第150話 八臣獣と忍者
この章は説明回的な側面があります。超、今更。
突然だが、獣人について説明をしようと思う。
創作定番の獣人ではあるが、作品によって解釈が異なることも多いので、この世界の獣人に対する認識を明確にしておこう。
まず、この世界の獣人は、基本的に1種類の動物の特徴を持っている。
マリアの場合は猫……それ程猫の種類に詳しくないから、なんて種類かまでは分からない。ああ、冒険者組の獣人少女は分かり易く犬のゴールデンレトリバーだな。
重要なのは『動物の特徴(耳や尻尾)を持った人間』であり、『二足歩行をする動物』ではないことである。
そして、この特徴の現れ方には個人差が無い(猫の獣人なら、耳と尻尾は全員が持つ)。
スキルである<獣化>を使った場合のみ、全身(獣の割合はある程度任意で調整可能)が特徴となった動物の物へと変化する。
小型動物の獣人が<獣化>を使った場合でも、サイズは人の時に近い。つまり、虎猫の獣人と虎の獣人は<獣化>した時の区別がつきにくい。
また、特徴の元となる動物は陸上型の哺乳類に限定されており、鳥や魚、爬虫類の獣人は存在しない。ハーピィや人魚、リザードマン(実はいる)は魔物扱いなので別の話だ。
加えて、陸上型の哺乳類の中でも、体表の硬い動物の獣人もいない。例を挙げるとゾウやサイ、カバなどである。理由は知らん。モフモフ対象外なので興味も無い。
動物の特徴を持っているためか、身体能力は全体的に人間よりも高い。
反面、頭を使う事が苦手な者が多いと言うのも分かり易い。良くも悪くも動物の本能に引っ張られているのだろう。脳筋も多い。
種族として苦手と言う訳ではないが、魔法を使う者が非常に少ない。
ステータスの話と<獣化>の話が出たので、1つ余談を。
例えば狼と<獣化>を使った狼の獣人が戦った場合、同じレベル帯、ステータス帯だったら狼の獣人の方が勝つ。
単純に獣人が獣になるのではなく、ステータス向上の1つの形として姿が変わるからだ。
身体能力が高く、物覚えが良く、器用で魔法も使えるマリアが異常なのである。
こうして列挙してみると、マリアのスペックがかなり高いと言う事が良く分かる。しかし、あまりそう言う印象が無いのは何でだろう?
……ああ、信者としての印象の方が強すぎるからか。
獣人に限った話ではないが、人類種(人間、獣人、エルフなど人と扱われる種族)の間では子供を作ることが出来る。
子供の種族は基本的に母親と同じ種族となる(獣人の場合、特徴となる動物も引き継ぐ)。
しかし、稀に父親と同じ種族になることもあるが、隔世遺伝はしない。
この性質は広く知られており、運悪く母親とも父親とも違う種の子供が生まれた場合、母親の不貞がモロにバレることになる。割と、良くある話らしい。
また、エルフだけは母親がエルフの場合、ハーフエルフが生まれる。
なお、獣人には発情期はない……いや、人間と同じく年中発情期である。
寿命は人間と同程度だが、幼少期の成長が人間よりも若干早い。
成体、大人になるのが早いと言った方が正しいだろうか。
基本、動物と言うのは人間に比べて成体になるまでの期間が短い。動物の生活環境には危険が多いので、早く大人にならないと殺されてしまう可能性が高くなるからだ。
成体になるまで10数年かかる人間の方がおかしいのである。
獣人も動物の性質を持っているため、若干ではあるが成長が早くなっている。それでいて老けるのも遅いと言うのだから、人間からしてみたら羨ましく感じるのも無理はない。
獣人の成長が早いと言っても個体差はある。
加えて言えば生活環境によっても差が出るので、絶対的な話ではない。
ウチのマリアやココは貧しかったので、あまり発育が良くなかった。
俺の配下になった後は食生活が改善されたため、2人共遅れを取り戻すかのようにグングンと成長している。胸も同様である。
今のマリアの見た目は、人間ならば14歳相当の美少女と言ったところだろう。獣人的にはもう十分な成体である。
長々と話してしまったが、何が良いたいかと言うと……。
「彼女の身代を賭けて、この僕と決闘をしろ!」
つまり、こういう事も起きる訳だ。
皆さんご存知、決闘イベントである。もちろん、賭けの対象はマリアだ。
事の発端はストロベリー皇女を届けた街で昼食をとった辺りまで遡る。
今回は急ぐ旅でもないので、この街で一泊することを決めた俺達は、アルタの指示に従い、日の高い内に本日の宿を確保しておくことにした。
適当に辿り着いた街だったが、交通の要所だったらしく、思っていたよりも人が多かった。
