第116話 首脳会議と再誕
この章は配下に焦点が当たることが多いので、話が進んだり進まなかったりの落差が激しいです。
「周辺諸国のトップが集まる首脳会議ねぇ……」
「うん、その会議にお兄ちゃんにも参加して欲しいのよ」
朝食の席でサクヤから頼みがあると言うので聞いてみると、35日後に開催されるエルガント神国主催の首脳会議に、女王騎士のジーンとして参加して欲しいと言うものだった。
サクヤによると、俺が異世界に行っている間にエルガント神国から開催を案内する手紙が届いたそうだ。
カスタールからエルガント神国までは、旧エルディア王国(現エルディア領)、サノキア王国を越える必要があるので、本来ならば手紙を届けるのも一苦労になるはずだ。
しかし、エルガント神国が抱える勇者の1人が動物を使役する祝福を持っており、その能力により伝書鳩的な動物を躾け、手紙を届けさせたと言う訳だ。
参加するのはエルガント神国を中心とした周辺諸国で、遠く離れたイズモ和国などは呼ばれていない。
より境界線を明確にするならば、勇者支援国になり得る国と言うべきか。
エルガント神国はこの首脳会議で勇者支援国を募集するつもりだろうとサクヤは予想している。距離が遠すぎて、支援の意味がない国などを呼ぶつもりはないようだ。
加えて言うと、真紅帝国も呼ばれていない。エルディアを中心とした場合は範囲に入るが、エルガント神国を中心にすると微妙に範囲から外れるのだ。
ついでに、エルディア王国が勇者を召喚した時も勇者支援国にならなかったから、呼ぶ必要はないと判断されたようだ。ことごとく、あの国とは縁がないな。
「別にトップが直々に行かなくても、王族や文官に代行させる手もあるのよ。ただ、この招集はエルディア王国とカスタール女王国の戦争、及びそれに伴う勇者の亡命が発端となっているから、カスタールだけはトップが来るように限定されているのよね。……流石にこの状況で参加しない訳にもいかないし」
戦争を仕掛けたのはエルディアで、カスタールに非はない。しかし、加害者ではなくとも当事者ではあるので、その戦争を発端とする会議に出ない訳にも行かないそうだ。
「そもそも、カスタールの王族って今はサクヤちゃんしかいませんよね……?」
「そーなの。私が行かなきゃいけないのはほぼ確定しているのよね」
同じく食事中のさくらの呟きを聞き、サクヤがうんうんと頷いている。
魔族の騒動で一番幼かったサクヤ以外の王族が全滅しているカスタールは、国家運営と言う意味ではかなりの崖っぷちだったりする。
特に、王族にしか使えない魔法の道具があり、国家防衛の要だったりするからタチが悪い。
「50日で各国のトップを集められるんですの?近くのサノキア王国やエルディア王国ならともかく、カスタールから間に合わないのではありません?」
「ああ、それは大丈夫。遠方の国にはさっきの伝書鳩(仮)が遠距離通信用の魔法の道具を運ぶから。数に限りはあるけど……」
セラへの回答で出てきた魔法の道具とは、『遠見の合せ鏡』と言う2つ1組の姿見の事だ。
その効果は鏡に映った姿と声が、もう片方の鏡に映ると言うもので、平たく言えばテレビ電話である。
遠方の国には『遠見の合せ鏡』を送り、鏡越しの参加と言う事になる。
「ちなみにウチは劣風竜がいる前提で生身参加の範囲ね。一応、エルディアまでは劣風竜で行く予定よ。ホント劣風竜様々ね」
「劣風竜が偉いのではありません。それを統べる仁様が偉いのです」
「え?あ、はい……」
軽口をマリアに窘められたサクヤが若干凹む。
