外伝第12話 天眼の勇者、大地に立つ
大変申し訳ありませんが、間に合わなかったのでちょっとした短編でお茶を濁させてください。
浅井が勇者として召喚されたときのお話です。
伏線を回収したり、伏線をばらまいたり、本編で未説明の内容に触れていたりします。
俺の名前は浅井義信。
昨日まで……つい5分程前まではごく普通の高校生だったはずだ。
今朝、目覚まし時計で目を覚ました俺は、学校に行くための準備をしていた。
今日は野球部の助っ人として朝練に参加することになっているからな。
いつもより早く起き、妹の聖を起こさないように静かに朝食を食べ、部屋に戻って制服に着替えたところまでは覚えている。
次の瞬間には見知らぬ場所に立っていた訳だが……。此処はどこだ?
西洋城の大広間のような雰囲気だな。俺達を何十人もの人達が取り囲んでいる。
「おお、成功だ!2人の勇者様の召喚に成功したぞ!」
ローブを纏った魔法使いっぽい爺さんが叫んでいる。
俺は自身の状況、爺さんのセリフから、何が起こったのか理解した。
いや、理解とは言わないか。普通に考えて、理解を拒む内容なのだから。
俺の前に、8歳くらいの金髪碧眼の少女が歩いてきた。
「勇者様、ようこそいらっしゃいました。私の名前はシルフィーネ、このサノキア王国の王女です。勇者様方には、魔王を倒し、この世界を救っていただきたいのです」
……なるほど、これが世に言う異世界召喚って奴だな。
シルフィーネによれば、ここは予想通り異世界であり、魔王を倒すために勇者召喚をしたそうだ。
それで呼ばれたのが俺ともう1人、年齢不詳の男性だ。
パッと見は高校生くらいにも見えるのだが、成人していると言われても違和感がなく、制服を着ている訳でもないので判断が付きにくい。俺の目で見ても、だ。
とりあえず、自己紹介をすることになった。
「俺の名前は浅井義信。高校生だ」
「コウコウセイ!勇者様に多い職業の1つですね!」
シルフィーネが喜びの声を上げる。
勇者召喚と言うのが、1回や2回の話ではないと言う事が明らかになった。
そして、年齢不詳の男性の自己紹介。
「Meの名前は幸田だYo!好物は幼女と幼女のお漏らし、あとはアタリメだYo!」
……………………。
空気が凍った。
「えっと、幸田……様、下のお名前は……?」
「幸田は幸田!それでOKだYo!」
名前を答える気はなさそうな幸田さん。
さん付けなのは、距離を置きたいからだ。正直、お近づきになりたくない。
「それでは、浅井様、幸田様、何かお聞きしたいことはありますか?」
「俺達は元の世界に戻れるのか?」
俺は間髪入れずにシルフィーネに聞き返した。
俺にとっては何よりも重要な事だ。
「戻れる、と聞いております。勇者様の召喚は神託によって為されました。女神様曰く、魔王を倒した暁には、帰還の方法を神託で伝えるとの事です」
「以前の勇者はどうやって帰還した?」
魔王を倒すのはともかく、帰還方法を女神頼りと言うのも危うい。
可能ならば、次善策は用意しておきたい。
「……勇者様が帰還したと言う話は伝わっておりません。全ての勇者様が、この世界に残ったそうです」
「全員?いくら何でもおかしくないか?」
「申し訳ございません。細かい話は伝わっていないのです」
「そうか……」
不自然な話だが、嘘ではなさそうだ。
そうなると、魔王を倒すしか手はないのか……。
「Meも質問OK?」
「は、はい。何でしょうか」
幸田さんに声をかけられ、若干腰の引けているシルフィーネ。
自己紹介がまだ尾を引いているようだ。
「Me達、平和な国の平和な人種Yo?Meも護身術くらいしか覚えていないし、魔王なんて危なそうな響きの相手と戦うなんてインポッシブルYo?」
「え、ええと、勇者様は召喚された時に、女神様より祝福を授かります。その力があれば、魔王とも戦えると思われます。宝珠を出してください」
