プロローグ
ーグ
魔王城の間で息絶えた魔王の側で二人の男女がただならぬ雰囲気で言い合いをしていた。
「私はもう人間じゃない……。だからここであなたと旗本を分かつ」
「君は人間だ! 君を人間じゃないと言う奴から絶対俺が守る! だから魔界になんか行かないでくれ!」
女性はその言葉に首を振ると男を抱き締める。
「だめだよ、私は不死身のアンデッド、人とは一緒に暮らせないの」
女は魔王との戦いでその命を幕を下ろした。だが恋人を失うことを良しとしなかった男は、生命の理を破り女を蘇生させた。そして女は生き返り副作用として死ぬことのできぬ身体になったのだ。
勇者パーティーの他のメンバーは復活した彼女に驚愕した。攻撃を受けても、腕が飛び散っても回復するからだ。
そして男以外のメンバーが出した答えは男が女を始末するか戦闘中見つけた魔界への入り口から魔界へ行き人との関わりを絶つことである。
彼女がいなければ、復活した女がいなければ魔王は倒せなかったのは誰の目にも明らかだった。
しかし男以外の二人は女を殺すか追放の二択を提示したのだ。
この瞬間パーティーに亀裂が入った。修復不可能な亀裂が。
その二択を選ばせるために男以外のメンバーは魔王の間に二人を残し外で待機した。
「君はアンデッドなんかじゃない」
男が女を強く抱き締めそう叫ぶが女は男から離れると自分の首に剣を突き刺した。
首からはドクドクと血が流れるが流れるそばから霧になり女の体へと戻っていく。
「これがアンデッドじゃないの?」
「ちがう、違うだろ、それは俺のスキルの影響だ」
「分かってる、あなたが私が死んだのを信じたくなくて、私を助けたくてその力を使ったのも知ってるし、それを責めている訳じゃない」
「だったら――」
「でも、私はもう人間じゃない。腕が千切れて身体の半分が吹き飛ばされても元に戻るなんて人間じゃないのよ。だから私は魔界に行く。あなたは私のために世界を敵に回しちゃう人だから」
「なら、俺も魔界に行く! 君だけが、君だけいればそれで良いんだ!」
「ごめんなさい。あなたは世界に必要なの。だから、私だけ魔界に行く、ついてきたら私はあなたの敵になるわ。だから……来ないで」
女はそう言いうと男にキスをし、魔王の玉座の後ろにある魔界の入り口から魔界へと旅立っていった。
男はその後ろ姿を見ることもできず、ただその場で泣き崩れるだけだった。
世界は平和になった。しかし、その日を境に勇者も姿を消した。
”世界を呪う”と言う言葉を残して。
一話
「マサトシさん、ただいま……。あれメルさんは?」
沈んだ顔をして店に入ってきたのは赤い髪の少女クラリスだった。
クラリスはうちに居候しているD級冒険者で才能が無いためまともに稼ぐことができない。
そんな彼女が給仕の女の子達を見て、いつもいるメルがいないことに首をかしげる。
「メルは買付で王都に行ってる、1週間は戻らない」
「そうなんだ残念」
メルは俺の養女で今は食堂の手伝いをしながら、後継者になるべく勉強に励んでいる。
そして、うちの手伝いをしながら冒険者をしており、10歳のときに冒険者になり13歳にはA級冒険者になった実力者だ。
15歳の現在、実力的にはS級冒険者と同等の力を持っているが、今のままではS級に上がることはできない。
メルがS級になれないのはスキルを持っていないからだ。スキルがないと、どんなに強くてもS級にはなれないと決められているのだ。
メルに相談ができなくがっかりしているクラリスに「なんだ、またクエスト失敗したのか」とオブラートに包まずに聞いたが、クラリスは不機嫌そうに黙ってコクリとうなずく。
言ってから聞き方が不味かったなと反省した。
俺はメルと違い、こう言う話し相手は下手くそなのだ。
俺の名前はマサトシ、日本からこの世界に転移して冒険者をしていたが、相棒で恋人だったティタニアを俺のせいで失ってから俺は冒険者を引退した。
