第118話 手加減と魔神
土日以外、本格的に執筆時間が作れないです。ヤバい。
俺達が森へ入ろうとすると、ラティナの方が俺達に向かって動き始めた。
「ああ、別に狂化したからと言って、<勇敢なる挑戦者>のスキルが消える訳じゃないよな。俺達が近づいたら、そりゃあ気付くか」
「この辺りでラティナよりも格上の存在は、私達以外にはいないようです」
マップで確認したマリアが報告してくる。
ラティナの持つユニークスキルである<勇敢なる挑戦者>は、自分と同格以上の相手を探し出せる効果がある。レベル的にもステータス的にも格上の俺達が近づいたら、気付かれるのも無理はないだろう。
そう言う意味では、ラティナと<強欲>の相性はいいと言わざるを得ないな。格上を探す能力と倒した相手のスキルを奪う能力があるのだから。
え?マップで敵を探せて、倒さなくてもスキルを奪えるお前が言うな?はっはっは。
「いてたまるか、と言うのが正直な感想だけどね」
《ごしゅじんさまのレベルが1ばんたかーい!》
ミオが苦笑して、ドーラがヨイショしてくる。
……いや、ドーラが言ったのはただの事実だからヨイショではないか。
「多分、ラティナが真っ直ぐ俺の方に向かっているのは、それが原因だろうな」
<超越>スキルの影響もあり、パーティの中でも最高のレベルである俺に向けて、ラティナは真っ直ぐに歩みを進めている。
<勇敢なる挑戦者>は基本的に周囲にいる者の中で、最もレベルが高い者の位置がわかるのだろう。もしくはステータスが1番高い者だ。どちらも俺だ。
「向こうから来てくれると言うのなら、態々こっちが森を進む必要もなくなる」
と言う訳で、ラティナがここに来るまでの間、雑談タイムとなる。
「正直言うと、危険な魔物を森から出すと言うのも、冒険者的にはNGな行為なんだよな」
「かなり今更な話ですわね……」
俺が冒険者の理屈を言い出したので、セラが呆れたように言う。
多分、俺達の中ではセラが1番冒険者をやっているからな。自由時間に。
ラティナを森から連れ出すのは、考え方によってはある種の魔物の引き連れと言えるかもしれない。
なお、魔物の擦り付けとかをしたら冒険者的にはペナルティがあります。
「とは言え、この森の魔物が全滅したら、他の場所に移るだろうから、遅いか早いかの違いしかないんだけどな。それに俺達で止められないような相手なら、この国は滅ぶしかないし」
「それは滅びますわね」
「はい、滅ぶと思います……」
「滅ぶに決まってるじゃない」
《ほろぼすのー?》
滅ぼしません。
「と言うか、今までずっとこの場所に留まっていた事の方が不思議な話だよな。俺の経験則では、最初の内は出来るだけ多くのスキルを得た方が効率的だし」
同じ場所で狩りを続けるメリットもあるが、始めの内は出来るだけ色々な相手と戦い、出来るだけ多くのスキルを入手した方が強くなれる。
それは、強奪系能力を所有する先輩としての意見だ。
「もしくは、移動時間を無駄と捉えて出来るだけ早く高レベルスキルを欲しがったとか?」
「私が以前闘った時よりも、<身体強化>のスキルレベルが上がっています」
ラティナの<身体強化>スキルのレベルは現在8。マリアと戦った時はレベル7だったので、この短期間で高レベルのスキルを1段階上げたことになる。
「ああ、この森にいたのは大体がオークとかオーガだからな。そりゃあ上がるさ」
この森の魔物は共通して<身体強化>を持っていた。
この森で戦い続ければ、相当なペースで<身体強化>のスキルレベルが上がるだろう。そして、肉弾戦をする者にとって高レベルの<身体強化>は必須と言ってもいい。
ラティナの戦闘スタイルからしても、そちらを優先した可能性は高い。
「見たところ、この森にはラティナにとっての格下しかいなかったようだし、俺達に匹敵、とまでは行かなくても、それに準ずる……そうだな、レベル1000くらいの魔物がいたら、そっちに戦いを挑んで、俺達が来る前にこの森から外に出ていたかもしれないな」
