闇の誘い
投稿が遅れて申し訳ありません(;゜ロ゜)
ナイトナンバーを持つエレンは、独自の艦隊を保有する許可を得ている。
バンフィールド家の最強の騎士団に名を連ね、それだけの格別な待遇を受けていた。
それはつまり、格別な働きを期待されているという意味である。
「艦隊の発進準備はどうなっている?」
エレンの斜め後ろを歩く艦隊の副司令官に問えば、即座に答えが返ってきた。
「提督であるあなたを待つだけの状況ですよ」
「――提督である私が遅刻とは、あまりにも情けない話ね」
自責の念と羞恥心に、エレンの頬は少しだけ赤くなっていた。
「許容範囲内でしょう。それに、お屋敷からも遅れるという通達が来ております」
同じくナイトナンバーを持つ騎士の艦隊が帰還するため、その代わりにエレンの艦隊が派遣されることになった。
役割としては領内の治安維持に加え、周辺領主たちの制圧だ。
独自の裁量で動いていいとされており、更には征伐軍との戦いの際に敵対した貴族の領地を攻撃して良いという許可が出ていた。
好きなように動け、ということだ。
「ご当主様か?」
(まさか師匠が? そうであれば、無様な姿を見せてしまったわね)
エレンがお屋敷からの連絡主を確認すると、副司令官が首を横に振る。
「奥方様です。エドワード様が迷惑をかけたと謝罪がありました」
ロゼッタが謝罪してきたと知り、エレンは苦々しい表情になる。
「またあの方に謝罪させてしまった」
エレンが遅刻した理由はエドワードが原因だった。
出撃の挨拶をするために屋敷にいるリアムに挨拶をしたのだが、その帰りにエドワードに捕まってしまった。
副司令官が微笑を浮かべている。
「エドワード様は提督が大のお気に入りのようですね」
エレンは小さくため息を吐く。
昔からエドの面倒を見ているエレンは、不敬ながら弟のように感じていた。
「エドからすれば、口うるさい姉のような存在ですかね? 最近は特に甘えるようになって困っていますよ」
エレンがそう言うと、副司令官が少し考え込んでいた。
「エドワード様も色を知る年齢になったと聞いています。もしや、提督に恋をしているのではありませんか? 初恋の相手やもしれませんね。もしかすると、提督は将来バンフィールド家の奥方に――」
からかってくる副司令官に、エレンは振り返って笑みを向けた。
その笑みが「黙れ」と言っているように見えたのか、副司令官は冷や汗を流す。
「若君の初恋で盛り上がるのはいいですが、あまりに不敬が過ぎますよ」
「し、失礼致しました」
「今後は気を付けるように。それから――エドの初恋は別の人でしょうし、私がエドと結ばれることはありませんよ」
エレンはリアム自らが鍛えた剣士であり、騎士だ。
バンフィールド家でナイトナンバーが与えられる実力を持っている。
それでも、出自というのは変えられない。
アルグランド帝国の公爵家だったバンフィールド家の若君と結ばれるなど、リアムやロゼッタならともかく周囲が納得しないはずだ。
特に――マリー・セラ・マリアンは、強硬に反対するだろう。
リアムとロゼッタの第一子であるエドワードに、固執しているからだ。
副司令官もエレンの事情を思い出したようだ。
「申し訳ありません。提督の事情を失念しておりました」
「理解してくれたのなら嬉しいわ。さて――バンフィールド家の敵を狩りに行きましょうか」
二人がいるのは軍の宇宙港であり、そこにはエレンの乗艦である赤い超弩級戦艦が停泊していた。
「師匠の露払いは弟子の役目。しっかり果たしましょうか」
(私をここまで育ててくださった師匠にご恩を返さないとね)
◇
バンフィールド家の屋敷にて、エドワードが憤慨していた。
「どうして僕の師匠が出撃する必要がある? 他にも艦隊は沢山あるんだろ? わざわざ、僕の師匠を連れて行かないでほしいよね」
文句を言っている相手は、屋敷にある軍関係の部署だった。
そこの最高責任者が、エドワードの相手をしていた。
「若君の言い分もありましょうが、これは軍の決定です。変更には相応の理由がない限り認められません」
