婚約者のロゼッタ
モニカ(´∀`*)「後書きは辛い殿が占拠しているので、前書きを乗っ取らせていただきました。セブンス8巻は2月28日発売です。ご予約も始まっていますので、是非ともご購入お願いいたします! ――以上、元後書きのアイドル、モニカでした!」
目を覚ましたロゼッタは――これまで着たこともない寝間着を身につけていた。
胸を押さえると、侍女が声をかけてくる。
「どうなさいましたか、ロゼッタ様?」
侍女の顔を見る。
「え――あ――」
声が出てこない。
どうして学生寮の自室に侍女がいるのか?
そんな疑問に侍女が答える。
「気分が優れないとのことでしたので、私がお世話を仰せつかりました。幼年学校の許可は得ておりますので、ご安心ください」
ロゼッタが怯えたように頷く。
縦ロールの髪は、今はただのストレートのロングになっている。
「あ、あの、結婚の話は?」
侍女が丁寧にロゼッタに説明をする。
「クラウディア公爵様が、婚約に賛成してくださいました。ロゼッタ様は、リアム様が無事に修行を終えたら結婚することになります」
結婚と聞いて、ロゼッタはまだ理解できなかった。
自分の家は種を恵んで貰うような家だ。
公爵とは名ばかりで、リアムがこだわる理由がない。
「そ、そう。公爵の地位が欲しかったのね。それで、ここまでの無茶を――」
侍女が首を横に振る。
「バンフィールド家が莫大な借金を背負ってまで、爵位にこだわる理由はございません。それは、ロゼッタ様もご承知ではありませんか?」
名ばかりの爵位など惨めなだけだ。
ロゼッタはそれを痛いほど理解していた。
「けど、リアムの――伯爵の気持ちが理解できないわ。どうして私なんかを」
侍女がクスクスと笑う。
「な、何よ」
「いえ、本当に羨ましいと思いました。リアム様が、どうしても欲しいと願った生身の女性は、ロゼッタ様が初めてですから」
それを聞いて、ロゼッタは頬を赤く染めて俯く。
「そ、そうなの?」
「はい。領内では、女性に手を出さないために、家臣一同が心配していたくらいですからね」
ロゼッタはそのまま侍女に世話をされ、横になる。
幼年学校は、片付けもあって授業どころではなかった。
授業再開の目処は立っていない。
それまで、ゆっくり休めると聞いて――ロゼッタは眠るのだった。
(夢なら覚めないで欲しいわ。もっとゆっくり――)
幼年学校の会議室。
俺は教師たちに囲まれて尋問を受けている。
尋問と言っても、俺の側には家臣たちがいて教師たちの説教に反論しているけどね。
特に、マリーを見ていると面白い。
「わざわざ殺すこともなかったはずです」
そんな教師の戯れ言に、マリーは何て返したと思う?
「殺しに来た者を見逃せと? 貴族の矜持を教えるべきこの場所で、よくもそんな生温い台詞を吐いたものですわね。むしろ、気概を見せたリアム様をお前たちは褒め称えるべきよ。相手も試合に出た時点で死ぬ覚悟は出来ていたはずですし、何の問題もないわね」
このように、教師たちが何を言っても言い返すのだ。
俺は紅茶を飲みながら、そんな教師たちを見ている。
「で、ですが、これではバンフィールド家に恨みを持つ者たちが出て来ますよ」
そんな言葉に、俺は言い返す。
「それがどうした? 逆恨みなら今更一つ増えてもどうということはない。逆に――だ。どうして俺に我慢させる? お前らがデリックを止めればよかっただけだ」
マリーが頷きながら「その通りです、リアム様」と言っている。
こいつは完璧なイエスマンだな。
「リアム様、今回の行動は幼年学校でも問題になっております。確かに、事情はありますが、やり過ぎはよくありません。反省の意味も込めて――」
何か言い出したので、俺は鼻で笑ってやった。
「いくらだ?」
「え?」
「いくら欲しいのかと聞いているんだ。お前らのその無能な口に、いったいどれだけ放り込めば黙るのかと聞いている」
数名の教師が怒って立ち上がるが、マリーが一睨みで座らせた。
――こいつ、意外と凄いのか? 教師たちが震えているじゃないか。
だが、あまり教師の不興を買っても仕方がない。
「言い過ぎた。許せ。だが、この程度の事で反省と言われても納得できないな。罰として来年度の寄付金の額は倍にしてやる」
「で、ですが、それでは何の解決にも――」
「おいおい、多額の寄付をしている俺に文句を言うつもりか? それとも何か? お前らにとって罰金は罰ではないとでも言うつもりか?」
幼年学校の校長が手を挙げて、教師たちを黙らせた。
「――伯爵、今回の件ですが、我々は厳重注意をしました。それはご理解ください」