ラティナの性質が完全に消えていないのだとしたら、戦闘狂であるラティナは強者を求めてこの森から出ていただろう。
「その場合、ラティナは返り討ちに遭っていた可能性が高そうですね。仁様のテイム対象が勝手に死ななくてよかったです」
まあ、流石のラティナもレベル1000を超えた相手には勝てないだろうからな。
<強欲>の呪印では、ステータスは奪えない訳だし……。
それにしても、マリアはラティナの事を一切心配せずに、俺の予定が変わることだけを気にするんだな。ラティナが若干憐れである。
「いや、そもそも、レベルが1000を超えるような魔物がそこかしこに居たら、この世界はとっくの昔に滅んでるわよね……」
「まあ、そうなるよな」
まさしくミオの言う通りである。
俺のレベルは現在2010。まるで西暦のような値になっているのである。
そんなレベルの魔物は今まで見たことが無いし、いたら普通に世界の危機である。そこまでいかなくても、レベルが1000もあれば十分に世界の危機である。かの『最終試練』ですら始祖神竜のレベル300が暫定1位だと言うのに……。
逆に言えば、今この場には世界の危機が6人も並んでいると言う事になる。そう考えると凄いな。
これだけの経験値、灰色の世界での虚獣狩りをしていなければ、とてもじゃないが入手できる量ではないだろう。
それに、灰色の世界にいた虚獣はほぼ全て討伐したはずだし、同じ手段で同じレベルまで上げることも実質的に不可能だ。
もしかしたら、この世界における最高レベル取得者になれたかもしれない。
単純なレベルよりもステータスを優先する方針の俺ではあるが、レベルが上がると何となく嬉しい気分になるのは、ゲーマーの性と言う奴なのだろう。
「逆に言えば、この世界が滅んでいないと言う事は、そこまで高レベルの魔物はいないのかもしれませんわね」
「レベルは高くても、戦わない魔物とかもいるかもしれないから、何とも言えないわね。漫画とかだと、戦いを捨てて隠居している古強者ってよくいるじゃない?」
セラの予想をミオが否定、と言うか疑問視する。
「ああ、いるいる。そう言う奴が主人公の師匠になったりするんだよな」
「そうそう!」
ミオとの漫画談義が弾んでいるが、そろそろラティナが来そうだ。
「そろそろ来るな。話はここまでにしよう」
「りょーかい」
俺以外の仲間達は後方に下がり、俺だけがラティナと相対する形にする。
「ワ、タしハ強イ……、わタシはツよい……、私ガさいキョうダ……」
俺達の目の前に現れたラティナは、血走った目、そして鬼のような形相(吸血鬼だけに)で繰り返しうわ言の様に呟いていた。
これアカン奴だ……。既に完全に正気を失ってるよ。
そのラティナは正しくボロボロと言った体である。
身体中傷だらけであちこちから血を流している。怪我をしていない箇所の方が少ないくらいではないだろうか。
……ああ、何故そんな事がわかるかと言うと、ラティナは全裸だからだ。
戦いの中で服は破れたのだろう。まるで獣のようなラティナに、服を気遣って戦うような余裕があるとは思えないからな。全力で戦うと、服が脱げるのは当然だろ?
美女の全裸ならば思わず目が行ってしまいそうだが、血だらけで鬼の形相をした全裸の女にエロい目を向けるのは中々に難しい。
俺は20mくらい離れた所で立ち止まったラティナの様子を窺う。。
ラティナは俺の背後にいる仲間達の方を見回し、最後に俺をじっと見つめる。どうやら、俺が無事にロックオンされたみたいだな。
「ツヨい……アイて……ころス!」
そう言うや否や、ラティナは<縮地法>で俺に接近してから跳躍し、襲い掛かってくる。
ラティナが思い切り右手を振り上げて殴りかかってきたので、すかさずに横に動いて避ける。あっさり通り過ぎていくラティナ。
それにしても何故、<縮地法>でギリギリまで接近してこなかったのだろう?