今は食堂を切り盛りして生計を立てている。
この店の名前はカモメ食堂。食堂とは言っているが、武具屋、道具屋、宿屋を併設しており冒険者に必要なものはなんでも手に入るようになっている。
結構な売り上げで懐は暖かい。
店の売り上げに余裕があるので、冒険者としての才能がなく、稼げないやつには部屋と食事を無料で提供している。
もちろん、これには意味がありただ単に無料で泊めているわけではない。俺が世話をした冒険者達は、その後活躍するようになるのだ。
つまり、羽ばたいた冒険者はその後はお得意さんになるので先行投資みたいなものだ。
まあ、メルにそう言うとツンデレですねと言われるのだが意味がわからん。
「クラリス。いい加減誰かとパーティー組んだらどうだ。一人じゃキツいだろ?」
「うん、そうなんですけど、女の子だけのパーティーってなかなか無いんですよ。あってもクラン・アマゾネスに入っていない者はお断りが多いんです」
クラン・アマゾネスは組合と保険会社がくっついたようなもので女性冒険者だけで構成されている世界最大のクランでギルドも逆らうことができないほどに膨れ上がっている。
ギルドや男性冒険者が女性冒険者に不当な差別をすると抗議したり。女性冒険者の引退後の生活の面倒を見るための年金機構をもっている。
もちろん掛け金により、将来もらえる金額も変わるので保険の要素が強い年金でもあるのだ。
そして加入条件は女性限定でB級冒険者以上であること。
つまり、すべての女性を助けるわけではなく実力があり金もある者だけを助ける、C級以下の金の無い奴は知らないと言う拝金主義のクランなのだ。
「同じD級冒険者のリーシャと組む気はないのか?」
リーシャはクラリスと同じく、うちで居候している冒険者だ。
「ダメですよ、リーシャは私のライバルですから、ライバルとパーティー組むなんてあり得ません」
「そんなもんかな」
俺はそう言うとステーキとパンをクラリスの座るテーブルに出した。
「え、こんな高価なものもらえないよ」
クラリスは普段食べられない肉の固まりを前に驚き遠慮するように両手を振る。
通常ステーキは500gで銀貨1枚だ、クラリスに出したのも500gある。
クラリスの稼ぎでは到底食べられないものだ。
「安心しろ、売り物にならない屑肉を固めて作ったステーキだ。原価0円だ、だから遠慮なく食え」
この肉はいわゆる成型肉で、食べられるのに捨てられてしまう部位を一枚にしたものだ。
屑肉とはいえ商品として出せないだけで普通に食べられる。逆に色々な部位が味わえるので美味しさはただの一枚肉よりも味わい深い。
こう言う日本にいた頃の知識は本当に役に立っている。もちろん製造行程はまったく違い、この世界で再現できる方法を使っている。だが、そういうものがあると言う知識があるのと無いのとでは全然違う。
「ふえぇ、これ無料なんですか!?」
「無料とは言っても手間がかかっているが、今日は特別な日だからな」
無料と聞いたクラリスは満面の笑みで肉をほうばる。
「美味しいだろ?」
「はい、こんなに美味しいお肉、初めてです!」
そう言うと涙を目に浮かべて美味しそうに肉を口にほうばる。
クラリスは孤児だ。13歳の成人の儀を迎えて孤児院を追い出された。
通常成人は15歳だが、親のいない彼等は孤児院を経営している国の負担を減らすため13歳を成人とする特例がもうけられている。
国を批難する訳じゃない。
財政の厳しい中、孤児の面倒まで見ているこの国は素晴らしいと思う。
他の国では孤児は人間ではなく物扱いする。人身売買を推奨している国まである。
それから考えてもクラリスはラッキーだったと言わざるおえない。
だが、そのせいでクラリスには冒険者の資質が欠けている。
孤児院の貧しい食事のせいか、身体は未発達で背も低い。魔力があれば魔法使いとしてやれるだろうが、魔力もない。
