「その聖剣、貸してただけだぞ?」自分が有能だと勘違いしている勇者に、裏人格【もう一人のボク】がお仕置きしてたみたいです。経験値も全部返してもらって、いつの間にか無自覚無双してました。
「アルト。お前は今日でこのパーティから出て行け」
突然パーティリーダーのザックから追放を告げられたアルト。
アルトは冒険者になってから長い間ザックのパーティで過ごしてきた。だから突然追放されると言われても実感がわかなかった。
「……で、出ていけ? 冗談だよね?」
アルトが言うと、ザックは鼻で笑う。
「冗談なわけないだろ? お前みたいな雑魚、このパーティにはいらないんだよ。明らかにお前一人だけ弱すぎる」
ザックが言うと、他のメンバーも同意する。
確かに、アルトは未だにレベル20台だったが、他のメンバーは全員40以上だった。
特にリーダーのザックは、レベルは50の大台を突破して“勇者”の称号を得ている。
しかも限られた者しか発現しないという“聖剣”の力も持っていた。
――“聖剣”は強靭な精神が、実体のある武器に形を変えたものである。
その力は極めて希少なもので、多くの冒険者は生涯かけても聖剣の力には目覚めない。
聖剣は限られた冒険者だけがたどり着く一つの到達点だ。
つまり聖剣に目覚めたザックは、超一流の冒険者というわけである。
そんなザックが、せいぜい中堅冒険者であるアルトのことを足手まとい扱いするのもある意味仕方がないように思える。
「ぶっちゃけな。お前みたいな雑魚、“近衛騎士”に選ばれた時にお荷物だろ?」
近衛騎士は、王女の直轄部隊として難しいミッションに挑む冒険者のことである。
冒険者としては最高位の地位にあり、誰しもが憧れる職業で、当然アルトにとっても生涯の目標だった。
そして先日王宮から、新しく王女直属の近衛騎士隊を作ると発表があり、その隊長としてザックが最有力候補に挙がっているのである。
ザックが隊長になれば、パーティメンバーはそのまま隊員に任命される予定だった。
即ち、晴れてアルトも近衛騎士になれる予定だったのだ。
だが、突然追放を言い渡されたアルト。
「さすがにお前みたいな雑魚が近衛騎士ってのはありえねぇ」
突然のことに呆然とするアルト。
ザックはそれを見て手のひらでアルトを後ろに突き飛ばす。
「とにかくおさらばだ。さっさと出て行け!」
†
突然パーティを追い出され、途方にくれるアルト。
アルトの視界から景色が消えて、暗中に放り出されたような感覚に陥った。
けれど立ち止まることはできなかった。ザックの言葉がいまだに耳に残り、それから逃げるようにフラフラと歩き続けた。
そして気がつくと、アルトは「いつもの場所」にきていた。
それは“苦しみの洞窟”と言われる場所だった。
ここにはモンスターは現れない。
だからここでいくら修行をしても経験値は溜まらない。
けれど、それでもこの場所は修行に絶好の場所とされていた。
理由は――精神が鍛えられて聖剣の覚醒が早まると言われているからだ。
苦しみの洞窟に入ったものは幻影を見る。
その幻影は、幻影だと知っていてもそうとは思えないほどリアルに感じられ、洞窟入った者はその幻影と本当に戦っているように錯覚する。
幻影に体を斬られれば現実でそうされたのと同じように痛みを感じる。
しかし幻影なので、どれだけ体を斬られても死なない。
洞窟にいると死ぬほどの痛みを永遠に味わいながら戦うことができる。
そうして戦いを重ねていくと、どんどん実戦経験を積めて急激に精神が鍛えられる。
聖剣は強靭な精神が武器に変わったものなので、精神を鍛えるのが覚醒への近道だ。だからこそ精神を鍛えられるこの洞窟は聖剣覚醒のためにはうってつけなのである。