「マリアちゃんも平常運転ね……。それはさておき、何でご主人様がその会議に同行しなければいけないの?話を聞いているとサクヤちゃんが行くのは仕方がないとして、ご主人様が行く理由が分からないのだけど?」
「ああ、ミオちゃん。それは簡単よ。今回の会議は、勇者支援国を再募集するのと同時に、エルディア戦争についての説明も求められているのよ。戦争終結の立役者でもある、女王騎士ジーンの参加は特に重要視されているみたい。ホントごめんね」
「ある程度覚悟はしていたが、思った以上にジーンの名前は広まっているからなー……」
仁の存在を隠すための隠れ蓑である女王騎士だが、今回の戦争の件でかなりの有名人になってしまった。
なにせ、勇者を擁する国との戦争に圧勝するほどの実力を持った存在だからな。
サクヤとしても、各国に戦争のあらましを伝える上で、ジーンの存在を隠すことは出来なかった。結果、勇者よりも強い騎士として有名にならざるを得なかったのだ。
しかし、先にも言った通り、戦争に参加することを選んだのは俺自身だ。ならば、その戦争の結果生じる面倒事を完全無視する訳にもいかないだろう。
「わかった。そういう理由があるのなら、俺もサクヤに同行してその会議に出席しよう」
「お兄ちゃん、ありがとー!お兄ちゃんを貴族の、王族の集まりに呼ぶなんて、凄く気が重かったのよね。ホント、胃薬のお世話になるかと思ったくらい……」
心底ホッとした表情を浮かべるサクヤ。
俺の貴族トラブル嫌いは関係者の中では有名だ。
そんな中、俺を各国のトップが集まる会議に呼ぶのは、かなりの精神的負担だったようだ。
「俺の行動の結果生じた、責任のようなものだからな。気紛れなのは自覚があるが、無責任なつもりはないからな。我慢して参加するさ」
好きか嫌いか問われたら、大嫌いと即答するのは当然のことだ。
好き嫌いと責任だったら、責任が優先されるのは当然のことだ。
「そうしてくれるとホント助かるわ!」
「1つ聞きたいんだけど、エルガント神国まではどのくらいの移動時間がかかるんだ?」
「えっと、旧エルディア王国からエルガント神国までは馬車で2週間。最短距離を突っ切れば短くはなるんだけど、魔物の領域である森があるから、馬車移動は困難なのよね」
馬車で2週間……。長くね?
文明レベルで考えれば普通か……。
「面倒だから劣風竜でエルガント神国まで行けばいいんじゃないか?」
「……流石に他国の領空を精鋭騎士団で突っ切るのは、色々と問題があるのよ」
「それなら仕方がないか。じゃあ、俺が護衛するから森を突っ切ろう」
「え、本気?」
サクヤが顔を引きつらせて聞いてくる。
残念だが、本気である。
「あ、この顔は本気だ……。仕方がないわね。同行する大臣を説得しなきゃ……」
「サクヤちゃん頑張れ!」
諦めて今後の事を考えるサクヤをミオが無責任に応援する。
「用がないときは『ポータル』で屋敷に戻っているから。必要な時に呼んでくれ」
「まあ、いいけど……。ホントお兄ちゃんは自由よね」
「仁君ですから……」
《ですからー》
またそのフレーズですか、さくらさん。
そうだ、自由ついでにこれも宣言しておかないと。
「そうだ。1つ言っておきたい事があるんだ」
「なーに?」
「エルガント神国が俺に魔王討伐を要請してきても、迷わずに断るからな」
今回、俺は大勢の勇者を殺した。
死んだ勇者の約半数は魔族に殺された訳だが、俺が殺した勇者だけでも100人は超える。
魔族に対する戦力である勇者を殺した責任を取って、魔王討伐に参加しろ、と言われる可能性は低くないと思っている。
しかし、俺にその『責任』を取るつもりはない。
さっきは責任を取ると言っていたのに、なぜこの責任は取らないのか?