普通に食事をしていれば体格も魔力もそれなりには備わるのだがそういう生活を強いられたクラリスはすべてが無いのだ。
高価な武器でもあればまた違うのだろうが、孤児のクラリスには短剣を買うにも生き死にを考える一大事なのだ。
クラリスがうちの店の存在を知ったのは受付のアリアに
”冒険者としての才能がなく、食うに困っている者”がいたら、カモメ食堂に来るように進めてくれと伝えてあったからだ。
そして今日、肉を食べさせたのは俺のスキルをクラリスに使うための儀式を行うからだ。
今日からクラリスは強くなる。俺のスキル”確証バイアス”を使って。
スキル:確証バイアスとはネガティブな発言をなかったことにする能力で、例えば誰かが死んだと言う言葉に確証バイアスを使うと死んだことすらなかったことになる。
この能力の欠点は自分のネガティブ発言には効果が出ないと言うことだ。
そして、これからクラリスに行う確証バイアスは自分のダメな所をあげてもらい、本当の能力を解放することにある。
「クラリス、自分のダメなところをあげてもらえるか? できるだけネガティブに」
「私のダメなところですか?」
「人に言われている悪口でも良いぞ」
俺の問いに首をかしげるが、俺に言われるがまま自分に言われた数々の悪口を思い出すように唇に指を当てて考え込む。
「戦士なのに体格が小さいのでまともに戦えないダメなやつとか……」
スキル、確証バイアスを”体格が小さいのでまともに戦えないダメなやつ”に発動。
「他には?」
「魔力が無いから魔法も使えないクズです」
スキル、確証バイアスを”魔力が無いから魔法も使えないクズ”に発動。
だんだん表情が暗くなるが、これは強くなるための儀式だ。俺は心を鬼にしてさらに聞く。
「他には?」
「これは自分の気持ちなんですけど。好きな人に好きと伝えられないダメなところです」
そういうと俺をジッと見つめる。さすがにこれは自分でやってもらうしかない。
確証バイアスならどうとでも出来るが色恋沙汰に確証バイアスを使うのはよくないからな。
「それは頑張るしかないな」
「……ですね」
「冒険者として他にないか?」
「クエストを達成できないダメなやつ」
スキル、確証バイアスを”クエストを達成できないダメなやつ”に発動。
「それだけか?」
「はい」
「そうかダメダメだな」
「ダメダメです」
スキル、確証バイアスを”ダメダメ”に発動。
もちろん俺が本当にクラリスをダメダメ何て思っている訳じゃなく、その言葉を言わせるために言った言葉だ。
「でも今日からはダメじゃなくなるぞ。その肉はなクラリスのダメなところを無くしてくれる肉だ。食べた瞬間から運が向いてくるぞ」
俺の言葉にクラリスは苦笑いをする。
二話
「本当にそうだったら嬉しいです」
「ああ、本当だぞ、それとこの肉のことは内緒だからな」
「ふふふ、わかりました」
クラリスはそんなことあるわけないけどみたいな表情をして笑う。
まあ、そんな肉はないけど、そんなスキルはあるんだよ。
俺たちが談笑しているとリーシャがクエストから帰ってきて、クラリスが肉を食べているのを見てにこりと笑った。
リーシャにはすでに確証バイアスを使っており、稼げるようになっている。それでこの肉の意味がわかっているのだ。
まあ肉のことは内緒にさせてるので、例えクラリスが食べていてもそのことを言うことはない。
「マサトシ、私も夕食、良いです?」
眼鏡をクイッとあげるとリーシャは注文に目を通す。すでに稼げるリーシャは自腹で飯が食えるのだ。
「今日もクエスト成功したのねリーシャ」
クラリスが羨ましそうにリーシャを見る。
「ゴブリンを三体倒せたのです」
「一人でゴブリンを三体も……。すっかり差を開かれちゃったね」
意気消沈するクラリスに励ましの言葉を「クラリスなら大丈夫です+-。ライバルなのです」と励ます。
「そうだね、負けてられない。わたしも今日から頑張る」
