第184話 前世の記憶と真実
説明回が続きます。
今まで引っ張ってきた事を容赦なく明かしていきます。
「その前世の記憶とやらについて聞かせてくれないか?」
「それは構わないが、その前に1つ聞かせてほしい。前世についての説明はいるか?」
「知っているが、認識に差異があると嫌だから、説明してくれ」
重要な部分で認識の違いがあると面倒な事になるので、要所要所で認識合わせは必要だ。
「分かった。この世界では、俺のように異世界の記憶、前世を持った転生者が極々稀に生まれる。俺の知る限り、全員が元日本人だな。詳しい事は婆さんにも分からないそうだ」
「ワシとて、知らんことは山ほどあるのじゃ」
リリィは語り部であって、賢者ではない。
元々、知識の蒐集を目的にしている訳では無いのだろう。
「問題は、前世の記憶と言うのは、全員が全員、全てを保持している訳では無いという点だ」
「常識などは覚えているが、固有名詞の大半を忘れたという知り合いがいるな」
恐竜娘の事である。
「俺はそのパターンに近いな。常識とかの記憶はあるが、個々のエピソードがほとんど思い出せない。その癖、どうでもいい知識は残っていたりする。だから、俺の前世が誰なのか、それは俺自身にも分からない」
比較的重症なパターンである。
「でも、俺の事は覚えていたんだよな?」
「覚えていた、と言うよりは、思い出した、の方が正しいな。エルガント神国からの帰りに、女王騎士ジーンの事を考えていたら、ジンと言う名前が思い浮かんだのが最初だ。そこから、連鎖的に記憶が戻って来た訳だ」
当然のように『ジーン=進堂仁』と言う事がバレている。
俺がジーンと言う名前を使っている事を知っている者は、それほど多くない。
連想は出来ても、確信を持てる者は少ないという意味だ。
それを踏まえて考えてみよう。
……スカーレットの雰囲気やスキルなんかから、1人思い当たる人物がいる。
「それでも、俺自身の事は思い出せねぇ。そして、自分の事よりジンの事を覚えているっつーのも、変な気分だな……」
「1人、思い当たる人物がいる。向こうの世界で俺と親しく、スカーレットが知っている情報を知っていて、……既に死んでいるであろう人物だ」
「誰だ?教えてくれ」
スカーレットが真剣な表情で聞いてくる。
「俺の親友、浅井義信。かつて、この世界に勇者として召喚され、この世界で死んだと思われる人物だ」
死んだと断言できないのは、俺がその場面を知らないからだ。
常識的に考えれば、死んでいるはずだが、常識と言うのは往々にして砕かれる物だ。
「……………………駄目だ。思い出せねぇ。だが、その名前に聞き覚えがある気がする。俺は、浅井義信とやらなのか?つーか、勇者がこの世界で死んでも、転生できるのか?」
「勇者の役割を考えれば、そんな事は女神が絶対に許さぬはずじゃ。しかし、絶対のルールかと言われると、断言も出来ぬ」
何せ、自然発生、つまり突発的なイベントがルールに組み込まれている。
それは、あらゆる例外を許可しているに等しい。
尤も、発生した例外にデメリット付与で対処するのが、女神と言う存在なのだが……。
と言うかリリィさん、また気になる事を言いましたね。
勇者の役割って何?
「今は俺の前世候補が明らかになっただけで良しとするか」
スカーレット自身、何が何でも思い出したいとは考えていないようだ。
今の人生を全力で生きているからだろう。
俺としても、仮にスカーレットが浅井の転生した存在だったとしても、転生し、浅井の記憶を持たずに何十年も生きた存在を、浅井として扱うつもりはない。
あくまでも、記憶を持った他人、として扱う。
「少なくとも、前世の俺とジンの間に縁が有ったのは間違いねぇだろうな。自分でも驚くくらい、ジンの存在がしっくり来る」
俺も、何となくではあるが、スカーレットと話していると懐かしさを感じる。
それが、浅井と話している時を思い出しての事なのかは分からない。
「今までの人生において、過去の記憶と、それがもたらす直感、叫びは常に俺の味方だった」
「急に何の話だ?」
直感力自慢か?俺も負けるつもりはないぞ?
