第115.5話 灰人の検証
灰人の短編です。
久しぶりに活動報告を書きました。感想欄で見かける質問にこちらで回答しております。
軽めのネタバレもあるので注意です。
灰色の世界から帰還して2日目。
本日は俺の屋敷で灰人ことアヤについて検証をすることにした。
「じゃあ、早速試してもらってもいいか?」
「うん。わかったの」
そう言うとアヤは目を瞑った。
少し待つとアヤの身体が光り輝き、光が治まった時には別の幼女が現れていた。
「この姿では初めましてですね。以後、お見知りおきを」
髪型が変わり、セミロングがロングヘアーになっていた。
口調も随分と大人っぽいように感じる。身長はアヤと同じで5才児相当だが。
「ああ、よろしく」
「やっとお会いできました。ずっとお願いしていたのに、アヤったら酷いものですね」
「どういう事だ?」
少しだけむくれる様に言う新彩人に尋ねる。
「アヤには何度も入れ替わるようにお願いしていたのですけど、なかなか受け入れてもらえなくて……。折角良い条件を貰えたのに、態々別の人格を出してリスクを背負う必要はないだろうと、皆も反対に回ってしまいました……」
話によると灰人、彩人は1024人の多数決で物事が決まっているらしい。
この彩人は入れ替わりを希望していたが、多数決に負けていたそうだ。
「私もアヤが助けられた現場にいたのです。自我が薄いながらにその光景が目に焼き付いて離れませんでした。アヤが1番貴方様の事を好いていたのは間違いが無いのですが、2番目は私であると自負しております」
無邪気にほほ笑む彩人。
幼い風貌の割に、妙な色気がある……様な気がする。
さて、見たことも無い1022人に名前を付ける予定はないが、ここまで堂々と出てきてしまった以上、名前を付けない訳にもいかないだろう。
「折角出てきたんだし、名前、いるか?」
「是非、お願いいたします。出来れば、可愛い名前をお願いしますね?」
「善処しよう。可愛い名前……。可愛い名前……」
腕を組んで考える。
いつもと違って選択肢は浮かんでこない。
「それじゃあ、アヤノでどうだ?」
「可愛いですけど、アヤとほぼ被っていますね」
「悪い」
選択肢が出なかったのが悪いのか、元々のセンスが壊滅的なのかは不明である。
「いえ、貴方様が私のために考えて下さったお名前です。否などあるはずもございません」
「そう言ってもらえると助かるな」
嬉しそうに笑顔を見せるアヤノに胸を撫でおろす。
なお、ステータス欄にも『アヤノ』の記載が現れてきた。つまり、名前の無い1022人分は今も名前欄は空欄と言うことだ。
「次は大人化だな……」
今現在、アヤは俺の入った後、風呂の残り湯を飲んでいる。
これは、俺の体液を摂取することが、彩人状態を維持する条件だからである。
そして、俺の汗を直接摂取することで、短時間だが彩人は大人形態になれるのである。謎生態である。
「よろしくお願いします」
そう言うと、アヤノはワンピースタイプの子供服をすぽんと脱ぎさった。
「何をしてる?」
「服を着たまま大人の姿になったらきつくなると思いますので、服を脱ぎました。パンツは伸びるから大丈夫だと思いますけど、脱いだほうがよろしいでしょうか?」
元々シャツは着ていない様で、子供用のパンツ1枚となったアヤノがパンツに手をかけながら尋ねてくる。
「いや、そのままでいい。アヤもそうだったが、お前達に羞恥心はないのか?」
アヤの場合は、大人形態でも羞恥心が無かった。
羞恥心が無いのは、彩人全体の特徴なのかもしれない。
「無いようですね。……でも、そうですね。この世界の常識を考えれば、あまり他人に肌を晒さない方が良いのでしょう。貴方様の前以外では、肌を晒さないことにします」
「俺の前なら良いのか?」
「当然です。貴方様に隠すようなものは何一つありません」
その目からは全幅の信頼が見て取れる。
「俺に対する信頼はともかく、必要のないときは隠す様にしろよ」
「はい。分かりました」
「じゃあ、早速舐めてみるか?」
「是非に」
そう言って、トテトテ小さい歩幅で歩いてきたアヤノの為に屈む。
