22.ラースはいずこ
「こたびの件、裏で糸を引いているのはラース・ドルロイド公爵子息と思われる」
「えっ、えぇっ!?!? ラース様が!?」
結界の張られたとあるサロン室にて。
おごそかに告げたオレに、リアクションを返してくれたのはセレーナ嬢だけだった。
「……それは、一週間前から存じあげておりましたが」
「国王陛下がヒントを与えてくださったんだろう?」
何をいまさら、と声が聞こえてきそうだ。ハロルドはエリザベスとの会食に立ち会っていたから知っているのは知っている。ちゃっかりセレーナ嬢の隣を陣どっているラファエルも、父上→ドメニク殿経由で聞いたのだろう。
でもオレはエリザベスがラースから横恋慕されているという事実を受け入れるのに一週間かかったのだ。優しくいたわってくれてもいいじゃないか。
じっとりとした目で二人を睨みつけていたらセレーナ嬢が慌てだしたのでオレは咳ばらいをした。
「ラースは二つ上。セレーナ嬢と同回生だ。そこで君に来てもらった」
「な、なるほど……!!」
セレーナ嬢は相かわらずファイティングポーズをとりながら頷いている。聞けば高貴な者たちを前にすると緊張しすぎて身体が縮こまるのだという。
ラファエルがさりげなく距離を詰めていくたびに身体を小さくしてソファの逆側に追いやられていくセレーナ嬢が可哀想でハロルドに合図する。ハロルドは無言でラファエルを立たせると別の席に座らせた。身分上はセレーナ嬢の席を変えるべきだがラファエルは残念そうな顔をするだけで特に気にしない。
「あ、すみません、いえ、失礼しました、ありがとうございます」
伯爵子息のハロルドですら緊張するのかわたわたと礼を言い、セレーナ嬢はすうと深呼吸をした。
「あの、ラース様が私の小説を利用していると言われれば、思い当るふしはいくつかあります。私が知る中で、ユリシー様が『星の乙女』に似ていると言い出したのはラース様でした。自分の小説の話題が出てきてとても驚いたので覚えています」
「貴族のあいだで流行らせたのもラース様かもしれません。記憶による証言になりますが、『乙星』を芝居で見てみたいと、晩餐会やパーティの場でラース様がおっしゃっていたようです」
セレーナ嬢の証言にハロルドも付け足した。
なるほど、どこの熱狂的ファンが芝居化なぞしたのかと思っていたが、王家とつながりのある公爵家が後押しをしたのであれば罪悪感は薄かっただろう。
「セレーナ嬢、ほかには何がある?」
「は、はひ、ほかには……」
いくつか思い当たるふしが、と言ったのだからまだあるのだ。
しかしセレーナ嬢はファイティングポーズのままオレの顔をちらちらと見てくる。視線に含まれる、微妙な配慮。
あ、これ、嫌な予感のやつ。
「その、ラース様は、エリザベス様に好意を寄せられているかと思います……」
「……知っている」
あー、やっぱりそうかー。そうだよなー。
手紙の内容は怖くて聞けなかったが、いまだに粘着質に謝罪の手紙を送ってくるならそうに決まっている。ラ・モンリーヴル公爵殿が代わりに返事を書いているということはエリザベスが許して終わりという話ではないということだ。つまりラースの目的は謝罪の先にある関係の構築。
一週間かけて悶々とし、割りきった。しかし第三者の口から聞くとまた複雑な気分だ。
「どうして他の男が自分の婚約者を好いているくらいでこんなに動揺するんだろうね?」
「殿下は色々とこじらせてらっしゃいますから……」
「あぁ、過去の話とはいえ自分以外の人間がエリザベス様の旦那候補に入ったのが許せないわけか。それとも彼女の魅力を自分以外の人間が理解しているなんて思いたくないとか?」
「どちらにせよ心配になるほどの独占欲でございます」
「煩いぞそこの二人」
珍しくラファエルとハロルドが長文で会話したと思ったらオレのことをディスってくる。お前たち側近候補じゃないのかよ。オレを立てろ。慰めていたわってくれ。