「まあ、聞け。これからの説明に、全く無関係な話じゃない」
そう言われたら、黙って聞くしかないだろう。
「普通なら、会った事もない相手を信用なんてしない。当然、『神を殴る』なんて計画を打ち明ける事もしない。だが、俺の直感は、ジンを信用して協力を仰げと強く、強く叫びやがった。常識と直感、どちらか1つを選ぶことになり、俺は迷わず直感を選んだワケだ」
シャロンの様に明確な記憶があるのならともかく、断片的な記憶だけで見知らぬ者を呼び、世界をひっくり返すレベルの計画を打ち明ける。
……普通は無理だよな。
「元々、女神を殴るなんて無茶苦茶な事だ。正直、成功確率の方が低い。どうせ分の悪い博打を打つのなら、直感に従い、ジンを信じるという博打を加えても良いだろう?こっちの博打に勝てば、本命の成功確率が上がる。リスクはあるが、リターンも大きい」
スカーレットは、ニヤリと笑い、『それに』と続けた。
「前世の記憶曰く、『博打を打つなら、何を捨ててでも、ジンを味方に付けろ』だそうだ」
なるほど、俺を知っている者なら、当然の判断だな。
話が一段落したところで、丁度いい時間になったので昼食をとる事にした。
とは言え、実際に食事をするのは俺達だけだ。
リリィは、起きた直後で腹が減っておらず、空いた時間で里の者達に挨拶をするそうだ。
スカーレットは、家の外でアッシュから真紅帝国で起きた出来事について話を聞いている。当然、クロアも同行している。
「やっとエルフ料理が食べられるわ!」
里のエルフが配膳してくれた料理を見て、ミオが嬉しそうに言う。
アッシュに振る舞われたのと同じく、野菜中心の料理だ。
野菜炒めのような肉を含む料理もある。
エルフの里の周囲には田畑も多く、森には野生動物もいるし、畜産も行っているので、食料には困りそうにない。
なお、魔物はいないので、魔物肉は手に入らない。
《たのしみー!》
「ですわ」
「今回はご主人様達とご一緒出来て良かったです」
「お留守番だと食べられませんからねー」
食いしん坊達(ドーラ、セラ、ミカヅキ、リーフ)も喜んでいる。
……そう言えば、スカーレットもセラと同じく<英雄の証>を持っているから、デメリットとして食事量は多いんだよな?
どうやって空腹を凌いでいるんだろう?
A:所持品の中にエルフの里にあるのと同じ兵糧玉がありました。恐らく、エルフの里から兵糧玉を仕入れているのでしょう。
兵糧玉と言うのは、さくらの魔法で作る『兵糧玉』ではなく、本物の非常食である兵糧玉の事だ。
アルタ曰く、栄養価は高く、腹は膨れるが、味はとても不味いそうだ。
口直しが必須なレベルで……。
料理が全て並んだので、早速食べ始める。
「味付けは薄めですが、風味は良いので食べやすいです……。私に合っています……」
珍しくさくらが料理を称賛した。
「さくらが料理を褒めるのは珍しいな」
「まあ、観光地の料理って、どうしても濃い味付けに寄りがちだから、さくら様の趣味には合わない事が多いのよね。さくら様、屋敷で食べるのはさっぱり系が多いわよ?」
「なるほど、言われてみればそうだったな」
ミオの説明に納得する。
屋台なんかでは、臭いで客を引く必要もあるので、濃い味付けが主流になる。
屋敷では何パターンかあるメニューから選ぶのだが、さくらはさっぱりした料理を選ぶ事が多い気がする。
なお、腹ペコ組は肉がメインである。
「どうしたんですかー?」
野菜料理を美味しそうに食べるリーフを見る。
リーフは植物系の竜形態を持つが、野菜も食べるし肉も食べる。
「リーフは肉と野菜、どちらが好きなんだ?」
「お肉の方が好きですねー。竜人種は大体がお肉好きですよー」
《ドーラもー!》
「当然、私も同じです」
「まあ、野菜も嫌いじゃないけどね。ただ、肉の方が力が出るのよ」
満場一致で竜人種はお肉好きのようだ。
竜形態が何であろうと、食生活とは無関係と言う事か。
ブルーの言う通り、野菜も嫌いと言う訳では無いようで、全員が美味しそうに食べている。
日本の小さい子供は野菜嫌いが多いらしいが、ドーラは野菜嫌いでは無い。
「それでミオ。再現はできそうか?」
全体を通して高評価な料理、是非とも再現してもらいたい。
「ばっちり!」
「よくやった!」
ミオをあちこち連れて行けば、その土地の料理を覚えてもらえる。
恐ろしいのは、本来の土地で食べたものより美味しくなっている事だろう。
その土地の料理人が知ったら、多分泣くよ?
