狂犬マリー
驚きの感想をもらいましたので、宣伝ついでにご説明します。
「セブンス」と「せぶんす」は別物です。
セブンスは既に完結しており、書籍版は現在七巻まで発売中で、八巻が今月28日に発売されます。
これからWeb版を読まれる方は、書籍版の方が読みやすく内容も濃くなっているのでそちらがお勧めです。
電子書籍版もあるよ!
一年生も半ばを過ぎて秋になった頃。
幼年学校の長期休みは、四年生へ進級してから半年間だけ。
そのため、一年生に長期休みなど存在しなかった。
ただ、楽なので問題はない。
実際、今も授業の一環として大型の立体映像を鑑賞していた。
動き回る立体映像の巨人――機動騎士たちは、人型兵器のロボットだ。
ロボットが西洋の全身甲冑のような装甲を取り付け、戦っている光景を見ている。
「迫力があって面白いが、動きが遅くて欠伸が出る」
観客席の一年生たちは歓声を上げているが、俺はちっとも面白くなかった。
隣に座る子分一号のウォーレスが、賭けていた上級生が負けてしまい頭を抱える。
「全額すったぁぁぁ!」
こいつはやっぱり馬鹿だな。
因みに、こいつの小遣いは毎月俺が渡している。
パトロンだから仕方がないらしい。
少額だからいいが、何だか釈然としない。
「ウォーレスは馬鹿だよね。大穴だけを狙うからだよ」
クルトが笑っていた。
計算高いクルトは、大穴なんて狙わないのだろう。
「一発逆転を狙いたいだけだ。一度でも勝てば、負けを取り返せたんだ」
「そういって全額すったよね?」
「それを言うな! あ~、全額なくなったな~。あと二週間、これだと厳しいな~」
子分が俺をチラチラ見ているが、これ以上のお小遣いを用意する理由にはならない。
無視していると、クルトが次の試合を見ながら話しかけてくる。
「参加している機動騎士は、専用機も多いね」
機動騎士を使用した試合は、三年生から参加できる。
大半が幼年学校の練習機をレンタルして参加しているが、金持ち連中は自前の機動騎士を持ち込む。
ウォーレスが、専用機持ちたちに苛々している。
「性能差でごり押しなんて卑怯だ。私だって自前の機動騎士なんて持っていないのに」
皇子様なのに、機動騎士は練習機しか乗れなかったようだ。
「――そうか、自前の機動騎士で参加できるのか」
退屈な試合を見ながら、こいつらをアヴィドで蹂躙したら――少しは退屈な幼年学校での生活も面白くなるだろうと思った。
試合が終わった。
優勝したのは三年生のデリックという辺境の男爵らしい。
伯爵家の子弟も参加していたのに、空気を読まずに優勝する辺り実力主義なのだろう。
だが、俺にとっても都合がいい。
そんな実力者を、圧倒的な力でねじ伏せるのは気分がいいからな。
それにしても、優勝したデリックだが――そんなに強くは見えなかった。
まぁ、幼年学校のレベルなんてこの程度だ。
端末を操作し、空中にモニターを投影して通信を行う。
――通信相手は、ニアスだ。
俺の依頼を聞いて、目を見開いている。
『リアム様、正気ですか?』
「当然だ。俺のアヴィドは整備中だろ?」
『整備は終わって保管中です。ですが、アヴィドの強化など無茶です。これ以上はバランスが崩れてしまいます。一から作るよりも難しいと思いますよ』
「いいからやれよ。金なら出すぞ」
相変わらず会う度に戦艦を買ってくれと五月蠅いニアスだが、俺の提案には難色を示していた。
『お金の問題ではありませんよ。いくら積まれようと、これ以上の改修は無理です。それこそ、希少金属や加工するための素材を大量に用意できるならまだしも』
「希少金属? オリハルコンか?」
ファンタジー世界定番の金属だ。
だが、希少価値が高く、確保するのが難しい。
金さえ出せば集められるが、とても効率が悪いと聞いている。
『オリハルコン、アダマンタイト、ミスリル――その他諸々と必要になりますね。それに、優秀なスタッフも必要です。長期間の拘束になるでしょうから、費用だって下手な艦隊を揃えるよりもかかりますよ』
そもそも希少金属を加工するだけで莫大な資金が必要になる。
それだけの資源と資金、そして人材を消費するのなら、艦隊を用意した方が効率的だ。
だが、俺は効率よりも浪漫を求める男だ。
「金ならある。資源も用意してやる」
『――無茶だと思いますけどね。そもそも、アヴィドにこだわらなくとも、新型を購入されてはいかがです?』
「気に入っているから嫌だ。今の主流の機体は脆い気がして安心できない」
俺の頼みを前世風に言うのなら、クラシックカーに新車並の性能を求めるようなものだ。
カーナビを載せろ、電気自動車にしろ、色んな機能を付けろ――そんな無茶を言っている。
それなら、新車を買えよという話である。
だが、これは好みの問題だ。
俺は一切妥協しない。
『では、リストを作成しますので、必要な資材と予算がご用意できたらご連絡ください。あと、テストパイロットをご用意していただかないと困ります』
「テストパイロット?」
『はい。リアム様の技量と同等――いえ、アヴィドを動かせる人材を送ってください。全てをクリアしたなら、責任を持ってアヴィドの改修をお引き受けしますよ』
明らかに「どうせ無理だから素直に新型を買え」みたいな態度だった。
こいつ、残念すぎて俺が伯爵だと忘れていないか?