A:ラティナの<縮地法LV3>では7mまでしか移動できないからです。
ああ、そう言えばそんな制限があったな。LV1で5m、以降1レベルごとに1mだっけ?
現在、<拡大解釈>を適用した<縮地法>は、100m以上の距離をあっという間に移動できるから、低レベル時の条件とか頭から抜け落ちていたよ。
……そもそも、比べる相手が悪すぎるだろう。
「グルガアアアアアア!!!」
通り過ぎたと思ったラティナだが、すぐに反転して今度は蹴りを放ってきた。
かなりいい蹴りだけど、届かない。
俺は紙一重、本当にギリギリのところでそれを避ける。
ラティナが蹴りを外した程度で体勢を崩す訳もなく、続けて突き、蹴り、蹴りと繰り返し攻撃をしてくる。その1撃1撃に必殺の威力を乗せてきているようだ。
もちろん、紙一重で避けて、ギリギリで避けて、すんでのところで避けた。
「グガガアアアアアア!!!」
その後も攻撃をひたすらに避けていると、攻撃が当たりそうで当たらないという状況に苛立ったラティナの攻撃が、目に見えて雑になってくる。
本来のラティナであれば、一旦仕切り直して別の戦術をとるくらいの頭は回っただろう。
しかし、狂化により理性を失い、技術だけが残ったラティナにそのようなことは出来ない、思いつかない。まさしく、野生の獣のような状態なのだ。
「そう言えば、調子に乗っているから凹ませるつもりだったけど、ここまで狂化が進んで理性を失っていたら、調子に乗るも何もないよな……」
俺としては狂化による精神汚染に飲まれて、調子に乗った発言をするラティナをボコるつもりだったのだが、今やラティナには調子に乗る程の正気が残っていない。
ちょっと、来るのが遅すぎたかもしれないな。細かい事を気にせず、空を飛んでここまで来れば良かったか……。
今更言っても仕方がないな。正気を失った奴の相手をしてもあまり楽しくないし、そろそろ終わりにしよう(戦闘開始1分経っていません)。
最近編み出した超必殺技を使う時だな。
俺はラティナが蹴りを放ってきたのに合わせて、地に付いた方の足に足払いをかける。
足払いと言ってもかなり勢いをつけていたので、ラティナは盛大に態勢を崩した。
そして、その腹は殴ってくれと言わんばかりに無防備だった。
「はああああああああああああ!!!全・力・全・開!!!<手加減>パーンチ!!!」
俺はそう叫ぶと、全力かつ<手加減>した腹パンをラティナに食らわせた。
-ドゴオオオオオオオオオ!!!-
「グガアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
大よそ生き物から出ていい音ではない音が響き、ラティナが宙を舞う。
今回、下から突き上げるように腹パンをしたから、放物線を描くようにラティナが吹っ飛んでいるんですよ。
<手加減>したとはいえ、このまま地面に激突されたら確実にとどめが入るので、落ちる前にラティナを回収する。
その顔からは狂気が消え、穏やかに死にそうな顔で気絶していた。
とりあえず、<回復魔法>かな……。
さて、今回俺が何をしたかと言うと、<手加減>を<拡大解釈>で強化した時に明らかになった特性を利用したのだ。
具体的に言うと、『壊したいモノだけを壊す』という特性である。俺はこの特性により、ラティナの持つ<強欲>と言う呪印だけを破壊したのだ。
はいそこ、『素直に呪印無効化してやれよ』とか言わない。
正直に言えば、破壊するよりは<生殺与奪>で強奪したり無効化したりする方が良いので、使い道があるかと聞かれると困る技なんだよね。
だからこそ、使い道のなさそうな技の最初で最後の犠せ……相手として、ラティナが選ばれたのである。
ああ、勘違いしないで欲しいのは、この『壊したいモノだけを壊す』と言う特性が使えない訳じゃないぞ。こっちは色々な応用が効くし、役に立つと思う。