「エルフの里独自っぽいのは漬物かな。今まで、ほとんど見かけなかったけど、ここには色んな種類の漬物があるみたいね」
「漬物か。そう言えば、こっちに来てから食べていないな」
「漬物は奥が深いから、向こうでも手を出さなかったのよね。本気でやってみようかしら?」
「それなら、福神漬けから頼む。カレーには福神漬け派だからな」
ミオのレパートリーにカレーもあるのだが、付け合わせは無い。
文句を言う程ではないが、やる気があるならお願いしたい。
「何の話ですの?」
《おしえてー?》
「今まで挑戦していなかった種類の料理のお話よ。基本的に酸っぱいタイプの食べ物ね」
ミオが漬物を知らない連中に説明を始めた。
カレーが更に美味しくなると聞いたところで、ドーラが目を輝かせる。
《ドーラもたべたいー!》
「酸っぱい物を付け合わせにする……。私も興味がありますわ」
系統の違う味を付け合わせとして横に置く文化、この世界にはあまり無い。
「福神漬けがお勧めだ」
「私はラッキョウが良いです……」
「どちらにせよ漬物ですね。良し!やってみるか!」
ラッキョウ派のさくらも居たので、いよいよミオのやる気に火が点いた。
なお、俺は福神漬け派の穏健派なので、ラッキョウも食べます。
「ミオちゃん、仁様のお好きな『福神漬け』とやらの作り方を教えてください」
「あ、はい」
俺が強い関心を示した以上、マリアが放っておくはずがない。
ところで、漬物の作成って、<料理>スキルの対象範囲なのか?
A:いいえ。
この世界では、漬物は料理ではありませんでした。
食事を終えた俺達は、スカーレット一行、リリィと合流し、再び話を聞くことになった。
そして、最初に口を開いたのはスカーレットだった。
「アッシュから聞いたんだが、帝都で俺のガキ共が迷惑をかけたそうだな」
女神の話をしていた時程ではないが、嫌そうな顔をしている。
「まあ、迷惑と言えば迷惑だったな」
「今この場で、と言う訳には行かないが、後で必ず詫びは入れる。関わった連中は全員処刑する。俺の目の届く範囲で、二度と勝手な事はさせないから安心してくれ」
顔色一つ変えずに自分の子供を処刑すると口にする。
元の世界の浅井だったら、そこまでは言わない。
「父さん、やっぱり処刑だけは考え直していただけないでしょうか?」
「駄目だ。皇帝の命令を軽んじる者に、皇族として生きていく資格はない」
アッシュが助命を願うが、スカーレットは聞き入れない。
なお、スカーレットに帝都の出来事を説明する際にも同じようなやり取りがあった。
「そもそも、『皇帝の客に余計な事をするな』なんて、命じなくても当たり前の事だろう?それだけ、大事な要件だと何故理解しない?」
まさしく、その通りだ。
皇帝が名指しで客だと宣言している相手に手を出すなんて、余程の馬鹿の所業である。
「嫌な話だが、これも血ってヤツなのかねぇ?権力を無遠慮に使う癖に、自分より上の権力は軽んじる。ホント、あの女どもにそっくりだ」
「父さん、全員が全員、そんな性格ではないですよ」
スカーレットが吐き捨てるように言うのを、アッシュが窘める。
『あの女ども』と言うのは、処刑されたというスカーレットの夫人達の事だろう。
「分かっている。だからこそ、少しでもマシな奴に次期皇帝を任せてぇんだ」
「皇帝を退くと言う話は本当なのか?」
「ああ、『女神を殴る』なんて計画を企んでいる奴が、皇帝なんてやって良い訳ねぇだろ?ある程度の準備が出来たら、退位して勝手にやらせてもらうつもりだ」
図らずも第一皇女の知りたがっていた事の大半が明らかになった。
確か、カーマインが聞きたい事は後1つあったな。
「ちなみに、誰に皇帝の座を譲るんだ?帰ってきたルージュか?」