希望する宿がある場合、早い内に取るに越したことはない。
一応、一国の騎士と言う立場もあるので、それなりに高級な宿を見繕ったのだが、残念ながらこれが失敗だったようだ。
宿に向かうために大通りを歩いていると、1人の優男が近づいてきた。
態々言うまでもないと思うが、コイツが今回の決闘相手(仮)である。
見知らぬ相手が近づいてきたので警戒したマリア(無表情)が足を止める。
そんなマリアを見て、優男は自分に興味を持ったと勘違いしたのか、柔和な笑顔を向けてマリアに手を差し出す。
「可憐なお嬢さん、僕とお茶でもいたしませんか?」
テンプレのようなナンパをしてきたのは、黄みの強い茶髪を肩まで伸ばした獣人だった。
ステータスを見たところジャッカルの獣人のようだ。そして、意外と強い。
それにしても、騎士鎧を着た者(俺とセラの事)と一緒にいるメイド(マリアの事)をナンパしようと考えるなんて、随分なチャレンジャーだよな。
しかし、残念ながら相手が悪かったとしか言いようがない。
「お断りします」
マリアはきっぱりと断り、再び歩き始めた。
後に残されたのは、手を差し出した格好で固まっている優男だけである。
「ま、待ちたまえ!」
再起動した優男は目にも止まらぬ速さで俺達の前に立ちふさがった。
皆さんご存知<縮地法>である。今更<縮地法>かぁ……。
「お嬢さん、『八臣獣』は貴族位を持つとはいえ、僕は元々平民の出です。周囲の目を気にして遠慮することなどないのですよ」
無駄に格好を付けたポーズで優男が言う。
アルタさーん!
A:『八臣獣』とはレガリア獣人国の爵位の1つで、この国で最も強いとされる8人の獣人に与えられます。強ければ平民でもなることが出来る『八臣獣』は、強さを尊ぶレガリア獣人国では特に人気があります。
ああ、だから周囲の獣人が憧れの眼差しで優男を見ているのか。
ああ、だから優男は自分が憧れの対象だと勘違いしているのか。
A:マスターは全く気にしていませんでしたが、エルガント神国でシャロンと共にいた羊獣人の秘書にも同じ『八臣獣』の称号がありました。
そうだったのか。
エルガント神国では無茶苦茶な連中が多かったせいか、ちょっとしたレア称号くらいじゃ驚きもしなかったからな。目に留まらなかったのだろう。
A:一応、ユニーク級のスキルも持っていましたが。
多分、その時は横にいたシャロンの方にばかり目が行っていたんだろうな。
ユニークスキルでも目に留まらなかったのだから……。
よく考えたら『八臣獣』って、漫画とかに出てくる偉そうな集団に付いている称号っぽいよね。人数的な関係で『四天王』に出来なかった場合に出てくる奴だ。
ああ、魔族はテンプレで『四天王』だったか。その点は評価できるな。
「いえ、遠慮と言う訳ではなく、本当に結構です」
マリアの言葉には少し険が含まれていた。
恐らく、俺の前に立ち、俺の行く手を遮っているからだろう。
しかし、この優男が有名人と言うのは本当のようで、徐々に周囲に獣人が集まってくる。
「奥ゆかしい人だ。だけど、遠慮も度を過ぎれば嫌味になってしまうのですよ」
あ、話を聞かないタイプの獣人だ。
こういう奴が貴族位にいると言う事で、少しレガリア獣人国の評価ポイントが下がった。
「貴女のような可憐な方には、人間のメイドなどと言う下賤な仕事は似合いません。さっさと止めて僕とお茶を楽しみましょう。僕の屋敷に来ていただければ、今と比べ物にならない程に良い暮らしをしていただけますよ……むっ、何だ今の殺気は!」
優男はマリアから放たれた殺気を受け、一瞬で腰に下げている短剣に手を伸ばした。
この時点で優男に見る目がない事が確定した。
再び、レガリア獣人国の評価ポイントが下がった。
俺達の装備の品質にも、俺達の実力にも気付けない節穴な目の持ち主のようだ。
……これが、国で最強の8人の1人?嘘だろ……。
「おいおい、一緒にいた女の子が僕に惚れたからって、嫉妬するのは良くないな。そんなみっともなく殺気なんて漏らしちゃって。はは、でも僕は寛容だから許してあげるよ。さあ、君達に用はないから、さっさとどこかに行くと良い」
しかも、殺気の出所を俺と勘違いしている。
それ、お前が『可憐なお嬢さん』と呼んでいる女の子から出た殺気だよ。
三度、レガリア獣人国の評価ポイントが下がった。
「はぁ……」
思わずため息をついてしまった。
『八臣獣』と言う偉そうな称号を持った奴がコレとか、がっかり感が半端ない。
四天王の中で最弱、みたいなポジションならまだ救いはあるかな?
