第129話 森の移動と人魚姫
この章はエルガント神国編です。
「残念だけど、大した情報は得られなかったよ」
盗賊の振りをしたグランツ王国兵を全滅させた後、移動中の馬車に『ポータル』で転移して皆に結果を報告する。
今回、盗賊を討伐しに行くために森の外のルートを通る訳にもいかなかったので、メイド達に頼んで今乗っている馬車と同じような馬車を6台用意させた。
その馬車の中には『ポータル』が設置してあり、屋敷にいる騎士の格好をさせたメイド達が次々と転移してくるようにしたのだ。
俺はメイド達が人数差をひっくり返した後、馬車から出て行って殲滅を指示するだけの簡単なお仕事だった。
「その後、位の高い兵士を捕らえて拷……尋問することになったんだけど……」
「さらっと聞こえた『拷』が気になってしょうがないんだけど……」
「尋問したんだけど」
ミオの突っ込みはスルー。
「あ、突っ込んじゃいけないのね」
「ドン引きでしたわ」
騎士の格好をしていると言うことで俺に同行していたセラが補足?する。
どうやら、グランツ王国の兵士達は部隊長を含めて作戦の目的までは知らされておらず、目ぼしい情報はほとんどなかった。
今回の襲撃は、グランツ王国の上層部による指示で、その内容は女王サクヤの捕縛と騎士ジーンの殺害だ。
ジーンがどれだけ強かったとしても、100名と言う人数で押し切って、主であるサクヤを人質にとれば殺せると判断したらしい。
ついでに他の同行者も皆殺しにして焼きはらうことで証拠を隠滅する手筈だったそうだ。
これだけの情報では、グランツ王国上層部の目的が分からない。
「マスター。旧エルディア王国、カスタール女王国からエルガント神国に向かう別のルートにもグランツ王国の兵士がいました。殲滅は終わりましたが、持っている情報に大きな差はありませんでした」
どうやら、グランツ王国は1点賭けをしない主義のようだ。
ベガがエルガント神国へ行くための他ルート計3カ所で、グランツ王国の盗賊兵士を発見したそうだ。当然のようにメイド達が殲滅したようだが、新しい情報は無かったそうだ。
そこまでしているのに、森の中を通るルートには兵士を配置していないのか。
想像力が足りないね。
「まあ、グランツ王国の目的は分からないけど、1つだけ明らかになったことがある」
これだけの事をされれば、誰に憚ることなくこう言っていいだろう。
「『グランツ王国に敵がいる』と言うことだな」
「エルディアとの戦争がやっと一段落着いたのにー……」
サクヤがこめかみを押さえながら呻る。
いや、別に戦争をするつもりはないよ。ほら、飛び地の領土って管理が面倒だし……。
グランツ王国の件は今すぐ何かをする案件でもないのでここまでにしようか。
俺がグランツ王国の盗賊兵士を相手にしている間に馬車は森の中へと入っていた。
森の中と言っても、馬車が通れるような道が存在する。もちろん、舗装はされていないが、馬で走れないような悪路と言う程ではない。
魔物の領域と言うこともあり、普通に魔物が襲ってくるのだが、メイド騎士達が馬車に近づく前に殲滅するので、馬車には何の被害も無い。
馬車を止めることなく、弓を持ったメイド騎士達が馬車上から魔物を撃ち殺す。もしくは、メイド魔法騎士が魔物を凍え殺す(森なので火は危ない。一番被害の少なそうな氷魔法)。
なお、森の中なので、いつものように獣と虫と植物の魔物が中心だ。
「ミオは参加しないのか?」
俺達のパーティ唯一の弓使いであるミオに尋ねてみる。
折角『自動追尾』を持った弓があるのだから、ミオの独壇場にすることだってできる。
「あー、うん。ミオちゃんメイド枠だから、外で矢を撃っちゃダメでしょ?」
「そりゃそうだ。そうなると戦えるのは俺とセラだけだな」
騎士の格好をしているのは俺とセラだけだからな。
メイド姿の幼女の独壇場って、普通に考えたらおかしいよな(かなり今更な感想)。
「セラはどうする?」
「私も止めておきますわ。メイド騎士達がご主人様に同行できると言うことで、非常に張り切っていますからね。邪魔をするのは偲びないですわ」
今回の旅では、珍しくメインパーティ以外の配下を大勢連れてきているんだよな。