「はぁ!?」
スカーレットは信じられない事を聞いたような顔をする。
「ルージュを皇帝にするって正気か?どう考えても、向いていないだろう?」
「あ、はい」
スカーレットの目から見ても、ルージュは駄目だそうです。
「年齢順って訳じゃねぇが、レッドかカーマイン辺りが妥当だろうな。やや、カーマイン優勢ってトコだな」
おお、カーマインが聞いたら喜ぶだろうな。
本人に教えるかどうかは未定だが……。
「アッシュはどうなんだ?」
「アッシュにそんな下らない事をさせるつもりはねぇよ。アッシュも望んでいないからな」
スカーレットの言葉にアッシュも頷く。
「はい、僕はいずれ旅に出て世界中を巡るつもりです。父さんには悪いですが、これは昔から決めている事ですから」
「ああ、ヴァーミリオンにも頼まれているからな。約束は守るさ」
「ええと……」
アッシュが少し気まずそうにする。
「ん?アッシュ、親について説明して無ぇのか?」
「ええ、していません」
「アッシュの親は俺の弟のヴァーミリオンとこの里のエルフだ。旅に出たいって言うから、常識なんかを教えるために自分の子供として引き取った。何か質問はあるか?」
「無い」
スカーレットがシンプルにまとめてくれたおかげで、聞きたい事が存在しない。
いや、無くは無いのだが、聞くタイミングだとは思えない。
それにしても……。
「さっきから、真紅帝国の機密情報、漏らしすぎじゃないか?」
国家機密レベルの話が絶え間なく流れてくる。
「『女神を殴る』計画に比べたら、一国の機密情報なんて、大した事じゃねぇよ」
「まあ、確かにそれはそうなんだが……」
「加えて言えば、ジンに関して言えば、包み隠さず話す方が良いって前世の記憶が叫んでやがる。だから、他にも聞きたい事があるなら聞いてくれ。大抵の事には答えてやるぞ」
確かに、正直に話されると協力してあげようって気持ちになるね。
スカーレットの言葉には、嘘も悪意も感じない。
そうだな。折角だから、これも聞いておこうか。
「10年くらい前、人の姿をとった狐の魔物を殺したことを覚えているか?」
言わずもがな、スカーレットに殺された、常夜の親の金孤である。
正直、スカーレットへの協力は吝かではない。
だが、スカーレットの金孤へのスタンスが分からなければ、協力に踏み切る事は出来ない。
月夜と常夜を危険に晒すつもりはないからだ。
「……………………」
スカーレットは、酷く悔やんだような顔をしていた。
「……ここで、その話が出て来るとは思わなかった。……当然、覚えている」
「その事を、どう思っている?」
「後悔している。人生で一二を争う痛恨事だ。あの二人は殺すべきではなかった。……ジンは、誰からその話を聞いたんだ?」
魔物と言ったのに、あえて二人と呼んだスカーレット。
「その狐の友人だ。死ぬ前にスカーレットの事を話したそうだ」
「そうか……。二人の子供はどうなった?」
「その友人が育てている。……それより、子供が隠されていた事を知っていたのか?」
常夜の両親は、常夜が見つからないように隠していたと言う話だった。
「気付いたのは最後の最後だけどな。……あの当時、魔物は漏れなく邪悪な存在だと勘違いしていた。子供を思いやる魔物がいると知っていたら、殺そうなんて考えなかった」
多分、スカーレットにとって、10年前と言うのは大きな意味を持っているのだろう。
出来れば、それが知りたい。
「その辺の話をするには、少々前提となる話が多すぎる。……俺の身の上話をしても良いか?一度、時系列に沿って話をした方が、理解してもらえると思う」
「是非、聞かせてくれ」
10年前の話も気になるが、それはそれとして、異世界転生して皇帝になった男の半生、とても興味があります。