アヤノは赤くて小さい舌を出しながら俺の首筋に顔を近づける。
顔が近づいてから舌を出せばいいのに、舌を出した状態で近づいてくる理由はなんだ。
そして、その姿は不思議と色っぽい。5歳児ボディなのに……。
「んっ……」
アヤ同様に小さく喘ぎ声を上げ、その身体が大きくなる。
「ふぅ……。ご馳走様でした」
大人の姿になったアヤノの身長は俺よりも少し低いくらいだろう。
アヤ程プロポーションは良くないが、均整の取れた美しい肢体だ。強いて問題を上げるとすれば、子供用パンツが色気を低減している点だろうか。
「大人の姿はアヤとは随分と違うんだな」
「そのようですね。あら……」
あっという間に子供形態に戻ってしまった。
「風呂場じゃないから、汗をあまりかいていないからか?」
「そのようですね。次は是非お風呂場でお願いいたします」
「ほぼ俺専用とは言え、風呂場に女子を連れ込むのはどうかと思うが……」
メイドが背中を流しに来る状況で、今更と言えば今更何だけどな。
アヤノが服を着なおした後、次の検証に移る。
「あら、アヤが代われと煩いですね。如何いたしましょう?」
「それはそちらに任せるよ。俺が口を出すべき話でもないだろう?」
「そこは、アヤノに一緒にいて欲しい、と言って欲しかったのですが、仕方ありませんね」
アヤノは少し俯いて、何かを考えるようにしている。
「進堂仁様、私と一緒にいるのはつまらなかったですか?」
「いや、そんな事はないぞ」
「アヤと比べて、私は劣っていましたか?」
「それも、そんな事はない」
俺が答えると、アヤノはほっとしたように微笑んだ。
「ありがとうございます。今後は私もアヤと交代で表に出ることが出来そうです。貴方様の不興を買わないで良かったです。……とりあえず、この場はアヤに変わりますね」
そう言ってアヤノは目を瞑り、再びアヤと入れ替わった。
「全く、油断も隙も無いの!まんまと表に出る役をかすめ取られたの!やっぱり、アヤノと代わったのは失敗だったの……」
「おう、アヤ、お帰り」
「ただいま、でいいの?記憶は共有しているから、本当に人格が変わっただけなの」
「ややこしいな」
アヤの感覚からすると、アヤノの姿でずっと俺の傍にいたようなモノらしい。
そして、アヤとアヤノが紛らわしい(完全な自業自得)。次はアヤカかな(学習しない)。
「まあ、決まってしまったものは仕方ないの……。それで、次は何をすればいいの?」
「そうだな。スキルがどの程度使えるのかを確認したいな」
アヤ達灰人は元々スキルを持っていなかった。
スキルを与えることが出来るのか?与えたらどの程度使えるのか(魔法の適性など)?色々と気になることが多いのである。
「わかったの!さあ、どんとこいなの!」
ない胸をドンと叩くアヤ。大人形態ならかなりのプロポーションなので、そちらの方で見たかった。良い感じに揺れただろう。
「じゃあ、試しに<剣術>を与えてみよう。その前に、元々の資質を見るから、木のナイフを振ってみてくれ」
「わかったの」
俺から木製のナイフを受け取ったアヤは、「えい!」と言いながらナイフを振るった。
当然、5歳児の振るうナイフに威力など期待できないし、型も何もあったものではない。
「うん。ダメだな」
「酷いの!?」
俺のダメ出しにショックを受けるアヤ。
「まあ、これは分かっていたことだから問題はない。問題はスキルを得た後の動きだ。スキルを渡すから、もう1度やってみてくれ」
「うん。わかったの。……えい!」
スキルを渡した後の素振りは、当然のように洗練されたモノに変わっていた。
「これは……凄いの……」
自分の身体が先程と全く違う動きをするのが楽しいのか、何度も素振りを繰り返すアヤ。
「今度は<身体強化>を渡すぞ」
「ドンと!来い!なの!」
アヤに<身体強化>を渡す。<剣術>もそうだが、あくまでもレベル1だけである。
次の瞬間、アヤの剣速が著しくアップした。
「本当に!凄いの!」
素振りだけではなく、身体を動かしながらの斬撃を織り交ぜ、強化された身体能力を存分に楽しんでいる。
しかし、1つ忘れていることが無いだろうか?