当然のように全員が黄色であり、俺と行動を共にする事を非常に、非常に、非常に、非常に、非常に楽しみにしていたそうだ。
なお、話を聞いた総メイド長は、本当に『非常に』を5回繰り返していた。
「じゃあ、メイド達には悪いけど、このまましばらくのんびりさせてもらおうか。でも、ずっと働きっぱなしじゃあ、疲れるだろうな……」
「あ、ルセアが言っていたけど、休憩の度にメイド騎士をこっそり入れ替えるみたいよ。お兄ちゃんと同じように、全員顔を隠しているからね。大臣達も気づかないと思う」
サクヤが言うには、メイド騎士達はちょくちょく交代するようなので、心配する必要はないそうだ。ある意味、ずっと馬車に乗っている重鎮の方が大変なようだ。
「もしかして、カスタールの重鎮の人達が1番大変なんじゃないですか……?」
「本当の意味で馬車に乗り続けるのは彼らだけだからな」
俺やサクヤはその気になれば『ポータル』で帰れるけど、異能を知らない重鎮達はどうしようもないからな。
この旅の同行者の中で、重鎮達が1番不遇な存在なのは間違いがないだろう。
「せめて、料理だけは美味いものを食ってもらおうか……。ミオ、頼む」
「おっけー。本来は付ける予定の無かったデザートを付けるわね」
いくら実力があるとわかっているとは言え、少ない護衛で魔物の領域を突っ切り、ずっと馬車に乗り続ける生活を送る重鎮達に、それくらいのサービスは有ってもいいだろうよ。
《ドーラもほしー!》
「もち、全員に配るから安心してね」
《わーい!》
この日の夕食に付いたデザートは、ハーピィの卵をふんだんに使用したプリンだった。
重鎮達の乗っている馬車から絶叫が聞こえたのは、俺の気のせいではないだろう。
そんなこんなで2日が経過した。
馬車に乗りっぱなしの重鎮達には申し訳ないが、俺達(サクヤ含む)は『ポータル』を使ってこっそり俺の屋敷に戻って休むこともあった。
道中の魔物はメイド騎士が倒してくれるので、本当にすることが無いのである。
森の中なので、景色を楽しむのも難しいからな。
それでも、1日の半分くらいは馬車に乗っている。
「明後日には森を抜けそうだな。1週間くらいかかる予定じゃなかったっけ?」
既に森の半分を超えているので、明後日には森を抜けられそうだ。
最初に1週間かかると聞いていたので、若干早い気がする。
「お兄ちゃん。それは簡単な理屈よ。……普通、魔物に襲われたら馬車を止めるからね?馬車を止めずに遠距離から殲滅なんてしないよ」
「ああ、停車時間が少ない分、早く進むのか。納得だ」
サクヤの言っていた『1週間』は、魔物が出たら馬車を止めて戦った場合にかかる時間だったようだ。
そりゃあ計算が狂うのも無理からぬことだろう。
「早く着く分には問題はないのか?」
「うん。大丈夫よ。お兄ちゃん達の『ポータル』じゃないんだから、移動時間が前後するなんて当然のことだし、客用の宿泊施設は当然準備されているはずよ」
「じゃあ、早く着いたらしばらくは観光が出来るな」
騎士装備を外せば普通に観光できるだろう。
流石の俺も騎士装備で観光する予定はない。
「うーん、出来れば大人しくしていて欲しいんだけどね。お兄ちゃんが動くと、事が大きくなる傾向にあるから。ただの観光って言って、それだけで済む可能性ってどれくらい?」
「0じゃない?」
「0ですわ」
「0だと思います……」
《ぜろー!》
「ノーコメントでお願いします」
ノーコメントのマリア以外、満場一致で0%に決まりました。
ノーコメントを貫いたマリアには悪いけど、俺も0だと思います。
「仕方がない。出来るだけ大人しくするよ」
少なくとも、自分からトラブルに首を突っ込むような真似は控えようと思う。
「うん、私も多くは望まないから。せめて、首脳会議が無事に始められる程度にしてね?」
「サクヤちゃん、ご主人様が観光しただけで、首脳会議が潰れるかもって考えてるんだ……」
「でもミオちゃん、お兄ちゃんが本気を出したら、大国の1つや2つ普通に傾くよね?」
「傾くわね……。と言うか、つい最近大国1つ滅んだわよね」
滅んだ国とはご存知、エルディア王国である。
「いや、流石の俺も観光先でちょっと嫌な目にあったくらいで、国を滅ぼしたりはしないぞ」
「……貴族関係のトラブルでも?」
ミオが恐る恐る聞いてくる。