「分かった。ただ、時間がかかるから後回しにしようと思う。良いか?」
「ああ」
「さて、何の話をしていたか……、ああ、元々はガキどもの話だったな。後で詫びを入れると言ったが、ジンから何か要求はあるか?3人を直接殺したいというのなら、それはそれで受け入れるぞ?」
サラッと過激な事を言うスカーレット。
3人と言うのは、ルビー、ジョナサン、ローズの事だろう。
言葉の端々から、自分の子供への無関心が感じられる。
しかし、アッシュやルージュなど、自身の子供以外の親族に対する思いやりは見える。
「いや、鬱陶しいとは思ったが、態々自分で殺したいほどの恨みはない。……と言うか、殺すくらいなら、俺にくれないか?特にルビーとローズ」
ジョナサンは既にユニークスキルを強奪済みなので優先度は低い。と言うか、いらない。
「何だ?女が欲しいのか?そういや、同行者は全員女だったな」
「いや、女と言うよりはスキルが欲しい。あの2人のスキルは珍しいからな」
スカーレットの愉快な勘違いを否定する。
2人に関して言えば、スキルを奪うだけでも良いのだが、何となく生かしておいた方が良い気がしたのだ。ジョナサンはそうでもない。
「……やっぱり、ジンはスキルの詳細を把握できているんだな」
スカーレットが他人事の様に言った。
「スカーレットもスキルが見えるんじゃないのか?」
「見えると言えば見えるが、他人のスキルは位階と、大よその方向性しか分からねぇ。自分のスキルなら、もう少し詳しく分かるんだが……」
スカーレットの『眼』には、スキルのレベルと効果が、かなり大雑把に示されるそうだ。
それこそが、スカーレットの持つ<天眼視>スキルの効果、その内の1つである。
「スキルに関する知識はリリィの婆さんの方が詳しいな」
「ワシは知識だけで、人のスキルなんぞ分からん。お主らと一緒にせんで欲しいのじゃ」
「俺は何となく見えるだけ。婆さんはスキルの知識があるだけ。ジンはどうだ?」
基本的に異能については隠す方針だが、『出来る事』の説明くらいなら構わないだろう。
「自分、他人問わず詳細なスキルの情報が見える。位階、つまりレベルは数字で見えるし、効果は明確な文言として確認できる」
「マジか。完全上位互換かよ……」
スキルと異能で似たような事をする場合、比べようも無い程の差が産まれる。
大抵の場合、異能はスキルの完全上位互換となる。
「ジョナサンのスキルはどうでもいいが、ルビーとローズのスキルは勿体ないから、俺の手元に置いておきたい。詫びと言うのなら、本人にさせる」
「……と言うか、『貰う』って具体的にどうするつもりなんだ?嫁にするのか?」
「え、嫌だ」
即答で拒否をする。
言われてみれば、男親に対して、娘さんを下さいと言った事になるのか。
「<奴隷術>も使えるし、奴隷として所有するのがベストだな」
「俺が言うのも何だが、親に子供を奴隷として引き渡せって、中々に凄い事を言うな?」
「普通は言わないさ。親自身が子供を処刑すると言って、判断をこちらに委ねようというのだから、奴隷として預かりたいというだけだ」
俺は親子を無理矢理引き離すような形で奴隷にしたことは無い(親子まとめてはある)。
スカーレットが嫌だというのなら無理にとは言わないが、嫌だというのなら、そもそも処刑などしないだろう。
「対外的には処刑したことにする必要があるから、皇女と言う立場を使わせる事は出来なくなるが、それでも良いのなら、奴隷としてジンに渡しても構わねぇぞ」
「それで良い。別に皇女としての立場を利用するつもりはないからな」
「分かった。帝都に戻ったら引き渡す」
ユニークスキル持ちの奴隷2人確保!