それは、その責任が俺のモノではないからだ。
戦争をすることを選んだのはエルディアで、その戦争に勇者を投入したのもエルディアだ。その結果、勇者が死ぬことになれば、その責任はエルディアが負うべきものである。
俺が取るのは、俺個人の責任のみだ。断じて、エルディアの選択の結果に対する責任を負うつもりはない。
「あー、やっぱりお兄ちゃんもソレ、来ると思うよね」
どうやら、サクヤも似たような事は考えていたようだ。
「ああ、勇者を圧倒できる戦力なんて、何処の国だって欲しがるだろうし、劣風竜の件もあるからな。そう言った要求が来る可能性は考えておくべきだろう?」
「うん、お兄ちゃんが手を貸せば、魔王討伐も随分と容易になるわよね。でも、流石の私もそこまでは譲るつもりはないわよ。そうなったら、きっちり私が断るから安心してね」
「ああ、任せた」
自信満々に断ると言ったサクヤだが、直後に不安そうな顔をする。
「私が何とかするから、お兄ちゃんは出来るだけ過激な行動を控えて欲しいの。場所が場所だけに、お兄ちゃんの嫌いな『貴族関係のトラブル』が起きる可能性も低くないでしょ?そうなった時、出来るだけ穏便に事を収めて欲しいのよ。お兄ちゃんが動くと、基本的に事が大きくなるから……。絶対、私が何とかしてみせるから……」
王族、貴族が集まる会議の場において、俺に対して何も起こらないとでも思うか?
そんな訳が無い。何かしらトラブルが起きるだろう。そして、そのトラブルが俺の嫌いなタイプのトラブルである可能性も低くはない。
「お兄ちゃんの行動次第では、大きな戦争になる可能性だってあり得るじゃない?魔族との戦いを前にして、これ以上人間同士で争う訳にもいかないし、何とか穏便に会議を終わらせたいのよ。私が防波堤になるから、お兄ちゃんには心穏やかに過ごして欲しいの」
『その方がどの国にとっても幸せでしょ?』、とサクヤが続ける。
「まるで災害のように扱われるのは腑に落ちないが、言いたい事は分かった。極力、短気は起こさないようにしよう。基本、サクヤに付きっ切りでいれば、問題はないよな?」
「そうね。一応、私の専属の女王騎士って言う事になっているし、護衛として四六時中一緒に居ても問題にはならないわよ。むしろ、私から離れないでね」
「そうさせてもらおう。後、さくら達はどうする?」
俺1人で行くとなると、マリアやメイド達が黙ってはいないだろう。
「うーん、護衛として全員連れて行くことは出来るけど、鎧を着こんでも女子供ってバレるわよね。身長的に考えても、セラちゃんを連れて行くのがせいぜいじゃない?」
「そうですわね。私でしたら普通に女騎士扱いでも不自然ではないですわね。では、私がご主人様に同行いたしますわ」
「仁様のお傍を離れるのは不安ですが、セラちゃんがいるのでしたら私に否はありません」
マリアもセラが護衛に付くのなら問題なしと言うので、俺とセラがサクヤの護衛扱いとして首脳会議に出席することになった。
「一応、数名ならメイドとしても首脳会議に立ち入ることは出来るけど……。さくらちゃん以外は幼過ぎて無理かな……」
仮にも王族のメイドだ。
外見の幼いマリア、ミオ、ドーラを連れて行くのは難しいだろう。
「私……メイドとしても護衛としても自信が無いです……」
「だよね?だから、そっちの枠は普通のメイドを連れていくつもりよ」
さくらはさくらでメイド修行をした訳でもないので、メイド扱いでつれていくのは難しい。
「でも、皆をエルガント神国に連れていくための建前として、メイドと言うことにしておきたいんだけど、良いかな?そうすれば、お兄ちゃんと一緒に観光くらいは出来ると思うわよ」
「サクヤちゃん、よろしくお願いします……」
「よろしくお願いします」
《よろしくー》
空いた時間で鎧を脱いで、皆と観光をすればいいだろう。
「じゃあ、私は専属料理人としてついて行こうかしら」
「それはぜひお願いするわ!出来れば、会議が終わった後もぴっ!」
ミオの提案にサクヤが調子に乗ったので、軽く威圧して漏らさせる。
「お兄ちゃん、酷い……」
「漏らすのが嫌なら我慢すればいいだろう?」
「そんな無茶を言われても……。うー……」