エルガント神国、女神を崇拝する宗教国家。うん、貴族関係のトラブルは多そうだ。
「当たり前だ。もちろん、トラブルを起こした貴族本人にはやり返すけど、その責任を国に押し付けるつもりはない。それに、俺がエルディアを滅ぼすのを決めたのは、カスタールとエステア、つまり身内に手を出そうとしたからだ」
「言われてみればそうですわね。それまではエルディアの事を嫌いと言いつつも、本気で滅ぼそうとはしていませんでしたわよね」
考えたことは何度かあるけどね。
俺が国を亡ぼすとしたら、国を挙げて身内に手を出したり、明確な敵になった時だろう。
街中のちょっとした貴族トラブルくらいで、国を滅ぼそうなんて短絡的な思考はしていない……と思う。
「どうしよう。お兄ちゃんの行動が不安なのは別にして、身内扱いされたのが嬉しい……」
にへっとサクヤの表情が崩れている。
「とにかく!余程の事が無ければ国を相手に立ち回ろうなんてしないから、その点は安心してくれ」
「余程の事があれば国を相手取るんですね……」
「さくら様、ご主人様にとってはいつもの事ですよ」
ミオよ。流石の俺も国を相手に立ち回ったのはエルディア相手だけだぞ。
……イズモ和国の王城内で王族(双子)を殴って奴隷にしたことからは目を瞑る。
誰にも見られてないからセーフ判定。見た奴は皆奴隷にしたし……。
その日の午後、食事も終わってのんびり馬車に揺られている時にベガが報告してきた。
「マスター。この森には珍しい魔物が生息しております。如何なさいますか?」
「どれどれ……」
ベガに言われるままにマップを確認してみる。
ベガ(アルタ)が珍しいと言うのだから、本当に珍しいんだろうな。
人魚(レア)
LV1
<歌唱LV7><水棲LV2><潜水LV2><変化LV2><魅了の歌声LV10><人魚の姫君LV->
備考:上半身が人間、下半身が魚の魔物。
<魅了の歌声>
人魚専用。歌声を聞いた者を魅了して虜にする。効果時間はスキルレベルによって変動。LV1では歌が終わってから1時間持続する。
<人魚の姫君>
水中限定で大幅なステータスアップ。水中において格下の生物への絶対命令権を持つ。
途轍もなく強力なスキルを持った人魚が森の湖に生息していました。
「マスター。エルディア領にメイドが派遣されたときに発見したのですが、この森を抜けると言うことで放置しておりました。馬車移動の暇つぶしに丁度いいと判断しました」
「俺の事、理解しすぎじゃね?」
確かに馬車の旅にも少し飽きてきたところだったんだよな。
景色があまり変わらないし、屋敷に戻ってもあまりアクティブには動けないからな。
「マスター。お褒めいただき光栄にございます」
あ、これって誉め言葉になるんだ……。
まあ、折角アルタ(ベガ)がお膳立てしてくれたんだし、人魚をテイムするとしますかね。
邪悪な感じはしないし、倒すよりはテイムの方が良いよな。<人魚の姫君>とか、間違いなく人魚の種族固有スキルだし……。
俺が人魚を吸収すれば使えないことも無いだろうけど、そこまでして「姫君」を冠するスキルなんて使いたくない。
「この子、本当にお姫様なのね……」
《ドーラのほうがおねーさん!》
同じようにマップを見ていたミオとドーラが全く別の感想を述べたことで気付く。
俺のステータス表示方法にはいくつかフォームがあり、魔物を表示するフォームで見ていたが、人間を表示するフォームに変えるとまた違ったものが見えるのだろう。
名前:-
性別:女
年齢:3
種族:人魚
称号:人魚姫
スキル:
技能系
<歌唱LV7>
身体系
<水棲LV2><潜水LV2>
その他
<変化LV2><魅了の歌声LV10><人魚の姫君LV->
なるほど、こうしてみると若干ではあるが色々と印象が変わるな。
まあ、テイムするのは変わらないんだけどね。
気になることも結構多いから、テイムして話を聞きたいと言うのもある。
「何で姫様がこんな所に居るの?」とか、「他の人魚はいないの?」とかね。
「じゃあ、ちょっとテイムしてくる」
「ご主人様なら、そう言うと思いましたわ」
「私もそう思いました……」
セラとさくらだけでなく、ミオとドーラも頷いている。
皆、俺の行動パターンを理解しすぎじゃね?
