逃がした魚
金曜日はダイマの時間。
「乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です」コミカライズ版は、コミックウォーカー様やニコニコ静画様で楽しめます。現在、一話、三話公開中【1/4日時点】
三話の公開期間が残り僅かなので、早めに楽しんでもらえればと思います。
追加要素ありの書籍版もよろしくね。
ランドルフは、届いた報告書を読み震えていた。
そこに書かれていたのは、当初とは真逆の報告だった。
「ピータック家とバンフィールド家を間違えていた――だと」
リアムとペーターの顔や名前以外が、入れ替わったような報告書に震えが来る。
信じられない。
こんなはずはない。
どうしたら、こんなミスが起きるのか?
そんなことを考えていたが、首を横に振る。
「すぐに海賊共に、計画の中止を連絡しなければ」
もう、戦闘は始まっている頃だ。
こうなれば、海賊を切り捨てて、レーゼル子爵家の艦隊で救援に向かい恩を売るしかない。
そう判断をしたが、直後に――。
『ランドルフ様!』
慌てた部下からの報告は、海賊共が大敗。
ピータック家も艦隊のほとんどを失い、子爵家に助けを求め逃げ込んできたというものだった。
「だ、駄目だ。すぐに追い返せ!」
『し、しかし、ピータック家は当家と婚姻関係を結んでおり、軍事的な同盟を結んでいるので拒否できません』
婚約と同時に、焦るように色々と条約を結んだのが裏目に出た。
ランドルフは頭を抱える。
「あ、あり得ない。こんなことが――」
続いての報告は、娘であるカテリーナからだった。
『父さん!』
今は娘の相手をしている暇はないと思っていたが、内容を聞いて脚が震えた。
『ピータック家の領地に来たんだけど、ここおかしいよ! まったく発展していないし、情報と全然違うの。それに、借金取りの人たちが、レーゼル子爵家にピータック家の借金を一部返済してもらえないか、って! ペーターの両親は帝国の首都星にいるんだけど、連絡を取ったら払っておけと言うだけで、ろくな会話もなくて』
あまりにも莫大な借金の一部を、どうにか面倒見て欲しい。
ピータック家の対応も酷いが、子爵家に伯爵家の借金を支払えというのは酷な話だ。
それなりに稼いでいるレーゼル子爵家でも厳しい。
『そ、それから――』
「まだ何かあるのか!」
もう聞きたくないと思うランドルフだったが、カテリーナはどうしても伝えておかないといけないと言う。
『ペーターがね。――性病をもらっていたの』
その話を聞いて、ランドルフは目の前が真っ暗になった。
◇
俺が実家に戻ってきたのは、レーゼル子爵家を出てから三ヶ月後のことだった。
その間にやったことと言えば、エクスナー男爵領での海賊狩りだ。
男爵の領地は凄かったね。
もう、ギリギリまで搾り取るという強い意志を感じるような領地だった。
以前のバンフィールド家の領地より酷くはなかったが、基本に忠実な悪徳領主という感じだったよ。
しばらく世話になりつつ、クルトと遊んでいる間に俺の艦隊が海賊共を殲滅していた。
エクスナー男爵には娘もいて、それなりの年齢が来たらうちで面倒を見て欲しいと言われた。
これはつまり、悪徳領主仲間として俺を認めてくれたのだろう。
娘さんはまだ幼かったから、俺の屋敷に修行に来るのは当分先になる。
――さて、それはそれとして、だ。
「はじめまして、リアム様」
背筋の伸びた老婆が、俺に挨拶をしてきた。
「新しい侍女長か」
戻ってきてすぐに、俺に挨拶に来るとは礼儀がしっかりしているな。
着替えながら対応していると、相手は不快感を示さない。
行儀作法に五月蠅いと聞いていたが、誰が上司なのかしっかり弁えているようだ。
「俺に何か用か?」
「修業先でのことをいくつかお聞きしようと思っておりました。リアム様から見て、レーゼル子爵家はどのような家でしたか?」
俺の世話をすることになる侍女長には、本当のことを言っても問題ないだろう。
「見るべきところがなかったな。反面教師には丁度いい家だったよ」
真面目、善良――俺とは真逆の家だ。
色々とよかったところもあるが、全体を見ると付き合う必要がない家だ。
いや、付き合えない家だ。
俺とはそりが合わない。
それに比べて、エクスナー男爵はどうだ。
彼は理想的な悪徳領主だったよ。
今後とも付き合っていきたい家だ。
「――随分と手厳しいのですね」
侍女長が驚いた顔をしていた。
「今後は付き合う必要もない。向こうもお断りだろうな」
「仕返しは考えていないと?」
――仕返し? あぁ、対応が悪かったことか?
