第133話 刺客とスピード狂
2月は30日が無いので、代わりに投稿いたします。
1月と3月は1日ずつ2月にあげるべきだと思う。
今度こそ本当にエルガント神国の神都エルガーレに到着した。
高い外壁で囲まれており、東西南北に1つずつ門がある。この辺りはエルディアと同じだ。
その中で俺達が到着したのは西門だ。ちなみに、サノキア王国から真っ直ぐ神都に向かっていたら、南門に到着するはずである。
西門の門番は、カスタールの馬車が西門からやって来たことに驚いていたようだが、それが『南門ではなく西門から入ってきたこと』に対する驚きなのか、『生きて神都にやって来たこと』に対する驚きなのかはわからなかった。
俺達は門番に先導されて宿へと馬車を進めていく。
流石に神都に到着した後で襲い掛かってくるような馬鹿者はいないと思いたいが、前例があるので安心はできない。
その証拠に、マップの表示は大半が赤(敵)だ。
既に各国の代表はほぼ全員が集まっており、カスタールを除くと1国だけが未だ到着していないようだった。
その1国も早馬によると明日には到着するようなので、準備も含めて明後日には首脳会議が開催される見込みだ。早馬が余計な事をしていなければ。
一応、マップで確認した所、問題なく到着しそうだった。
しばらく馬車を進め、俺達が泊まる宿に到着した。
王族を泊めるに相応しい、高級感溢れる宿だ。
エルリムの街とは違い、俺達を分断しようと言う工作はなかった。
なお、首脳会議に参加する王族・貴族は別々の宿に宿泊するようになっているようだ。まあ、面倒事を避けるには必須だよな。
俺達が宿に入ろうとすると、支配人らしき男に入り口で止められた。
「当ホテルでは、安全と身元確認のため、入館の際に一旦武装を解除してもらう決まりになっております。ご協力いただきますよう、よろしくお願いいたします」
なるほど、そう来たか。
俺の正体を探ると言う意味では、それなりに良い手なのかもしれないな。
……ああ、本当にくだらない国だ。
「そのような話、妾はここに至るまで聞いておらぬのじゃが?そのような決まり事があるのなら、事前に話を通すのが筋というモノじゃろう?」
俺が何かを言う前に、サクヤが支配人を問い詰める。
流石のサクヤもイラついているようで、ずいぶんと険のある声色だ。
「どうやら、連絡に不備があったようです。大変申し訳ございません。連絡をすべきだった者には厳罰を与えますので、ホテルのルールに従ってはいただけないでしょうか?」
謝罪をして、遜りつつもルールを曲げようとはしない支配人。
「ふむ、つまりお主達は、一時とは言え妾の護衛を減らせ、と言うのじゃな?」
「いえいえ!その様な事は申しません。当然、護衛の方が武装解除している間は、当ホテルの護衛スタッフが皆様の安全をお守りいたします」
「はあ……。まったく理解しておらぬようじゃな」
サクヤが深いため息をつく。
「と言いますと?」
「その護衛スタッフを含めた、このホテル自体が信用に値しないと言っておるのじゃ!」
「な!?」
宿の入り口で堂々と悪し様に言われるとは思っていなかったのか、支配人を含めたスタッフ全員が驚く。
「そもそも、その武装解除のルールとやらも、首脳会議が決まった後に定めたモノじゃろう?それも国からの要請で……。露骨すぎるわ!」
「な、何故、その事を……」
「そのような事、お主程度に説明する義務などないのじゃ!」
言うまでもない事だと思うけど、この情報はアルタが教えてくれたことです。
「このような禄でもないホテルに泊まるつもりはないのじゃ!これならば、野営の方がまだマシじゃ!」