使えないのは、あくまでもスキル破壊だけだ。さっきも言った通り、『破壊するくらいなら奪え』。その一言に集約されるのである。
戦い?が終わったので、離れて見ていた仲間達を集める。
ラティナをそのまま放置する訳にもいかないので、<拡大解釈>を適用した<魔物調教>で強制的にテイムする。
一応言っておくと、強化した<魔物調教>にはHPをギリギリまで減らした相手を強制的にテイム出来る効果があるのだ。
<奴隷術>と違って、<魔物調教>は基本的に相手の了承が無いと成功しないんだけど、<拡大解釈>がその制限をぶち壊してしまいました。何でもアリだな、<拡大解釈>。
テイムしたラティナは屋敷にいるルセアに『召喚』の魔法で回収してもらった。
このまま、ここに居続けるのは危険だからな。
「お、出てくるみたいだな」
俺は内心のワクワクを隠せずに呟く。
俺達の視線の先、ラティナの出てきた森から黒い靄のようなモノが漂い始めてきた。
その靄は上へ上へと広がっていき、まるで分厚い雷雲のように黒く空を覆い隠した。
周囲が薄暗くなり、不穏な空気が流れる。
「思っていたよりも大げさな演出ですね……」
「ヤバいくらいのラスボス感ね。こりゃ、大物が出るのは間違いなしかな」
さくらとミオも周囲の只ならぬ雰囲気を感じているようだ。
―ズズズズズズ―
地獄の底から響くような音が聞こえたと思ったら、森の上空、何もない所に10m以上はあるであろう巨大な亀裂が走った。
次の瞬間、亀裂の奥から指先のようなものが伸び、亀裂を押し広げる。
そして、広げられた亀裂から何者かが飛び出して来た。
「おめでとう、勇敢なる戦士諸君!君達は邪悪なる魔物を滅ぼした英雄だ」
労うように空中から俺達を見下ろして言うのは、まさしく悪魔と言った存在だった。
その身長は5mを越え、全身が黒い光沢のある皮膚?に覆われており、蝙蝠のような巨大な翼を携え、先端の尖がった尻尾を持っている。
その禍々しい存在感は『七つの大罪』の呪印を全て集めても届かない程だ。
「だが、残念なことに諸君らは吾輩の封印を解いてしまった大罪人でもある」
そう言って、悪魔は痛ましい表情を作る。
「英雄であり大罪人である諸君らには、吾輩が世界に混沌をもたらす前、最初の犠牲者になる栄誉を与えよう。ああ、寂しがる必要はないぞ。すぐに諸君らの縁者も、諸君らが待つ冥府へと送り届けてやるからな」
悪魔は俺達の方に手を伸ばし、その掌を見せてくる。
「我が名は魔神ルシファー。吾輩を復活させ、最初の犠牲者となった事を、冥府で誇ることを許そう」
悪魔は開いていた掌を握る。
当然、何も起こらない。
「うん?何故吾輩の<精神攻撃>を受けて立っていられる?」
首を傾げながら呟く悪魔、もとい魔神ルシファー。
そりゃ、俺達は<多重存在>で精神が保護されているから、効く訳ないよね。
ああ、そろそろ詳しい説明をしておこうか。
魔神ルシファーは『七つの大罪』の呪印を持つ魔物を全て倒した後に現れる隠しボスである(ゲーム脳)。
簡単に言えば、『七つの大罪』の呪印が封印の役割を担っており、全て倒すとその封印が解けてしまうと言う事だ。
何故今まで魔神が復活しなかったのか疑問に思うかもしれない。
その理由は魔神復活の条件が「勇者が魔王を倒すまでの間に、『七つの大罪』リレーを完遂すること」だからである。
今まで、勇者はアト諸国連合にほとんど近寄らず、強い冒険者もいなかったから、『七つの大罪』の呪印がリレーされることも無かったのだ。
この事実が分かったのは、<拡大解釈>によって<千里眼>が強化された時だ。
『七つの大罪』呪印を調べ、詳細が明らかになったことを発端とする。
その時点で『七つの大罪』は既に<傲慢>と<強欲>しか残っていなかった。
理由はどうあれ、俺達が始めた『七つの大罪』リレーだ。中途半端なことはせず、最後まで相手をしてやろうと心に決めたのである。
デザインとしては、「国を揺るがす邪悪な魔物を討伐していたら、最後の最後で最悪な悪魔の封印を解いてしまった」と言ったところだろうか。普通に悪趣味である。