そう言われると、エドワードは機転を利かせる。
「師匠は提督である前に、僕の剣の師だ。一閃流を受け継がせるという神聖な目的があるのに、軍はそれを邪魔しようっていうのか? それは一閃流に対する冒涜だね」
一閃流とはバンフィールド家に於いて神聖な剣術だ。
リアムが一閃流を重視しているため、軍にとっても神経質になる問題だった。
「いや、それはその――」
答えに困っている責任者に、してやった、という顔をするエドワードだったが、そこに現われるのはマリーを連れたロゼッタだった。
「エド!」
「げっ!?」
ロゼッタが現われると、エドワードは視線をさまよわせる。
そんなエドワードの姿を見て、ロゼッタは説教をする。
「その態度、自分が相手を困らせていると自覚がありますね?」
「で、でも、別に師匠を連れて行かなくても」
「エレンはナイトナンバーを持つ騎士です。そんな騎士に、あなたの相手だけさせておくのはバンフィールド家にとって損失になります。理解はできますね?」
エドワードも無茶を言っているという認識はあったため、小さく頷いた。
「わかりました」
ロゼッタが小さなため息を吐く。
「エレンにも仕事があります。邪魔をしてはいけませんよ。あなたが無理に引き留めたせいで、艦隊の出撃が遅れたのですからね」
子供のわがままで出撃が遅れるという大きな被害に、ロゼッタは頭を悩ませていた。
「今回ばかりはダーリンに叱ってもらいます。一体どれだけの被害が出たことやら」
エドワードは両手を握りしめる。
◇
ロゼッタがエドを連れて俺の執務室にやって来た。
こいつら俺が暇だと思っているのだろうか?
今も軍の再編やら領地の復興、更には様々な案件が俺のもとに届いている。
数秒の間に何百件と裁可を求められている状況だ。
「艦隊の出撃が遅れた?」
「そうよ。子供のいたずらにしては度が過ぎていると思うの」
俺は即座に軍関係の――港の状況を確認する。
確かに出撃の遅れで宇宙船の港への出入りに問題が生じたが、調整が入っていた。
多少の損失は出ていたが、ここで騒いで説教をする時間の方が惜しい。
エドは俺の前で縮こまっている。
悪さをしたという自覚はあるらしい。
「――軍の港は艦艇の出入りが激しい。一隻の遅れが、その後の受け入れに影響を及ぼすのは理解しているな?」
問えば、エドが小さく頷いた。
「理解しています」
「そうか。ならば、今後は気を付けろ。以上、解散」
それだけ言って下がらせようとすると、エドは驚いた顔をして――いや、ロゼッタが酷く悲しそうな顔をしていた。
「な、何だよ?」
「ダーリン――いえ、今はいいの。お仕事の邪魔をしてごめんなさい」
本当だよ! こっちは凜鳳の件もあって心配なのに、仕事もあって探しにも行けない。
「こっちは凜鳳の件でも忙しいっていうのに」
風華の方に連絡は入れているが、まだ見つかっていないらしい。
「あいつは今頃どこで何をしているのやら」
凜鳳に限って事件に巻き込まれるようなことはないだろうが、それでも心配だ。
ロゼッタたちが出て行った執務室にて、俺は深いため息を吐いた。
「何から片付ければいいのやら」
◇
ハイドラにある都市の一つにて、凜鳳は路地裏に入って座り込んでいた。
小雨が降っているため濡れて体温が奪われるが、凜鳳は気にしている余裕がない。
安士とリアムに見捨てられたという思いが、自暴自棄にさせていた。
「一閃流に弱い剣士なんて必要ない。だから僕なんて――」
安士から受け取った刀を抱き締める。
自分が一閃流に不要な存在だと知りつつも、受け取った刀だけは手放せなかった。
路地裏にいると凜鳳は昔を思い出す。
もう朧気な記憶となってしまったが、安士に拾われるまで凜鳳たちは路地裏で過ごしていた。
そんな自分が安士に拾われ、自ら路地裏に戻ってきたのは運命のように感じられる。
「結局僕にはこの場所がお似合いだよ」
凜鳳が呟くと、答えが返ってくる。
「本当にお似合いね」
凜鳳が顔を上げて相手を見ると、そこに立っていたのはチェンシーだった。