シルフィーネが近くに居た者に声をかけると、1人の男が水晶玉のような物を持ってきた。
「こちらは『祝福の宝珠』と言います。これにより、お二方の祝福を調べます」
「便利アイテムだNe!Meから調べてもOK?」
「はい、どうぞ」
そうして、幸田さんは説明を受け、『祝福の宝珠』に手を触れた瞬間、宝珠が光輝いた。
「Meの祝福は<創意工夫>だYo!色んなアイテムを作れるみたいだYo!」
ゲーム的に言えば、生産系のスキルって事だな。
しかし、勇者、という言葉にはあまり似合わない。
俺も幸田さん同様、『祝福の宝珠』に手を触れる。
「今度は俺だな。俺の祝福は<天眼>。色んなものが見えるようになるらしい」
「……珍しいですね」
シルフィーネが難しそうな顔をする。
「今までの勇者様は、誰か1人は戦闘向けの祝福をお持ちでした。聞いた限り、お二方は共に直接戦闘能力が上がるような祝福ではありません」
確かに、2人共サポート向けの能力と言うのはどうかと思う。
あるいは、戦闘力を上げないでいい理由があるのか。
「勇者様は祝福関係なく強くなり易いとも聞いております。しばらくこの国に滞在し、修練を積んでいただければと思います」
いくら勇者とは言え、元はただの日本人。修行は必要だよな。
「そうだ。もう1つ聞いても良いか?」
「はい、何でしょう?」
若干聞き難いが、聞いておかないとマズいよな。
「俺達の敵は魔王だけなのか?魔族、とかは敵じゃないのか?」
「……魔王は魔族の王です。魔族も当然、人類の敵です」
少し言い難そうにシルフィーネが答える。
「それなら、何でこの場に魔族が2人もいるんだ?」
「……………………」
「な、何だって!?」
「聞いていないぞ!?」
シルフィーネは黙り込んだが、周囲にいた人達は驚きの声を上げていた。
人々は周囲を見渡し、騒然とする。
多分、<天眼>の能力なのだろう。まるでゲームのステータス画面のように人の情報が分かる。
そして、この場に種族が魔族になっている者が2人いる事に気付いた。
「Oh、それってシルフィーネチャンのことかYo?」
「……………………」
「ば、馬鹿な!?」
「シルフィーネ姫が!?」
幸田さんの発言に周囲のざわめきはさらに大きくなる。
シルフィーネの周囲から人が離れていく。
「気付いていたのか?」
「No!魔族とは知らなかったYo。見た目は幼女なのに、仕草にBBAを感じたんだYo!幸田の中では、ロリババアは幼女に非ず。異論は認めるYo!」
このロリコン、ヤバい。
「もう1人は天井に張り付いているNINJAだLO!」
「そっちも気づいていたのか……」
もう1人の魔族は忍者のように天井に張り付いていたが、まるで光学迷彩か何かのように姿が見えなくなっていた。
俺には見えるんだけどな。
「Oh ,Yes!彼女は正真正銘の幼女だからNe!臭いで分かるYo!」
このロリコン、マジでヤバい。
俺が祝福込みで暴いた秘密を、ロリコンを武器に暴きやがった。
「くくくくく」
今まで黙っていたシルフィーネが急に笑い出した。
「くくく、召喚されたばかりの勇者だと思って油断したよ。そうだよ。私は魔族、名前はロマリエ。魔王軍四天王『虚構のロマリエ』だ」
姫様に化けていたロマリエがその変身を解いた。
現れたのは20代後半の紫色の肌をした女性だ。
「やっぱりBBAだYo……」
幸田さんが何か呟いている。
「し、四天王だと!?」
「馬鹿な!?何故ここに!?」
「勇者が召喚された地に魔族は入れないはずでは!?」
召喚されたばかりの勇者を守るためのセーフティがあったようだ。
だが、ここに魔族がいると言う事は、機能しなかったと言う事だな。
「世の中には、裏技ってモノがあるんだよ。覚えておきな。そして、ここに来たのは勇者召喚を特等席で見るために決まっているだろ?あーあ、折角たった2人の勇者、楽に暗殺できると思ったのに、残念だよ」