けれどこの洞窟に足を踏み入れる者はほとんどいなかった。
理由は単純で「死ぬほどの痛み」に耐えきれないのである。
冒険者といっても、普段モンスターと戦うときは<結界>」に守られており、その値が尽きるまで生身の体が傷つくことはない。だから多くの冒険者は痛みとは無縁である。
結界が破られた状態で敵に攻撃を食らうと言うことはほぼ死を意味するので、よほどピンチに陥らないと痛みを感じるようなことはない。
それなのに、この洞窟では無限に痛みを味わうことになる。
いくら歴戦の冒険者といえど、耐えられるわけがなかった。
――が。
「……今日も頑張ろう」
アルトは“苦しみの洞窟”で毎日修行をしていた。
何としても聖剣の力に目覚めれられるよう、「死ぬほどの痛み」に毎日耐えながら修行しているのだ。
それはアルトのルーティンだ。
そしてそのルーティンはパーティを追放されてどうしていいのかもわからない状況で、アルトにできるの唯一のことだった。
辛いことは今までもたくさんあった。でも辛いと思った時こそ、こうして修行をするのがアルトだった。
アルトははぁと一つため息をついて洞窟へ入っていく。
すると、すぐさま暗闇に包まれる。
そして、次の瞬間ポッと視界にモンスターが現れる。
――アンデット・ドラゴン。
Sランクのモンスターである不死身の大竜を前に、アルトは剣を引き抜く。
だが、次の瞬間アルトが動き出す前に、ドラゴンが先制する。
その大きな翼をアルトに向かって振り回す。避ける間も無く、アルトは横殴りにされ、壁に叩きつけられた。
臓器が目と口から飛び出すような痛み。
しかしこの洞窟ではそれほどの“ダメージ”を受けても生きている――生き続けていく。
痛みだけが支配する世界だ。
アルトはそれに耐えて、立ち上がる。
だが、そんな彼が体勢を整える前に、今度はアンデット・ドラゴンに踏みつけられる。
文字通り、体が押しつぶされる。もはや痛みという感覚を通り越す。
そして極め付けに、今度は黒い炎を吹きかけられる。
皮膚が焼けていく――体は傷つかず、痛みだけが全身を駆け抜けていく。
――次の瞬間、アルトの意識が遠のいていく。
「(ああ、今日は全然だめだ……)」
戦いだして2分も経っていないが、アルトの魂は限界の悲鳴をあげた。
突然の眠気。
こうしてアルトは意識を失う――
――――――――――――――――
――――――――
――――
――
そして。
「…………やっと、出られたな……」
――アルトは立ち上がった。
それを見て、不死身の竜はわずかに後ずさりした。
――それまでとアルトの顔つきは明らかに違っていた。
「さて……【もう一人のオレ】の代わりに今日も頑張りますか」
――そう。
アルトは意識を失った。そして代わりに出てきたのは、彼のもう一人の人格。
アルトはあまりに厳しい洞窟での修行に耐えるために、無意識に【もう一人のボク】を作り出したのだ。
そして裏人格のアルトは、毎日表人格に変わって修行を続けていた。
もう一人のアルトは、次の瞬間手を前に突き出す。
「来い――“聖剣”」
彼が呼び出したのは、冒険者の頂に上り詰めたものだけが覚醒する精神を形取った“聖剣”。
アルトは既に聖剣の力に目覚めていたのである。
多くの人間が1分と耐えきれない“苦しみの洞窟”での修行を、毎日数時間、2年以上も続けてきたのだから、ある意味当然ではあった。
ただし聖剣を扱えるのは、今の所裏の人格だけだった。
「さて」
アルトは呼び出した聖剣“紅蓮”の剣先を竜に向ける。
「今日は【もう一人のオレ】が、クソ雑魚のザックにバカにされてイラついてんだ。ちょっとサンドバッグになってもらうぞ」
