真なる敵は誰か?
後宮に激震が走ったのは、クレオにリアムの手紙が届いたすぐ後だった。
クレオのところに忍ばせていたスパイから、皇太子であるカルヴァンのところに知らせが入ってすぐに対策会議が開かれる。
集められたカルヴァンを支援する貴族たち。
そんな彼らは困惑していた。
「落ち目のバンフィールド家が、少し盛り返したからと付け上がりおって」
「少し? 認識を改めた方がいい。バンフィールド家は過去の最盛期よりも力を付けている。今の当主は間違いなく傑物だ」
「だが、皇太子殿下のお誘いを蹴るとは、増長が過ぎる」
バンフィールド伯爵が、カルヴァンかライナス――どちらに味方するか、宮廷では静かに見守っていた。
だが、ここに来てクレオに味方すると宣言してしまったのだ。
貴族たちは大慌てである。
「――バンフィールド家と親しい貴族たちがどう判断するか気になるな」
「普段は宮廷に近付かない連中は多い。これ幸いにと、手を貸す奴らもいるだろうな」
「クレオ殿下の派閥が第三勢力になるというのか? この時期にそれはまずいぞ」
会議を聞いていたカルヴァンは、髭を蓄えた好青年だった。
貴族たちの会話を笑顔で聞いている。
「ふむ、ふられてしまったね。だが、クレオに味方するとはどういうことだろうか? ウォーレスだったかな? 弟が側にいるなら、クレオの話くらい聞いているはずだが」
会議の中にウォーレスの名前が出ると、続いてセドリックの名前も挙がる。
「ウォーレス殿下は、宇宙軍のセドリック殿下と親しかったはず」
「セドリック殿下は少将だったか? 確か、バンフィールド伯爵の支援を受けていたな」
「そうなると、お二人はあちらの派閥か? 他にも手助けをしている皇族の方たちがいれば面倒になるな」
皇族たちにもクレオを支援する動きが出てくるのは、貴族たちにとっても面倒だった。
カルヴァンは溜息を吐く。
「あまり弟妹を失いたくはないのだけどね」
そんなカルヴァンに、貴族たちが苦言を呈す。
「皇太子殿下、情けは仇となって返ってきますぞ」
「下手な情けをかければ、皇太子殿下の命に関わります」
「ここは皇族の方々の周辺を、再度洗い直す必要がございます」
何か不都合なことでもあれば、貴族たちは問答無用で蹴落とすつもりだった。
カルヴァンを皇帝にするため、貴族たちも必死だ。
何しろ、カルヴァンが皇帝になれば、貴族たちには重要なポストが用意される。
しかし、カルヴァンが失脚でもすれば、次の皇帝に何をされるか分からない。
「ライナス殿下もこのタイミングを逃さずに動くはずです。皇太子殿下、こちらも急いで動きましょう」
帝国内の事情もあるが、周辺国の事情も重なり継承権争いをするなら今がベストとも言えるタイミングだった。
カルヴァンも頷く。
「ライナスがもう少し野心を抑えてくれれば、私が動く必要もないのだけどね。分かった。皆に任せよう」
◇
後宮の違う場所には、第二皇子の派閥が集まっていた。
皇太子であるカルヴァンよりもきつめの印象を持つ青年ライナスは、継承権第二位の皇子だ。
そして、皇族の中でも野心は強い方である。
「クレオのところに忍ばせていたスパイから報告があった。バンフィールド伯爵は、私と手を組まないそうだ」
それを聞いた貴族たちが焦る。
「何と!」
「ライナス殿下の誘いを断ったのか?」
「――殿下、いかがいたします?」
ライナスは野心家で、狐顔の男だ。
目を大きく見開き、バンフィールド家について考える。
「兄上でもなく、そして私でもなく、支援するのがクレオか。これはどういう意味だろうな? 私たちよりも、クレオの方が勝っているということか?」
貴族たちは押し黙ってしまった。
ライナスの派閥だが、皇太子の派閥には入れなかった貴族たちが多い。
一発逆転狙いでライナスの派閥に参加した貴族たちもいる。
ライナスを皇帝にしてうまい汁を吸おうとする大貴族もいるが、質ではカルヴァンの派閥に負けていた。
だからこそ、実力のあるリアムに声をかけたのだ。
「たかが一伯爵が、私の誘いを蹴って不出来な皇位継承権第三位の弟につく。――許せないよな?」
ライナスが何を言いたいのかを察した貴族が、それを諌めるのだった。