唸りながら恨みがましい目で見てくるサクヤだが、ふと真面目な表情に戻る。
「そうだ。お兄ちゃん、話を戻すけど、ベガを一緒に連れて行かせてもらえないかしら?」
「ベガ?何でだ?」
ベガとはアルタの活動用端末の事だ。
戦闘能力が無い訳ではないが、俺とセラがいる状態で必要な戦力とは思えない。
「え、普通に秘書として連れて行くつもりだけど……。あれだけの執務能力があるのだもの。大臣を10人連れて行くよりも遥かに役立つと思うわよ」
「?」
サクヤの言っている意味が分からず、首を傾げる。
「マスター。アドバンス商会、マスターの個別案件を除き、時間が余った際にはカスタールの執務を手伝っているのです」
いつの間にか部屋に入って来ていたベガが俺の疑問に答えてくれた。
屋敷の中だと言うのに、ビシッとスーツ姿が決まっている。
「アルタが10分作業をするだけで、大臣10人が3日かかる業務をこなせるのよ……。本当に、本っ当に助かっているわ……」
若干疲れを滲ませた声でサクヤが呟く。
どうやら、俺の思っていた以上に活動用端末は有効活用されているようだ。
……俺以外に。
「ベガ、何か問題はあるか?」
「マスター。いえ、問題はありません。是非、ご同行させてください」
「よっしゃ!」
俺の承認が取れたと言うことで、サクヤがガッツポーズをする。
-ガシャン!-
その拍子に飲み物の入っていたコップが倒れる。
「あわわわ!」
これが一国の王と言うのだから世も末である。
「後、他に首脳会議までにしておかなければならないことはないよな?」
「まあ、無い訳ないけど、少なくともお兄ちゃんに要求することはないかな。基本、私が準備するモノだけだから」
テーブルを布巾で拭きながらサクヤが答える。
「お兄ちゃんは半月後までは自由にしていていいわよ。その後は呼んだ時だけ馬車の方に来れるようにして欲しいわね」
「了解。しばらくはゆっくりさせてもらうよ」
と言う訳で、半月後まではゆっくりとしようと思う。
今後の予定としては、半月後まではのんびり過ごす。そこから2~3週間かけてエルガント神国に向かう。早く着く前提なので、空いた時間は観光をするといった具合だ。
サクヤとの話が終わった後、昼までは本当にのんびりとしていた。
より具体的に言うと、モフモフ祭りを開催していた。
織原に灰色の世界に飛ばされてから、この世界に帰還するまでに結構時間がかかってしまい、その間にモフモフ成分が欠乏したため、帰ってから今日まで毎日最低1時間はモフモフしている。
寝るときにドーラを抱き枕にするだけでは足りなかったのだ。
一通り満足するまでモフモフしてから室内を見渡すと、モフモフ係である獣人や従魔達がぐったりしているのが目に映る。
しかし、気絶している者は1人もいない。以前は最後まで起きた状態でモフモフされるのは数名だったのだが、大分慣れてきたようだ。……そろそろ、本気を出しても大丈夫かもしれないな。
A:マスター、ミラが帰還いたしました。
そうか、それじゃあモフモフも切り上げるとするかな。
アルタの報告があったので、モフモフを切り上げて部屋を後にすべく立ち上がる。
「進堂様、どちらへ行かれるのですか……?」
モフモフ係の代表でもある月夜(人間形態)が、億劫そうに体を起こして尋ねてくる。
傾国の美女は伊達ではなく、とても艶っぽい。
「ミラが帰って来たから、約束通りに人間に戻してやるんだよ。だから今日はここまでだな」
本日、音楽隊の仕事でエステアに向かっていた吸血鬼のミラが帰ってくる。
そして、以前から約束していた通り、成瀬母娘と合わせて人間へと戻す作業が待っているのである。昼頃帰ると言っていたので、昼までモフモフしていたのである。
「そうでしたか。わかりました。また、いらしてくださいね?」
「常夜も待ってる」
月夜と常夜(人間形態)を含む獣娘達に見送られながら、モフモフ部屋を後にする。マリアも付いて来ようとしたが、力が入らずに立ち上がれなくなっている。
屋敷内をマップで確認すると、成瀬母娘が帰って来たミラを出迎えている所だった。
成瀬母娘はミラが今日帰ってくると知った時から、ソワソワしっ放しだった。人間に戻れるのが待ち遠しくてしょうがないと言った様子だ。