サクヤは踵を返し、茫然とする支配人たちを無視して、馬車の方に歩いて行った。
流石の支配人も、自分のホテルを『野営以下』と言われたことはなかっただろうね。
そのような経緯があり、俺達は現在エルガント神国の神都、エルガーレの城壁の外で仮の拠点を作ることになった。
サクヤ曰く、他の宿に泊まると言うのも考えたそうだが、どうせあの宿と大差ないだろうと判断したようだ。
エルガント神国より南側、街道から少し外れた草原に馬車を並べ、メイド達がアイテムボックスから取り出した木材により、あっという間に仮設住宅が完成した。
エルガント神国の許可はとっていないが、仮設住宅を草原に設置することを禁止する法はないそうだ。結界石(魔物除け)の範囲外なので、普通に魔物が生息していて危険だからね。
既に夕暮れと言うこともあり、仮設住宅を大急ぎで設置した後、夕食を取ることにした。
仮設住宅は数棟に分かれており、俺達とサクヤは同じ棟である。内輪の話もあるので、大臣達とは別棟だ。
「中々に良い啖呵だったぞ、サクヤ」
「流石の私もあんな酷い対応をされて、我慢し続けるのは無理だったよ」
「でも、勝手に出てきて、問題になったりはしないんですの?」
セラの問いに対して、サクヤは首を横に振った。
「問題にはならないと思うけど、面倒な事にはなると思う。……ほら」
「予想できる範囲内ですね。仁様、如何なさいますか?」
サクヤが示した方向を見て、マリアが俺に尋ねてくる。
「殲滅以外の選択肢も無いだろう?皆殺しだ」
宿の対応の時点で予想できていたが、エルガーレの街から俺達の仮設住宅の方に刺客が向かってきているのだ。当然、その対応は殲滅である。
「はは……、ご主人様も結構イラついているのね」
「当然だろう?観光もできない、敵意剥き出しの国を気に入るとでも思っているのか?」
「んな訳ないわね」
俺の本気の発言を聞き、ミオが苦笑いしている。
「後は、誰が殲滅するかと言う話だが……」
「はい!もう1度私にチャンスをいただけないでしょうか!」
そこで手を挙げたのはリコである。
昼の盗賊の時は護衛としての実力を見せることが出来なかったので、今度こそと張り切っているようだった。
折角、やる気になった子がいるのなら、それに水を差すことも無いだろう。
「よし、わかった。ここはリコに任せることにしよう」
「はい!お任せください!」
「……護衛能力の確認もしたいから、リコは俺を護衛しつつ敵を殲滅しろ」
(ぴくっ)
「頑張ります!」
リコの護衛対象はサクヤだが、サクヤを練習台にする訳にも行かない。
俺の護衛をさせて、その能力を確認する方が良いだろう。
どうでもいい話だが、俺が護衛対象だと言った瞬間、マリアが一瞬だけ反応した。
しかし、リコのスキルや刺客の能力を確認し、俺への危険はないと判断したらしく、何も言わなかった。マリアが同行したら、リコを護衛にする意味が薄れる。
刺客達は暗殺者タイプのようで、身を隠しながら俺達の仮設住宅に近づいてきている。
当然、マップの前には無力だ。
他の大臣達のいる建物には見向きもせず、真っ直ぐに俺とサクヤのいる建物へと向かって来た。多分、と言うか確実に外壁の方から監視しているよね。
A;はい。
しばらくすると、周囲の様子を伺っていた刺客達が入り口付近と窓付近に集結してきた。
この仮設住宅には窓は1カ所しかなく、扉も1つだ。ついでに言えば、部屋と呼べるような仕切りはない。
刺客達は頷き合い、窓を割り、扉を蹴破り、一斉に侵入してきた。
黒づくめの男達が部屋を埋め尽くす。その数、なんと10人!狭い!
