5.マナーは国により違う
「わたしはマリナ、よろしくね」
エルザの従者であるマリナが俺に手を差し出し挨拶をする。俺の戦いに感銘を受けたと言うのだ。俺としては後ろから刺されるなどと言う間抜けをさらして少しへこんでいたのだが。貴族相手に平民が戦えるなんて思ってもいなかったらしく、自分も俺に負けないように頑張ると、なぜだかライバル視されてしまった。
まあ、エルザの従者なのだからそれも当然か。
俺は他の従者達とも挨拶を交わす。ザムルの従者マリナとボマルの従者クリス、クランボヤーズの従者ボーガンと挨拶を交わすと俺たちは平民用宿舎に帰ってきた。
平民用は西東で別れているだけで男女兼用だ。
玄関の扉を開けると寮母のマギーが俺たちを待ち構えていた。「あなた達は今日から、特別食堂で食事をしてもらいます」
どうやら、俺達従者は他の一般生徒達とは別に食事に関しても教育を行うそうなのだ。荷物を自分の部屋に置くと再び玄関まで戻りマギーの前に整列する。
「遅い! 従者ならもっと早く行動しなさい。主人を待たせるつもりですか」
マギーは早速俺達にカミナリを落とす。最初が肝心と言うことだろうか。それほど遅くなかったのだが。
マギーの説教を聞くと俺達は別室へ案内された。その中に入ると一般の食堂とは違い、まるでレストランのように調度品や装飾にまでこだわったっており、学生が食事をするには完全に場違いな雰囲気を醸し出していた。
「マギー先生俺達はこれから何をするんですか?」
ボーガンが不安からかマギーに直接問いかけるが、これはダメだ。案の定、顔を鞭で叩かれる。質問がある場合無言で手を上げなければだめだ、そして発言の許可をもらってから質問するのだ。俺の考え通りボーガンは注意を受けると彼はマギーに謝る。もちろんそれも鞭を打たれる。従者が簡単に頭を下げてはいけないのだ、頭を下げればそれは主人が頭を下げたと同じにとられるから。
ボーガンは一通り注意指導されると涙目になっていた。それに満足したようにマギーは口の端をあげて喜ぶ。嫌なやつだ。
「あなた達は従者に選ばれました。これから主人に恥をかかせぬよう礼儀作法を学んでもらいます」
マギーは手に持った鞭をパシリと叩くと俺たちを威圧するように凝視する。
「特にアディ、あなたはボマル様から念入りに教育をするように言われてますのでビシビシいきますからね」
つまり、寮母のマギーは貴族側の味方だと、今俺に宣戦布告したわけだ。それなら俺も遠慮はいらないなと言いたいところだが、従者の不始末は主人の不始末になる、またティアに借りを作るのは嫌だなしな、ここは素直に言うことを聞いておくか。ただ意趣返しくらいはさせてもらおうか。
俺は手をあげて許可を待つ。マギーが鞭で俺を指し発言の許可をする。
「ここで教える礼儀作法はパルム式(王国式)ですか、ブルム式(国際標準)ですか?」
俺のその言葉にマギーは眉をピクリとつり上げる。まさか平民の俺が礼儀作法の種類を知ってるなどとは夢にも思わなかったのだろう。
「パルム式です」
「そうですかでしたら私は教わる必要はないですよ」
俺はマギーに対しパルム式の挨拶を華麗に決める。その動作に周りの学生たちも驚きの声をあげる。
師匠は仕事柄王公貴族を相手にしており国際標準のブルム式は元より、この国のみならず近隣諸国の礼儀作法をマスターしており、俺にも後々困らぬようにきっちり教えてくれていたのだ。
「ふん、挨拶くらいはできるようですね。ですが食事のマナーはどうでしょうかね、これから夕食をあなたたちに食べてもらいます、そこの席があなた達の席です」
マギーが手のひらをパンパンと叩くと上級生が俺たちを取り囲み馬鹿にするように俺たちの所作を眺める。
ヤラヤレ本当に意地の悪いことで。俺はまず椅子に座り座り心地を確かめるとエルザの従者エリナを座らせる。そのことにエリナは戸惑うが俺が目配せで座るように促すと黙ってしたがってくれた。
まずパルム式にレディーファーストは無い、あくまでも序列が優先されるエルザの従者であるエリナが上座に座るのだ。ではなぜ俺が一度座ったかと言うと椅子に罠が仕掛けられていないかを確認するためだ。昔、腕のたつ従者がこの罠で死んでしまい公爵家の者が襲われ死んでしまったことがある。それを避けるために序列の高い従者を守るために序列の低いものが椅子の確認をするのがマナーなのだ。そしてこの場合、序列1、2番は特になにもしないで3番が確認するのを待ち確認後座るのだ。4、5番は確認せずに座るこれがパルム式の椅子の座りかたである。
俺の完璧な作法にマギーは苦虫を噛み潰した顔で睨み付ける。食事の作法も完璧にこなすとマギーは他の四人に八つ当たりし出す。周りの従者達は俺の見よう見まねで同じ動作をするのだが如何せん練度が低く綺麗な所作とは言えなかった。
マギーの声がすごく不快で正直豪華な食事も味がよく分からなかった。