そう言うと肉を一気に口に頬張り、脇においてある木刀を手にして店を出ようとする。
「クラリスこれから狩りにいくのか? さすがに危険だぞ」
夜のクエストは昼のクエストより難易度が跳ね上がる。闇夜では松明を使えば目印になり逆に襲われることになり、下手に明+-----------------かりは使えない。
通常は夜目の魔導具を使って夜でも見えるようにするのだが、魔導具は値段が高い。
A級冒険者になって始めて買うか迷うレベルである。
「いいえ、お風呂の前に汗を流そうと……」
「ああ、これからクエストを受けにいくのかと思ったよ」
「装備もないですし、そこまで無謀じゃありませんよ」
俺が謝ると心配性なんだからと笑いながら店の外に出ていった。
店の外から聞こえる木刀の音は今まで違い風を切っている良い音がしていた。
「クラリス合格したんです?」
リーシャが小声で俺に肉の意味を聞く。
「ああ、彼女なら力を解放してあげてもおかしくはならないだろうからね。それにリーシャもライバルがいた方がいいだろ?」
リーシャはもちろんですと頷くと、私もライバルとして負けてられませんねと杖をブンブンと振るう。
「でもマサトシさん、この力ってなんなのです? 本当にお肉の力なんてことないのですよね」
「まあ、色々あるんだよ」
俺が手を振り教えないと言うしぐさをするとリーシャは申し訳なさそうに謝る。
「ご免なさいです。内緒にしてるのには理由があるのです」
そう言うリーシャの頭をポンポンと叩き「気にするな」となだめる。
三話
翌日から目を覚ましたクラリスが「フラフラする」と言うので頭をポンポンと叩くと、いつもと違う感覚に背が伸びたのがうかがえた。
「よかったな背が伸びてるぞ」
顔を真っ赤にして俺を見るクラリスはほほを膨らませている。
「そう言うところですよ。もう……。誰彼構わず頭ポンポンするのよくないですよ。私は良いですけど……。 え? 背が伸びてるんですか!?」
クラリスが背が伸びたと言われ驚いた表情を見せる。確実に背は伸びている。リーシャは伸びなかったのは元々背が小さい家系で遺伝なのだろう。
クラリスは食料事情で背が小さかっただけで、栄養事情さえよければ実際はもう少し高いようだ。
「ああ、結構伸びてるぞ。少しフラフラするのは成長したからバランスが取りにくいのだろう。関節も痛いんじゃないか?」
「筋肉痛だと思ってたんですが関節も痛いです」
とりあえず数日はクエストをしないで寝てるように指示をした。病人じゃないので働きたいと言ったが寝ている方が身長が伸びて強くなるぞと言ったら、素直にベッドに入って一日中ゴロゴロしていた。
数日後クラリスの身長は168cmに伸びAカップというかまな板だった胸はメロンになっていた。
正直、目のやり場に困る。
それからと言うものクラリスもリーシャと同じくクエストをミスることはなくなり、着実に成績を伸ばしていった。
「お帰りクラリス、今日のクエストはどうだった?」
「ふふふ~。なんとリザードマン倒しちゃいました1匹だけですけど」
「は? おい、その装備でリザードマンと戦ったのか? 少し無茶しすぎだ」
クラリスの装備はただの布の服に中古の長剣だ。
「なぜか、いける気がしたんですよね。確かにマサトシさんの言う通りですね。少し無茶しすぎました」
できれば確実に倒せる相手以外は無茶をして欲しくないと言う心がクラリスに少し強めの発言をしてしまった。
俺も声を荒げたことを謝った。
「そろそろ皮鎧くらい装備した方がいいぞ」
「でも、まだお金がたまってないんです」
「ローンでもいいぞ」
「え、でも前はダメだって」
「あのときはクラリスは失敗続きで、装備をよくすれば無理したろ? だからダメと言ったんだ」
「……そうだったんですか。じゃあお言葉に甘えて買っても良いですか?」
「毎度あり」
俺は満面の笑みで手を前でスリスリと擦る。