このロマリエ、絶対に性格が悪い。
「本物のシルフィーネ姫は生きているのか?」
「さあね?ああ、安心していいよ。僕が姿を奪っていると言う事は、まだ生きているって事だからね。尤も、何時までも無事なんて保証はしないけどさ」
とりあえず、朗報ではある。
「君はそんな心配するより、自分の身を心配した方が良いよ。バレちゃった以上、君達2人を殺すことにしたから。……ロンドリーネ、君も手伝いな」
「仕方ない」
忍者がロマリエの横に飛び降りてきた。迷彩は解除したようで、姿が見える。
見た目は10歳くらいの少女で、忍び装束(くノ一)に身を包んでいた。
幸田さん曰く、こちらは見た目通りの年齢らしい。
「2人ならほぼ同時に殺せるし、強化されることも無いよね。じゃあ、死んでもらおうか!」
「『幻影のロンドリーネ』参る」
ロンドリーネが忍者っぽい短刀を構えて俺に、ロマリエが何処からか取り出した長剣を持って幸田さんに、それぞれ切り掛かる。
「お命頂戴!」
ロンドリーネは人間離れした速さで走り、俺の心臓に短刀を突き刺そうとする。
加えて、姿を消す能力を発動したようだ。
普通の人には、急に姿が消えたように見えるんだろうが、俺の目を誤魔化すには致命的に足りない。目の力だけで化け物2人と渡り合える俺を舐めないで欲しいものだ。
「おっと」
「何!?」
体の軸をずらし、ロンドリーネの突進を避ける。
「ちっ!悪運の強い……」
「ジンと一緒にされても困る」
憮然とする俺を無視し、再び攻撃してくるロンドリーネ。
折角だし、<天眼>のもう1つの効果を使おう。
その瞬間、俺の視点が1つ増えた。
まるでTPS(三人称視点シューティング)の様に、自分を上から俯瞰するように見える。
第3の目とはよく言ったものだ。
「ほい」
「何故!?背後からの攻撃を避けられる!?」
背後から襲い掛かってくるロンドリーネを見ずに避けた。
「死ね!死ね!死ね!何で当たらない!?」
何度も何度もロンドリーネの攻撃を避ける。
どんなに素早く動いても、見切れる以上は脅威ではない。
戦いにおいて、『見える』と言う事は何よりも強力な武器だ。
「俺は十分に戦えるみたいだな」
「馬鹿にするな!」
激高し、ロンドリーネの攻撃が少しだけ雑になった。
しかし、それは悪手だ。
「貰った!」
「残念!」
俺はあえて紙一重のタイミングでロンドリーネの突進を避け、ギリギリのタイミングで足払いを仕掛ける。
「悪いな」
「ぶべっ!?」
当たったと思ったのだろう。躱されると思わなかったのだろう。
足を払われ、体勢を崩したロンドリーネは盛大にすっ転んだ。
「うごおおおお……」
ロンドリーネはゴロゴロ転がって痛がっている。
「幸田さんは……」
ロンドリーネは思っていたほどの脅威ではなかったので、幸田さんの様子を確認する。
「がっはっ……」
そこには、背中から手を生やし、口から血を吐いているロマリエと、ロマリエの心臓を手刀で貫き、手を血で染めている幸田さんの姿があった。
「ば、馬鹿……な」
「もう黙れYo。BBA」
幸田さんは容赦なく手を引き抜く。
崩れ落ち、絶命するロマリエ。
「ロ、ロマリエが……くっ!覚えていろ!」
転んだダメージから立ち直ったロンドリーネは、捨て台詞を残して逃走した。
「さて、それじゃあ急ぐYo!」
幸田さんはそう言うと走り出した。
気になるので、俺も追いかける。
大広間を飛び出して分かったのだが、どうやらここは王宮の離れだったようだ。
「幸田さん、強かったんだな」
「ただの護身術だYo!」
走りながら、何でもない事のように答える幸田さん。
俺の知っている護身術と違う。
「ああ、そうだ。浅井クン、ありがとうNe」
「? 幸田さんにお礼を言われるような事はしていないが?」
