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優しい世界の壊し方-4-

「ボクはね。キミたちニンゲンが、この上なく嫌いなのさ」


 ぞくりとするほど美しい笑みと共に、プリムローズは俺たちにそう言い放った。

 白い花々が彼女を照らす。

 暗闇の中、彼女の白い肌だけがやけにくっきりと浮かんでいた。


「な、んて……」


 思わず言葉が詰まってしまう。


「別に驚く事じゃないよ。言ったはずさ。ボクらドリアードは長命な種族だと。

 先の大戦だって、ボクにとっては過去の話ではないのさ。

 たった百年前の出来事だ。終わった話ではないんだ」


 どこか楽しげな口調で彼女は告げる。


「別に積極的に争いをするつもりはないよ。

 ボクらが弱い種族であるのは、ボク自身がよぉく知っている。

 数でも力でも劣るボクらは、こうして森の奥に引きこもるしかないのさ」

「でも……だったら要塞は……」


 彼らにとって必要な存在なのではないのか。

 そう問おうとしたが、プリムローズが俺の言葉を受けて答える。


「ヘルモンドゲート要塞は、確かに重要なものだよ。

 あれのおかげでこの百年間、ボクらは平穏に暮らせたんだからね」

「じゃあ……」

「だが――ボク個人にとっては、あれは忌まわしい存在なのさ」


 先ほどまでとは違い、憎しみを感じる口調でプリムローズは言う。


「あの中にある魔力結晶。それにボクの母がいると言ったね。

 ボクにとってはね、あいつを母と呼ぶ事だって忌々しいんだ」

「そんな……だってあなたの母親なんでしょう?」


 奏の呟きに、プリムローズは寂しげに笑う。


「母親だから、だよ。なまじ同じ魔力を受け継いでいるからこそ、憎しみを覚える。

 赤の他人であれば関係ないと切り捨てられた。あれは弱い人だった」


 プリムローズはそう言うと、視線を空に向けた。

 星の輝きすら見えない暗黒が広がっている。


「百年前、亜人たちが集まり、虐げられてきた思いを晴らそうとした。

 しかしボクたちは亜人と一括りにされているが、その実、種族同士の交流が盛んな訳ではない。

 エルフとドワーフのように仲の悪い種族も多いし、ボクらドリアードのように戦う力を持たない種族もいる。

 だからこそ、結集の象徴が必要になった。十の種族が互いに力を合わせたという象徴がね。

 それがヘルモンドゲート要塞。あらゆる科学と魔術の融合体さ」


 確かにあの要塞は、この世界の他の建造物に比べても、どこか異質めいていた。

 それは単に魔神に奪われたからではないのだろう。


「各々の技術によって建造された要塞だったが、最後の最後で大きなトラブルが発生した。

 核となる魔力結晶が制御出来ず、虎の子の魔導砲も使えない。それどころか要塞自体が活動出来ない。

 魔導科学の大半はドラゴニュートによってもたらされた技術だけど、彼らも扱い方が分からなかったのさ」

「それは、どうして?」

「ドラゴニュートの王、竜帝ドレッドノートはあの戦争に反対していたからね。

 ドレッドノートがいなければ、その技術の大半は使えないという訳さ」

「でも、以前聞いた時は十氏族のドレッドノートが中心となって亜人たちは終結したと聞いたわ」


 奏の問いに、プリムローズが答える。


「それは後になって戦いの正当性を示す為にでっちあげられたものさ。あれは全種族の総意によるものだった、というお題目を掲げる為にね。

 当時を知るボクらからすれば、あの戦争はとても行き当たりばったりで、お世辞にも誉められたものではなかった。

 竜帝ドレッドノートはそもそも人との戦いを禁じていた。

 それに反発した一部のドラゴニュートたちと、人間嫌いで知られたエルフの女王マリスエステラが手を組み、あのような大規模な同盟になったに過ぎないのさ」


 それは、俺たちが今まで聞いていた歴史とは少し違っていたが、当時を生きているプリムローズだからこそ、説得力のある言葉だった。


「竜帝ドレッドノートを欠いた彼らには、高度な魔導科学を扱う事など出来なかった。

 そこで、一つの方法が提案されたのさ」


 彼女は薄く笑う。


「魔力結晶に力のある術者を封印し、その者を媒体とする事で、要塞を制御する。

 要は生贄を捧げて自分たちの扱えない技術を使おうとする、野蛮な発想さ。

 だが――当時の彼らにはそれしか方法がなかった。

 検討の末、候補は二人に絞られた。

 強い魔力を持っていたエルフの女王マリスエステラと、ボクの母テトラのうち、どちらかが生贄になる事を求められた。

 そして、選ばれたのはボクの母だった」


 どこか寂しげに彼女は言う。


「どのように選ばれたのかまでは知らないが、気の弱い母の事だ。

 重要な立場であるエルフの女王と比べられれば、誰だって弱いドリアード族を選ぶさ。

 なにせボクらは、こうしてエルフたちに庇護してもらわなければ生きていけない種族なのだからね」


 自嘲めいた彼女の言葉に、俺たちは返す言葉がなかった。

 少しして、彼女は続ける。


「そして母は生贄となり、ヘルモンドゲート要塞は亜人たちの切り札となった。