ドローン傘を用意せず、凜鳳と同じくチェンシーは濡れていた。
凜鳳は煩わしそうに顔を背けた。
「何の用? まさか兄弟子に連れ戻せと言われたの?」
チェンシーは肩をすくめた。
「まさか。通りがかったら濡れた獣の臭いがしたから様子を見に来たのよ。もしかして、連れ戻してほしいのかしら?」
からかうように笑うチェンシーに、凜鳳は苛立ちを募らせる。
ゆっくりと立ち上がった。
「――さっさと消えないと殺すよ」
殺意を込めた低い声に、チェンシーは頬を赤くして身震いしていた。
バンフィールド家の騎士の中でも、とびきりの問題児であるチェンシーは凜鳳に恋をした乙女のような顔を向けている。
「今のあなたは好きよ。だけど――喧嘩を売る相手は選ばないとね!」
チェンシーが服の袖から隠し武器の刃を出現させると、凜鳳に斬りかかってくる。
凜鳳は瞳を大きく見開いた。
「お前が僕に勝てるつもり?」
凜鳳の放った一閃が、路地裏の地面や壁やらを切断した。
だが、その刃はチェンシーに届かなかった。
「あはっ! 前よりも鈍いわね!」
壁を蹴って凜鳳に近付くチェンシーは、一閃を見切っていた。
刀を抜いてチェンシーの一撃を受け止める凜鳳は、避けられたことがショックで驚く。
「僕の一閃を避けた!?」
「これなら以前に殺し合った時の方が強かったわよ。――あなた、成長するどころか弱くなっているのね」
鍔迫り合いをしながら、チェンシーは残念そうにため息を吐いた。
凜鳳が力任せにチェンシーを押し飛ばし、再び一閃を放とうとするが――チェンシーにいなされて、そのまま腹部に鋭い蹴りをもらう。
かはっ! と肺の空気が押し出され、吹き飛んだ凜鳳にチェンシーがつまらなそうにする。
「これではリアム対策にならないわね」
凜鳳のコンディションは最悪だった。
だが、それを差し引いてもチェンシーに負けるとは思ってもいなかった。
起き上がろうとするも、腹部のダメージに苦しめられる。
凜鳳が地べたを這いつくばっていると、チェンシーに頭部を踏まれた。
「――くそがっ」
地面に押し付けられた凜鳳に、チェンシーが薄ら笑っていた。
「あなたに何が足りないのか教えてあげましょうか?」
「あん?」
凜鳳が睨み付けるも、チェンシーは笑ったままだ。
口を三日月の形にして笑うチェンシーは、凜鳳に何が足りないのかを聞かせる。
「あなたは私と同じ日陰側の人間なのよ。リアムたちのような太陽の下で輝くような剣士ではないの」
自分はリアムとは違うと言われ、凜鳳は必死に否定をする。
「違う」
「違わないわ」
「違うって言っているだろうが!」
強引に起き上がってチェンシーを払いのけた凜鳳は、抜刀したままチェンシーに斬りかかった。
そのままチェンシーと斬り合う。
「僕は兄弟子たちと同じ場所に立つ! ――お前はここで死ね」
「あははは! そんなの無理に決まっているじゃない」
今の凜鳳の姿に、チェンシーは両手を広げて歓迎を示した。
「ようこそ、こちら側へ! あなたならきっと踏み込んでくれると思っていたの。殺し合っている時から、私と通じている気がしていたのよ!」
こいつは何を言っている? 訝かしむ凜鳳だったが、チェンシーが地面を指さしたので視線だけを下げた。
そこには水たまりに映る自分の姿があった。
「――え?」
禍々しい気配を放っている自分の姿が。
チェンシーが武器をしまい込み、慈しむような笑みを浮かべていた。
「どれだけ取り繕っても、あなたが立つべきはこちら側しかないのよ。ハッピーバースデー、凜鳳ちゃん」
凜鳳はその場で崩れ落ちるように座り込み、水たまりに映る自分の姿を見て涙を流した。
「ああ……ああぁあぁぁああぁああ!?!?」
凜鳳の慟哭に背を向けたチェンシーは、薄らと笑みを浮かべて去って行く。
「もっと強くなったら楽しく殺し合いましょうね」
ブライアン∑(・ω・;)「エドワード様の淡い初恋!? これはリアム様にお知らせせねば!」
ブライアン(´;ω;`)「それはそうと闇に堕ちる展開は辛いです」