はっきり言って、今までの『七つの大罪』持ちとは比べ物にならないくらいに強いからな。
『七つの大罪』をかろうじて倒せる程度の連中だったら、まず勝ち目はない。
では、お待ちかねのステータスです。
名前:ルシファー
LV500
性別:不定
年齢:10529
種族:魔神
スキル:
魔法系
<精神攻撃LV10><魔神魔法LV10>
身体系
<魔神体LV10><完全耐性LV->
呪印:<暴食LV-><怠惰LV-><憤怒LV-><傲慢LV->
備考:大罪を統べる魔神。その目的は全ての生物の死滅。人類に課せられた最終試練の1つ。
<精神攻撃>
魔神専用スキル。生物の精神への侵食、攻撃が可能となる。精神を完全に侵食すると隷属させることが出来る。精神を完全に破壊することで廃人にすることが出来る。
<魔神魔法>
魔神専用スキル。各種属性魔法8種全て、<呪術>、<死霊術>、<幻影魔法>、<空間魔法>、<無詠唱>を含む統合スキル。専用効果として<煉獄魔法>も含まれる(単独のスキルとしては存在しない)。
<魔神体>
魔神専用スキル。<身体強化>、<飛行>、<浮遊>、<HP自動回復>、<MP自動回復>、<怪力>、<硬化>を含む統合スキル。
想像通り、そして予定通りに魔神は『最終試練』でした。
そのレベルは500。今までに現れた『最終試練』よりも遥かに高い。当然、そのレベルに相応しい圧倒的な実力の持ち主なのだろう。……レベルは俺達より低いけど。
スキル構成は概ね今までの傾向通りかな。
魔法特化のスキル構成で、武術系のスキルを持っていないみたいだな。素のステータスで大抵の相手はどうにでもなるんだろうけど……。
面白いのは七つの大罪の呪印を持っていることだろうか。随分と中途半端な状態だけどな。
「うん?何故吾輩の力である大罪の呪印が4つしかないのだ?それに、大罪により刈り取った魂が1000もなく、そのほぼ全てが魔物なのだ?」
魔神も自身の身に起きた異常事態に怪訝な顔をしている。
もちろん、俺達はその理由を知っている。いや、想像できると言った方が正しいか。
「なあ、1つ聞いてもいいか?」
「ほう、吾輩を前にして平常心を保っていられるとは、相当な実力者なのだな。良かろう、質問をすることを許そう」
俺が声をかけると、上から目線で質問を許可してきた。
身長5mで更に空中に浮かんでいるから、本当に目線は上にあるんだけどな。
「アンタの呪印、今まで暴れていた奴らから回収したってことで良いのか?」
「ほう、その様子だと、我が呪印についてもある程度知っているようだな。実力だけでなく知識もあると、くくっ、諸君らはとても素晴らしい戦士のようだな」
俺の問いが何かの琴線に触れたのか、魔神は愉快そうに笑う。
「答えてやろう。その通りだ。この周辺で暴れていた魔物の呪印は、その魔物が死んだ時に吾輩の元に回収される」
「じゃあ、魔物が死なずに呪印だけが無効化された場合はどうなる?」
「呪印の無効化?そんなことが出来るとは思えんが、もしそんなことが出来て、次の呪印が目覚めたら……まさか!?」
魔神は驚愕の表情を浮かべて俺の方を見る。
「ああ、俺が<色欲>、<嫉妬>、<強欲>を無効化した。だから、アンタの元にはそれらの呪印が返っていないはずだ」
正確には<強欲>はさっき殴り割ったんだけど、態々説明してやる必要もないだろう。
「馬鹿な!?」
「他に呪印が無い理由を説明出来るのか?もし出来るなら、これ以上俺の口から説明することもないな」
別に論破することが目的ではない。
信じる、信じないは魔神の自由である。
「まさか、大罪の犠牲者が少ないのも貴様らのせいか……?」
魔神は俺のことを睨み付けるように見ている。
先程までは『諸君』とか上から目線だったのに、いつの間にか『貴様ら』になっている。もしかして、あまり余裕が無くなってきたのかな?