「殿下、今は皇太子殿下の派閥と争っております。ここでバンフィールド家とも争えば、それは皇太子殿下の利することになるかと。それに、周辺国の動きも気になります。あまりそちらにばかり構うのは愚策です」
「そこまで本気で相手をするつもりはない。大事な時期だからな」
「お願いします。今はとても大事な時期ですから」
ライナスにとっても、バンフィールド家だけに構っている余裕はなかった。
周辺国の動きが怪しくなり、そこに付け入る隙が出来つつある。
他にもやりたいことは沢山あった。
「分かっている。だが、けじめは必要だと思わないか? 私の誘いを断り、後ろ足で砂をかけるような行為をしたのだ。ただでは終わらせるつもりはない」
貴族たちが顔を見合わせた。
ライナスが何を考えているのか――いや、どこまでの制裁をするのか、それを考えているようだ。
「では、いったいどのようなけじめを?」
ライナスは笑みを浮かべる。
「レアメタルが奴の財源だったな? 既に帝国は必要分を確保している。すぐにバンフィールド家からの買い取りを止めろ。商人たちにも厳命するように」
「お待ちください! 今のバンフィールド家には御用商人としてクラーベやニューランズが味方しております。レアメタルの販路はいくらでもありますぞ」
ライナスはそれも知っている。
知っているからこそ、だ。
「クラーベのエリオットや、ニューランズのパトリスがあいつの御用商人だ。商会自体はバンフィールド家を支援していない。ここが重要なところだ。商会内にはそいつらを蹴落としたい奴らもいるだろう?」
つまり、バンフィールド家に釘を刺すために、その二人を追い落とすつもりだった。
貴族たちは「その程度なら」と納得する。
あまり争っては、カルヴァンの派閥との争いに支障が出てくる。
「適当なところで手打ちをしてください。そのまま味方にして、皇太子殿下との争いに利用するのがベストでしょうね。皇太子殿下も、一度誘いを断ったバンフィールド家に再び手を差し伸べるとは思いませんが、追い詰めすぎれば我々を憎み、手を組む可能性もあります」
貴族たちにそう言われ、ライナスも納得する。
「私に逆らったことを後悔させてやるだけさ。たかが一伯爵が、誰に逆らったのか理解させてやる」
◇
「かんぱ~い!」
そこは大衆居酒屋だった。
大学生たちが集まり、毎晩のように騒いでいた。
この居酒屋も学生たちのおかげで稼がせてもらっており、学生たちの集団が多い。
いくつもの集まりが、合コンをしている。
それなのに――それなのに!
「ウォーレス、これはどういうことだ!」
カウンター席で寂しくウォーレスとお酒を飲んでいる俺は、不満をぶつけずにはいられなかった。
ウォーレスはやけ酒をしている。
「可愛い女を連れてくる約束はどうした!」
胸倉を掴んで揺すってやると、ウォーレスが変な笑い声を出していた。
「終わりだ。私は終わりだ。あ、兄上たちの話題に私の名前が出たらしい。もう、私はドロドロの継承権争いに巻き込まれるんだ」
ウォーレスが壊れてしまった。
女の子たちを誘ってくると約束した癖に、今の俺たちは騒がしい居酒屋で二人寂しく酒を飲んでいる。
「女子との合コンはどうした?」
ギリギリとウォーレスを締め上げるが、笑うばかりでまともな返事がない。
下ろしてやると、また酒を飲み始めた。
「リアムの馬鹿! 兄上たちの間に、私やセドリックの名前が出たじゃないか! このままだと、どっちが勝っても殺されちゃう!」
継承権争いというのは命懸けだ。
下手にどちらかに味方すれば、負けた際に殺されてしまう。
次代の皇帝次第だが、殺され方も変わってくる。
ただの処刑ならまだマシだ。
継承権争いの中で命を落とすこともあるが、酷いのは拷問だろう。
ウォーレスはそれを恐れて、継承権争いに関わってこなかった皇子だ。
俺は可哀想になって酒を注いでやった。
「いい加減に落ち着け。俺も勝算なく第三皇子に味方するわけじゃない」
「どこが!? クレオは最初から負けているのも同じなんだ!」
「――どういう意味だ?」
俺が聞き返すと、酒を飲みながらウォーレスが答える。
「クレオは――元は女の子だ」
「何?」
「女の子として生まれたのを、実母が男だと言い張ったんだよ!」
それを聞いて不思議に思う。
この世界は科学技術だって進んでいる。
魔法だってかなりのものだ。
そんな世界で、子供の性別を決められないものだろうか?