それでもミラを待ってから人間に戻ろうと言うのだから義理堅い。
対するミラは思っていたよりも落ち着いていた。
エステアに仕事で出かけているとは言え、人間に戻ろうと思えばいつでも戻れたはずだ。
しかし、肉体の変化が声帯や感覚に影響を及ぼすことを懸念し、仕事に一段落がつくまでは人間に戻らないと言ったのだ。こちらはこちらで真面目である。
俺はさくらを念話で呼び、3人のいる玄関へと向かう。
「ミラ、お帰り」
「はぁい、マスター。ただいま帰りましたぁ」
ミラは音楽隊の格好そのままで、若干意匠の異なるメイド服である。『音楽隊とは言え、メイドはメイド』と言う謎の理屈により、正式ユニフォーム自体がメイド服になっているのである。メイド服の定義が揺れる。
ついでに言うと成瀬母娘はタンクトップと短パン(自作)と言う非常にラフな格好である。
2人はメイドではないので、メイド服ではない。魔族の姿そのままなので外には出れず、室内なのでラフな格好というのも理解できる。それにしても結構露出が激しいのだが、まったく気にしていないようだ。
まあ、記憶が戻る前、四天王の時の衣装と比較すれば、これでも控えめな方だろう。
「あ、仁さん。こんにちは」
「あらあら、丁度今からお伺いしようと思っていたところなんですよ」
「アルタが教えてくれたからな」
「はー、やっぱりアルタさんは便利よね」
感心したように恵が言う。
そうだろう。我らがマネージャーのタイムスケジューリングは完璧なのである。
A:それほどではありません。
「態々ご足労いただき、ありがとうございます。早速、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「そうですねぇ。出来れば私もぉ、早く人間に戻りたいですねぇ」
美幸とミラも早く人間に戻りたいようで、どことなくソワソワした印象を受ける。
「そうだな。そろそろ、来る頃かな?」
「仁君、お待たせしました……」
俺が言うのとほぼ同時にさくらが歩いてきた。
流石の俺もさくらの異能、『魔法創造』無しで3人を人間に戻すことなどできない。
「さくら、よく来てくれたな。前から話していた人間に戻す魔法を創ってくれるか?」
「ミラさんや恵ちゃん、美幸さんを人間に戻すんですね……?」
「ああ、そうだ。頼めるか?」
「はい、任せてください……。MPの準備も万全です……」
『ミラ達を人間に戻す魔法』が創れるのは確認している。
しかし、俺の考える以上にMPの消費量が多く、過去最大級のMP消費になりそうだ。
ここまでレベルを上げ、ステータスを上げたさくらのMPでもギリギリらしい。
MPが枯渇すると気分が悪くなるので、それを防ぐために普段よりもさくらのMPを上げた状態にしている。そう言う意味でも準備は万全だ。
それにしても、何故この魔法にはそれだけのMPが必要になるのだろう。
さくらの魔法に関して、世界のルールを無視する度合いが強くなるほど、消費MPが増大する傾向にあるのは分かっているのだが、この魔法はそれ程の影響があるのだろうか?
人間に戻るにしても玄関で、と言う訳にもいかないので、適当な部屋に入って準備をする。
「それでは、早速魔法を創ろうと思います……」
「さくら様ぁ、よろしくお願いしますねぇ」
「「よろしくお願いします」」
準備が終わった所で、さくらが異能を発動して魔法の創造を始める。
長期戦になることが予想されているので、全員椅子に座った状態である。
「あらあら、思っていたよりも時間がかかるんですね」
「さくらさんのMP、ガンガン減ってる……」
10分が経過したが、未だに魔法は完成しない。
さくらの魔法創造を初めて見る成瀬母娘は知らないだろうが、普段はここまで時間がかかったりはしない。もちろん、消費MPもここまで多くない。
さらに5分後、ようやく魔法が完成したようで、さくらが創造した魔法を宣言する。
「<魔法創造>「再誕」!はあ、はあ……」
<魔法創造>の魔法陣が消え、さくらが大きく肩を上下させる。
うむ、椅子を準備しておいてよかったな。折角の見せ場で格好がつかないけど……。