確かに腹立たしいが、真面目君に手を出すと帝国が五月蠅そうだ。
「いちいち関わっていられないからな」
侍女長は何か言いたそうにしていたが、それ以上のことは聞いてこなかった。
◇
侍女長が部屋に戻り、連絡をするのは――帝国宰相だった。
アンチエイジング技術がかなり進歩している帝国で、侍女長も宰相も高齢に見えるということはかなりの年齢ということだ。
「お久しぶりですね、宰相」
『君の報告を楽しみにしていたよ。それで、君の目から見たバンフィールド家はどうだ?』
元は帝国の宮殿勤めだった侍女長は、宰相とも関係が深かった。
共に若い頃からの付き合いだ。
「清く正しい帝国貴族の見本のような家ですよ」
『それを信じろと?』
宰相からすれば、ただの良い子ちゃんが借金まみれの領地をここまで改善できるとは思えなかったのだろう。
侍女長も同意見だったが、そうとしか言えない。
「世の中、持っている人間がいるものね。昔の貴方を見ているようですわ」
宮殿で出世していく若かりし頃の宰相を見ているようだ。
そう告げると、宰相が笑みを浮かべた。
『そうか。持っている人間か』
時に信じられない強運を持つ人間がいる。
まるで選ばれたかのような存在は――人の数が増えたことで、一時代に何人も登場するようになった。
「ただし、強運だけではないですね。あの年齢で随分としっかりしていますよ。レーゼル子爵家を、反面教師には丁度いいと仰っていました。修行のやり直しは必要なさそうです」
『――ふむ、あの家か。悪い噂も多かったな。伯爵が襲撃されたとも聞いたが?』
「ピータック家を名乗る海賊共に襲撃された、ということで処理しています」
『若いのに度胸があるな』
ピータック家と知りながら、海賊として返り討ちにしたと宰相は理解した。
「どうなさるおつもりで?」
『若い貴族に、間違った世の道理を教える愚か者には、少々きついお仕置きが必要だ。今回の件、帝国で本格的な調査をする』
海賊たちの襲撃や、その他諸々を本格的に調査することになった。
『しかし、子爵は馬鹿なのか? バンフィールド家との縁よりも、ピータック家を選んだ理由は何だ?』
レーゼル家とピータック家の婚姻。
これには宰相も首をかしげるしかなかった。
どう考えても、手を結ぶ相手を間違っている。
弱みでも握られたのかと、今度調査することにした。
宰相は侍女長に言う。
『しばらく様子を見てくれ。将来の帝国を支える貴族だからな』
「あら、随分と期待しているのね」
『どこもかしこも愚か者ばかりだからな。あぁ、それとな。面白い話がある。君の今の主人に伝えなさい』
通信が終わると、侍女長はリアムへと宰相から聞いた情報を伝えることにした。
◇
「リアム様! このブライアン、心配して夜も眠れませんでしたぞ!」
「いや、年寄りなんだから寝ろよ」
屋敷に戻ってきたら、ブライアンがうれし泣きをして困る。
天城を見ると、
「嘘ですよ。睡眠時間は減っていますが、健康に問題はありません」
――この野郎、本当に俺を心配していたのか?
ブライアンが俺に聞いてくる。
「と、ところで、リアム様――子爵家で色々と学ばれたそうですが、何か収穫はありましたか?」
あるにはあるが――別に大きな収穫はなかった。
「ないな。友人は出来たが、それだけ?」
「おぉ、ついにリアム様にご友人が! このブライアン、感無量でございます! 今度、ご招待してはいかがでしょうか?」
俺に友達が出来たくらいで喜ぶの?
こいつ、俺にまるで友達がいないとでも――あ、いないわ。
よく考えると、友達がいなかった。
悪徳領主として正しいのか?