「最初から男の子を産めばいいだろうに」
「――父上の趣味だよ。クレオの母親の実家だけど、元は父上とは敵対派閥に属していたんだ。それもあって、父上が帝位を継いだらクレオの実母が送られた。父上は許したけど、何度も苦労させられたそうだから」
クレオの母親の実家は大きく力もあった。
皇帝は渋々手打ちにしたが、恨みは忘れていなかったということだ。
そして陰湿な仕返しが始まった、と。
「子供の性別は絶対に変更できないようにしたんだ。医者も抱え込んで、生まれるまで性別は絶対に明かさなかった。クレオの母親は、三人を産んだけどいずれも女児だった。三度目も最後のチャンスで、これを逃すとクレオの実母はおしまいだったんだ」
「おしまい?」
「後宮での立場がなくなるのさ。他にも男児を産んでいる母上たちがいるんだ。女児ばかりのクレオの実母は彼女たちよりも扱いが低くなる」
その程度で、とは言えない。
何しろ、後宮から出られない女性たちにしてみれば、そこでの立ち位置が決まるというのは大事なことだ。
「それで、クレオの性別を偽ったのか?」
「違う。クレオを男にしたと聞いた。それを聞いた父上は、笑いながら言ったのさ。だったら、皇位継承権の第三位をくれてやる、って」
「男なら問題ないだろ」
性転換すら自由なのか――この世界って凄いな。
「よくないよ! これが許されたら、妹たちだってみんな弟になる! だから、父上はクレオを笑いものにしたのさ。性別を偽り王子になった愚か者ってね」
皇位継承権第三位は飾りであり、クレオの立場というのは微妙を通り越して劣悪だ。
それを聞いて思ったね。
――これはチャンス、だって。
「いいな!」
「何が!? 話を聞いていたのか!? クレオには将来性なんて無いんだよ!」
「どこに? 男として働けるなら何の問題もない。むしろ、俺はそういう奴を待っていた」
皇帝陛下という敵かもしれない存在に対して、敵意を持つかもしれない皇子だ。
敵意はなくとも、仲が良くないのは事実だろう。
つまり、クレオは俺の「真の敵」たちと繋がりがほぼ無かったのだ。
それどころか、皇帝を恨んでいる――共通の敵を持っていることになる。
まぁ、皇帝が俺の敵ならば、だが。
やはり俺は運が良い。
クレオのような存在がいるのだからな。
「ウォーレス、今日は前祝いだ。存分に飲んでいいぞ」
そう言って店主に高い酒を持ってくるように頼むと、ウォーレスが再び酒を飲み始める。
「言われなくたって、全部飲み干してやるよ! ちくしょうぉぉぉ!!」
◇
首都星でリアムが暮らしている高級ホテル。
そこに一人の騎士が配属された。
名前を【クラウス・セラ・モント】――年齢は三百歳を超えており、見た目も三十代と老けて見えている。
これまで苦労してきたので老け顔なのだが、彼は数十年前にバンフィールド家に仕えることになった騎士だ。
ただし、海賊に捕らえられたわけでも、石化されていたわけでもない。
戦闘が大好きと言った騎士でもなく、彼自身は普通の騎士だ。
バンフィールド家に来る前は、他家に仕えていた。
だが、その家が滅んでしまい、仕官先を探していたらバンフィールド家に行き着いただけである。
そのため、いきすぎた忠誠心など持ち合わせていない。
騎士としての務めは果たそうと考えているが、それだけの男だ。
それなのに、今はリアムの護衛の指揮を執る立場についていた。
「どうしてこんなことになったのか」