「大罪の犠牲者って言うのは、呪印を持った魔物に殺された者と言う意味か?」
「そうだ。吾輩の力の源の1つでもある。吾輩の封印が解かれるまでに死んだ者の数だけ、吾輩は強くなるのだ。……何故、ここまで少ない」
「そりゃ、極力死者が出ない様に戦ったからに決まっているだろ。最初に<暴食>を倒したのは偶然とはいえ、俺が始めたリレーで死者が出たらあまり気分がよくないからな。ちなみに魔物は保護の対象外だ」
リレーの仕様を決めたのは俺じゃないから、呪印持ちの魔物がどこかで暴れて被害を出そうが、俺が罪悪感に襲われるようなことはない。
それでも、どうせリレーを完遂すると言うのなら、被害者を出さない方が良いのは誰が見ても明らかだ。
ほら、ゲームの救出ミッションとかなら、救出率100%を目指したくなるだろ?
「そうか……。わかった……。貴様が吾輩の邪魔をしていたのか。良いだろう!そんなに死にたいのなら、お望みどおりに殺してやる!『煉獄炎舞』!!!」
偶然とはいえ、俺は悉く魔神の思惑を打ち砕いていたようで、ついに魔神がブチ切れてしまった。
魔神がその手を振るうと、禍々しい気配を放った黒い炎が俺の方に向かって来た。
多分、これが<煉獄魔法>と言う奴なのだろうな。
「この炎に焼かれれば、魂すら残さず燃え尽きる!フハハッ死ねぇ!!!」
「じゃあ、後は任せるぞ」
「承知いたしましたわ」
炎が俺に直撃する直前、横から飛び出してきたセラが、その黒い炎を盾で払う。
それだけで禍々しい気配と共に黒い炎が掻き消える。
「な、何だと!?」
「ここからはこの私、セラが相手ですわ!」
大剣と大楯を構え、我らが対魔法使い決戦兵器が魔法特化の『最終試練』へと声高に宣言する。
ラティナが暴れていた森に来る前、馬車の中で色々と話し合い、もし復活する魔物が『最終試練』だったら、セラが単独で相手をしていいと決定した。
そして、思っていた通りに魔神は『最終試練』だったので、約束通りにセラ単独で魔神戦を任せることになったのである。
「吾輩の魔法を消し飛ばしただと……?」
「ええ、私に魔法は通じませんわよ」
俺達の前に立ち、自信満々にセラが言い放つ。
厳密に言えば、魔法を全く受け付けない訳じゃないんだけどな。現に魔法扱いの<奴隷術>が効いている訳だし。
「馬鹿な!吾輩の邪魔をする者、魔法の効かない者、何故ここまで奇妙な連中が集まっている!?貴様ら一体何者だ!」
状況が理解できないのか、意味不明な文句を言ってくる魔神。
「他の方に関しては私の口からは何とも言えませんが、少なくとも私は先程貴方が仰ったとおりですわよ」
「何?吾輩が言っただと……?」
「ええ、私、これでも『英雄見習い』なのですわ。より正確に言うのなら、『英雄』になる資質を備えていると言った方が良いでしょうか」
セラの<英雄の証>は称号と言う訳ではない。
それでも、英雄たる資質を備えていることだけは疑いようのない事実だ。
「尤も、残念ながら英雄らしい活動は全くしていませんけどね。精々冒険者活動くらいですわ。……ああ、「世界に混沌をもたらす」とか言っている貴方を討伐すれば、少しは英雄らしいかもしれませんわね」
「ふざけるな!自称英雄如きがこの吾輩にかなうとでも思っているのか!」
そう言って魔神は<空間魔法>によって1本の黒い直剣を取り出した。
魔神のサイズに合わせているのか、その剣は5mくらいの巨大なものだった。
魔神が持つと普通のサイズの剣に見えるけどね。