幼年学校として注意しましたよ! というスタンスか。
金をもらって黙るけど、それを表立って言うと恥ずかしいから僕たちは頑張ったとアピールしたいのだろう。
反吐が出る――だが、金に媚びている連中は可愛いじゃないか。
その金も、無限に作り出され価値があるのか分からない何か、だけどな。
「大変結構だ。お前ら、いくぞ」
会議室を出ると、教師たちが頭を抱えていた。
リアムが去った会議室。
ジョン先生は腕を組む。
(ハッキリと言う。だが、言い返せないか)
お前らがもっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかった。
そう言われて、不甲斐ない気持ちになる。
校長も随分とリアムの言葉が耳に痛かったようだ。
「厳重注意で終わらせるつもりだったのですけどね」
一人の教師がそう言うと、他の教師も頷く。
元々、リアムは降りかかる火の粉を払いのけたに過ぎない。
相手が悪かったのは教師たちも分かっているが、これを一方的に責められなかった。
だが、リアムも海賊貴族と呼ばれるバークリー家のデリックを煽っていた。
それを注意しないわけにもいかない。
「神童と言われるわけだ。下手な大人よりもしっかりしている」
校長がそう言うと、疲れた顔で溜息を吐いた。
ジョン先生も溜息を吐きたい気分だ。
(不良も困るが、出来すぎる生徒というのも大変なものだな)
夜。
学生寮の庭に出て、とても重たい木刀を振り回していた。
幼年学校の体育では体がなまるので、こうして時折鍛えている。
汗を拭っていると、ククリが木の陰から顔を出してきた。
「どうした?」
「リアム様、公爵家を監視していた者たちを調べましたが、どうやら随分と組織が大きくなっていたようです。他家の弱みを握り、クラウディア家を貶めるために色々と動いていたようです」
「暇な連中もいたものだな」
「資料は全て回収しました。どのように扱いますか?」
こいつらがすぐに回収できたとなると、決定的な弱みでもないのだろう。
監視役が組織化したといってもたかがしれているはずだ。
「領地に送ってブライアンに指示を仰げ。有効に使えと言っておけよ」
「承知しました」
ククリが影に沈み込み消えていく。
あの魔法、凄く便利そうだな。
「さて、もう少し汗を流すか。それにしても、体がなまってきたな」
アヴィドを動かして気が付いたが、機体よりも俺の体の方がなまっていた。
しばらくは、鍛え直しが必要なようだ。
男子寮を訪れたロゼッタの周囲には、バンフィールド家の騎士たちがいた。
全員女性だ。
理由は護衛とは別に――不貞行為を許さないためだ。
男子が近付いてくると、問答無用で剣を抜こうとする。
こんな危険な護衛を離してもらおうと、リアムに相談しに来たのだ。
だが、リアムは部屋にいなかった。
ウォーレスに聞いたら「知らない」と答えられ、どうするべきか悩んでいると――クルトがリアムの居場所を教えてくれた。
クルトに案内され、その場所に向かうと――リアムは随分と厳しい鍛錬で汗を流している。
近付こうとすると、クルトや騎士たちに止められた。
「は、話があるのよ」
「それでも駄目だ。今は近付かない方がいい」
クルトが指をさすと、リアムの側に落ちてきた木の葉が――両断される。
騎士たちはそれを見てゴクリと唾を飲んでいた。
クルトが説明する。
「近付けばほとんど気が付かない間に両断される。リアムは集中すると、近付けなくなるんだ」
「な、何が起きているのよ」
ただ、体を鍛えているようにしか見えないのに、リアムに近付いたら斬られる。
ロゼッタは意味が分からなかった。
「おかしいよね。僕も最初は唖然としたよ。けど、リアムは長年自分を追い込んで、あの境地に到達したんだ」
ロゼッタは思う。
(私の努力なんて、努力じゃなかったのね)
何もせずにトップにいると思っていたリアムは、自分以上に努力していた。
それを知り、世間知らずの自分が恥ずかしくなってくる。
(結局、私は彼に助けられてしまったのね)
ロゼッタはリアムに合わせる顔がないと、その場を去るのだった。
バンフィールド家の屋敷。
セリーナは、届けられた資料を持って急いで宰相に連絡を取っていた。
『緊急の用件とは何か?』
「宰相! あの者たちが調べた資料でございます! クラウディア家の監視に留まらず、密偵の真似事までやっていたようです」
宰相がデータを確認すると、目を見開く。
そこには、宰相の秘密も調べられていた。
『――やりたい放題にさせすぎたな。後始末はこちらでする。それで、元の資料は?』
「宰相のデータだけを消しておきました」