「仁様、私も同行いたします」
マリアの行動パターンもいつも通りだね。
俺の行動パターンを含めてテンプレってヤツ?
《ドーラも行くー!》
「おっ、ドーラちゃんも行くのね。なら、ミオちゃんもご一緒しようかな」
「セラとさくらはどうする?」
ドーラとミオがついてくるようなので、セラとさくらにも聞いてみる。
2人が答える前にサクヤがずいっと前に出てきた。
「私には聞いてくれないの?」
「流石にサクヤを連れて行く訳にもいかないだろ?馬車でお留守番だ」
「そんなー……」
がっくりと項垂れるサクヤを見てさくらが口を開く。
「私はサクヤちゃんとお留守番しています……。全員が出払うとサクヤちゃん1人になりますから……」
「マスター。私も残ります」
さくらとベガは残るようだ。
「では、私も護衛の為に残りますわ」
「そうか。セラ、よろしく頼む」
「お任せくださいですわ」
さくら、セラ、サクヤ、ベガを残して、俺達は人魚のところに向かう。
走っている馬車から『ワープ』でこっそりと抜け出し、森の中を走る。
もちろん、騎士装備の鎧は脱いできた。他の3人もメイド服は脱いでいる。
馬車を出てから5分も経過せずに人魚のいる湖に到着した。
湖は直径500m程で、とても澄んだ色をしていた。猪などの森の動物が水を飲みに来ている。魔物の領域で生き残る動物は、それなりにパワフルな奴が多い。
「ルールールー」
湖の様子を見ていると、突然湖の中から歌が聞こえてきた。
恐らく、人魚の歌だろう。
-ぼちゃん!-
歌声とは別の物音がしたので見て見ると、水を飲んでいた猪が湖に落っこちていた。
猪はもがく様子もなくそのまま沈んで行った。
A:<魅了の歌声>の効果で魅了した猪に入水自殺をさせました。食用です。
……悪い事とは言わないけど、結構エグイ狩りの仕方だな。
ちなみに俺達は<多重存在>の効果によって、洗脳系スキルは無効化されますので悪しからず。
「ところでご主人様、1つ聞きたい事があるんだけどいい?」
「何だ、ミオ?」
「どうやって人魚姫のところまで行くつもりなの?泳いで向かうつもり?水着回?」
「水着回なら、セラを置いてくる訳ないだろ?」
マリア、ミオ、ドーラ(年齢順)では、明らかにサービスが足りていない。
マリアは多少育ってきているが、セラのインパクトには遠く及ばない。
さくらは……まあ、無くはない。
「それと、態々人魚のところに行く必要はないと思うぞ」
「どゆこ……ああ、人魚姫、こっちに来ているわね」
ミオが気付いたように、人魚は現在俺達の方に向かって泳いできているのだ。
水面近くまで泳いで来た人魚は、その勢いのままに水面から飛び跳ねた。
空中で1回転して着水、大きな音と共に水しぶきを上げた。
「ご主人様……。今の子が3歳なの……?」
「みたいだな。俺達とは成長の仕方が違うんだろうな……」
《ドーラのほうがおねーさんなのにー……》
飛び跳ねた人魚の姿が、俺達の想像していた3歳の人魚とは異なっていたのだ。
整った容姿、エメラルドグリーンに輝く長髪、薄紅色の鱗に覆われた魚の下半身。……ここまでは良い。
その上半身には、人間の3歳児には決して在り得ない、豊満な胸が存在していたのだ。頭身を考えると、10代中頃にしか見えないのである。
冷静に考えれば、人魚は魔物扱いなので、俺達人間と同じような成長をする保証はどこにもないのである。
人魚は竜人種と同じ生殖行動によって子孫を残すタイプの魔物であり、竜人種の成長度合いが人間と同じだったので、このタイプの魔物は人間と同じように成長するのだと誤解をしていたのである。
A:基本的には人魚も人間と同じように成長します。しかし、人魚の王族だけは肉体の成熟が早くなります。
色々な意味で特別な個体と言う訳だな。
「当たり前と言えば当たり前なんだけど、あの子、ブラをしていなかったわよね」
「そうだな」