アルトはそう言って、不死身の竜に斬りかかった。
大竜はアルトの速さになすすべなくその翼を切り裂かれる。
「がぁぁぁぁあッ!!」
叫び声をあげる竜。しかし不死身ゆえ死ぬことはない。
だからアルトは剣を振り続け、竜は切られ続けるのであった――――
†
二時間ほど剣を振り回し続けた後、アルトはようやく洞窟の外に出た。
そのまま近くの岩場に腰掛ける。
裏人格が活動できるのは、表人格のアルトが本当に耐え難い痛みに襲われた時、そして命の危険に晒された時だけだ。
洞窟を出て安全な場所に出てきたところで、裏の人格は力を失わざるを得ない。
「……もっと自由にオレの意思で表に出られるようになったらいいんだけどな」
そう呟くと、裏人格の意識は遠のいていく。
――しばらく気を失うアルト。
そして少し経つと表の人格が目を覚ます。
「…………また寝てたのか。今日は2分と持たなかったなぁ」
目を覚ましたアルトは目をこすりながらそう呟く。
「こりゃ、まだまだ聖剣覚醒への道は遠いかぁ」
アルトは一つため息をつく。
無意識に無双していたとは気がつかぬまま、明日も彼は修行を続けるのである。
†
アルトは帰路につく。
「明日からどうしよう……」
冷静になって、自分がパーティを追い出され居場所を失った事実を受け止めるアルト。
冒険者になってから他のパーティに所属した経験はなかった。だから別のパーティに入れるのか心配だった。
だが、そんなことを考えていると、
「グァァァルッッ!!!!!!!!」
突然辺りに何かの叫び声が響いた。
突然のことに身が固まるアルト。
明らかにモンスターのものだったが、大きさがケタ違いだった。
そして、次の瞬間、
「ぐァァァ!!!」
次に聞こえてきたのは、人の叫び声だった。
アルトは一も二もなく、音がした方に向かって走り出した。
そしてたどり着いたのは、開けた場所。
目に飛び込んできたのは――
「あ、アンデット・ドラゴン!?」
アルトは自分の目を疑った。
アンデット・ドラゴンはSランクモンスターだ。
それがこんなに街に近いところにいる。
アルトは先ほど“苦しみの洞窟”でアンデット・ドラゴンと対峙したが、あれはあくまで幻影だ。
だが、今目の前にいるのは現実の存在だった。
そして、そんなSランクのモンスターと数名の男たち――それに一人の少女が対峙していた。
「こ、近衛騎士!!」
服装で男たちは近衛騎士だとわかった。そして見るとその後ろにいる少女は、この国の王女イリスだった。
一度式典で見たことがある。そのあまりの美しさを忘れるはずがなかった。
「グァァル!」
次の瞬間、アンデット・ドラゴンがその翼で近衛騎士を横殴りにする。
「ぐはッ!!」
実力者ぞろいの宮廷騎士たちが、アンデット・ドラゴンの一撃に全く耐えきれず命を落としていく。
アルトは足が震えた。
洞窟では何度も戦ったことがあるアンデット・ドラゴン。
その強さは知っていた。
でも、洞窟では絶対に命を落とすことはないと知っていた。だから戦えた。
今は違う。戦えば絶対に死ぬ。
「ぐぁぁッ!!」
また一人、近衛騎士がやられた。
「お、王女さまぁぁぁぁ!!!! お逃げください!!!」
最後に残った騎士がそう叫ぶ。その直後、男はアンデット・ドラゴンの炎に身を焼かれて命を落とした。
――最後に、王女イリスだけがただ一人生き残った。
「……ッ!!!」
襲いかかろうとしている大竜に、イリスはただ怯えることしかできない。
――そして、アンデット・ドラゴンは他の男たちにそうしたように、その大きな前足を持ち上げて、王女の命を奪おうと襲いかかる。
――ダメだッ!!