それにしても、本当にスカーレットは子供達に興味がないんだな。
スカーレットは少し考えた後、再び質問をしてきた。
「ジンは帝都でカーマインにも会っているんだよな?」
「ああ、カーマインとのやり取りに、不快になる要素は無かったぞ」
ルージュへの対応だけは悪いが、それ以外に関して、カーマインは問題が無かった。
「ああ、アイツは俺のガキの中では、特にバランスの取れた奴だからな。さっきも言ったが、次期皇帝候補の1人だ」
スカーレットは、そこで一旦話を区切った。
「そこでだ。ジン、お前、カーマインを嫁にするつもりはないか?」
「いきなり、何を言っているんだ?」
スカーレットがいきなり変な事を言いだした。
「いや、変な話でもないだろ?俺はジンの力を認めている。信じて協力を仰ぐと決めている。どうせなら、身内に取り込みたいと思うだろ?」
「却下だ。大して親しくもない相手を嫁にしたいと思わないし、権力争いに関わりたくもない。スカーレットを義父と呼びたくないし、この世界に骨を埋めるつもりがないのに、結婚なんてしたくない」
パッと思いつくだけでも、結婚したくない理由がこれだけ出てきた。
「ジン、向こうの世界に帰るつもりなのか?」
しかし、スカーレットが気にしていたのは、結婚とは別の部分だった。
「ああ、少なくとも1度は元の世界に戻るつもりだ。エルフの里に来た目的の1つは、元の世界への帰還方法をエルフの語り部から聞く事だからな」
「そうだったのか。婆さん、向こうの世界へ渡る方法を知っているか?」
「うーむ……」
スカーレットが問いかけると、リリィが考え込むように唸った。
「あると言えばあるが、相当に難しいのじゃ」
「そうなのか?俺みたいな転生者や、勇者みたいな転移者が居るのだから、逆方向の転移も、それ程難しい事とも思えないんだが……」
スカーレットの言うように、普通に考えれば難しい事に思えないのだが、さくらの<魔法創造>ですら実現できていない。
だからこそ、はるばるエルフの里まで来たのである。
「概念的な話をさせてもらうと、この世界はお主達の元の世界の下位に位置するのじゃ。転移、転生と言うのは、言ってしまえば、滝から落ちるようなモノ。滝を登るのは『困難』以外の何物でもあるまい?」
世界に位置関係が存在する事は初耳だったが、リリィの説明は非常に分かり易かった。
高低差が存在するのなら、逆走が困難と言うのは納得できる話だ。
「だが、方法はあるんだろう?無ければ、最初から『相当に難しい』とは言わないはずだ」
リリィは『不可能』ではなく、『相当に難しい』と言ったのだ。
俺が問いかけると、リリィは頷いた。
「うむ、確かに不可能では無い。要は直接的な移動ができぬと言うだけじゃ。逆に言えば、中継となる場所があれば、行けない訳では無いのじゃ」
つまり、滝を直接登るのではなく、回り道をして滝の上まで行く、と言う事か。
リリィの言う『相当に難しい』部分は、その中継地点を通る事だろう。
「その中継地点の名を『女神の領域』と言う。スカーレットとの話にも関わる事じゃが、女神は厳密にはこの世界に居らん。2つの世界とは異なる空間に居るのじゃ」
女神がこの世界に居ないというのは、ある意味では予想が出来ていた。
もし、簡単に行ける場所に居るのなら、もう少し有名になっていてもおかしくはない。
「俺はその『女神の領域』への行き方、女神の殴り方を聞きに来たんだからな」
スカーレットは女神を殴る為に、女神の居る空間に行く必要がある。
俺は元の世界に戻る為に、女神の居る空間に行く必要がある。
俺とスカーレットの目的、いや、手段は一致しているとも言える。
ただ、俺の場合、再びこちらに戻ってくることも考えなければいけない。
そう言えば……。
「スカーレットは、女神を殴った後、どうするつもりなんだ?そもそも、女神を『殴る』と言っているが、『殺す』つもりは無いって考えていいのか?」
スカーレットは一貫して女神を『殴る』と言い続けている。
一言も『殺す』とは言っていない。
女神を殴った後、女神が生きているのなら、スカーレットを許すのだろうか?