他の7人に期待できるかな?
「何だい?ため息なんてついて。何か文句でもあるのかな?」
「『八臣獣』だか何だか知らないが、フラれてしつこく迫るのは格好悪くないか?」
「……君こそ、何を言っているのかな?僕が獣人の女の子にフラれる訳が無いだろう?」
雰囲気の変わった優男が俺の事を睨み付けてくる。……ショボい殺気だな。
「僕は『八臣獣』の第7席だよ。この国に居る獣人で、僕の事が嫌いな女の子がいる訳が無いじゃないか」
「下から2番目じゃないか。つまり、上の6人よりはモテないんだろ?」
「い……、言ってくれるじゃないか。寛大な僕にも、げ、限度と言うモノは有るんだよ?」
ピクピクと頬を引きつらせながら優男が言う。
「マリー、正直に言ってやれ」
「申し訳ありませんが、はっきり言って迷惑です」
「ぐはっ!?」
マリアのトドメが優男を襲う。
「くっ、そうか。君が彼女にそんな酷い事を言わせているんだね。普段から虐げられているから、彼の目の前では自分の心に素直になれないんだ。可哀想に……。これだから人間って奴は……」
さっきから聞いていれば、ちょくちょく人間を下に見る発言がありますね。
でも、この国って別に人間がいない訳じゃないんだけど……。
あれ?
「僕は君のような外道を許さない!」
そう言って優男は短剣を抜き放つ。
いいの?
「彼女の身代を賭けて、この僕と決闘をしろ!」
-ゴキッ!-
次の瞬間、優男の首がその場で180度回転した。簡単に言うと、優男の頭が下に、顎が上に来るような状態になっている。
優男は死んだ。
周囲の獣人達はあまりの事態に固まったまま動けなくなっている。
崩れ落ちる優男だった物の奥にいたのは、黒装束を纏った女性の獣人だった。
ショートヘアにした黒髪と頭の上にピョコンと付いた猫耳がチャーミングなお姉さんだ。
「見苦しいところをお見せし、申し訳ないでござる。危うく、主君の大事なお客人に粗相をするところだったでござる」
まあ、有体に言って忍者ですね。
イズモ和国にも忍者はいたけど、こちらの忍者はござる口調な分高得点だ。
ただ、1つ残念なのは黒装束は顔以外が見えない造りだと言う事だ。くノ一なのにお色気成分が皆無!これは大きな減点対象です。
「アンタは?」
「おお、これはご挨拶が遅くなり申し訳ないでござる。拙者の名はクロネコと申す。この国の女王、シャロン様にお仕えする『八臣獣』の第8席でござる。ジーン殿、この度は遠いところ、主君の要望にお答えいただき、感謝しているのでござる」
この国最強の8人。短い期間で2人目登場である。やったね!別に嬉しくないけど……。
ちなみに、クロネコと言うのは偽名、いやコードネームのようなモノらしい。と言うか、実際に黒猫の獣人だからな。
本名を名乗った訳ではないが、絶賛偽名使用中の俺が文句を言う事でもないだろう。
シャロン女王に仕えているのだから、俺の事を知っていてもおかしくはない。むしろ、俺の事を知らない様子だった優男の方がおかしい。
「この度は第7席が大変迷惑をかけたようで、深くお詫びを申し上げるのでござる」
そう言うとクロネコはその場でジャンピング土下座を披露した。
無駄に綺麗だった。
「第7席の無作法は第7席の命で償うと言う事で、どうかお許しいただきたいでござる。他に謝罪が必要ならば、言っていただければ可能な限り便宜を図る所存でござる」
なら脱げ、と言いそうになるのを必死に堪えた。
くノ一にお色気を要求するのは自然の理とは言え、今は女王騎士のジーンだ。そう言うのは控えないと……。
「実害が無かったから許すのは良いが、仮にもこの国の貴族だろう?殺してしまってよかったのか?」
しかも、強さで決まった貴族を暗殺に近い形で殺した訳だ。
それも、序列が下の者が、である。