「何!?」
刺客の1人が思わず声を上げた。
部屋の中には俺とリコの2人だけしかいないのだから、それも当然かもしれない。
皆は邪魔にならないように『ルーム』の魔法で部屋を作って、そっちに居てもらっている。
他のメンバーがいると、純粋な意味でのリコの能力が測れないからね。
一応、屋内戦闘と言うことを意識して、テーブルとかはそのままにしてある。
「リーダー!」
「構わん。居る者だけでも殺せ!」
リーダーと呼ばれた男がそう言うと、刺客の1人がリコに襲い掛かる。
「招かれざる客人の皆様は乱暴ですね!」
「うお!?ガハッ!」
リコは刺客の振るうナイフを屈んで避けると、素早く足払いを決めて転ばせる。
転んだ瞬間に針を首筋に刺して、止めを刺すことも忘れない。
「馬鹿な!?この部屋にいる護衛はあの男だけではなかったのか!?」
「それは素敵な勘違いですね。ウチのメイドは、全員が戦闘訓練を受けていますよ」
刺客の1人の叫びに対して、丁寧に返答をするリコ。
「この中では長物は振れないはずだ!混戦になれば人数の多いこちらの方が有利だから、まずは騎士を狙って全員で行け!」
リーダーの言葉を聞き、残った8人が一斉に俺に襲い掛かってくる。
「させません!」
リコは俺と刺客の間に立つと、1人ずつ順番に処理をしていく。
混戦にするためにあえて不規則に動いて近づいてくる刺客に対し、リコは必要最小限の動きで接近して暗器による一撃を決める。
あっという間に3人を刺殺したリコは、4人目の刺客へと駆ける。
リコの最大の武器は小柄故の小回りの利きと、その素早い動きだ。
腕力の低さや、武器の攻撃力の低さは、攻撃を急所に当てることで補っている。
予知能力も含め、基本的に対人特化の能力と言えるだろう。
4人目の刺客を殺したリコは、刺客の持っていたナイフを拾い、5人目の刺客へと投擲する。
「どうして小娘1人を殺せない!?ぐはっ!」
5人目は驚愕の表情を浮かべたまま、喉に刺さったナイフにより絶命する。
<投擲術>のレベルは1なのに、使い慣れていない他人の武器を正確に投擲できるとは、マリアとは違う意味で器用みたいだな。
「撤退だ!せめて情報を持ち帰るぞ!」
6人目(最初の1人を入れると7人目)が死亡した時点で、リーダーが撤退指示をする。
リーダー以外に残った2人も踵を返して逃げようとする。
「逃がしません!」
リコは逃げる刺客達に向けてナイフを投擲する。
「ぐあっ!?」
「げぼっ!?」
「ちっ!」
下っ端2人には的中してその命を刈り取ったが、リーダーだけは首元に迫りくるナイフを持っていたナイフで弾いて防いだ。そのまま、仮設住宅の扉から出ようとする。
リコは追撃こそしたものの、逃げた刺客を追うようなことはしなかった。
護衛として、刺客を殺すことよりも、護衛対象を守ることを優先したようだ。見事。
「合格だ」
「が、な、何、で……」
リコの能力を確認出来たので、役目を終えた刺客に<縮地法>で接近して切り殺した。
悪いね。流石に逃がすわけには行かなかったから。
ああ、別に情報が洩れたら困るとか、そう言う理由じゃないよ。
最初に『殲滅』て言っちゃったから、前言撤回したくなかっただけだよ。
刺客達の死体をパパっと片付け、『ルーム』で待機していた他のメンバーを呼び出す。
ドーラは既に眠っており、起こすのも可哀想なのでそのままにしている。
「仁様、如何でしたでしょうか?」
少し不安そうにリコが聞いてくる。
「さっきも言ったけど合格、100点満点だ」
「あれ?最後に刺客を逃がしちゃってたけど、100点でいいの?」
俺の採点を聞き、ミオが不思議そうに尋ねてくる。
「アレは護衛としての能力に対する採点には含めないからな。護衛としての100点で言えば、深追いせずに投擲で攻撃するまでで十分だ」
「そっか、あくまでも護衛能力としての採点なのね」
ミオも納得したように頷く。
「強いて改善点を挙げるとすれば、最後の投擲は殺すつもりで急所を狙うのではなく、他の仲間が追う前提で脚を狙うのがベターだったかな。その方が防がれ難いからな」
「勉強になります!」
尤も、あの時点では周囲に仲間はいなかったけど……。
