてもらわねばならぬ。
そのために利用できるのは一か月後に迫った成人パーティだ。
おあつらえむきにパーティにはラースも出席する。
ここまで来た以上は、自分の仕組んだシナリオをラースに見届けさせてやろう。
「一か月後の成人パーティだ。そこで決着をつける」
「「「御意」」」
オレの言葉に三人は胸に手を当てて頭を垂れた。