気がつくと、アルトはイリスとアンデット・ドラゴンの間に割って入ろうと駆け出していた。
「(おいおい、マジかよ!!!)」
裏人格のアルトが、深層心理の奥底で叫ぶ。
表人格の実力ではアンデット・ドラゴンには敵わない。実際、“苦しみの洞窟”ではアンデット・ドラゴンにほぼ瞬殺されていた。
このままでは絶対に死ぬ。
裏人格は、生まれてから最も強く念じた。
「(オレをここから――)――出しやがれぇぇ!!!!!!!!!!!!!」
――次の瞬間。
アルトの表の人格は突然意識を失い、代わりに裏人格が体を操っていた。
「――来い聖剣――――」
アルトは駆け出しながら、右手に聖剣を呼び出す。
「グラぁぁぁあ!!!!!!」
アンデット・ドラゴンがアルトに気がつき威嚇の咆哮を上げる。
その鋭い爪がアルトに襲いかかり――
「――――“紅蓮”!!!」
アルトの右手から、烈火を纏ったブロード・ソードが姿を現す。そして刀身がアンデット・ドラゴンの巨体に斬り込まれていく。
「グァァァあああああああああああああ!!!!!」
紅蓮の炎はどんどん広がっていき、アンデット・ドラゴンの腐った肢体を焼き尽くしていく。
そうしてわずか1分の間に不死身の竜は焼き尽くされ、消し炭に変わった。
「…………!!」
その姿を見ていた王女は、突然のことに絶句していた。
「……はぁ。危ねぇな。死ぬとこだったわ」
アルトはそう呟く。
裏人格のアルトは、自分の意思では表に出てこれない。
今までは死ぬほど辛い目にあった時か、ダメージを受けて死にかけた時しか表に出てこれなかった。
そして今のは厳密に言えば、自分はまだ少しも傷ついていない状態だった。しかし無謀な突進をしようとしており一撃で殺されてもおかしくはない状態だった。だからなんとか表に出てこれたのだろう。
(あの攻撃は表の人格なら即死だった。なすすべなく死ぬところだったぜ)
アルトは心の中でひとりごちる。
「……あ、あなた様は……」
アルトは突然少女から話しかけられて驚く。
そして世俗に疎い彼は、相手が王女だということを忘れて思わず変な返事をしてしまう。
「あ?」
まるでチンピラに絡まれたような返事をした後、アルトはまずいと思った。
(しまった、こいつ王女……様だっけ)
「あ、えっと……」
と、しどろもどろになっていると。
――次の瞬間。
(あ、意識が……)
命の危機を脱したことで、裏の人格はなりを潜める……そしてそのままアルトは気を失う。
「だ、大丈夫ですか――!!」
そんな王女の悲鳴が響いたがアルトがそれを聞くことはできなかった。
†
――――アルトは目が覚ますと、おぼろげに白い天井が見えてきた。
「あれ、ここは……」
天井の色がいつもと違うので自宅ではないと気がつく。
アルトは首を動かして部屋の様子を探って、そして目ん玉が飛び出るほど驚いた。
「……お、王女様!?」
ベッドの脇に王女イリスがいた。
しかも遅れて気がついたが、イリスはアルトの右手を握りしめていた。
「目が覚めましたか?」
イリスがそう聞くが、アルトは動揺しすぎてその質問に答えることができない。
「……な、なんで王女様が……」
「あなた様に命を助けていただいたのです。その後突然気絶されたので近くの宿まで運んで参りました」
「ぼ、僕が命を……助けた?」
アルトは驚いて聞く。
「? 覚えていらっしゃらないのですか?」
イリスは不思議そうな表情を浮かべる。
アルトは記憶を手繰り寄せる。そうだ。確かに王女が襲われそうになったところに割って入ったんだ。
でも、その後の記憶がない。
「あなた様がアンデット・ドラゴンを聖剣で焼き尽くしてくださいました。近衛騎士たちでさえ歯が立たなかった相手をたった一撃で倒してしまうとは本当に神業でした」
イリスは興奮気味にそう説明した。
しかしアルトはありえないと思った。
聖剣? 僕が聖剣を使えるはずがない。
しかもSランクのモンスターをたった一撃で倒した?