溜息が最近増えており、自分でも注意しているが止まらない。
理由は簡単だ。
安定した生活を求めており、出世になどあまり興味がないからだ。
そんなクラウスがリアムに近い場所にいる理由は、ティアとマリーが首席と次席の立場を剥奪されたからである。
今の二人は、リアムの側に戻るため、領地に戻って海賊狩りをしつつ功績稼ぎにいそしんでいる。
代わりに領地から送られてきたのが、クラウスだったのだ。
リアムの騎士団の中では、基本的に仕事ぶりは地味だった。
誰かのフォローをしつつ、戦場でも手柄を譲っている。
地味な仕事が好きだったのもあるが、そうしていると普通に出世していた。
最初は評価をされて嬉しかったが、ここまで取り立てられると気後れしてしまう。
クラウスがホテルの廊下を歩いていると、部下たちがやって来る。
「クラウス隊長! 出撃はまだですか!」
「首都星付近の海賊狩りをしましょうよ!」
「どこかに喧嘩を売りましょう!」
血の気の多い部下たちが、今日も酔って誰彼構わず喧嘩を売ろうとしていた。
(どうして私の部下たちは血の気の多い者が多いんだろうか?)
リアムに命を救われ忠誠心が高すぎる者。
リアムに仕えれば好きなだけ戦えると仕官してきた者。
他には何を考えているのか分からない者――そんな部下たちばかりだ。
「いつリアム様の声がかかってもいいように準備しておきなさい」
冷静に返事をするクラウスに、部下たちは敬礼を送る。
「はい!」
部下たちが去っていくと、クラウスは肩を落とした。
「普通の騎士隊に戻りたい」
優秀ではあるが、血の気の多い部下は嫌だ。
そう思っていると、クラウスの副官が近付いてくる。
「あら? 元気がないじゃない、クラウス」
上司を呼び捨てにする女騎士は、チャイナ服をベースにした騎士服に身を包んでいた。
「チェンシーか?」
黒髪を両サイドでお団子にして、そこからツインテールが伸びている。
背も高く、しなやかな手足はまるで戦闘とは無縁の女性に見える。
だが、彼女は騎士であり、それもティアやマリーに並ぶ実力者だ。
名前を【チェンシー・セラ・トウレイ】。
つり目で目の端を赤く化粧している。
美人だが、とても刺々しい雰囲気を出していた。
「リアム様はお戻りでないのかしら?」
クラウスはこいつが一番危険だと思うのだ。
(リアム様は、何でこんな危険な奴を側に置くのだ?)
「まだ戻られていない。それから、チェンシーはリアム様に近付くな」
クラウスは注意する。
理由は簡単だ。
「酷いわね。せっかく――噂の一閃流の実力が試せると思っていたのに」
嬉々としてリアムに喧嘩を売るつもりでいた。
この手のぶっ飛んだ騎士たちも、リアムの騎士団には大勢いる。
誰が強いのかを純粋に知りたいという、蛮族思考の騎士たちだ。
その中でもチェンシーは際立った実力を持ち、仕事も出来る。
「何度も言っているはずだ。リアム様に剣を抜いたら、ただではすまさんぞ!」
「――私は前から実力を見てみたいと公言しているわ。それで、お側に呼ばれたのなら、試してみろと言っているのと同じではなくて?」
リアムが護衛の一人として選んだ。
だから、勝負を挑んでもいいと解釈している。
(何で私の部下たちはこんなにも血の気が多いのだ!?)
クラウスは心の中で泣いた。
ブライアン:(;゛゜'ω゜'):「いやぁぁぁ! 辛いでぇぇぇす! リアム様、誰彼構わず喧嘩を売らないでください! このブライアン、胃痛で辛いですぞ!」