バークリーファミリー
セブンス8巻の見所は、表紙に登場している少女ですね。
ロゼッタは追い詰められていた。
入学して一年がもう終わろうとしていたが、自分の成績は酷いものだったからだ。
最終的な成績は、学年でかなり後ろの方だ。
第一校舎の生徒たちだけに絞れば、最下位だった。
「あんなに――頑張ったのに」
寝る間も惜しんで頑張った。
だが、周りに追いつくことすら出来なかった。
廊下を絶望した顔でフラフラと歩いていると、第一校舎では見かけない生徒たちが向こう側から歩いてくる。
五人組の中心にいたのは、バークリー男爵――デリックだった。
ロゼッタは顔を背け、すぐに逃げようとするが腕を掴まれた。
「おや、どこに行くんだ、貧乏人?」
ロゼッタが掴まれた手を振り解こうとするも、不健康に痩せているように見えるデリックの握力の方が強かった。
肉体強化を何度も受けたデリックの方が、普段から努力して鍛えているロゼッタよりも強かった。
――これがこの世界の現実だ。
「は、放しなさい!」
「冷たいことを言うなよ、貧乏公爵家のロゼッタちゃん」
ゲラゲラ笑っているデリックの取り巻きたち。
デリックは、ロゼッタを舐め回すように見ている。
「肉体強化を最低限しか受けていないのに、随分とそそる体つきじゃないか。やっぱり、体を売っている貧乏人だけあって、そっち方面は優秀だな」
突き飛ばされると、ロゼッタの持っていた端末が落ちて成績表が表示されてしまった。
デリックたちがその内容をマジマジと見て――笑った。
「み、見ないで!」
端末を取り返そうとするが、デリックに奪われてしまう。
「お前、この成績は酷すぎるだろ。貴族として失格だ。いや、平民以下だろ」
ロゼッタがデリックの伸ばした腕から端末を奪い返そうとして、体が触れるとデリックがニヤリと笑った。
「きゃっ!」
突き飛ばされ、倒れたロゼッタをデリックたちが囲んだ。
「――ロゼッタ、お前らの一族は優秀な貴族から遺伝子をもらうんだったよな? 今からくれてやるぜ」
ベルトを外すデリックは、舐め回すようにロゼッタを見ていた。
ロゼッタは冷や汗を流す。
「な、何を言って」
デリックは本気だった。
「感謝しろよ。俺たちバークリー家の優秀な遺伝子を受け継げるんだからよ。あ、でも――図々しくバークリー家を名乗るなよ。お前の子供は認知しないから」
最低なことを言うデリックから逃げようとするが、取り巻きたちに囲まれて無理だった。
「名ばかりの公爵家の女が、このデリック様の優秀な遺伝子をもらえることに感謝するんだな!」
デリックが手を伸ばすと、ロゼッタは抵抗するが簡単に押さえつけられてしまう。
「や、止めて! 誰か助けて!」
廊下を通る生徒も教師たちも、見て見ぬふりをしていた。
デリックと――バークリーファミリーと関わりたくないのだ。
そして、ロゼッタを助ける価値などないと考えているらしい。
(――どうして私がこんな目に遭うのよ! どうして!)