鎧の発注をするために身体のサイズを採寸すると、胸のサイズはEカップにまで成長してた。
「まだ大きくなりそうなんですよね」
「これ以上大きくなると戦いに支障がでるな。知り合いの
店に胸の重さが気にならなくなる胸当てを作る職人がいるんだがそいつに頼んでみるよ」
「お高いんじゃないんですか?」
「ああ、大丈夫そいつは巨乳の味方だから。世界の巨乳を救うと言うのがスローガンの変態なんだ」
「変態さんなんですか」
「ああ、でも腕は超一流だから安心していい」
「じゃあお願いします。でもマサトシさんも巨乳、巨乳って割りと酷いですよ」
「ああ、すまん」
「マサトシさんは巨乳嫌いなんですか?」
「いや、そんなこと無いぞ。大好きだ」
「ふえぇ」
クラリスは顔を真っ赤にして胸を隠すが隠せないのが巨乳の巨乳たる所以だ。
俺は心のなかで『ご馳走さまです』と合唱した。
数日後出来た装備をつけると、まるで胸がないように振り回せると上機嫌だった。
皮鎧と鉄の胸当て長剣に小盾でしめて金貨10枚安い買い物じゃないが今後のことを考えたら必要経費だ。
まあ借金返済までうちにいて良いと言ってあるので宿代が浮くだけでもかなり楽になるだろう。
「でも、なんで小盾なんですか? 大きい方が防御しやすいと思うんですけど」
「ああ、人間相手なら大盾の方が良いだろうが相手は魔物だ人間の力を遥かに凌駕している。だから盾は防御のためじゃなく受け流すためにしようした方が良いんだ。それに手に持たないから左手が空くしな」
「そうなんですか。マサトシさんまるで古参の冒険者みたいに詳しいですね」
「……まあ、いろんな冒険者から話を聞いて武具やアイテムを集めなきゃいけないからな。自ずと詳しくなるんだよ」
「そうなんですか」
釈然としないというような表情をして俺を見るが知らんぷりをして小盾の使い方を詳しく教授した。
そして数日後ついにクラリスは女性だけのパーティーに臨時加入を果たした。
装備も整い冒険者ランクもC級になり募集要項を満たしたと言うのだ。
受付アリアには変な冒険者は例え女のパーティーでも紹介しないように言ってあるので大丈夫だろう。
「ちょっとマサトシ!」
店のドアを勢いよく開けて金髪のロール髪の少女が店に入ってくる。
「なんだローラ、ドアは静かに開けろといつもいってるだろ」
ローラは貴族の娘でA級冒険者だが、彼女が子供のころ盗賊に襲われたのを助けてからずっと付きまとわれている。
当時からお転婆で、勝てると思った盗賊に良いようにされ自尊心がズタズタにされたいせいで、俺に勝てば無くした自尊心を取り戻せると思っているようでしょっちゅう戦えと店に乗り込んでくる。
まあ、引退したと言って相手をしないのだが、その都度なにか買って帰るので今じゃ良いお得意様だ。
「そんなことより、あなたのところのクラリスって言う娘、ろくでもないパーティーと一緒だったけど良いの?」
「は? 女限定パーティーって聞いたけど」
「そいつら新人を捨てゴマにするので有名なのよ。しかも美人で巨乳ばかり狙うの」
「なんだそれ。本当か?」
「私がマサトシに嘘なんかいったことないでしょ」
確かに
「受付のアリアがそんな変なの紹介するとは思えないが」
「アリアは出張してるのよ。しばらくギルドにはいないわ」
そういえば買ったばかりの鎧が傷だらけだった。まるで前衛で攻撃を一身で受けているように。
くそっ、もっとクラリスの動向に注意しておくべきだった。
「ありがとうローラ、この礼はいつかする。店を閉めるから帰ってくれ」
「むう、言い方が気に入らないけど、助けにいくなら私も一緒にいくわよ。ずっと戦ってなかったんだから感が鈍ってるでしょ」
確かに冒険者をやめて久しい。魔物の生態系も変わっているし、ローラが言うように感が鈍ってる。
一人で行くよりもA級のローラがいれば追いかけやすくなるのは確かだ。
「分かった、頼む一緒に来てくれ」
