外伝第10話 聖女の旅立ち
短いですが、本日2本目の短編です。
先に言っておきます。後付けではなく、初期案です。
エルガント神国で行われる首脳会議が迫った頃、場所はサノキア王国の王城、国王の私室に少女達が集まっていた。
「分かりました。私達は咲お姉様の言葉を伝え、進堂様に全てを捧げればいいんですね?」
「ゴメンね?こんな無茶苦茶なお願いをすることになって……」
水原咲はかつて『神官』の服を着ていた少女へ、今は一国の君主に相応しいドレスを着た少女に対して謝罪をする。
「お気になさらないで下さい。私達は咲お姉様の為ならなんだって出来るんです。皆も同じ気持ちですよね?」
「当然です。咲様の事を想えば、どんな困難でも乗り越えられます」
『女王』となった少女が尋ねると、『騎士』の格好をした少女が強く頷いた。
「ん……。咲のために頑張る」
「咲っちの為なら、老骨に鞭打つのも苦じゃないべ」
『斥候』の格好をした少女も、『狩人』の格好をした少女?も頷く。
「オホホホホ、もちろんですわ!咲さんが望むなら、見知らぬ男の性奴隷になることくらい大したことではありませんわ!」
意見は同じようだが、『魔法使い』の格好をした少女の言い方は咲の逆鱗に触れた。
「あれだけ仁君の事を説明したのに、『見知らぬ男』呼ばわりをするの?」
「ひっ!」
咲に睨まれた『魔法使い』はその場にへたり込み、自身の服と高級品であるカーペットを濡らす。
へたり込むことはなかったが、他の4人もその余波を受けて服を湿らせる。
水原咲にとって進堂仁は世界で最も愛すべき存在だ。その存在を少しでも悪く言われると、水原咲は静かにキレる。『魔法使い』は稀に失言をして、咲の冷たい目を何度か浴びているのだ。
なお、性奴隷云々の発言に関して咲は怒らない。むしろ、性奴隷として使ってもらえた方が水原咲としては嬉しい。プレゼントした物を喜んで使ってくれたと言う事だから。
「咲っち!例え話だべ!進堂様の事を見知らぬ男呼ばわりしたわけじゃないんだべ!」
「そ、そうですわ!咲さんの話を聞いていますから、進堂様の事は存じておりますわ!咲さんの幼馴染で、咲さんが最も愛する男性ですわよね!?」
下半身を濡らしたままの『狩人』が慌ててフォローをして、『魔法使い』も弁解する。
「そんな……愛するだなんて。その通りだけど」
進堂仁の事を『愛する男性』と称され、水原咲の怒りが霧散する。
ホッと息をつく水原咲以外の5人。水原咲の為に全てを投げだせる彼女達だが、水原咲に嫌われることだけは許容できない。
そして、水原咲には常に心穏やかに過ごして欲しいと願っている。切実に。
5人の少女達は下着と服を替え、再び同じ部屋に集まった。
「でも、咲お姉様、進堂様に私達の全てを捧げるのは良いのですけど、心だけは咲お姉様に捧げてもよろしいでしょうか?進堂様に全てを捧げるのは、咲お姉様に心を捧げているが故なのですから」
「うん、それは構わないよ。だけど、もし私の指示と仁君の命令が矛盾した場合、仁君の命令に従ってね?ほぼ在り得ないとは思うけど、念のため」
「はい、咲お姉様がそう望まれるのでしたら」
進堂仁は気紛れな為、行動パターンが予想しにくい。
水原咲が何気なく頼んだことが、進堂仁の行動に不都合を起こす可能性も無くはない。
その為、水原咲は自分の指示より進堂仁の命令を優先するように頼んでいる。
「それで、咲っちはこの国を離れるんだべな?」
「咲がいなくなるの、寂しい」
「ゴメンね。まだ仁君に会うわけには行かないから」
進堂仁に許されていない今、進堂仁に近づくことは出来ない。
実際に進堂仁が怒っているかは別にして、水原咲が自らに定めた事である。
「咲様が例え注意していても、偶然出会ってしまう可能性はあるのではありませんか?」
『騎士』が尋ねると水原咲は首を横に振った。
「それはないよ。私が仁君の居場所を間違える訳が無いから。今は……、何か凄い上空にいる?一体何をしているんだろう」
「咲お姉様、どちらを向いているのですか?カスタールはそちらではありませんわよね?」
「うん、でもあっちにいるし……」
水原咲の視線は進堂仁がいると言うカスタールから外れ、ブラウン・ウォール王国の方を向いている。
「咲っちがそう言うって事は、本当にそっちにいるんだべな」
「相変わらず、咲さんの祝福は凄いですわね。それに勇者の中で唯一2つも祝福を持っていると言うのも凄いですわ」
『魔法使い』は先程の失点を取り戻すべく、全力で水原咲をヨイショしている。
水原咲の機嫌を取りたいのならば、進堂仁の事を褒めるべきと言う重要な事実を忘れ。
「違うよ。これはもう祝福じゃなくてただのスキル。持っているだけで仁君に嫌悪感を抱いちゃうような祝福なんて、そのまま持っている訳ないでしょ?」