『余計な仕事をさせてしまったな。後でお礼はしよう』
「資料はどうしますか? ブライアンは、扱いに困っております」
『伯爵の反応は?』
「興味がない、と」
『――帝国に差し出すように誘導せよ。私が受け取ったことにする。貴族たちの弱みを握れるチャンスだ。私が弱みを握っていると、彼らが知ることに意味があるからな』
「また、あくどい顔をされていますよ」
『おっと、失礼した。だが、これを集めた連中は、こちらで処理する。何の心配もいらないと、伯爵には伝えなさい』
「はい」
無事に葬儀やら、終業式が終わって四年生に進級した。
そして、待っていたのは長期休暇だ。
「三年ぶりの故郷は随分と――あまり変わっていないな」
戻ってきたのはいいが、景色に大きな変化はなかった。
以前は数年で色々と変わっていったのに、今は変化が見られない。
ウォーレスが荷物を持って俺の屋敷を見ている。
こいつがここにいる理由は――暇だからだ。
こいつ、殿下じゃないから後宮に戻れないらしい。
「あ~、長旅で疲れたよ。とりあえず、私専用の侍女と護衛を頼むよ。どちらも美女だと嬉しいね。それから、食事は肉を中心に豪勢にしてくれ」
子分のくせに、いきなり色々と注文を付けてきた。
叩き出してやろうかと思っていると――。
「久しぶりですね。ウォーレス殿下」
――セリーナが笑顔で近付いてくる。
すると、ウォーレスが青い顔をして震えていた。
「出たぁぁぁぁ!」
まるでお化けでも見たように絶叫すると、セリーナが品良く笑っていた。
「あら、酷いじゃありませんか、元殿下。私のことをお化けみたいに」
すると、ウォーレスが俺の後ろに隠れる。
「お、お化けの方がマシじゃないか! リアム、どうして侍女長がここにいるんだよ!」
「どうしてって――うちで雇ったからに決まっているだろうが」
「何でだよ~!」
本当に怖がっているウォーレスの世話は、セリーナに任せた方が面白そうだな。
そして、少し遅れてロゼッタが屋敷に入ってくる。
俺の前に出てくるのは、先代の公爵と、現当主の公爵――ロゼッタのお婆さんと、お袋さんだった。
「伯爵、この度は何とお礼を申し上げればいいのか――」
「こうして面会できて、大変嬉しく思います」
腰の低い二人の相手は面白いが、ロゼッタがあたふたしている。
――止めろ。お前はもっと尊大でないと駄目だろ。
俺はアゴを動かし、セリーナに合図を送った。
すると、セリーナが二人をロゼッタの方へと案内する。
三人が久しぶりに面会すると――抱き合って涙を流していた。
――何か違わない?
もっと「公爵の爵位まで奪われてしまったわ! お母様、お婆様、申し訳ありません!」みたいに泣くと思ったが、どうやら再会を喜んでいるように見える。
「まぁ、まだ様子見の段階だな」
震えているウォーレスをセリーナに預けると、ブライアンが涙ぐんでいた。
「リアム様がご結婚を決められるとは――このブライアン、嬉しくて泣いてしまいそうですぞ」
「もう泣いているじゃないか。泣き止めよ」
「この冷たい対応! やはり、リアム様はこうでなくては!」
何を言っても喜ぶブライアンは放置して、俺は待っていた天城を呼ぶ。
奥に控えて何をしているのか?
「天城、部屋に行くぞ」
「――旦那様、よろしいのですか?」
「何が?」
天城が戸惑っていた。
ウォーレスは、部屋へと戻るリアムを見て唖然とする。
「人形好きって本当だったのか」
そんなウォーレスに、セリーナが咳払いをしてから神妙な面持ちで注意した。
「ウォーレス様、この屋敷で死にたくなければ天城を前に人形と言わないことです。リアム様は、天城を馬鹿にした者を絶対に許しません。冗談ではなく、物理的に首が飛びますよ」
それを聞いて、ウォーレスも頷く。
(クルトが言っていたな。私も気を付けるとしよう)
「も、もちろんだ。大事なパトロンだからな」
「えぇ、そうしてください。それにしても、リアム様も物好きでいらっしゃいますね。よりにもよって、毒にも薬にもならないウォーレス様のパトロンをするなどと」
ウォーレスは思った。
(あれ? セリーナの中で、私の評価って低くない?)
「セリーナ、私は元主人の――家族だぞ」
「はい。ですが、今の私はリアム様にお仕えしております。バンフィールド家の利益を考えておかしいことがありますか?」
「な、ないです」
ウォーレスは、せっかくの長期休暇が息苦しいものになるだろうと予想し――見事的中するのだった。
ブライアン(´;ω;`)「機密文書なんて渡されても、このブライアンには扱いきれませんぞ、リアム様! ――胃が痛くて辛いです」