ちなみに動揺の原因はラファエルが言ったことの両方ともだ。
セレーナ嬢がものすごーく心配そうな顔をしているので気合を入れて表情を保つ。
「して、なぜわかった?」
「先程お伝えしたとおり、ラース様は私の小説を話題にされていました。なのでつい気になって目で追っていたのですが……その、ラース様がエリザベス様に向ける視線の回数が」
「……」
「王太子殿下を百とすると、百三回ほど……」
「なん……だと……」
このオレが負けたというのか? いやそうではない、オレはエリザベスとの接触を控えようとしていた。あまりジロジロ見るのもいけないと考えセーブしていたのだ。だから負けただけで、騒動さえなければオレは学園の休憩時間をエリザベスとともにすごし、一万回くらい見つめていたと思う。
つい数十秒前に気合を入れたので表情はおだやかなまま、しかし腕を組んで動かなくなったオレにセレーナ嬢は泣き出しそうな顔になった。
「も、申し訳ありません、やはりこのことは……」
「いえ、お気になさらないでください。ラース様の動機を裏付けるのに必要な情報でした」
「それなら、よいのですが……」
ハロルドに励まされたセレーナ嬢がちらちらとこちらを窺ってくるので笑顔を作る。ひぃっと悲鳴があがるのがなんとなく傷つく。
「で、肝心のラース様の動向ですが。この数か月間は登校されていないようですね」
ハロルドの言葉にセレーナ嬢はそちらを振り向き、頷いた。
「はい。ラース様はただいまご病気の療養中で家庭内教育に切り替えていらっしゃると、教師から説明がございました」
「あくまで学園の揉め事に自分は関わりがないというわけだな」
ユリシー嬢を操り、ラース自身は何も知らなかったと言い張るつもりだろう。
「あぁ、でも、成人パーティにはいらっしゃるようです……席順表が配られたのですが、一番上にお名前がございました」
「ほう」
「さすがにクライマックスシーンは生で見たいか。罠にかけるにはぴったりかもねぇ」
オレの内心をラファエルが言葉にする。
不思議そうな顔をするセレーナ嬢には答えず、ラファエルは鋭い視線を真っすぐにオレに向けた。
「覚悟は決めたのかい?」
「……もちろんだ」
本当はめちゃくちゃ嫌だが。
オレにはもう一つ、決定的な証拠が必要だ――ユリシー嬢とラースがこの件の背後でつながっているという証拠が。
それを引き出すために彼らの油断を誘う。だからこそシナリオが順調に進行していると思わせているのだ。
次の展開は、オレとユリシー嬢の二人きりの会話イベント。たあいもない話を通じて王太子は主人公の心の清らかさに触れ、二人は親密になる。……考えただけでも眩暈がする。
しかしオレがこれほどに嫌がるイベントだからこそ、こなせばラースは作戦の成功を確信してくれるはずだ。
作者であり当然シナリオを熟知しているセレーナ嬢はなんとも言えない顔でオレを見守っている。
しかしラースをパーティの場へ引きずりだすにはユリシー嬢を落とさねばならぬ。
「どんな手を使ってもこの王国に仇なす者を叩き潰す。それが次期国王となるオレの覚悟だ」
「本心は?」
「どんな手を使ってもオレとエリザベスの仲を引き裂こうとする者を叩き潰す。絶対に許さない」
それがこの一週間で導きだしたオレの答えだ。……と、偉そうに言うものじゃないが。
ハロルドの視線は相かわらず冷たい。
セレーナ嬢はきゃーっと黄色い声をあげて手を叩いている。うむ、その感動は次のラブラブ小説に活かしてくれ。
くす、とラファエルが笑った。言わせておいてお前。
「じゃ、ボクはしばらくユリシーちゃんからエドワードやルークス君を引き離しておくよ☆」
「頼んだぞ」
なにはともあれ、反撃開始だ。
来週には完結すると思います。
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