だが――いいだろう、お前がそのような態度なら、俺も本気を出してやる。
「――言ったな? 二言は無いな?」
『もちろんです。揃えられたらご連絡ください。まぁ、諦めて素直に新型や戦艦を買ってくれても――』
通信を切り、俺はすぐに実家に連絡を取る。
モニターに出たのは天城だった。
今日も元気そうで安心する。
『なんでしょうか、旦那様?』
「天城――このリストの資材を早急に確保しろ。“アレ”で作った希少金属があるな? 第七兵器工場に送ってやれ。大急ぎだ」
天城がリストを確認すると、いくつか足りない資材があるようだ。
だが、それらは金でどうにかなる。
『よろしいのですか?』
「もちろんだ。俺が領地に戻れば、いつでも用意できる。景気よく送ってやれ」
『――アヴィドの改修にしては、資材の量が異常ですが?』
「ニアスの奴、俺にふっかけたな。だが、言い訳できないように送ってやる。あいつがどんな顔をするのか楽しみだ」
『承知しました』
「それから――マリーを第七兵器工場に送れ」
エクスナー男爵領で暴れ回った時、助けた騎士だ。
多少使えると聞いている。
『【マリー・セラ・マリアン】を、ですか?』
「退院したんだろう? 早速働いてもらおうじゃないか」
――数ヶ月後。
第七兵器工場に運び込まれた資材の山を前に、ニアスが震えていた。
「――嘘。本当に揃えてきた」
バンフィールド家から届けられた希少金属の山を背に立つのは、薄紫で銀色に近いストレートロングの髪を持つ女だ。
紫で統一した衣装は、アームガードやらヒールは黒。
鋭い気の強そうな目は、紫色の瞳だ。
白く綺麗な肌に、瑞々しい紫色の口紅。
スラリとした体型、形のよい胸。
後ろ腰に提げているのは、ブレードを収納できるタイプの剣の柄が二つ。
リアムの騎士候補【マリー・セラ・マリアン】だった。
「アヴィドのテストパイロットに任命されたマリー・マリアンよ。よろしく頼むわね、技術大尉殿」
「え? いや、あの――」
困惑するニアスを前に、マリーは両手を頬に当てて、身を捩り照れていた。
「リアム様が私を指名してくださった初の任務なの。何としても成功させたいわ。貴方も協力してね」
背が高く、格好いい女性が乙女のような顔をしていた。
(というか――誰?)
ニアスはリアムの屋敷に何度も出入りをしているが、マリーなどという騎士は知らなかった。
すると、ニアスの後ろにいた職人が考え込んでいる。
随分と老齢で、腕は確かな職人だ。
「マリー? マリー・マリアン? どこかで聞いた覚えがあるぞ」
しかし、思い出せないらしい。
ニアスは、まさかリアムが本当に自分の条件をクリアするとは思っていなかった。
それからマリーだ。
こいつ、本当にアヴィドを操縦できるのかと、ニアスは疑っていた。
騎士にしては細身で綺麗すぎる。
まるでモデルや女優のような女だ。
「あ、あの、本当にアシストなしの機体を操縦できるのですか? 今時、アシストなしの機動騎士なんて、操縦出来る方の方が少ないですよね?」
それを聞いて、マリーが微笑む。
「私の時代ではアシスト機能など使う騎士は半人前だったわよ。アヴィドが難しい機体であるのは理解しているけど、何の問題もないわ。むしろ、どんなじゃじゃ馬なのか気になって仕方がなかったくらいよ」
頬を染めて「リアム様の乗機を任せていただける――こんなに嬉しいことはないわ」と幸せそうだった。
(え、何なのよこの人?)