「あ、しまったの!?」
急に動きが悪くなったアヤが灰人に戻ってしまった。
そう、エネルギー切れである。
<身体強化>で速く動けば、その分体力を使うのは当然のことだろう。
走っている最中だったので、壁に激突しそうになるアヤ。
縮地法で壁の前に移動してやんわりと受け止める。
ぶっ飛んだせいか、アヤはクルクルと目を回していた。
少し待ち、目を覚ましたアヤに首筋を見せる。
「ほら、舐めろ(注:エロいセリフではありません)」
アヤはのろのろと近づき、俺の首筋を舐める。
そうして、アヤは彩人状態に戻った。
「酷い目に遭ったの……」
「あそこまでやれとは言っていないだろ。自業自得だ」
「調子に乗ったのは認めるの」
流石に調子に乗り過ぎた自覚があるようで、しょんぼりと落ち込むアヤ。
「じゃあ、検証を続けようか」
「まだやるの?」
微妙に腰の引けているアヤである。
「ああ、今度は魔法を使ってもらいたいんだ」
「……わかったの。やるの」
魔法と聞いて、興味の方が勝ったらしい。
俺はアヤに<水魔法>を与えた。
周囲への影響が1番少なそうだからである。間違っても<火魔法>は与えられない。
思ったよりも威力が高くなったら大変だからである。俺はゴブリンの森でそれを学んだ。
「えいっ!」
アヤは手を前に出して詠唱を始める。
…………しかし何も起こらない。
「あれ?えいっ!えいなのっ!」
…………しかし何も起こらない。
「攻撃魔法じゃなくて、単純に水を出すだけの魔法は使えるか?」
「……やってみるの。……駄目なの」
最も単純な魔法さえも使えないのか。
「こりゃ、ティラミスと同じかな?」
「ティラミス?誰なの?」
「俺の従魔だよ。魔法との相性が悪くて、全く魔法が使えないんだ」
灰色の世界では、魔法が一切使えなかった。
<拡大解釈>によって、無理矢理ルールを捻じ曲げれば魔法を使うことが出来るが、それは例外以外の何物でもない。
そして、そんな世界の住人である灰人と魔法の相性が悪いと言うのは不思議なことではないのかもしれない。
世界間の仕様の違いについては、俺も完全に把握できている訳ではないからな。
「じゃあ、アヤには魔法は使えないの……?」
「いや、さくらの<固有魔法>は使えるはずだ。少なくとも、ティラミスは使えた」
「やらせてほしいの!」
結果、<固有魔法>の『ポータル』等はアヤにも使うことは出来た。
折角魔法が使えたと言うのに、アヤの機嫌は悪いままだ。
「不機嫌そうだが、一体どうしたんだ?」
「攻撃魔法が使いたかったの!」
灰人時代からは考えられないくらいに物騒である。
「無理だな」
「酷いの!?」
さくら、<魔法創造>で攻撃魔法を創らないからね。そこは諦めてもらうしかないね。
その後も色々と試してみた結果、少し面白いことが分かった。
「ふふ、<裁縫>なら任せてくださいね」
と言うのはアヤノの言である。他にも……。
「<絵描き>が得意みたいです」
「私は<彫刻>のようですね……」
これはアヤ、アヤノ以外に表に出てきた人格達に確認した内容である。
どうやら、灰人はそれぞれの人格毎に得意なスキルが異なるようだ。
灰人は1人に見えるけど、実際には1024人いる訳だから、それぞれに個性があるのは当然と言えば当然である。
聞いて分かる通り、この得意なスキルと言うのは技能系に限られていた。
そして、得意なスキルを使用した場合に得られる成果が常人よりも高いと言うことも分かった。簡単に言うと、技能系スキルとの相性がこの世界の住人よりも高いのである。
丁度、魔法が使えない穴を埋めるかのように……。
折角なので、アヤ達には屋敷内で技能系スキルに関する何でも屋のような事をしてもらうことになった。出来ることが多いと言うのは武器である。
メイドをやらせることも考えたのだが、メイドの仕事はエネルギー消費が高そうなので勘弁してほしいそうだ。
極力体を動かさず、それでいて成果を上げるという、思っていた以上の適材適所となった。
「ところで、アヤの得意な技能系スキルって何なんだ?」
技能系スキルが得意と言うことが分かった瞬間、アヤはアヤノに人格を譲り渡した。
そのため、アヤの得意スキルはまだ聞けていないのである。
灰人達は実際にスキルを使用しなくても、そのスキルを持っているだけで『これが得意だ』と直感的に判るらしい。
なので、アヤの得意スキルが分からないと言うことはないはずだ。
「ふっふっふ。聞いて驚くの!その名も<歌唱>なの!」
バーン!と効果音が付きそうなポーズをしてアヤが宣言する。
「アヤの歌声で皆を魅了してあげるの!」
「悪い。ウチ、もう音楽担当居るんだよ」
「被ったの!?」
新キャラを本編に絡められない作者の実力不足を、短編で埋めようという魂胆です。
本編影響度の低いキャラには短編を用意してあげるのが1番ですね。1話だけとはいえ、主役になれるから。