「随分と時間がかかりましたねぇ。さくら様ぁ、大丈夫ですかぁ?」
「はあ、はあ……。少し休めば……、大丈夫です……」
MPを大量に消費したことで消耗したさくらをミラが気遣う。
MPが枯渇したわけではないので、さくらの言う通りしばらく休めば問題はないだろう。
「さくら、お疲れ様。ゆっくり休んでくれ。さて、ここからは俺のターンだな」
「はい……。後はお任せします……」
さくらが魔法を創造したら、それを使うのは俺の仕事である。
……今考えれば、魔法を創るのと魔法を唱えるのは先に終わらせておいた方が良かったのではないだろうか。いや、何でもない。考えなかったことにしよう。
それにしても、さくらの創った魔法。『再誕』か……。
どう考えても『ミラ達を人間に戻す魔法』で済むようなモノじゃないよなぁ……。
「じゃあ、始めるぞ。3人まとめてと言う訳にもいかなそうだから、1人ずつ戻すことになると思うんだが、最初は誰からにする?」
「ミラさんが最初に戻るべきだと思う」
「私も賛成です。ミラさんが1番長く待っていましたからね」
俺の問いかけに対して、成瀬母娘は迷わずにミラを推薦した。
「ミラ、それでいいか?」
「はぁい。よろしくお願いしまぁす。……2人とも、ありがとうございますぅ」
「「いえいえ、お気になさらず」」
成瀬母娘の声が揃う。
「わかった。じゃあ、まずはミラからだ」
俺はさくらから『再誕』の魔法を受け取り、ミラを対象に詠唱を始める。
予想はしていたが長い……。既に1時間を越えている。過去最長だよ……。
結局、『再誕』の魔法は1時間半かけて完成した。
なお、俺が詠唱している間にさくらが『再誕』をもう1つ作成していた。
同じ魔法の2回目からは消費MPや作成時間が軽減されるからね。
「『再誕』!」
完成した魔法をミラに対して発動する。
<拡大解釈>で強化した<多重存在>で、ミラの精神を守るのも忘れない。
「うぅっ……」
魔法の光がミラを包み込むと同時に苦悶の声を上げる。
身体が作り変えられているのだから、多少は苦しいのかもしれない。
「ええとぉ……、人間に戻れたのでしょうかぁ?」
5分後、光が収まったところでミラが自信なさげに言う。
元々、吸血鬼は人間と外見がほとんど変わらない(翼は出せるけど)から、パッと見ただけではわからない。
しかし、ステータスを見れば人間に戻ったことは明らかなはずだ。
ミラ
性別:女
年齢:0
種族:人間(転生体)
What?
『転生体』って何だよ?『転生者』とは違うのか?
A:異世界で死んだ『転生者』と異なり、『転生体』はこの世界だけで生まれ変わった者に与えられるようです。
「どうやら、単純に『人間に戻る』訳ではなく、『人間に生まれ変わる』と言うのが正しいようだな。ちょっと、思っていたのと違うな……」
年齢も0からの再カウントになっているし……。見た目は全く変わらないのにな。
「さくらは何か知っているか?」
「ええと……、魔法を創造するとき、『人間になる』、『身体の負担を少なく』を指定して創りました。『人間に戻る』だと、身体の負担が大きくなりすぎるみたいだったので……。拙かったですか……?」
少し気まずそうにさくらが聞いてくる。
問題があるようには見えないので、俺は首を横に振って答える。
「さくらの異能だし、さくらがそう判断したと言う事は、その方が良いのだろう。見たところ、大きな実害があるようにも見えないし……」
「吸血鬼の翼とかは出せませんしぃ、腕力とかも元に戻っていますねぇ。本当に良かったですよぉ……」
ミラが自身の身体を確かめながら嬉しそうに呟く。
少なくとも、吸血鬼の特性は完全に消え去ったようだな。
「ちょっと疑問は残るけど、人間に戻れるならその方が良いかな……?」
「そうですね。私も恵と同じ意見です」
成瀬母娘も魔族のままでいるよりは、若干の謎が残っても人間の方が良いらしい。
「わかった。じゃあ、2人にも『再誕』を使おうか。さくらもいいか?」
「はい……。任せてください……」
さくらがもう1つ『再誕』を創ってくれたので、俺とさくらで成瀬母娘それぞれを担当する。立っていた位置で、俺が恵の方を担当することになった。
再び1時間半をかけて『再誕』を詠唱した。