リアムの騎士は変な人が多いと思うニアスだった。
だが、用意された資材を前に――自分の中の開発者魂に火が付く。
(でも、これだけの素晴らしい資材を贅沢に使える機会はないし、いっそ今までにやりたかったこともやってしまえば――いいデータが取れそう)
涎が出てくるので、拭った。
「――では、すぐに取りかかりましょう」
欲望に忠実なニアスが、アヴィドの強化改修に取りかかる。
マリーがリアムの騎士候補になった経緯は、エクスナー男爵領での海賊退治が始まりだった。
マリーは二千年前に起きた帝国での騒動に関わっており、石化されてしまったのだ。
そのままただ、時を過ごしていた。
大勢の持ち主の手に渡り歩き、時には破壊され、砕けていく自身の体に絶望しながら意識だけはつなぎ止められていた。
それがマリーへの罰だと――皇帝は言っていた。
(誰でもいいから終わらせて。こんな形で朽ちていくなんて嫌よ!)
そして、マリーは海賊の手に渡り、観賞用に飾られていた。
石像になったマリーには背中に経歴が書かれている。
マリー・セラ・マリアン――伝説の帝国騎士にして、皇帝陛下に弓引いた愚か者。
本人からしてみれば、弓引いたつもりもない。
逆らったつもりすらない。
だが、時の皇帝は疑心暗鬼、そして悪趣味でもありマリーを石化させた。
意識だけはつなぎ止める魔法を使われ、美しい石像として売り払われた。
そのような辛い日々が終わったのは、海賊たちが負けてしまったからだ。
兵士たちがなだれ込んでくる。
マリーは思った。
(また持ち主が変わるのね。いっそ、破壊してくれたらいいのに。粉々に、塵一つ残さずに――)
だが、兵士たちが叫ぶ。
「やった、グロくない!」
「石像ばかりだな」
「――え、ちょっと待て。こ、この石像ってまさか全部!」
マリーを手に入れた海賊は、人を石化させた石像が好きな男だった。
自らも美しい男女を石化して楽しむ悪趣味な男で、マリーが飾られている部屋にはいくつもの石像があった。
兵士たちが人を呼び、丁寧に石像を運び出していく。
そして出会ったのが――リアムだ。
「これが全部、元は人間だったと?」
自分たちを前に医師と話をしていた。
「はい。石化させたのでしょう。薬物、魔法、呪い、様々な方法で石化されています。中でも、この方は特に酷い」
それがマリーだった。
「治療にはエリクサーが必要になります」
エリクサー、万能の霊薬でも無ければ自分は元には戻らない。
それはつまり、直す手立てが無いのと同じ事だ。
エリクサーは今も昔も貴重すぎる。
(お願いだから終わらせて。お願いだから――)
そんなマリーの願いは、リアムに打ち砕かれる。
「そうか。領地に送って治療してやれ。残りも同様だ」
それだけ言ってリアムは去って行く。
マリーは、リアムが何を言っているのか理解できなかった。
ただ、しばらくして石化が解け、砕けて無くなった手足の再生治療が行われたのだ。
数年のリハビリの後に、復帰して――マリーが希望したのは、リアムの騎士候補だった。
首都星。
役人として働いているティアは、宮殿の資料からマリーのデータを手に入れた。
極秘資料ではあったが、入手して素性を確認する。
「マリー・セラ・マリアン――二千年近く前の帝国騎士か」
マリーの記録は抹消されていた。
だが、古い資料には僅かばかりの記録が残っている。
悪趣味な皇帝により、石化されたマリーは当時の帝国でも指折りの騎士だった。
活躍も凄まじく、当時の騎士たちからは伝説の三騎士などと呼ばれ、帝国に貢献していたようだ。
とても有能だったのは確からしい。
ティアが眉間に皺を寄せる。
「過去の遺物が、リアム様にすり寄って――」
リアムの騎士に立候補したマリーは、元の実力もありすぐにリアムのために働くことになった。
最初の仕事は、リアムの愛機であるアヴィドのテストパイロットだ。
ティアにしてみれば、マリーは敵だった。
そして、マリーもティアを敵視している。
理由は、マリーが筆頭騎士の座を狙っているからだ。
「――いいだろう。誰がリアム様の筆頭騎士に相応しいか、思い知らせてやるよ。“狂犬マリー”」
ティアは、マリーのデータを閉じる。
ブライアン(´・ω・`)「ギスギスしていて辛いです。ブライアンは、騎士の皆さんにはもっと仲良くして欲しいですぞ」