「それにしてもリコさん、かなり動きが速いですわね。マップの表示だけでは、何をしているのか把握するのに苦労しましたわよ」
「私は……途中で諦めました……。簡易表示じゃ分かりません……」
『ルーム』の中からマップによって様子を伺っていたセラ達には、リコの素早い動きは追うのが大変だったようだ。
マップの簡易表示モードだと、具体的な動きを把握するのには向かないんだよね。
探索者組のケイトのように、マップの完全版、立体表示モードならば何をやっているのかもわかるのだろうけど……。処理が追い付かず、脳が死にそうになるから……。
「はい、ありがとうございます!私も速さを重視して訓練をしていたので、その評価は嬉しいです!でも、まだまだ速さが足りません!仁様はもっと速く動いていました!私も全く目で追えませんでした!」
薄々気付いてはいたが、リコの速さ重視の戦術は意識的なモノだったようだ。
「あの……、多分、それは<縮地法>と言うスキルだと思いますわよ?」
「そうなんですか!?仁様、そのスキルを使いたいです!どうすればいいでしょうか!?」
速さに対して執着があるようで、すぐに<縮地法>を欲しがるリコだった。
「リコさん、私はそのスキルを自力で習得しましたので、時間があるときにお教えすることは出来ますよ」
「本当ですか!?マリア先輩、ご指導よろしくお願いします!」
余談だが、俺の配下の中には<縮地法>を自力習得している者が意外と多い。
簡単、と言う訳ではないが、しっかりとした指導者がいれば、会得可能な技術だからである。
俺?俺はありとあらゆるスキルの自力習得が出来ない体質だからね。試したけど駄目だったよ。
「ところでリコ、速さ重視の戦術を選んだ理由を聞いてもいいか?多分、明確な理由があって選んだのだろう?」
「はい!それは私の目的を達成するには速さが何よりも重要だったからです!」
「リコの目的と言うと……」
「私の予知を覆すことです!」
それはリコが力を求める理由ともイコールだったはずだ。
「私の予知は身近な人の不幸を知ることが出来ます!力があればその予知を捻じ曲げる事は出来ます!でも、捻じ曲げた未来が、元の未来よりも良くなっている保証はありません!」
力があれば予知を覆せると言うだけで、予知で見た未来よりも悪い方向に進むこともあり得るのだ。
「少しでも捻じ曲げた先の未来を良くするために、訪れる不幸に対して、少しでも先手を取るために、速さを最重要視することにしました!」
速く動くことが出来れば、素早く対処することが出来れば、訪れる不幸を良い方向に捻じ曲げられる可能性が高くなる。
自身の目的と照らし合わせ、最も有用な能力を求めたと言うことだな。
「納得した。確かに攻撃力や防御力を高めるよりは速さを高めた方が応用は利くよな」
「はい!種族的にも小回りが利くので、方向性として間違ってはいないと思います!」
小人故に見た目が幼いから誤解しそうになるけど、セラと同い年なんだっけ。
色々と考えていて当然だよな。
「そうだな。俺も間違っていないと思う」
「はい!ありがとうございます!」
速さを求めるリコを見ていて、ふと思いついた……思い出したことがあった。
「ところで、俺には勇者から奪った祝福由来のスキルで、<加速>と言うスキルがある」
「それはどのようなスキルなのですか?」
このスキルの事はまだ教えてもらっていない様で、リコが首を傾げる。
「そのスキルを発動すると、時間の動きが遅くなり、その中を自分だけがいつもの速さで動けるようになる。簡単に言えば、自分だけ周囲よりも早く動けるようになる」
「!?」
大きく目を見開くリコ。
リコが口を開きかけたところで、俺は話を続ける。
「残念ながら、祝福由来のスキルは、増やすことも、後から習得することも出来ないから、俺が持っている分しかないんだけどな」
「……………………(がくっ)」
リコ的にはメッチャ欲しいスキルだろうけど、俺が使用しているスキルを欲しいとは言えないし、覚えることも無理と言われればどうにもならない。
期待していたのに無理と言われ、リコはがっくりと肩を落とした。
上げて……落とす!