口を押さえられて叫べなくなると、ロゼッタは自分の不甲斐なさを恨むのだった。
すると、取り巻きの一人が吹き飛んだ。
「――え?」
デリックが吹き飛んだ取り巻きを見ると、その後に反対側に首を向けた。
そこに立っていたのは、クルトとウォーレスを連れて歩いてきたリアムだ。
「誰だ、お前ら? 見ない顔だな」
リアムが呟けば、後ろにいたウォーレスが青い顔をしていた。
「リアム、彼はバークリー男爵だ!」
クルトが驚いていた。
「以前の大会で優勝した人じゃないか。彼は第二校舎の生徒のはずだろ?」
クルトは、バークリー家のことをあまり知らないようだ。
そして、それはリアムも同じようで――。
「なんでこっちにいるんだ? まぁ、いい。目障りだから消えろ」
言われて、デリックが腹立たしかったのかリアムに怒鳴る。
「てめぇ、誰に向かって生意気な口を利いているんだ! 俺はバークリー男爵だぞ!」
すると、デリックが吹き飛ぶ。
リアムが急接近してきて、その顔に拳を叩き込んでいた。
「――誰に向かって舐めた口を利いているんだ? そのままそっくり返してやるよ。俺は伯爵だぞ」
それを聞いて、デリックに駆け寄った取り巻きの一人が気付く。
「伯爵? バンフィールドか!」
すると、その取り巻きも吹き飛んだ。
「馴れ馴れしく呼び捨てにしてんじゃねーよ、カスが!」
そんなリアムを見て、クルトもウォーレスも叫んでいた。
「リアム、暴力は駄目だ!」
「ぎゃぁぁぁ! リアム、相手を見て喧嘩を売ってくれぇぇぇ!」
倒れたデリックたちを回収して、取り巻きたちは逃げるように去って行く。
ロゼッタは乱れた制服姿で、床に座り込んでいた。
リアムが近付いてきて手を伸ばした。
「よう、大丈夫か?」
その手を――ロゼッタは払いのける。
「あ?」
リアムが睨んでくるが、ロゼッタは泣きながら睨み返した。
「――私に触るな。私は――たとえ、落ちぶれても公爵家の娘。お前などに礼など言うものか!」
本来であればお礼を言うところだ。
だが、追い詰められたロゼッタは、助けられたのがリアムとあって素直にお礼が言えなかった。
フラフラと立ち上がり、逃げるように去って行く。
(――私は、どうしてこんなに愚かなのかしら)
力が無い自分が憎い。
助けず、蔑む周囲が憎い。
そして、清廉潔白なリアムが――羨ましく憎かった。
優しくされて嬉しかったが、それが恵まれた者の施しであると気が付いて嫌になる。
ロゼッタは、幼年学校での生活に追い込まれていた。
走り去ったロゼッタを見て思った。
――あいつ、いいわ。
俺は伯爵だが、自分は次期公爵だから頭は下げないと言いやがった。
ウォーレスが視線をさまよわせながら、
「リアム、相手が誰だか分かっているのか?」
不安そうにしているウォーレスに、俺は笑みを向ける。
「あぁ、知っている。気に入ったよ」
クルトが俺を見て目を見開いた。
「リアム――また悪い癖が出ているよ」
悪い癖と聞いて、ウォーレスが気になったようだ。
だが、クルトは答えない。
――まぁ、ウォーレスが知る必要も無いことだ。
ウォーレスは基本的に善人だからな。
俺とクルトのように悪人ではない。
「そう言うな。俺の趣味みたいなものだ」
家柄だけが心の支えであるロゼッタを、心の底から屈服させたい。
あの高慢なお嬢様が、俺に従ったらさぞ面白いだろう。
素直で従順な奴も好きだが、たまには反抗心むき出しの女もいい。
ティアにしても、マリーにしても、あいつらは俺の全てを肯定する。
そこは気に入っているが、人間とは贅沢な生き物だ。
たまには反抗的な人間を屈服させたいものである。
――悪徳領主の血が騒ぐ。
それをクルトが悪い癖だと言ったのだ。
ロゼッタ――お前は俺に選ばれた不幸を呪え。
お前の全てを踏みにじってやる。
リアムが笑顔で学生寮の自室に入っていく。
それを見ていたクルトは、ウォーレスと二人になると溜息を吐いた。
「まったく、リアムは変わらないな」
ウォーレスが焦っていた。
「おい、リアムは大丈夫なのか? 私はいきなりパトロンが消えるなんて嫌だぞ。しかも、相手はバークリーファミリーだ」
「ファミリー?」
ウォーレスは更に焦る。
「し、知らないのか!? 海賊貴族なんて呼ばれる連中だ。帝国でも厄介な連中だ。あいつら、規模で言えば公爵家に届くんだぞ」
バークリー家は、子供が生まれると領地を割譲して独立させ男爵にする。
だが、実際に管理しているのはデリックの父親である男爵だ。
爵位が低いのは、帝国への貢献を減らすため。
出世よりも実利を取った結果だ。
そのため、バークリー家は親族の男爵家が集まった組織――バークリーファミリーと呼ばれていた。