ローラは破顔して笑うと「まかせなさい」と胸を張る。
「”概念武装”」
俺の身体から光が溢れ白銀色の鎧が身体を覆い。手には長剣と盾が装備される。
概念武装とはスキルの具現化でS級冒険者クラスなら誰でも使える技だ。
メルはスキルがないので、この概念武装をすることができないためにS級になれないのだ。
俺の確証バイアスを具現化した概念武装はあらゆる攻撃を否定し、あらゆる存在を否定する。
つまり、最強装備なのだ。
「ひゃ! 愛してます!」
そう言うとローラは俺に抱きついてきた
「何してるんだ?」
「……」
ローラはゴホンと咳を一回すると、たたずまいを直し、なぜか良い笑顔で「さあ、いくわよ」と店を飛び出した。
店の前には馬が二頭繋がれておりローラの執事であるチャバスが俺に頭を下げる。
「そのお姿をまた目にすることができるとは思いませんでした」
盗賊から助けたとき身を呈してローラをかばっていたのはこのチャバスである。
懐かしそうに俺の姿を見ると白馬の手綱を俺に手渡す。白馬の名前はクロノス。王から賜りし名馬らしい。
「それでクラリスたちはどこへ向かったんだ?」
「B級の女性パーティーからの名指し依頼でベドラトル山の魔物を倒すのを手伝って欲しいと言う依頼を受けてるわ」
B級がC級を指名する時点でおかしいとクラリスは気がつかなかったのだろうか。
いや、C級に上がったばかりで上のクラスから必要にされてると思って舞い上がってしまうか。
そいつらは何度もやっているそうだから、相手が喜ぶ方法なんぞ熟知しているのだろう。
俺たちは逸る気持ちを押さえて街道をひたすら北上した。
四話
「次の敵だよ、C級なにっやってるんだい!」
B級冒険者チーム黒薔薇のリーダーであるメンディの怒声が飛ぶ。
黒薔薇に臨時加入してからおかしいと思っていた。私より歴戦の三人が後衛で私が前衛だからだ。
私はその事に対し疑問の声をあげた。メンディは私の実力を調べるためだと言って笑う。
危ないときは守るからと言い実際に本当に危ないときは助けてくれたのでその言葉を信用した。
しかし、今日ベドラトル山に登って中腹の狩り場に来た頃からメンディが助けてくれなくなった。
救援を依頼してもただ三人で私を指差し笑うだけだった。
鈍い私でもわかる。私に嫌がらせをしているのだ。この人たちは最初から私をパーティーに加入させる気なんかなかった。
今から一人で下山しても途中の魔物に殺される。だけど下山しなくてもこのままじゃ死ぬ。
C級で上級からの名指しクエストを失敗したとなれば、力量が足りないとしてランクが落ち1年間は上に上がることができない。それを分かっているからこそ、私がやるしかないのを分かっているのだ。
だけど、こんなところで死ねないマサトシさんになにも恩返ししてないし、まだ告白もできていない。
なんとか魔物を倒した私はメンディに「パーティー契約を解除します」と申し出た。
「ふ~ん別に構わないけどあんた一人で下山できるのかい」
その言葉に残りの二人がゲラゲラとお腹を抱えて笑う。
「帰ります」
メンディにそう言うと私はきびすを返した。しかしメンディは私の下山と共に後をついてくる。
さすがに殺す気はないのかと思ったが、魔物が現れると潜伏を使い姿を見えなくなるとゲラゲラと笑い私がボロボロになるのを楽しんだ。
私を助ける気なんかまったく無い、彼女たちにとってこれは娯楽なのだ。
なんとか魔物を倒すと舌打ちが聞こえた。
魔物に殺されなくても、この黒薔薇の人たちは私を殺すのかもしれない。このことが広まって不利益を被らないように。
だけど次の瞬間、現れた魔物に私は絶望した。
オーガが私の前に現れたのだ。しかも変種・オーガ。強靭な皮膚は普通の刃は通らない。その力はオーガを軽く凌駕する。動きも早く逃げられない。
私は震えた。
死の気配が、私の間近にいるのが分かった。
だけど、死にたくない。死ねない!