「ご主人様、相変わらず意地が悪いわね……」
「ミオは1人で墓地巡りでもしたいのか?」
「ひぎぃ!?な、何でもありませーん!」
余計な事を言ったミオを黙らせる。
リコ、意外といい感じに弄れそうだな。今後が楽しみである。
次の日、俺達はエルガーレの街には行かずに仮設住宅でのんびりしていた。
エルガーレの街に行っても、何一つ良い事が無いと確定しているのだから当然である。
ちょくちょく刺客が来ているけど、メイド騎士が処分しているので問題はない。
なお、騎士ではないメイド達は戦わない事にしている。普通のメイドが戦闘能力を持っているなんて、知られて良い事はないからね。
そう言えば、エルガント神国からの謝罪と言う名目でサクヤ達を連れて行こうとした連中もいたけど、しっかりと撃退したので同じく問題はない。
一応言っておくと、殺してはいないよ。正式な使者としてやって来たので、こちらも礼を持って、慇懃無礼に追い返したよ。
ちなみに、これらの刺客はエルガント神国の首脳陣の1人、とある司祭の指示で俺達を襲撃しているそうだ。熱心な女神、勇者の信奉者で、勇者を殺したり、エルディアに仇なしたカスタールや俺の事が許せないそうだ。
ついでに言うとエルガント神国のトップである教皇は黙認している状態だ。
上司の黙認って基本的に同罪と見て構わないよね?
この時点で……正確に言えばもっと前からだけど、俺の中のエルガント神国に対する興味が完全に0になっていた。
面倒な会議をさっさと終えて、早く次の観光に出かけたいな……。
昼頃、アルタからの報告で、俺達の方に向かって魔物の群れが接近してきているという事が明らかになった。
何が起こっているかと言えば、本日エルガント神国に到着する会議参加国の乗った馬車数台が魔物の群れに追われているそうだ。
俺はすぐにメイド騎士達に準備をさせ、追われている馬車を救出するように指示をした。
本当は直接俺が出たいのだが、見張りの目がある以上、あまり表立って動くわけには行かないからな。
「……流石にカトレアの弟を見殺しには出来ないからな」
実は現在魔物に追われている馬車は、首脳会議に参加するエステア王国の馬車なのだ。
国王が国を離れられなかったので、国王の代理としてエステア王国の王子、つまりカトレアの弟が会議に参加するらしい。夕食の席でカトレアが言っていた(多分、機密情報)。
何でも、カスタール・エルディア戦争と関係があるので、首脳会議には呼ばれたのだが、遠距離通信の魔法の道具である『遠見の合せ鏡』を送られず、自力で会議に参加するように言われたそうだ。
本来、エステアほどに距離が離れていたら、『遠見の合せ鏡』を送られるべきなのだが、エルガント神国は『遠見の合せ鏡』の数が不足していることを理由に送ることを拒否。
会議に参加しない訳にも行かないエステアは、俺達以上に長い旅の末、ようやくエルガント神国に到着したのだった。
ちなみにエステアよりもエルガント神国に近い国にも『遠見の合せ鏡』は送られています。エステアがカスタール寄りの国だから嫌がらせを受けたんだね。クソが。
加えて言うのなら、この魔物の襲撃も偶然じゃないようだ。
カスタールを嫌う件の司祭が、配下である魔物使いに指示をした結果の出来事らしい。
エステア王国の馬車が全滅するのならそれで良し。進行方向に居るカスタールに被害を与えるならそれも良し。エルガーレまで逃げ延び、エルガント神国側に鎮圧されることでエステア王国に貸しを作れるならそれも良し、と言う隙のない作戦だ。クソが。
なお、この作戦は元々カスタールを殲滅するために準備された物だった。
俺達が別ルートを通ったので完全に無駄になった訳だが……。いや、エステアに使い回しているから、無駄ではなかったのかな?クソが。
「行ってまいります」
「ああ、任せた」
準備を終えたメイド騎士達が次々と馬に乗って出て行く。
目標は第1にエステア王国の馬車の救出。第2に魔物を扇動する魔物の討伐。第3にエルガント神国の魔物使いの確保である。
魔物使いは<魔物調教>を持っているし、魔物使いが使う魔物はレア魔物でレアスキルを持っているからだ。殺しても良い相手がレアスキルを持っていると嬉しくなるよね?