「おお、お許しいただき、感謝なのでござる。第7席に関しては全く問題ないでござる。主君の呼びかけを無視し、自由に振る舞い、主君の客人に無作法を働くなど、許されることではござらん」
クロネコが言うには、女王シャロンは血の気の多い『八臣獣』を招集し、俺に無礼を働かないように厳命していたそうだ。
しかし、第7席の優男は招集を無視。再三の招集に応じず、強硬手段に出ようとしていたところで、ジーン到着の報があった。
間の悪い事に優男は俺の移動経路にいると言う事で、大慌てでクロネコが派遣された。
クロネコが優男を見つけたのと、優男が俺に決闘を申し込もうとしていたのはほぼ同時で、迷わずに暗殺することを決めたそうだ。
「ジーン殿に決闘を申し込んだ時点で、主君の命に逆らったも同然。『八臣獣』の爵位を取り上げ、処刑する許可も得ているのでござる」
「第8席なのに第7席を処刑できるのか?立場的な意味ではなく、実力的な意味で」
ステータスを見れば、優男よりもクロネコの方が強い事は分かる。
そもそも、何でクロネコの方が序列が下なんだ?
「ああ、その事でござるか。拙者は真正面から殴り合うような戦い方をしないでござる。この国では、真正面からの殴り合いをしない者は低く見られる傾向があるのでござるよ」
なるほど、脳筋の中で裏方は低く見られると言う事か。
何でも有りで戦ったら、クロネコはかなりいいところまで行くんだけどな。
「拙者は1対1で、闘技場で、正面から戦う決闘でもなければ、第7席にはまず負けないでござる」
少しだけ闘気を漲らせたクロネコが言う。
先程の綺麗な暗殺を見れば、その言葉が嘘ではない事は明白だ。
ただ、ウチのさくらが目の前で暗殺されるシーンを見て、若干気分悪そうにしている点を考えると、もう少し配慮が欲しかったとも思う。
「お前達!そこで何をしている!」
俺達が話し込んでいると、騒ぎを聞きつけた衛兵がやってきたようだ。
犬獣人だな。犬のおまわりさんって奴だな。
「『八臣獣』の第8席殿……と第7席殿?何故、第7席殿が死んでおられるのだ?」
初見でこの状況を正確に理解するのは難しいよね。
後、クロネコは忍者の癖に有名人なんだね。忍べよ。もしくは色気を前面に押し出せよ。
「拙者が動いたと言う事がどういう事か、それが分からないのでござるか?」
クロネコに射竦められた衛兵は硬直し、冷や汗を流す。
一瞬だけ殺気を出して、目標とする対象だけを威圧する技術だ。
「っ……!いえ、第8席、『黒影』殿が動いたと言う事は、第7席殿がシャロン女王の命に背いたか、国に仇なしたと言う事でしょう」
ああ、やっぱりクロネコはそう言う立場なんだな。納得である。
『黒影』はクロネコの2つ名かな?忍者と言ったら影と付くのは自然だよね。忍べよ。
「その通りでござる。第7席はシャロン女王の命に逆らったので、処罰したのでござる。当然、シャロン女王からの許可も貰っているのでござる」
そう言うと、クロネコは懐から書状を取り出して衛兵に渡した。
衛兵は手紙を受け取ると中を確認して頷く。
「街中で人死を出したのは申し訳ないと思うが、少々急ぐ理由があったのでござる」
それって優男が俺達に絡んできたことだよね。
「陛下直属である第8席殿がシャロン女王陛下の命で動いているのならば、それは何よりも優先されるべきことです。我々に何かを言う資格などありません」
その後、衛兵はクロネコにいくつか質問をしただけで帰って行った。
ちなみに、優男の死体はクロネコが『格納』に入れて持ち帰るそうだ。扱いとしては、反逆者の首と言う事になるそうだ。
ただのナンパが反逆扱いになるとは、優男も運が無いね。
優男のナンパ騒動とクロネコの暗殺騒動が終わった後、俺達はクロネコお勧めの宿に向かうことにした。
クロネコは立場上国内の主要都市を転々としているらしく、この規模の街ならお勧めの宿屋や食事処にも精通しているそうだ。