そんなことあるわけがない。
「えっと、多分それは僕じゃないと思うんですが……」
アルトが言うと、イリスは逆に驚いた表情をする。
「? 私の命の恩人はあなた様以外にいません。もしかしたら気を失われて混乱されているのかもしれませんね……」
アルトはただただ困惑する。本当に一切記憶にないし、そもそもSランクのモンスターを倒すなんて自分にできることではない。どう考えても自分じゃないのだ。
しかし混乱するアルトの手をイリスはさらに強く握りしめる。
「あの私の一生のお願いです……あなたに私の近衛騎士になって欲しい」
そんな王女の言葉にアルトは驚いて目を見開く。
……これは夢なのか?
王女に命の恩人と言われて、手を握られて、そして夢だった近衛騎士に抜擢されようとしている。
「これは神様が私にくださった機会です。あなた様ほど強い方は二度と現れない。どうか私を助けてください」
絶句して何も言えなくなるアルト。
しばらく黙り込んでいると、王女が突然手を離して近づけていた顔を離した。
「……すみません突然。混乱されていますよね。……後日ちゃんと打診します」
王女はそう言って即答はいらないと言う旨のことを言った。
†
「あの、大変申し訳ありませんが、近衛騎士登用の話は白紙になりました」
ザックの元に王宮の役人がやってきて、突然そう告げた。
ザックがアルトを追放した数日後のことであった。
「え?」
ザックは思わずそんな間抜けな声を出す。
「は、白紙!? ど、どう言うことだ!?」
「申し訳ありませんが、王女様の独断で別の方が任命されることになりまして」
「ゆ、勇者の俺を差し置いて!? どう言うことだ!? 俺より強い奴がいるわけないだろ!?」
「申し訳ありません。しかし王女様曰く、その方も聖剣を持っていて、なんでもアンデット・ドラゴンをたったの一撃で倒したそうで……」
「いやいや、どこパーティの冒険者だ! ぜってぇ俺より強いわけないんだよ!」
「それが、今パーティには所属していないそうです。私も名前を初めて聞いたのですが、なんでもアルト・アーノルドと言うそうですが……」
その名前を聞いた瞬間、ザックはあまりに驚きすぎて腰を抜かしそうになった。
「あ、アルトだと!? なんかの間違いだろ!?」
「いえ、間違いなく“アルト・アーノルド”です」
そう。
ザックを押しのけて、近衛騎士に抜擢されたのは、なんとあのアルト……ザックがパーティから追放したアルトだった。
「あ、ありえない……あの無能野郎が」
ザックは役人の言葉を到底受け入れることができなかった。
(あの無能の、聖剣さえ覚醒していないはずのアルトが俺の代わりに近衛騎士だと?)
(ありえない……ありえない……ありえない!!)
ザックは心の中で何度も連呼する。
†
アルトが王女イリスと出会った数日後。
アルトの自宅に王室の役人が訪ねてきて、正式に近衛騎士登用の打診があった。
「あの、ほんとなんかの勘違いじゃないですか?」
アルトはあまりに現実味がなく、相変わらず困惑していた。
しかし役人が力強く言う。
「王女様が熱望されているのです。アルト様以外に自分の近衛騎士にふさわしい人間はいないと」
アルトにとって近衛騎士になるのは長年の夢だった。
けれど、まさかこんな形で突然その夢が叶うとは思っていなかった。
「来週には正式に決定したいので、三日以内にお返事をいただければと思います」
そう言い残して役人はアルトの家を去っていった。
アルトはしばらく部屋の椅子に座り込み、考え込む。
もちろん近衛騎士になれるというのは願ってもないことだ。
けれど、本当に今の実力で近衛騎士としてやっていけるのかが不安だったのだ。
「……ダメだ。考えても答えはでないなぁ。……修行いこ」