スタンピード・デビル(レア)
LV30
<夜目LV2><飛行LV2><狂いの絶叫LV5>
備考:魔物を暴走状態にして意図的にスタンピードを発生させる凶悪な魔物。
<狂いの絶叫>
叫び声を聞いた魔物を暴走状態に出来る。ある程度の指向性を持たせることが可能。格上の魔物にはスキルが通用しない。
胴体がずんぐりむっくりした蝙蝠のような魔物で、正直言って格好良くも可愛くも無い。
レアな魔物だと言われても、全く欲しいとは思えない。スキルも趣味じゃないし……。
まあ、趣味じゃないけど、レアには変わりないし、奪うことは奪うんだけどね。
マップによりメイド騎士達の動向を確認する。
メイド達は目的に合わせて2組に分かれたようだ。目的が3つなのに2組なのは、魔物使いと魔物が一緒に行動しているからである。
第1のグループはエステア王国の馬車を救助しに向かった。
暴走している魔物はおよそ100匹。メイド騎士が10人もいれば容易に殲滅できる程度の魔物である。獣系の魔物が多く、脅威となるような奴もいないからな。
予想通り、魔物達は次々と殲滅されていく。エステアの面々も馬車を止め、メイド騎士達の加勢をしているようなので、思っていた以上に早く終わりそうだ。
第2のグループはスタンピード・デビルの討伐と魔物使いの拘束だ。
暴走する魔物達にエステアの馬車を襲うような指向性を与え、後ろから様子を伺っていると言う悪趣味な連中なので、容赦をする必要はない。
メイド騎士達はニヤニヤ笑いながらエステアの馬車の様子を眺めていた魔物使い達に奇襲を仕掛け、あっという間にスタンピード・デビルを討伐。魔物使いを拘束した。
幸い、魔物使いは俺達への監視からは見えない位置にいたので、メイド騎士に『ポータル』を設置してもらい、俺自らが尋問へと向かうことにした。
マリアは置いてきた。
「な、なんだテメェ!俺が誰だか分ってんのか!俺はエルガント神国の司祭様の部下なんだぞ!こんな事をしてタダで済むと思ってんのか!」
と言う訳で、この小者臭溢れ出る雑魚が捕らえられた魔物使いです。
メイド騎士によって縛られて、今は俺の前に転がされている。
そんな状態なので、威勢よく俺に噛みついてくる姿も滑稽なだけだ。
ああ、名前やステータスの紹介はカットさせてもらうよ。<魔物調教>以外は見るべきところも無い雑魚だから。よくスタンピード・デビルをテイムできたよな。
「貴様がエステアの王族の乗った馬車に魔物の群れをけしかけたのだな?」
騎士モードの口調で小者を問い詰める。
「へっ!何のことか分かんねえなぁ。テメェらエステア王国の人間か?さっきも言ったが、俺はエルガント神国の重鎮、司祭様の部下だぜ。こんな事をすれば国際問題だ!そこんトコ分ってんのかぁ!?」
「ああ、国際問題とか、その辺の話題はどうでもいい」
「はぁ!?」
ハッキリ言おう。やり過ぎだ。
出来るだけ穏便に済ませるようにサクヤと約束しているが、『出来るだけ』の限界をあっさりと超えてしまっている。
ここまで明確に殺意を向けられ、エステア王国の者すら命を狙う。
どう考えても、その司祭を許すことは出来ないレベルだ。そして、許すことが出来ない以上、その末路は決まっている。
「俺が聞きたいのは1つだけだ。……貴様は何処でスタンピード・デビルをテイムした?」
そう、俺が直接この小者に接触を図った理由。それはこの質問をする為だった。