そんな文化が無いと言えばそれまでなのだが、人魚はブラを着けていなかった。物語でよくある貝殻のブラさえも着けていないので、見えてはいけない物が丸見えだった。
基本、魔物には羞恥心が無いからな。例外もあるだろうけど……。
「テイムしたら、最初にブラを付けさせないとね……。アドバンス商会に連絡したら貝のブラくらい用意してくれるかしら? ……してくれるそうよ」
「俺には何もコメントできないからな。ミオに任せるよ」
すぐさま念話で連絡を取ったらしきミオに全て任せることにした。
流石に俺にはどうにもできない。するつもりもない。
「じゃあ、早速テイムするかな」
人魚は先程から俺達の事をじっと見つめている。
水面から上半身を出し、俺達を興味深そうに眺めているのである。
とりあえず、テイム用の陣を放り投げる。
人魚の上半身にペチッと陣が当たると、人魚が嬉しそうにニコっと笑った。
「ルーラールー……」
人魚が歌を歌い始めるとパチッと何かを弾くような感触があった。
ああ、なるほど。<魅了の歌声>を弾いたんだな。
A:マスターに水の中に入るように命令しています。
……猪と同じ扱いかよ。
ほんの少しだけイラっとした。
《ちょっと魅了にかかった振りをするから》
俺はフラフラと湖の方へと歩きながら、仲間達に念話を送る。
《いってらっしゃーい!》
《仁様、お気を付けください》
《ご主人様、相変わらず趣味悪いわねー……》
趣味が悪いと言うか、意地が悪いのは認めざるを得ないな。
向こうが猪と同じ扱いをするのなら、俺と猪との格の違いを教え込んでやるだけだ。……俺は何故猪に張り合っているのだろうか?
-ぼちゃん!-
俺は猪と同じように湖に落ち、ブクブクと音を立てて沈んでいく。
「ルー♪」
その様子を見ていた人魚は満足そうに頷き、無警戒に俺の元に泳いできた。
かなりのご機嫌である。
なお、先程の猪は湖の中にある人魚の住処に格納されている。
他の魚が手を出さないのは、この湖の魚達が<人魚の姫君>の支配下にあるからだろう。
俺の事も同じように食料として住処に連れて行くつもりなのだろう。
俺の手を引っ張り、住処の方へと向かっている。
「びっばぶぼばぶ!」
「ル、ルー!?」
俺はそう言うと全力(攻撃力的な意味ではなく)で人魚に抱き着いた。後ろから羽交い絞めの格好である。
ちなみに「必殺のハグ!」と叫びました。わからんよね?
「ルー!?」
俺が動けるとは思っていなかった人魚が錯乱してジタバタと暴れている。
ステータス差を考えればわかると思うが、全くビクともしていない。
「ル……」
人魚がスキルを発動しようとしたので人魚の口を塞いだ。
人魚のスキル構成的に、口を塞いでしまえば何も出来なくなるだろう。
「ムゴッ!?」
暴れながら俺と共に沈んでいく人魚。
俺は徐々に人魚を締め付ける強さを上げていく。
まるで、死へのカウントダウンの如く。
「ムグ……!?モガ……!?」
暴れ続けている人魚だが、その勢いが徐々に弱まっていくのを感じる。
締め付ける強さに反比例しているようだ。当然だ。
少しすると、人魚はぐったりとして動かなくなった。完全に抵抗する気力を失ったようだ。
>人魚をテイムしました。
>人魚に名前を付けてください。
ふう、無事にテイム出来たな。
俺は人魚の拘束を解くと、ぐったりとした人魚の腕を引いて水面へと向かう。
「ぶはっ!」
岸に辿り着いた俺は、人魚を陸地に引き上げる。
人魚は陸でも水中でも呼吸ができると言うことをアルタに確認しているので、陸地に引き上げても問題はない。もちろん、足が無いので碌に行動は出来ないけどな。
「仁様、お疲れ様です」
《おつかれー》
「お疲れ様。……なんか、人魚姫ちゃんぐったりしてない?」
「ああ、激しい戦いのせいだな」
ミオが言う通り、陸に上がった人魚は未だにぐったりとしている。
その表情はまさしく諦念の一言に尽きる。
何もかもを諦め、この世に絶望しか残っていないことを悟ったような顔である。
「ゴメン、それじゃあ何も伝わらないわ」