悩んだらとりあえず修行する。それがアルトのルーティンだった。
剣を無心に振っていれば少なくともその間は全てを忘れられるから。
アルトは剣を持って“苦しみの洞窟”へ向けて歩き出す。
街を出て、そのまま森の中に入っていく。
數十分歩いていくと、目的地の洞窟にたどり着く。
……だが、そこには意外な人物が待ち構えていた。
「ざ、ザック?」
アルトはここにザックがいるとは思いもしなかった。
――突然現れたザックはこれまで見たこともないほど険しい表情をしていた。
「……アルト。てめぇ、どんなセコい手を使いやがったんだ?」
ザックは突然そんな風に怒鳴りつける。
「セコいって、なんのこと?」
アルトはザックの言葉の意味が心の底から理解できなかった。
「まともにやったら、てめぇみたいな雑魚が、俺の代わりに近衛騎士に選ばれるわけねぇだろうが!」
アルトはようやくザックが近衛騎士登用の件で怒っているのだと気がつく。
「僕もなんで自分が任用されたかわかってないけど、でも何もしてない」
「嘘つけ! 俺は勇者だぞ!? 聖剣にも目覚めてんだぞ!? お前みたいなレベル20しかなくて、聖剣にも目覚めてない雑魚とは違げぇんだ」
「いやだから本当に僕もよくわかってないんだ……」
「黙れ!!」
ザックは頭に血が上って、もはや何を言っても聞かないという雰囲気だった。
「てめぇが近衛騎士にふさわしいってんなら、俺より強いって証明してみろよ」
次の瞬間、ザックは拳を前に突き出す。
「来い俺の聖剣――――“雷光”!!」
ザックの右手に、青白く光る太刀が現れる。
そして、
「死ねぇぇぇぇッ!」
次の瞬間ザックは太刀を振り回し、アルトに向かって斬りかかってきた。
咄嗟に剣を抜いて迎撃するアルト。
しかし、ただの剣では聖剣の攻撃を防ぐことはできなかった。
剣がぶつかった瞬間、聖剣からあふれ出した電流がアルトに流れる。
結界があっという間に削れ、生身の体がむき出しになる。
「くッ!!!!!」
そのままアルトは後方に吹き飛ばされた。
「なんだよ。こんな雑魚が近衛騎士になれるわけねぇだろ?」
もうアルトを守る結界はなかった。次に攻撃を喰らえば死は免れない。
そしてザックはこのままアルトを殺す勢いだった。ザックは怒りに身を任せ、アルトに近づいていく。
「やっぱりテメェみたいな雑魚が俺の代わりに近衛騎士になるなんてありえねぇ。ここで死にやがれ!」
ザックがアルトに剣を振りかぶる。
アルトはそれで死を覚悟した――――
だが。
「――――てめぇ、調子乗りすぎだぞ」
不意に。
アルトの目つきが変わる。その見開かれた瞳孔に、ザックは後ずさりする。
「な、なんだテメェ?」
普段の気弱な性格からは想像もできないほど鋭い視線に、ザックは思わずそう聞いた。
「自分の方が近衛騎士にふさわしいから死ねってか。随分調子乗ってるじゃないか」
突然口調も変わった。そしてそれがまったく不自然でないことにザックは驚いた。
「なら、ちょっと本気出してやっから、お前の方が強いって証明してみるか?」
――裏人格のアルトは立ち上がって、ザックにそう尋ねる。
「はっ! 俺に勝てるわけねぇだろ?」
――ザックは聖剣を構えて振りかぶる。
だが、次の瞬間――
「来い――“紅蓮”!!」
ザックはまばゆい光に目を見開く。
「あ、アルト、てめぇが聖剣を!? い、いつの間に!?」
その問いに対して、アルトは答えなかった。
代わりに聖剣を構えて、ザックに向けた。
一瞬怯むザック。だがすぐに迎撃態勢をとる。
「だが、テメェは所詮レベル20! 俺が負けるわけがねぇ!!」
そう言って剣を振りかぶるザック。
――だが、次の瞬間予想もしていなかった出来事が起きる。
アルトが“紅蓮”を握っているのと逆の手を突き出して唱える。