このスタンピード・デビルと言う魔物。明らかに今までに出会った魔物とは趣が違う。
一体、どこでテイムしたのか気になってしょうがないのだ。スタンピード・デビル自体には興味が無いけど、他には俺の趣味に合う魔物がいるかもしれないし……。
「はあ?だからそんな魔物の事なんて知らねぇよ!」
「スタンピード・デビルがいるのは北か?南か?東か?西か? ……わかった。西だな」
「な、何で……」
そりゃあ、西と言ったところで、本当にわずかだけど反応があったからだよ。
この反応を見るに当たりっぽいし、少し調べてみようかな。
A:お任せください。
あ、アルタがやってくれるみたいです。
「さて、もう聞きたい事も無いし、貴様には罰を受けてもらおう。他国の王族を襲撃したのだから、当然死を持って償ってもらうことになる」
用が済んだので、魔物使いには死んでもらおう。
生かしたまま連れて行くと言う選択肢が無い訳ではないのだが、正直言って面倒くさい。
エルガント神国に抗議しても確実にシラを切られるに決まっているし、下手に手渡したらこちらの情報が洩れる。全く連れて行く旨みが無い。
その気になれば証拠を集めて、エルガント神国の事を糾弾することも出来るかもしれない。でも、そこまでして俺達が得られる物は何だ?
色々と考えてみたんだけど、既にエルガント神国とは真面な交渉が出来るとは思えないんだよ。
「な!?ふざけんな!俺の話を聞いてなかったのかよ!テメェ、証拠も無しにエルガント神国の教会関係者を殺すつもりか!」
余談だけど、今までの刺客はエルガント神国との関係を示す証拠になるような物は持っていなかった。当然、エルガント神国の関与を匂わせるような発言もしていない。
しかし、この小者だけは自らをエルガント神国の関係者だと認めている。
他の刺客と違い、決死の覚悟を決めていないのだろう。そもそも、この作戦が捕縛される危険のある作戦だとは思っていなかったのかもしれない。
「証拠はいらないだろう。目撃者がいるのだからな。それにエルガント神国の司祭による指示なのだから、司法も当てには出来ない。現場の判断で私刑にする以外にない」
「も、目撃者だと……!」
ええ、勿論アルタさんの事ですよ。
「ああ、今から死ぬ貴様には言っても意味のない事だがな」
「ひいっ!」
俺はミミ作の聖剣、『アルティメサイア』を鞘から抜いて告げる。
やっぱり、こんな小者には勿体ないので、鞘に仕舞って普通の剣を取り出す。
剣を持ち、ゆっくりと魔物使いに近づいていく。
「や、やめろ……。殺さないでくれ……。嫌……」
痛めつけて長く苦しめるのは趣味ではないので、一刀で魔物使いの首を刎ねた。
「エステアの馬車の方も片付いたみたいだな。……ここの後処理は任せてもいいか?」
「はい、お任せください」
メイド騎士達に後を任せ、俺は一旦仮設住宅の方に戻ることにした。
エステア王国の面々が、メイド騎士達に連れられてカスタールの仮設住宅に向かっているようだからな。不在と言うのも拙いだろう。
そうそう、メイド騎士達がエステアの救助に向かった隙に再び刺客達が仮設住宅を襲ったみたいだよ。人が減ってチャンスだとでも思ったのかね?
当然、すぐに殲滅されたけどね。懲りない奴らだねぇ。
次回は普通に10日更新です。
無駄に執筆時間のかかった会議編スタートです。