それにしても、1時間半は長すぎるだろう……。
A:<無詠唱>スキルに<拡大解釈>を使用すれば、さくらの創造した魔法も無詠唱で発動することが出来ます。
……………………それ、もう3時間くらい前に教えて欲しかったな。
A:申し訳ありません。
詠唱が終了したので、成瀬母娘に『再誕』を発動する。
「くぅ……」
「んっ……」
ミラと同じように2人も小さく声を上げる。
ミラ曰く、魔法が発動している時は苦しいのではなく、痒いと言うか身体中がムズムズする不快な状態らしい。痛い訳でなければ、我慢してもらうしかない。
魔法の光が収まると、そこには普通の人間と同じ肌の色に戻った母娘の姿があった。
吸血鬼から人間と言う、パッと見ただけでは違いの分からない変化だったミラとは異なり、紫肌の魔族から人間に戻ると違いが分かり易い。
「どうやら、無事に成功したみたいだな。まあ、失敗する要素も無かったのだが……」
「はい……。でも、上手く行って良かったです……」
「本当に人間に戻れたんだ!やったね、ママ!」
喜色満面で美幸に抱き着く恵。
「ええ、そうね。それにしても『ママ』と呼ばれるのも久しぶりね。中学に入ってからは呼んでくれなくて、少し悲しかったのよ」
「あっ!違う、お母さん!」
「あらあら」
「仲の良い母娘ですねぇ」
成瀬母娘のほのぼのする会話はさておき、今後の事についても話を聞いておこうか。
「それで、3人はこれからどうするつもりなんだ?人間に戻った、生まれ変わったことで、行動の制限がなくなったからな。今後、やりたいことはあるか?」
「そうですねぇ。私は今まで通りで良いと思っていますよぉ。メイド業務をこなしつつぅ、フィーユさん達と一緒に音楽隊活動に参加していくつもりですねぇ」
ミラの場合、見た目自体は変わっていないからな。
見た目が老けないと言う魔物の特性がなくなったからと言って、今すぐ何かが変わると言う事も無いだろう。
「エステアの村で村長をやると言う未来もあるんじゃないか?」
エステア王国にある滅んだ村、その村を復興させたミラは村長代理に就いていた。
吸血鬼が村長をやる訳にもいかないという理由もあり、引継ぎをして引退したのだが、人間に戻った今なら、村長をやることも出来るだろう。
「完全に引継ぎまで終えてぇ、今更村長に戻るのも格好が悪いですよぉ。それになによりぃ、あの扱いはちょっとぉ……」
アルタのフォローや、ミオの知識チートにより、その村でミラは女神のように扱われていた。その扱い自体がミラとしては負担だったようだ。
「わかった。じゃあ、ミラはこれからもメイドと音楽隊でやっていくんだな」
「はぁい。それでお願いしますねぇ」
深々とお辞儀をするミラ、その拍子に巨大な胸が揺れる。
さくらが自分の胸に手を当てて複雑そうな顔をする。なくはないよ!
「じゃあ、次。2人はこれからどうする?と言うか、何がしたい?」
明らかに人間と見た目が異なり、外に出られない成瀬母娘は現在、ポーションとか、アドバンス商会の商品を内職している。
不自由が無いように色々と便宜を計ってはいるが、それでも限度はあるだろう。
「私、アドバンス商会で店員をやってみたい!今までは商品を作る側だったけど、それだけじゃなくって、実際に売る側に回ってみたい!」
俺が尋ねると、恵が勢い良く手を挙げてきた。
「元々、人前に立つのも好きだし、誰かと話をするのも好きなの。しばらく、外に出られなくて色々と溜まっているし、折角だから店員とかやってみたいの!」
「そう言えば、恵はお店屋さんごっことかが好きだったわね」
「もう、そう言う余計な事は言わなくていいから!」
中学生くらいの多感なお年頃で、身近に親がいるとやりにくいだろうなぁ……。
かなり色々と暴露されまくっているし。
「わかった。ルセアの方には俺から言っておくよ。勤務地とかはルセアに直接相談してくれ」
「よろしくお願いします!」
アドバンス商会に関しては、基本ルセアに丸投げなので、役員会議にすら出たことがありません。そもそも、役員会議があるのかどうかも知りません。
A:あります。
あるそうです。
「それで、美幸はどうするんだ?」