海賊行為を行う一方で、帝国に貴重なエリクサーを献上するために切るに切れない存在になっている。
「――海賊? そうか、だからか」
「あいつらは危険だ。すぐに謝罪する必要がある」
焦るウォーレスにクルトは首を横に振った。
「それは無理だ。リアムは海賊に容赦しない」
「相手は貴族だぞ!」
「それでも、海賊行為をした時点でリアムの中では賊だ。リアムは、以前に海賊行為をしたピータック家の艦隊を全滅させたんだ」
ウォーレスが口を開けて驚く。
「ピータック家――そ、そういえば、お前らはレーゼル子爵家で修行していたと言ったな。まさか、お前たちが関わっていたのか」
ピータック家のペーターだが、股間が爆発したために療養のため幼年学校への入学は延期となっていた。
「だが、バークリーだけは駄目だ。リアムでも勝てない。あいつら、自分たちだけの戦力だけじゃ無い。海賊たちも従えているんだ!」
クルトはそれを聞いて諦める。
「それなら、なおのこと駄目だ。リアムは海賊を絶対に許さないからね」
ウォーレスがその場に崩れ落ちて床に手をつく。
「わ、私の独立が――終わってしまった。もう、おしまいだ」
バークリー家の復讐に怯えるウォーレスだった。
第二校舎の学生寮。
デリックは顔に絆創膏のようなものを張っていた。
「――リアムを殺す」
殴られたことに腹を立て、すぐに殺すと決断すると周囲は反論しなかった。
そして、デリックはタダでは殺さないと宣言する。
「あいつの領地を破壊し尽くせ。全てを奪い、ゆっくり拷問をしながら殺してやる」
案内人が聞いていたら、狂喜乱舞していたことだろう。
だが、ここに彼はいない。
「おい、あいつの情報は調べたか?」
「は、はい! えっと、今のところはこれだけです」
急いでかき集めた情報を、空中に投影する。
ただ、本拠地にはかなりの戦力があるようで、簡単に倒すことは出来ないとデリックも分かっていた。
「――開拓惑星があるな」
目を付けたのは、現在開発中の開拓惑星だった。
「こっちには一千隻くらいの防衛部隊しかいませんね」
デリックが笑顔になる。
前歯が無かった。
「俺の艦隊を出せ。お前らの実家にも連絡しろ。海賊共もかき集めろ。それから “アレ”も使うぞ。あいつの本拠地に仕掛けて、全てを搾り取ってやる。豊かな星から全てを搾り取ってやるんだ」
デリックはファミリーの中では権力は無い。
だが、それでもかき集められる艦隊の数は三千隻はある。
その他諸々をかき集めれば、倍の六千にもなる。
開拓惑星程度なら簡単に焼け野原にできると考えていた。
「ヒヒヒ、リアム――俺を怒らせたことを後悔させてやる」
バンフィールド家の領地に、デリックの魔の手が伸びた。
バンフィールド家の開拓惑星。
そこの防衛部隊の基地では、騒ぎになっていた。
「司令! およそ六千の艦隊がこちらに向かってきます!」
「何!?」
防衛部隊を任されている司令官が、巨大モニターに映し出される敵艦隊を見て驚く。
「六千隻だと?」
「は、はい。間違いありません」
防衛部隊の数は増強されて一千二百隻。
数の上で負けているのだが――。
「どこの馬鹿だ。バンフィールド家に喧嘩を売るなんて、余所から流れてきた海賊か?」
海賊に恐れられているリアムの領地に、海賊らしき艦隊が攻め込んできた。
開拓惑星なら滅ぼせると考えているのだろうが、司令官は慌てていない。
何故なら、
「――非戦闘員の避難を急がせろ。防衛基地は、これより空母として迎撃に参加する。本部にも報告を急げ」
リアムがニアスのスポーツブラを見て購入を決めた、要塞級と呼ばれるとんでもなく大きな空母が防衛部隊の臨時基地となっていた。
その性能は非常に高い。
要塞級と呼ばれるだけあり、まさに難攻不落の要塞のような空母だ。
オペレーターたちが大急ぎで指示を出していく。
司令官は敵の艦隊を見て信じられないという顔をしていた。
「まだうちに喧嘩を売る海賊たちがいたのか――たったの六千隻で」
要塞級を主力にしたバンフィールド家の艦隊は、そのまま本部から増援が来るまで耐え切って敵を挟撃。
海賊たちは命乞いをしてきたが、無視をして全滅させてしまう。
ただ、防衛部隊だけでも敵を追い詰めており、味方が来た時に敵が逃げはじめた。
撤退するタイミングの悪い敵は、逃げ場を無くしたようなものだった。
「あいつら、いったい何をしたかったんだ?」
防衛部隊の司令官が首をかしげる。
デリックがかき集めた艦隊は、バンフィールド家の開拓惑星を焼け野原にすることは出来なかった。
ブライアン(´・ω・`)「リアム様とご友人たちの意思疎通が出来ておりません。このブライアン、心配なのですぞ」