何でそんな情報に精通しているのか聞いてみると……。
「忍びの仕事は多岐にわたるでござるからな。出来るだけ様々な情報を集める癖が付いているのでござる。どんな情報でも、持っているだけで多少は有利になるのでござる。今回のように主君のお客人に街の案内をするのも忍びの仕事でござる」
それは忍びの仕事じゃないと思うよ。忍べよ。
「おすすめの食事処もお願いします」
ミオが敬語でクロネコに頼む。
宿の他におススメの食事処も紹介してもらう予定だ。ちなみに、兜を外せない場所なので、俺は食べられない。買ってきてもらって宿で食べます。
「任せるでござる。この国の食べ物は人間には合わないと有名でござるからな。食事の頼み方にもコツがいるのでござるよ」
どうやら、メニューそのままに頼むというやり方がよろしくなかったらしい。
聞けば、人間向けでお願いすれば意外と味付けは調整してくれるようだ。人間至上主義の国と仲が悪いとはいえ、人間自体を憎んでいると言う訳ではないそうだ。
少し歩き、大通りに面した立派なホテルに到着する。
どこからどう見ても高級ホテルです。
「ここでござる。オーナーを呼んでくるので、少し待っていて欲しいでござる」
そう言ってクロネコはホテルに入っていった。
……オーナーを呼ぶ意味あるの?
「ようこそいらっしゃいました。私がここのオーナーの……」
5分もせずにオーナーと思しき身なりの良い男性が出てきて、かなり低い腰で自己紹介を始めた。
クロネコの方を見てみると……。
「オーナーにはちょっとした貸しがあるのでござるよ。ジーン殿の都合は伝えてあるが、不足があったら何でも言って欲しいのでござる」
「ちょっとした貸しだなんて!クロネコ様は私達の恩人でございます」
クロネコの関係者のようだ。クロネコの活動は全く忍んでいないらしい。
クロネコの紹介ならと言う事で、オーナーが宿泊料をタダにすると言い出した。
「いや、そこまでしてもらうつもりはないんだが……」
「気にしないで欲しいでござる。第7席の不始末のお詫びだと思って欲しいでござる」
オーナーとクロネコが頼み込んでくるので、渋々タダで泊まることになった。
「1つお聞きしたいのでござるが、ジーン殿達はいつごろ王都に到着する予定でござるか?」
クロネコが聞いてきたので、スケジュールを思い出す。
「予定としてはこの街を明日には出て、他の街にもよる予定だから……4日以内には着くと思うぞ」
最初の港町でもそのくらいの日程で伝えてあったはずだ。
伝書鳩的な方法で手紙を運んでいるので、王都にはその報が行っているはずだ。
「ふむ、その予定が変わっていないのであれば、拙者もギリギリではあるがジーン殿よりも早く王都に戻れそうでござるな」
「陸路だと結構厳しくないか?」
竜人種による空の旅は、陸路とは比べ物にならないくらいに速い。
多少寄り道をしたとしても、馬車移動など相手にはならないだろう。
「陸路じゃないでござるよ。拙者にも空を移動する手段があるのでござる」
「鳥の魔物か?」
実はクロネコは<魔物調教>のスキルを持っている。
マップの中にはクロネコの従魔である鳥の魔物がいるのも分かっていた。一応、知らない体で話さないといけないからな。
「正解でござる。ジーン殿達の飛竜には遠く及ばないでござるが、空路と言う事で重宝しているのでござる。それほど大きくない鳥なので、まめに休憩が必要なのが難点でござるが」
今から出発して2日くらいかかるらしいので、早速出発するそうだ。
あまりに慌ただしいので、もう少しゆっくり王都に着くようにしようか?と提案したが、色々と仕事が残っているそうなので、元々早く戻るのは必須らしい。
加えて、シャロン女王が待っているから、予定よりも遅くなるのは出来れば勘弁してほしいとの事だ。