「最後、ロンドリーネチャンを転ばせただLO?あの時、ロンドリーネチャンのおパンツが見えたからNe。あの年で紫のパンツはセクシーだったよNe!サンクス!」
「……………………」
どうしよう。この人とこれから行動を共にする自信がない。
「後、ロンドリーネチャンを殺さなかったこともだYo!浅井クンなら、簡単だったLO?」
「まあ、出来たか出来なかったかで言えば出来たが、幸田さんがお礼を言う事か?」
殺しなんて好んでしたいモノじゃないが、その気になれば出来なくは無かった。
「幼女の死は世界の損失だYo!あの状況で幼女を生かす選択をした浅井クンは称賛されて当然だLO!」
「常識の壁が厚い……」
言葉は通じるのに、話が通じない感じがする。
「ところで、幸田さんは何処に向かっているんだ?」
「決まっているだLO?ホンモノのシルフィーネチャンの元だYo!」
「場所が分かるのか!?」
俺の祝福でもシルフィーネの居場所は分からなかった。
「当然だLO!シルフィーネチャンはBBAに監禁されているんだYo!つまり、トイレに行けずお漏らしをしているんだYo!幼女のお漏らしなら、Meは1km以内なら確実に追えるからNe!」
おまわりさんこのひとです。
「ここだNe」
幸田さんは懐から鍵を取り出し、鍵のかかった扉を開く。
「そのカギは?」
「BBAが持っていたのを失敬したYo」
抜け目ない。
扉を開けた先には、下着姿で縛られ、衰弱していた本物のシルフィーネがいた。
幸田さんの言う通り、下着は濡れており、漏らした形跡がある。
「大丈夫かYo!」
幸田さんは汚れるのも構わずにシルフィーネを抱え上げた。
よく見れば、いつの間にか血で濡れていた手は綺麗になっている。
「あ、あなたは……」
猿轡を外すと、掠れた声で尋ねてきた。
「召喚された勇者だYo!シルフィーネチャンに化けていた魔族を倒して、助けに来たYo!」
「ああ、ああ!ありがとう……ありがとう、ございます!」
感激し、涙を流すシルフィーネ。
「喉が渇いたLO?お腹が空いているだLO?ドリンクとチョコレートだYo!チョコは噛まずに舐めるんだYo!」
「は、はい……」
幸田さんは駄菓子の飲料と包みに入った丸いチョコレートを取り出してシルフィーネに与えた。
普通なら気にならないんだけど、幸田さんの今までの言動を考えると、子供向けのお菓子を持っている事にそこはかとない不安を感じる。
幸田さんには、元の世界の話題は出来るだけ振らないようにしよう。
シルフィーネを救出した俺達は、改めて勇者として歓迎される事となった。
初日から激動の勇者生活だったが、それ以降は大きなイベントは無かった。
俺達2人はしばらくの間、サノキア王国でこの世界について学び、修行することにした。
そして、十分な装備と、お付きの者を従えて魔王討伐の旅に出た。
後から考えれば、俺と幸田さんに戦闘用の祝福が付かなかったのは、元々の戦闘力が十分すぎるほど高かったからかもしれない。
それに、俺の<天眼>は戦闘専用ではないが、戦闘の補助として非常に有用だったし、幸田さんの<創意工夫>は武器も作れたので、戦力の拡充には役立った。結果から考えれば、むしろ丁度良かったと言えるだろう。
俺と幸田さんは世界各地を回る旅の中で、更なる実力をつけ、最終的に魔王を倒すことになるが、それはまた別のお話。
お付きとして同行していたシルフィーネが、僅か10歳で妊娠したのも、また別のお話だ。
おまわりさん、異世界に来てください。
物語において、作者登場というのは禁じ手、禁忌に近く、余程上手くやらなければ物語全体が白けることになります。過去話のゲストキャラを少し近づけるくらいなら、ギリギリセーフでしょうか?
まあ、幸田さんと作者の間には、何の関係もありませんけどね。
趣味も嗜好もまるで別人です。