「そうですね。私はこのまま裏方を続ける予定です。接客業は元の世界で十分にやりましたから、もういいです」
シングルマザーは大変だったらしい。
「料理メイドの方達に誘われているので、料理人になろうかと考えています。屋敷の料理人か、商会経営のレストランかはまだ決めていませんけど」
「お母さんの料理、美味しいからね」
元の世界の経験があるので、美幸はすぐに<料理>スキルを習得できた。
ミオほどバリエーションが豊かではないが、家庭料理だけならばミオにも匹敵する。
料理メイド達が欲しがるのも無理はない。
余談だが、アドバンス商会はレストランも出している。
店舗数は多くないが、出店しているのが食料自給率の低い場所ばかりなので、結構な売り上げになっている。
<料理>スキル持ちが大量にいるレストランの売り上げが低い訳はないだろう。
もう1つ余談だが、アドバンス商会の経営方針として、『その地域で不足している物を補う』と言うのがある。
簡単に言えば、他社と極力競業しないようにしているのだ。
元々その地域に根付いていた商店を駆逐してお金を稼ぐつもりはない。そんなことをして路頭にでも迷われたら、気分がよくはないからな。
だったら、その地域で品薄な商品を中心に販売すればいいだろう。そうすれば、誰も困ることなくお金稼ぎができるからな。
経営会議には出ない癖に、そんな口出しだけはする(裏の)最高経営責任者、進堂仁です。
余談終わり。
「腕のいい料理人が増えると言うのなら、俺に否があるはずがないな。それも報告する相手はルセアになるのか?」
「いえ、料理メイドを統括している方がいるので、仁さんから許可をいただけさえすれば、ルセアさんへの報告は不要です」
配下関連で分からないことがあると、とりあえずルセアへの報告になるんだよね。ルセアに無駄な負担をかけるから、あまり良くないんだけど……。
A:本人はマスターに頼られて喜んでいるので、問題ないかと思われます。
そうなんだ……。
「わかった。じゃあ、許可を出そう」
「ありがとうございます」
綺麗なお辞儀をする美幸、かなり大きい胸が(略)。さくらが(略)。
3人の今後についても話し終わったので、これで解散と言う事になった。
「本日は本当にありがとうございました」
「仁さん、さくらさん、ありがと!これでやっと外に出られるよ」
「えぇ。やっと人として誰にはばかることなく街を歩けますよぉ。マスターとさくら様には本当に感謝していますぅ」
3人が口々にお礼を言って去っていく。
前々からミラのことは人間に戻してやりたいと思っていたからな。
それを可能にしてくれた<拡大解釈>様様である。
もちろん、さくらのお陰でもあることは言うまでもない。
「さくらもご苦労様。おかげで3人を人間に戻すことが出来たよ」
「いえ……、皆さんの役に立てたのなら良いんです……。私も彼女達のことは前から気になっていましたから……。むしろ、仁君の異能が強化されるまで、私の異能だけではどうにもできないことが歯がゆかったくらいです……」
さくらの異能、<魔法創造>はかなり万能だが、それでも出来ないことはいくつもある。もちろん、それはさくらが悪い訳ではない。
「さくらが気に病むことじゃないだろう。それに、俺の異能が強化されたことで、結果としてさくらの異能も強化されるんだ。今後はもっと出来ることが増えるぞ」
<魔法創造>に直接<拡大解釈>を使うことは出来ない。しかし、<魔法創造>で創り出した魔法には<拡大解釈>が使える。
それに加えて、他の異能やスキルと組み合わせれば、出来ることは無限に広がっていく。
「多分、これからもさくらには色々と頼むことになると思うけど、よろしく頼むよ」
「はい……、もちろんです……。仁君が嫌と言わなければ、ずっと近くにいますから……」
この世界に転移してから、ほとんどずっとさくらは俺の近くにいた。
俺としても、さくらが近くにいるのが当たり前になっていた。
この世界に転移した日、城から追い出された時、さくらに手を差し伸べたのは間違いではなかった。
第9章はエルガント神国編です。
嘘じゃないです。本当です。もう1度言います。本当です。寄り道で1章潰すなんて事はしません。