仕方がないので、俺と人魚の激しい戦いの顛末を3人に話した。
「……と言う訳で、激しい戦いの末に人魚はテイムを受け入れたんだ」
「激しく動いていたのは人魚姫ちゃんだけじゃない! ……ご主人様みたいに力で敵わない相手に、真綿で首を絞めるような真似をされたら、心が折れるのも無理はないわね」
心の折れてしまった人魚は未だ復活していない。
上半身裸で水に濡れた美少女が、全てを諦めた顔で横たわっているのは扇情的である。
「あ、そうだ。貝のブラを用意してもらったわよ。着けるわね」
「ああ、頼む」
俺の視線に気付いたミオが、<無限収納>から取り出した貝殻のブラを人魚に着ける。
これで人魚のエロさは半減したはずだ。……元のエロさが尋常ではなく高いので、マシになったとは言えない。
「さて、無事にテイムも終わったことだし、そろそろ馬車の方に戻るとするか」
「人魚姫ちゃんはどうするの?」
「そうだな……。とりあえず、本人の意思を確認するとしようか」
俺はぐったりとしたままの人魚を抱え上げる。
人魚は身体をビクッと震わせ、恐る恐る俺の事を見上げている。
完全に怯えられてしまったようだ。ちょっとやり過ぎたかもしれん。
「ルッ、ルー……」
『翻訳』によると、人魚は「いじめないでー」と呟いているようだ。
横で別の話をしているのにそんな事を呟くと言うことは、俺達の言葉が理解できていないのかもしれない。
「おい、俺の言葉が理解できるか?」
「ルー……?(なにをいっているの?いじめるの?)」
言葉が理解できていないのは確定だな。
後、翻訳結果が何となく舌足らずな子供っぽい話し方になっている。
……まあ、3歳児だし(身体は大人)。
人魚は生殖行動によって子孫を残すタイプの魔物だから、生まれてから何も教えてもらっていなければ、言葉を覚えることは出来ない。
自然発生する魔物は、あらかじめある程度の知識を持った状態で生まれてくるんだよな。
《これなら通じるか?》
「ル、ルー?(え?きゅうにあたまのなかにこえが?どこから?)」
念話に切り替えると人魚は辺りをきょろきょろと見回した。
テンプレ的な反応ありがとうございます。
そこから、俺は自分達の事を一通り説明した。
もちろん、今人魚に関わりのある要点だけに絞っている。
俺が直接こういった説明をするのも久しぶりである。今は大体マリアとか配下に説明を丸投げしているからね。
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裏伝
*本編の裏話、こぼれ話。
・人魚
この世界では人魚は魔物に分類される。
本編でも説明のあった通り、人魚は生殖によって子孫を残すタイプの魔物であり、瘴気によって自然発生することはない。これは竜人種と同様である。
人魚には雌雄両方が存在しており、メスしか存在しない素敵種族と言う訳ではない。基本的に同種の交配で子孫を残すが、人魚的な繁殖方法も無くはない。
水中で呼吸が出来るのは、エラ呼吸をしている訳ではなく、<水棲>スキルの恩恵によるものである。仁が<水棲>スキルを奪った場合、人魚なのに水の中で溺れ死ぬ。
生殖によって子孫を残すタイプの魔物は総じて長命であり、人魚も最低1000年は生きると言われており、人魚の幼生体に出会う可能性は著しく低い。
人魚の宿命ではあるが、割と人間に狙われている。美形が多いので好事家が求める事もあるし、肉を食べると不老不死になれると言われているので時の権力者が求める事もある。
ただし、人魚固有スキルである<魅了の歌声>で難を逃れることも多々ある。
30日までに人魚の短編を投稿します。
この続きなので、ほぼ本編なのですが、何となく短編になりました。
そして、短編が終わると人魚は10章までほとんど登場しません。人魚の国編はまた今度です。え?それよりも真紅帝国に行け?はっはっは。
2018/02/05改稿:
人魚のスキル・生態を一部設定変更。