「おススメの食事処はこの地図に書いたのでござる。この紙とクロネコの名前を出せば、裏メニューも頼めるでござる。是非、この街を楽しんでいってほしいでござる」
《わーい、うらメニューたのしみー!》
約束通り、クロネコはお勧めの食事処を書いた紙をミオに渡して去って行った。
ちなみに、ドーラの喜びの声はクロネコには届かない。
従業員に案内され、やたら豪華な一室に入る。
しばらく休憩したら、もう1度街に出る予定だ。
「やっぱり、忍者と執事は無駄に強キャラ感があるよな」
兜を脱ぎながら呟く。
忍者はともかく、執事は強キャラである必要性はないんだけど、無駄に強い印象がある。
「ご主人様、執事も忍者も倒しているじゃない」
「執事は覚えているけど、忍者を倒したことあったか?」
ミオの突っ込みに首を傾げる。
「仁様、カスタールの戦争で勇者の1人が<忍術>スキルを持っていました」
「……ああ、あったな。そんな事も」
マリアの説明で思い出せたよ。あの時の量産型勇者の1人だな。
元の世界にも忍者がいたのかと感心した記憶がある。
まあ、世界には不思議な事が溢れているし、忍者の末裔がいても驚く程の事じゃないか。
「瞬殺された上にその扱いとは、忍者の勇者も不憫ですわね」
「仁君ですから……」
《ですからー》
久しぶりに聞いたな、そのテンプレ台詞。
「執事は辛うじて強キャラだったけど、忍者の方は弱キャラだったな」
「と言うか、マップとの相性が悪すぎるのよね。普通に戦ったら、結構強かったと思うわよ」
ミオの言う通り、基本的にマップは隠密殺しである。奇襲にも強い。
例外は織原のようなトンデモ奇襲くらいだろう。
「そもそも、忍者が堂々と戦場に立つなと言う話ではある。忍べよ」
「元も子もないわね。でも、戦場だったら敵の指揮官を暗殺、とかの仕事もあったかもしれないわよ?それでなくても、偵察役として活躍できるでしょうし……」
「あの時は俺1人しかいなかったからな。どうあがいても忍者の活躍の場は無かったな」
普通の戦争ならば活躍の機会があったであろう忍者だが、カスタール・エルディア戦争は普通の戦争ではなかった。
カスタール・エルディア戦争などと呼ばれているが、実際にエルディア軍と戦ったのは俺1人だけだ。戦場で強大な個人を相手にするのに、忍者の活躍の場は無い。
1対多数で戦うメリットは、どこを攻撃しても味方に被害を出す心配が無いと言う点だ。
正直、ある程度以上に戦力差が離れていた場合、1人で戦った方が気が楽だったりする。
「そう言う意味では、今回の忍者は大活躍だな。忍者の主な業務である暗殺と、情報通としての役割を全うできたんだからな」
「出来れば、目の前であの殺し方は止めて欲しかったです……」
「見ていて気持ちの良いものじゃなかったですね……」
さくらとミオがげんなりしている。
ドーラは平気そう。教育には悪いけど……。
「若干物騒な部分はあったが、少なくともシャロンに対しては忠実みたいだったし、俺達がシャロンの客である以上は、敵対することもなさそうだな」
「敵対しないのは良い事だけど、物騒なのは若干かなぁ……」
「若干じゃないと思います……」
首を180度回転させて暗殺するのは、『若干物騒』くらいだと思うんだけど……。
そう反論するとミオが呆れた声で呟いた。
「ご主人様が物騒の代名詞みたいな人だから、感覚が麻痺しているんじゃない?」
俺、物騒だったのか?初耳!
「ぐっす……。ひっぐ……」
とりあえず、口禍ったミオには泣いてもらう事にしました。
物騒の代名詞に余計な事を言ったんだから仕方ないよね。
ああ、濡れた床はちゃんと『清浄』しておいたよ。
恒例のテンプレ潰し。
クロネコはエリンシアポジションですね。主人公に友好的な要人。そして、テンプレ対象を殺害すると言う部分も。