マサトシさんの言葉が甦る。『勝てない相手とどうしても戦わなきゃいけないときは目を狙え。目さえ潰せば逃げることができる』と教わった言葉が。
私は地面から砂を拾うと左手に持った。
オーガが私に大剣を振り下ろす。それを小型盾で受け流すと空ぶった大剣が地面に突き刺さる。
その好機を見逃さず、私はオーガの顔に砂を投げつける。その砂はうまく目に入りオーガは呻き声をあげる。
左手の小型盾は腕に装着されていて手は空いている。
これが手で持つタイプだったらこんな戦法使えなかった。マサトシさんのアイドバイスは的確だったわけだ。
あらためてマサトシさんに感謝すると私はオーガを攻撃せずにスリ抜けると、そのまま逃げようとしたが足にロープが絡み、その場にた折れ込んだ。
”プッ、ダサッ! ガハハハ”
罵倒や笑い声が聞こえる。
ロープが足に絡まって逃げられない。
オーガの目が回復して、空気が震えるほどの咆哮をあげる。
大剣を上段に上げ私に振り下ろす。
「せめて死ぬ前にマサトシさんに告白したかったな」
死を覚悟して目をつぶる。悲鳴なんて絶対に上げない、あいつらが喜ぶから。
”ガキン”
すごい音がした。だけどいつまでたっても大剣は私を切り裂かない。
恐る恐る目を開けると白銀色のフルメイルを来た戦士がオーガの大剣を左腕で掴み仁王立ちしている。
「お前、俺の大事な娘に何してんだ!」
大事な娘? 私が? 誰この人。
白銀色の戦士は右手の長剣を下から上に切り上げると光を発してオーガを真っ二つにした。
助かったの?
五話
「おい、そこに隠れてる三人出てこい。出てこないならそのまま殺す」
俺は潜伏を使って隠れている三人に向かい剣を向ける。隠れているのは分かっているぞと言う意思表示を見せる。
ロープが俺に向かって何本か飛んで来る。今ので俺の力量が分からないのか。
長剣を横に薙ぐとロープはサラサラと灰になり三人の潜伏も消え去った。
姿を表した三人の女は面倒くさそうに俺を見る。
「チッ、なんなんだよあんた!」
「そうよ人の楽しみ邪魔するんじゃないわよ」
「こいつも殺しちゃいましょうよ」
三人が剣を抜き、俺に向かい構える。三人とも戦士とはずいぶん脳筋パーティーだな。
俺が長剣と盾を消すと、三人は「降参しても許さないよ」と下卑た笑い声を上げる。
俺はそれを無視するかのように前に出る。
「死にな!」
三人が一斉に俺に襲い来る。その斬撃を避けることなくく、すべての斬撃を受けた。女の剣が俺の鎧に突き刺さると剣は粉々になって砕け落ちた。
「なっ!」
「知らんのか? 概念武装を破壊できるものは概念武装だけだ」
「概念武装!? あんたS級……」
「ふん、こんな下らないことをする雑魚でもS級冒険者の概念武装は知っているか。それでどうする?」
「こ、降参する。私たちが悪かった」
スキル:確証バイアスを『降参する。私たちが悪かった』に発動。
その他の二人にも同じように俺に謝るので確証バイアスをかけた。偽りの改心をできないように確証バイアスをかけたのだ。
悪役なら最後まで悪役らしくしろ。偽りの改心などで誤魔化させない。
「ハハハ! 私より胸がでかくて美人は死ねば良いんだ!」
「そうだ、死ね!」
「ギャハハハ残酷にむごたらしく死ねばいい」
三人はハッとするが謝罪はまったくできない。
本当に改心をしていれば俺の確証バイアスは効かなかった。こうやって悪態をつくと言うことは改心などしてなかった証拠なのだ。
「雷電刀:LV1」
弱い電気の刀身が三人を襲うと三人の身体が跳ね弾けとるように倒れる。
「終わった?」
「ああ、生かして罪を償わせるために痺れさせた、半日は動けないだろう」
一緒に来ていたローラが三人を倒した頃俺と合流した。 ローラには邪魔が入らないように周りの魔物を狩っていてもらったのだ。
クラリスを見ると助けられた安心感からか気を失っていた。皮鎧を見るとボロボロで、どれだけひどい戦いを強いられてきたのかと考えると怒りが収まらない。
しかし、コイツらの処分は冒険者ギルドにまかせるのが正道だ。俺がコイツらを処分するのはただの感情だ、許されることじゃない。
空間から縄を出すと一人一人縛り付ける。
「こいつら運ぶの面倒だな」
「だからって放置はしないでしょ?」
「まあな、それじゃ殺さなかった意味がないからな」