でも、悪い奴は徒党を組むから、これは間違っている気もする。
やっぱり悪い奴らは、子分を従えている姿が王道だ。
「旦那様、今後の方針に関してですが」
天城に問われ、俺は以前から考えていたことをここで発表した。
「それなんだが、歓楽街を作ることにした」
「はぁ、そうですか」
反応の薄い天城に、俺は熱弁を振るう。
「ストレスの発散は大事だ。だが、性病は駄目だ。アレは危険すぎる。徹底した管理を行いつつ、安全に遊べる環境を用意しよう。予算は俺のポケットマネーだ」
今年度の予算編成が終わってしまったので、使えるのは俺の個人的な予算からになる。
――足りるよな? 最近、金銭感覚が狂ってきている。
「承知しました。ですが、その前に――空母を購入した理由を聞いてもよろしいでしょうか? しかも要塞級などという、当家でも手に余りそうな軍艦を何故購入したのですか?」
天城から視線をそらした。
「軍備増強計画はご存じでしたよね?」
無言でいると、天城は更に俺を追い詰めてくる。
「クルーの確保が出来ません。しばらく遊ばせておくことになりますよ。維持費にどれだけ予算が必要なのか理解されていますか?」
「――だって、欲しかったんだ」
ニアスのスポーティーな下着に欲情したとは言えなかった。
「今後は注意してください。おかげで、他の兵器工場から艦艇を売りたいと打診が次々に来ています。帝国軍からも、払い下げの購入を考えて欲しいと連絡が来ているのですよ」
兵器工場からは、うちの商品を買って欲しいと連絡が来る。
軍からは、新型もいいけどうちの払い下げも買ってよ、と連絡が来る。
要塞級なんてものを買うくらいだから、お金はあるよね? と、すり寄ってくるようだ。
どちらも簡単に拒否すると、後が面倒なのが困る。
「なら、買って配ればいいだろ。エクスナー男爵が欲しがっていたぞ」
「タダで配ってもいいことなどありませんよ」
天城に駄目出しされていると、ブライアンが助けてくれた。
「ふむ、それでしたら、近隣の小領主に貸すのがよろしいのでは? 彼らが戦力を持ち、自衛できればこちらの負担が軽くなりますぞ」
現在、周辺の治安を維持しているのはバンフィールド家だった。
なるほど、それはいいな。
レンタル料で儲けたい。
「よし、すぐに軍へ連絡だ。中古品は整備してから、周辺の領主に貸してやろう。新型はうちで使う。これで問題解決だな」
天城が呟く。
「そもそも、解決などしていませんし、要塞級の扱いが決まっていませんけどね」
話をしていると、侍女長が俺のところにやって来た。
「リアム様、ご報告がございます」
◇
――ペーターのペーターが爆発した。
その知らせを受けて、俺は腹を抱えて笑っていた。
侍女長が知らせてくれたのは、ピータック家のお家騒動だった。
だが、大事な話よりも、その原因であるペーターの話が面白い。
野郎、遊びすぎて性病をもらいやがった。
「笑い事ではありませんよ」
寝室のベッドの上で天城に膝枕をされている俺は、笑い疲れて息が切れた。
咳き込み、落ち着いたところで深呼吸をする。
「あ~、笑った」
「旦那様、侍女長が言いたかったのは――」
「お家争いだろ。それにしても笑うしかないな」
ピータック家だが、一人息子のペーターが跡取りを用意できなくなった。
そのために計画が狂ったのか、次の当主を巡ってお家騒動が起きている。
真面目にしていても、お家騒動で家中が割れるとか――やっぱり真面目にしていてもいいことがない。
「きっとカテリーナからもらったんだな。やっぱり、真面目にしていても駄目だな。酷い女を押しつけられたペーターには同情するよ」
「婚約者からもらった可能性はあるかもしれませんが、肉体関係があったのかハッキリしていませんよ」
天城が「カテリーナさんは今後は結婚が難しくなりますね」と言っていた。
ペーターと別れても、別れなくても地獄だな。
性病を持っていたと噂されるのだから。
「それよりも、ヘンフリー商会がピータック家に多額の資金を貸していたそうですよ。大損だったそうです」
「――あいつも馬鹿だな」
ピータック家を騙すつもりで近付いたのか?
まぁ、潰れてもらっても困るし、少しばかり手を貸してやるとしよう。
俺の大事な越後屋だからな。
膝枕をしてもらい、天城の大きな二つの山を眺めていたら、
「おや、旦那様――そのペンダントはどうされたのですか?」
「これか? 採掘作業中に拾ったんだ」
元々、冒険者を目指していたブライアン曰く「それはお土産品ですね。古代に様々な毒から身を守る不思議な首飾りがありまして~」ということだ。
毒殺を防ぐための首飾りらしく、そのレプリカはお守りのようなものとしてお土産品で売られるようになったらしい。
「いる?」
「そのような品は、旦那様がお持ちください。偽物でしょうが、自分が毒殺されてもおかしくない立場である事を自覚してくださいね」
俺に自覚を持てと言ってくる。
「今時、毒なんて簡単に検査で分かるだろうに」
「油断してはなりません」
すぐにチェックできるので、貴族が毒殺されるケースなんて希だ。
だが、縁起物なら、このまま首に提げておくことにしよう。
黄金で作られているし、俺のお気に入りだからな。
ブライアン(*´ω`)「何もしていないのに、勝手に敵が滅んでいきます。これも、リアム様の日頃の行いがいいからですね」