「来い聖剣――“撃砕”!!」
漆黒の大理石のような艶を持った剣がアルトの左手に握られる。
「ば、バカなぁ!? 二本目の聖剣だと!?」
「聖剣を二本使うオレと、一本しか使えないお前、どっちが強いかな?」
――アルトは駆け出し、二本の剣で同時に斬撃を繰り出す。
ザックは咄嗟にそれを自分の聖剣で受け止める。
――聖剣と聖剣がぶつかる。正面からぶつかり――“雷光”が吹き飛ばされた。
そのまま後方に吹き飛ばされるザック。
ザックの結界が一気に削られる。
――勝負ありだ。
「ば、バカなッ……聖剣を二本も使えるなんて、聞いたことが……」
強靭な精神が形を持ったものが聖剣だ。
それゆえ聖剣はどんな英雄でも一本しか持たない。
それが常識だ。
なのに、アルトは“紅蓮”と“撃砕”の二本の聖剣を使った。それは常識では考えられないことであった。
だが、アルトはさらに非常識な現実を突きつける。
「おいおい、何勘違いしてやがる? オレの聖剣は二本じゃねぇぜ?」
「な、何だと?」
「全部で七本あるんだよ」
アルトが鼻で笑ってそう言う。
「……七本!?」
「ああ。なんつったって、てめぇの聖剣もオレんだからな?」
「お、俺の聖剣がお前のモノだと!? 何を言って……」
「まぁ見てろって」
アルトは“撃砕”の現実化を解く。剣は光になって胸の内に収納される。
そして空いた手を前に突き出す。
「こう言うことだよ」
次の瞬間――ザックが持っていた“雷光が――アルトの手に吸い寄せられた。
「お、俺の“雷光”が!?」
そしてアルトの手に収まった雷光は、光の粒となって実体を失い、アルトの胸の内に吸い込まれていく。
そう。それは持ち主が自分の聖剣の実態化を解く時の動作だった。
「な、なぜお前が俺の雷光の実体化を解ける!? どうなってんだ!?」
「なぜも何も“雷光”は元からオレの聖剣なんだよ」
「――な、何言ってやがる!? “雷光”がお前の聖剣だと!?」
「てめぇは自分の力で発現したと思ってるかもしれないが、オレが貸してただけなんだよ」
アルトの口から告げられた衝撃の事実にザックは開いた口が塞がらなかった。
「せ、聖剣を貸す!? そんなバカな……」
「オレの<ソード・リーサー>の力で聖剣を他人に貸せるんだよ。お前は借り物の力で、偉ぶってただけだ」
「お前が俺に聖剣を貸してただと?」
「ああ。いつぞや、クエストでパーティが全滅しかけたことがあったよな。オレも死にかけた。そん時、オレは生き残るために、パーティで唯一動けたお前に聖剣を託したんだよ」
その時、裏人格のアルトが出てきたときにはすでにアルトの体は動かなくなっていた。流石に強い裏人格でも、動けない体ではどうにもならなかった。
だから、仕方がなく聖剣をザックに託したのだ。そのおかげでパーティは危機を脱した。
そしてそれ以後、ずっと貸しっぱなしだったのだ。
「俺は……お前の力のおかげで強くなっただけだってのか……?」
世間から“勇者”ともてはやされた男は、その名声の全てが見下していたアルトによってもたらされたことだと知って絶望する。
だが、そこにアルトはさらに追い打ちをかける。
「そうそう。もう一つ大事なことがある。お前、ちょっと自分のステータスを見てみろよ」
アルトが言うと、ザックは恐る恐るステータスに意識を向ける。
そこには、「レベル50」と書かれており、その横に今まで稼いだ莫大な経験値の累計が記されていた。
「その経験値、ほとんど俺の聖剣で稼いだよな?」
そう言われてザックは恐る恐る顔を上げる。
「まさか……?」
「その経験値、全部返してもらうぞ?」
次の瞬間――ザックの経験値の値がどんどんと減っていく――
「おおおおおおい!!!!!!! やめろぉ!!!! 俺の経験値が!!!!!!」