 役立たずと言われたボクらドリアード一族は、母のおかげで十氏族の末席に名を連ねる事が出来たのさ。

 だが、言い換えればボクらには、己の命にしか価値がない。そう言われているに過ぎない」


 感情を露わにし、プリムローズは吐き捨てる。


「だから母の後を継ぎ、ボクがドリアードの長となった時、十氏族を捨てた。

 元より戦う力を持たないボクらは、戦争が始まったら役には立たないからね。

 戦争は膠着状態に入り、泥沼の様相を呈していたしちょうどいいと思ってね」

「それでエルフと一緒に抜けたのか」

「厳密に言えば、一緒という訳ではないよ。

 エルフ族はエルフ族で、大きな問題を抱えていたからね。

 まあ、これに関してはエルフ族の問題だし、ボクが語る必要はないさ。

 結果的に、ボクらの離脱によって、要塞の維持が出来なくなり、百年前の戦争は終わった。

 そしてこの百年間、ボクらはこうして深い森の中でずっと暮らしている訳さ」


 彼女は再び俺たちを見据える。


「だから、ボクにとって、ヘルモンドゲート要塞は忌まわしい存在でしかないんだよ。

 魔神だの人間だの、どうでもいい事なのさ。

 だから君たちに協力する事なんてありはしない。

 話はそれだけかな? だったらお引き取り願おう」

「待ってくれ。まだ話は残ってるんだ」


 背を向けて去ろうとした彼女の背に、俺は告げる。

 プリムローズは億劫そうに足を止めて振り返った。


「こっちはあんたの友人であるエルフ女王の話だ。

 彼女が列王会議の後、人が変わった風になったのは知っているか?」

「そういう噂も聞くね」

「彼女は今、オルティスタという魔神の精神操作を受けている。

 それによって人間を嫌い、様々な弊害が出ているみたいなんだ。

 彼女を元に戻すのを手伝ってもらえないか?」


 俺の提案に対し、プリムローズは一瞬驚いたように目を見開いた。

 しかしすぐにその表情は笑みへと変わる。


「面白いね。ボクの助力が得られないと分かれば、今度は懐柔策かい?」

「そういう訳じゃねぇよ。俺たちはただ――」

「ではなぜトトリエルを助けたいなどと世迷い言を。君たちには何もメリットは無いだろうに。

 大方、親人間派であるトトリエルを味方につけて、こちらを懐柔しようとしているという訳だろう」


 見当違いもいいところだったが、しかしプリムローズは本気のようだ。

 それほど、人と彼女らの因縁は深いという訳だろう。

 しかし、こうなってくると説得するどころか、女王様を助ける事も難しそうだ。

 プリムローズは俺の傍らにいたナナアンナに視線を移す。


「まあエルフの戦士ともあろう者が、こうもあっさりと懐柔されるんだ。

 それなりに甘い言葉なのだろうね」

「そんな! 私は!」


 反論しようとするナナアンナを、彼女は片手で制する。


「確かにトトリエルはボクにとって得難い友人だが、彼女の考え方には賛同しかねる点もあったからね。

 その一つが、彼女の人間に対する感情さ。

 彼女は亜人の中では比較的人間に友好的だからね。

 まあ、彼女の母親が人間嫌いの筆頭だったから、その反動もあるのだろうけれど。

 仮に魔神に操られて、人間嫌いになったのならば、それはそれでボクにとっても喜ばしい事さ」

「本人の意思じゃなく、魔神に操られてるんだ。そんな言い方はないだろ」

「言ったはずだよ。ボクにとって、魔神だの女神だのは知ったこっちゃないさ」


 さもおかしそうに彼女は笑った。


「この世界が滅びる定めならば、それをただ受け入れるだけさ。

 魔神がこの世界を滅ぼすつもりならば、それは即ち女神の意思と言ってもいい。

 そうだろう? 異世界の英雄たちよ」


 挑むような目つきで彼女は俺たちを見つめて告げる。


「どうやらあんたは……それなりにこの世界の事情に詳しいみたいだな」


 魔神と女神の関係や、俺たちの事も知っているようだ。

 伊達に長生きはしている訳じゃなさそうだ。


「ボクはその程度しか知らないさ。

 さて、話は終わりだ。夜が明けたならば帰るといい」

「最後に一つだけ聞かせてくれ」


 俺の言葉に、プリムローズはやれやれという顔をした。


「あんたは人間嫌いと言った割に、突っ込んだ事情を話してくれた。

 本当に人間が嫌いなのか?」


 予期せぬ質問だったのか、彼女は少しだけ考え込んだ。

 そして、やはり先ほどまでと同じく、酷薄した笑みを浮かべた。


「所詮、君たちは泡沫の来訪者、イレギュラーに過ぎない。

 この世界の住人でもない君たちには、ボクらの事は関係のない話だ。

 何も知らない相手になら、身内の恥を晒したところで、何も気にはならないだろう? それと一緒さ」


 つまり、俺たちは何の関係のない傍観者って訳か。

 いや、傍観者ですらない。単なる迷い込んだだけの旅人に過ぎない。

 人間嫌いの彼女にとって、俺たちはそもそも人間とすら認識されていない。


「さようなら、異世界の住人たち。

 もう会う事はないだろうけれど、君らが元の世界に戻れる事を祈っているよ」


 ドリアードの王プリムローズはそう言って微笑んだ。

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