「魔法が効かないと言うのなら、この剣でも受けてみるがいい!人間の腕力で受け止められる者ならばな!!!」
魔神はその大剣を横薙ぎに振るい、セラを両断しようとする。
-ガキン!!!-
当然、その斬撃はセラの持つ『守護者の大楯』によって阻まれる。
セラ、その場を一歩たりとも動かず。
「何ィ!?」
「これでも、腕力には自信がありますわよ。今みたいな力まかせに振るった剣が私に届くと思ったのなら、随分と舐められたものですわね」
驚愕する魔神に対してセラが冷ややかに言う。
確かに、今の魔神の斬撃には剣術の基本が全く含まれていなかった。本当にただ力まかせに振るっただけである。
スキルが無くても、多少剣術をかじった者ならばもう少しマシな斬撃になるはずだ。
尤も、大抵の相手ならば力まかせに振るっただけで倒せてしまうのが1番の問題かもしれないが……。
「今度はこちらから攻撃させてもらいますわね。はああ!!!」
「ぬう!」
セラが魔神に向けて飛びかかり、『守護者の大剣』を振るう。
セラの迫力に気圧された魔神が持っていた剣でその斬撃を防ごうとする。流石の魔神も、セラの斬撃をそのまま受けたらマズいと思ったんだろうな。正解だ。
-ガキン!!!-
「ぐう!」
剣と剣がぶつかり、激しい金属音を響かせる。
セラの斬撃自体は止まったのだが、その衝撃までは殺しきれずに魔神が弾き飛ばされる。
魔神が空中にいるのは<浮遊>スキルの効果だから、踏ん張りは利かないんだろうな。
「まだですわ!」
「ちいっ!」
セラは俺からレンタルした<天駆>を使って空中移動し、魔神に接近しては何度も斬撃を繰り返す。
魔神は舌打ちをしながらセラの斬撃を受け止め、弾き飛ばされ続ける。
魔神の<浮遊>に対して、セラの<天駆>は空中に足場を作るスキルだ。斬撃を放つのに十分に踏ん張りが利くだろう。
「はあああ!!!」
何合も打ち合った後、セラの渾身の斬撃が魔神の剣を打つ。
「ぐぬうう!!!」
魔神はその衝撃に耐えきれず、剣から手を離してしまった。勢いのままに大きく飛んで行く魔神の剣。
そんな大きな隙をセラが見逃すはずもなく……。
「これでも食らいなさい!」
「おのれええええ!!!」
魔神へと必殺とも言える垂直斬りを放った。
防御は不可能と判断した魔神は、身体を捩り何とか直撃だけは回避しようと試みる。
-ズバッ!-
見事、直撃だけは回避できたようだが、その代償は大きかった。
「ぐううう……。吾輩の、腕が……」
剣を弾かれ、意識から外れていた右腕までは斬撃を回避できず、一刀のもとに斬り落とされてしまっていた。
腕の切断面からは血は流れ落ちず、瘴気のようなものが噴き出しているだけだった。
魔物でも普通は切ったら血が出ることを考えると、かなり特別な魔物であることがうかがえる。『最終試練』が特別じゃなかったら何だと言う話ではあるのだが……。
ともかく、これで魔神はかなり不利になってしまったのは間違いがない。
ここからの魔神の巻き返しに期待である。
……さっきから、微妙に俺の発言が魔神寄りなのはご愛敬だ。
魔神君の運命やいかに!
一応補足すると、魔神と魔王に直接的な関連は有りません。
魔王の相手をする前に、上司である魔神を倒す、みたいな話にはなりません。
2017/10/15改稿:
魔神の身長と剣のサイズを5mに統一。
10mは大きすぎない?と考えながら修正をしていたら、一部修正をし損ねていました。3mだと迫力に欠けるので、5mに統一です。