そして経験値が減っていくにつれ、レベルもどんどん落ちていき、あっという間にレベルが20まで後退する。
「お前がもう少しマシな人間なら、貸しっぱなしにしといてやってもよかったんだがな。お前に聖剣は勿体無い」
――アルトが言うと、ザックは膝から崩れ落ちて地面にひれ伏す。
「ゆ、勇者の俺が……」
「ざまああああぁぁぁぁみろ」
裏のアルトは表人格の代わりにそう言ってやる。
泣き崩れるザック。
それを横目にアルトはもう一本の聖剣も胸にしまいこんで、彼の横を素通りする。
「二度とオレに関わるなよ」
†
裏人格のアルトは、危機に陥った時だけ表に出てきて、危機が去るとすぐさま気を失うのが常だった。
だが、その日はザックを倒して危機が過ぎ去っても、なぜかしばらく意識を保つことができた。
「……まぶたが重い……けど、しばらくは起きてられそうだ」
裏人格のアルトは歩きながら、必死に意識を保つ。
ザックから“奪い返した”経験値のおかげで、今やアルトのレベルは50に達していた。
しかし表の人格がこれをいきなり知ったら、混乱するに違いない。
「……オレの存在を……知らせないとな」
アルトは適当な場所まで行って、座り込む。そして適当に拾った木の枝で地面に文字を書く。
【もう一人のオレ】へ
お前の裏人格であるオレが、お前の代わりに修行しておいたぞ。
立派なレベルになってるから、安心して近衛騎士になれ。
そう書いたところで、アルトはとうとう耐え難い眠気に襲われ、意識を失う――――
――――目を覚ます表の人格。
「……また意識を失ってたのか……」
そしてそう呟いた直後、目の前の地面に書かれた文字に気がつく。
「……ん? なんだ……もう一人のオレ? ……レベル?」
その文字を見て、アルトはなんのことかさっぱりわからなかった。
だが、レベルと言われて、咄嗟に自分のステータスを確認する。
「――って、え!? レベル50!? いつの間にか勇者になってる!?」
その文字に驚くアルト。
ついさっきまでレベル20だったのに、少し気を失っていて起きたらレベル50になっていたのだ。
「……もう一人のオレって……」
その意味を考えると、アルトは一つの結論に行き着く。
「ぼ、僕って二重人格なのか?」
にわかには信じられないが、しかしそう考えるといろいろなことに説明がつく気がした。
いつも洞窟で修行すると気を失うが、起きると必ず洞窟の外にいた。
運び出してくれる人なんているわけないので、自分で歩いたとしか考えられないが、記憶にはまったくなかった。
だが、もう一人の自分がいるなら納得だ。
それに先日王女を助けたという話も同じだ。
もう一人の自分が戦っていたのなら記憶にないのも納得できる。
「それにしてもたった数時間でレベル50って……どんな修行したんだろ」
一夜でレベルが30上がったなんて話をアルトは聞いたことがなかった。
「でも、確かにレベル50なら近衛騎士にもなれる気がする」
アルトはにわかに起きた出来事が信じられないでいたが、しかし少しづつ現状を受け入れ始めていた。
たぶん【もう一人のボク】がいること。
【もう一人のボク】は聖剣を使えること。
今の自分はレベル50であること。
近衛騎士に取り立てられようとしていること……
「……なんか、全部無自覚なんだけど、いいのかな……」
アルトはそう問いかける。
すると、深層心理の奥底で、【もう一人のボク】が答える。
「いいに決まってんだろ。全部、お前が頑張って修行してきた成果なんだから」
その声は、表人格のアルトには届かない。
けれど、彼はなぜか晴れやかな気持ちになった気がしたのだった。
†
もし面白いと感じていただければ、
ブクマ・評価していただけたら、
作者がめちゃくちゃ喜びます!!
何卒よろしくお願いします!!