俺は三人をローラの馬に荷物のように乗せ、前にクラリス、後ろにローラを乗せ山を下った。
「でも、マサトシどうするの?」
「なにがだ?」
「この娘に正体を言うの? 定食屋の店主じゃなくてS級冒険者だって」
「除籍はしてないが、もうすでに冒険者は廃業している正体を伝える意味はないだろう」
それに変に恩に思われても困る。
「分かった。じゃあその娘にスリープの魔法をかけておくわね」
「何でだ?」
「気がついたら自分の部屋のベッドで寝ていればなんとでも言えるでしょ?」
「ああ、そうだな頼む。それと助けたのは見知らぬS級ってことにしておいてくれ」
「ふふふ、分かったわ。これは貸しだからね」
そう言うとローラはクラリスにスリープをかけた。
店に帰った俺達はクラリスをベッドに寝かせローラとチャンセバスに任せ店をいつものように開店した。
店で客の相手をしていると二階の住居スペースから鳴き声が聞こえた。しばらくすると鳴き声が止みローラとチャンセバスが降りてきて俺に目配せした。
俺は二人に礼を言うとそのまま客の相手を続けた。
カツコツと二階から人が降りてくる、そちらを見るとクラリスが俺を見るなり走りだし抱きつく。
「お、おい」
「好きです!」
一瞬正体がバレたのかと思ったが、ローラ達が俺の正体を言うわけがないのでバレるわけがないので『なんで気づいた』と言う言葉を飲み込み「ありがとう。でも俺はその好きに答えられない」と真摯に答えた。
「……良いんです。それでも、それでもこの気持ちを伝えたかったから」
クラリスは迫り来る死の中、この気持ちを伝えなければ死ねないと思ったのだと言う。そして冒険者を続けていく上で想いを残すことはしたくないと思い立ったら告白せずにはいられなかったのだと言う。
「でも、これで踏ん切りがつきました。それに私には新しい目標が出来たので恋に生きてる暇はないんです」
「新しい目標?」
「はい、S級冒険者になって、私を助けてくれたS級冒険者に会ってなんで私を大事な娘といったのか聞きたいんです」
「そ、そうか」
「ふふふ、仮にその人と結婚することになって後悔しても遅いですからね?」
「え?」
「だって私もいつかは結婚して子供生みたいですし。それなら好きな人と子供生みたいですよ?」
「ん?」
「いえ、あの人に”大事な娘”と告白されましたから。マサトシさんにフラれたら、あの人と真摯に向き合おうと思ったんです」
「……」
「でもS級冒険者の正体は国家によるスカウトを防止するために秘匿されているってローラさんが言ってたんです」
「そうだな秘匿されてるから会えないんじゃないか?」
「それがローラさんが言うにはS級冒険者になれば同じS級冒険者の正体を知ることができるんだそうです。トラブル防止のために」
「ああ、そう言えばそんなのあったな……」
「……マサトシさん詳しいんですね」
俺はその言葉に焦りを隠しながらいつものようにごまかす。
「ああ、色々な冒険者の話を聞いてるからね。でも、そんな誰ともわからない人のためにS級を目指すのか?」
「たぶん、この町の誰かだと思うんですよ」
「なぜ?」
「だって、知りもしない私を”大事な娘”何て言いませんよ。たぶん私も知ってる人だと思います。だから真摯に向き合いたいんです」
そう言うとクラリスはジッと俺を見る。
バレるようなことはなにもしてないしずっと宿屋の親父をしてたのだバレるわけがない。
とはいえ諦めさせないといけない。
俺にはクラリスの愛に答える資格がないのだから。
「でも、そいつがクラリスより年上、父親並みの年齢だったら?」
「問題ないです」
「先に年をとるし介護が必要になるかもしれないぞ」
「構いませんよ好きな人の介護なら望むところです」
「そいつに好きな人や忘れられない人がいたら?」
「好きになってもらえるように努力します」
「想いが通じなかったらどうするんだ。時間の無駄かもしれんぞ」
「好きな人を想う時間に無駄な時間なんて無いですよ」
「そうか……」
「そうです」
全部即答で返され俺はなにも言えなくなった。
無関係なら想いが通じれば良いなと言ってやれるが、対象が俺なのだそんな無責任なことは言えない。
クラリスは俺から目を離さない。
まるで俺の正体が分かっているかのように……。