過激な言い方ではあるが、殺した方が後腐れないと言えるのではなだろうか?
「まぁ、ソレが気になるのは当然だよな。結論から言えば、女神を殺すつもりは無い。そして、女神を殴った後、無事に帰れる公算は高い」
「理由を聞かせてくれ」
どうして、そうなるのかが理解できない。
一番分からないのは、女神のスタンスである。
「俺も詳しい事は知らねえ。ただ、『女神の領域』に行けた時点で、女神を殴る権利と、無事に帰る権利は保証されているらしい」
また、理解の出来ない事を言い、スカーレットはリリィの方を見た。
「うむ、そのはずじゃ。加えて言えば、無事に帰る時に、お主達の元の世界を選ぶ事も出来るはずじゃ」
つまり、『女神を殴る』と、『スカーレットが無事に帰る』と、『俺達が元の世界に戻る』は全て同時に満たせるという事になる。
まさしく、一石三鳥である。
それは良い話なのだが、気になるのは……。
「今までになく中途半端な物言いだな。断言できないのか?」
「うむ、どうやら、その辺の記憶は消されているようじゃ」
俺が尋ねると、リリィはかなり物騒な事を言った。
「実は、ワシの記憶も何者かに操作されているのじゃ。故に、ワシの話が全て正しいという保証はない。知識はあるのに、その知識の源泉が消されておる。故に、ワシには、『語る』事しか出来ぬのじゃ」
『語り部』の語る話が事実である保証はない。
他ならぬ『語り部』本人がそれを認めているのだ。
「実は、俺が話した『分の悪い博打』の中には、リリィの『語り』の信憑性って言うのも含まれている。記憶に操作された跡があるって言うのは、相当なリスクだからな」
「それを踏まえてでも、可能性があるなら話を聞きたいと言われておる」
記憶を操作する、と言う事は、誰かにとって不都合な事実があったと言う事だ。
その不都合な事実が、俺達に不利益をもたらす可能性は低くない。だが、確実でもない。
スカーレットは、まさしく賭けに出たのだろう。
「最初から、リスクは承知の上だ。だからこそ、ジンが欲しい」
「いや、おっさんにプロポーズされても……」
「違うからな!?博打の勝率を上げるためだからな!?」
「身体だけが目当てなのか」
「や!め!ろ!」
このノリを見ると、スカーレットの転生前が浅井である可能性が少し上がるな。
「タチの悪い冗談言いやがって……」
そう言いつつ、スカーレットもこのやり取りを楽しんでいる様に見える。
「とにかく、俺の計画にはジンの協力が必要だ。最初は1人で全て成し遂げるつもりだったが、その後に集めた情報から考えても、多分不可能だな」
「うむ、レット坊単独となると、相当に厳しい。いや、はっきりと無理と言って良いじゃろう。もちろん、ジン殿の協力があれば、話は別じゃ」
俺、相当に評価されていますね。
「丁度いい頃合いだし、そろそろ俺の身の上話をさせてもらえるか?」
「何が『丁度いい頃合い』なんだ?」
「ジンに協力してもらうには、俺の身の上話が必要だろ?狐の魔物の話もあるからな。……そろそろ、協力の確約が欲しい」
今のところ『協力する』と断言はしていないからね。
確約が欲しいなら、確かに『丁度いい頃合い』だ。
次回はスカーレットの口伝(個別話)です。
本編と連続した時間軸の話ですが、その中でスカーレットの過去についてダイジェスト形式で話されます。
通常のストーリー形式で書くと、一章分近くなると判断しました。