勇者の証である祝福だが、水原咲にとっては何の価値も無い。
それどころか、進堂仁に嫌悪感を抱いた原因となった以上、害悪でしかない。
水原咲は祝福を得たその日の内に<剣聖>ともう1つの祝福から、害悪の元を取り除き、無害なスキルへと換えていた。
水原咲には、それが出来る。
「スキル……。咲が言うのだからあると思う。でも、実感が無い」
「でも、咲様の言う通り、急に剣の腕が上がったと思うようなことはあった。あれがレベルアップと言う奴なのであろう……多分」
水原咲にスキルの説明を受けた5人は、『水原咲が言ったのだから事実』とは思いつつも、実感が無いためはっきりした事を言えないでいる。
「無理に理解しなくてもいいよ。この世界の人には理解しにくいと思うし。それに私自身がスキルはほとんど使っていないからね」
「一度使えば、見れば大抵の事象は再現できる。咲お姉様は本当に規格外です」
実は水原咲には、スキルと言うモノが数個しかない。
更にその内の2つは元々祝福だったスキルである。
水原咲は<剣術>も<弓術>も<回復魔法>も<火魔法>も使える。
他人が使っている場面を見たから。
そして、それはスキルではない。いや、スキルとして扱われない。ただの現象の再現だからである。
水原咲には、それが出来る。水原咲は、およそ人が出来ることならば何でもできる。
当然、それ以上の事も。
「元々、向こうの世界でも似たようなことは出来たからね。仁君が望んでいないから、態々やらなかっただけで……」
水原咲の行動基準は進堂仁ただ1つだけだ。
水原咲は仮に世界を破壊する力を持っていたとしても、進堂仁が望まなければ、それを行使することは絶対にない。
「咲様は本当に進堂様が好きなのですね。しかし、咲様のお話を聞く限り、進堂様は咲様の過ちを許さないような狭量な方ではなさそうですが……。咲様が謝罪をすれば、許してくれるのではありませんか?」
『騎士』も進堂仁についての話は、咲から嫌と言う程聞いている(ただし嫌な顔は見せない)。
水原咲の贔屓目を差し引いたとしても、進堂仁がそこまで狭量な人間には思えなかった。
進堂仁がエルディア王国から追い出されるときに敵意を向けた事、助けようとしなかったことは事実だが、直接暴言を吐いたわけでも、暴力を振るった訳でもない。
進堂仁が聞いている通りに万能なら、その程度の事でいつまでも水原咲を恨んでいるとは思えない。
「うん、多分仁君はそれほど怒っていないと思う。でも、私の方が仁君に合わせる顔が無いの。少なくとも、今はまだ……。そんな状態で会いに行って、万が一だけど仁君がまだ怒っていた場合、私は自分が許せなくなる」
「だから、私達が進堂様の元に行き、その御心を計るのですよね?」
『君主』の問いかけに頷く水原咲。
「本当にゴメンね。流石に首脳会議の場だから殺されるようなことはないと思うけど、随分と危険な橋を渡らせることになると思う」
「最初に言いましたよ。咲様の為なら、どんな困難でも乗り越えると」
「だべ」
「ん……」
「ですわ」
「当然です」
少女達はその胸を押さえる。
そこには水原咲のスキルによって紋章が刻まれている。
そのスキルの名は<叙勲>。紋章を与えられた者は使徒となり、与えた側はその無事を知ることが出来る。逆に紋章が消えた時は、紋章を与えた側が死んだ時なので、双方向で相手の無事を確認することが出来る。
影響力の低いスキルと言えばそうなのだが、これ以上無くお互いの繋がりを感じられるスキルの為、5人の少女達は水原咲に誓いを立てる時、この紋章に触れるようにしていた。
「皆、ありがとう。私もいつかは仁君にしっかりと謝るから」
「ええ、その日が来るのを心からお待ちしています」
次の日、水原咲はサノキア王国を旅立って行った。
その行先は5人も知らない。少女達は日に何度も胸の紋章を見て、その無事を確かめるだけである。
咲の出てきた話をよく読むと、ちょくちょく不自然なシーンがあるんですよね。誰も感想で突っ込みが入らなかったですけど。意図してだったらありがとうございます。
例:「外伝第4話 剣の聖女」で<剣聖>が咲に与えられた祝福だ。と書いてるが、<剣聖>が今も祝福であるとも、盗賊と戦った時に<剣聖>を使ったとも一言も書いていない。
1年以上前から、こっそり隠し事をしていた、そのネタバラシをする。それがコーダの4月馬鹿である。
と言うか、仁の幼馴染が普通の奴だと思いますか?何でずっと本編未登場だったと思いますか?何で身内には優しい仁が幼馴染の心配をしなかったと思いますか?
2人共仁に匹敵するチートキャラだからです!心配なんかいらないし、本編に出すのも気を使うのです!