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CHANGE


 目を覚ます。


「――――――――」


 部屋の明るさから”朝”だとわかる。

 禁忌の魔女の管理する不思議な地下空間。

 夜用の環境機能が備わっているなら当然、朝用も備えているわけか。


「おはようございます」


 顔を横へ向けると、セラスが座っていた。

 もう普段の私服姿に着替えを済ませている。

 彼女は身体を捻った姿勢でベッドの端に腰掛けていた。

 支えとして片手をベッドにつき、上半身を俺の方へ向けている。

 見る感じけっこうな時間その姿勢でいたようだが――


「俺が起きるのを、待ってたのか」

「あなたの寝顔を眺めているのは飽きませんので」

「……金のかからない暇つぶしだな」


 軽口を叩きつつ、自分の左肩にそっと触れる。


 ズキッ


「…………」


 まだ奥の方に鈍い痛みが残っている。

 ステータス補正による治癒の促進を若干期待したが……。

 さすがにそこまで万能ではないか。

 これだと一日二日で完治とはいくまい。

 この痛みが残っていると人面種相手でネックになりそうだ。

 それに、禁呪の情報を得るという目的もまだ果たしていないしな……。


 く必要はない。


 左肩を庇いつつ身を起こす。


「セラスはよく眠れたか?」


 ええ、とセラスが穏やかに頷く。


「トーカ殿も、ぐっすりでしたね」

「魔群帯に入ってから、ここまで長い睡眠はとれなかったからな……なんというか、久しぶりにスッキリしてる」


 自分の寝ていた辺りをセラスが手で撫で回している。

 何かを尋ねるべきか、迷っている感じだった。

 ……ああ、そうか。


「これなら今後、一緒に寝ても大丈夫かもな」


 セラスの手が止まった。

 ビンゴだったらしい。

 頬に垂れた髪をかき上げ、セラスが視線を逸らす。


「は――はい。私も、問題ないかと。トーカ殿より1時間ほど早く起きましたが、私も十分な睡眠を取れましたし。体調も整っております」

「…………」


 1時間近くただ俺の寝顔を眺めて過ごしたわけじゃないよな?


 枕元の懐中時計で時刻を確認しながら聞く。


「俺の寝相の方は大丈夫だったか? あと寝言とか、いびきとか」

「問題ありませんでしたよ? それより……【スリープ】をかけていただいたあとの私の方は……大丈夫、だったでしょうか?」


 懐中時計を置く。


「おまえの寝相のよさには前から驚かされてるよ。寝返りも最小限って感じだし」


 セラスのいびきなど聞いた記憶がない。

 いつも静かに規則正しい寝息を立てている。

 寝言は多少あるが、気になるほどじゃない。


「ホッとしました」


 胸を撫でおろすセラス。

 さて、


「じゃあ……イヴたちの部屋に寄って二人と合流してから、先に昨日食事をした部屋に行っててくれるか? 俺も身支度をしたらすぐに行く」

「かしこまりました」


 セラスが出て行ったあと、俺はピギ丸を手招きした。

 フヨフヨ近づいてくる。


「プユ〜」

「俺たちが起きるまでに何か変わったことは?」

「プユ」


 否定の赤。

 そうか、とピギ丸を撫でる。


「おまえがいてくれて助かるよ」

「プニ〜♪」


 ピギ丸は一定の負荷がかかると機能停止気味になる。

 が、それさえなければ睡眠を必要としない。

 つまり一晩中この部屋を監視できるわけだ。

 警報付きの生きた監視カメラみたいなものだ。

 気兼ねなく安眠できたのは、ピギ丸の貢献も大きい。


 それから手早く身支度を整えると、俺は、ピギ丸とスレイを連れて部屋を出た。



     ▽



 明確な滞在期間は決まっていない。

 禁呪の情報についてはエリカの判断に寄るところが大きい。

 エリカ相手だと急かすのも逆効果になりかねないだろう。

 なので、俺たち側は彼女の決断を待つしかない。

 あとは俺の傷の治り具合によって発つ時期が決まる感じだ。

 まあ要するに――自由に使える時間が、そこそこできた。

 が、この浮いた時間を無為に過ごす気はない。

 朝食後、俺は早速セラスに申し出た。


「騎乗を教えて欲しい、ですか?」

「モンロイから出た後、機会があれば教えて欲しいって言ってただろ? せっかく、時間ができたことだし」


 観念した風に微笑むセラス。

 ついにこの時が来たか、とでも言いたげな感じだった。


「――かしこまりました。トーカ殿が、そう望むのでしたら」

「助かる。スレイ、手伝ってもらってもいいか?」

「パキュ♪」


 リズと戯れていたスレイも快く承諾してくれる。


「っと、傷の具合は大丈夫か?」


 元気を見せつけるように、前足を大きく上げるスレイ。


「パキュキューン♪」


 俺よりも大分治癒が早い……。

 治癒の早さは種族的な特性だろうか?

 セラスの応急処置が的確だったのも関係しているかもしれない。


「第二形態で歩き回る程度なら、問題なさそうですね」

「パキュリ♪」


 スレイに無理をしている感じはない。

 セラスもそう判断するなら、大丈夫だろう。

 俺はそれからついでとばかりに、一つイヴにも申し出てみた。


「イヴ」

「ん?」

「おまえには、あとで近接戦の立ち回りを教えてもらおうと思ってるんだが」


 口端についた食べかすを親指で撫で取ると、イヴは頷いた。


「任せるがいい」


 軽い立ち回りくらいは教えてもらっていたが、じっくり教えてもらう機会はなかったからな。


 今がいい機会だろう。

 食後のお茶を楽しんでいたエリカが、立ち上がる。


「一番下の階にある扉の先以外なら、好きに過ごしてくれてかまわないわ。ま、わかってるとは思うけど……”好きに”といっても、失礼のない範囲内でね?」


 エリカの背後ではゴーレムたちがせかせかと朝食の片づけにいそしんでいる。


「あ……それと、イヴとリズを少し借りていっていい? イヴの出番は、騎乗練習の後なんでしょ?」

「ん? ああ、俺の方はかまわないが」


 そうしてイヴたちはエリカと部屋を出て行った。

 残された俺たちは、棲み家の外に出る。


 改めて地下とは思えない空間である。

 風もふいているし、なぜか鳥まで飛んでいる。

 違和感として存在しているのは、天と地を貫く巨木だけだ。


「さて、まずは――」


 俺は魔素を送り込み、スレイを第二形態にした。

 これが一般的な馬のイメージに最も近い。

 というか、ほぼそのままだ。


「……ん?」


 と、ゴーレムが何かを抱えて家から出てきた。

 抱えてきたものを、ゴーレムがセラスへ渡す。


「ありがとう、ございます……」


 セラスが戸惑いつつ受け取ると、ゴーレムは無言で戻っていった。

 ……言語を理解しているかどうかはわからない。


「エリカの気遣いか」


 ゴーレムが渡したのは馬具だった。


「古びてはいますが、ものはしっかりしていますね……私も一応簡易的な手製のものを用意してきたのですが、せっかくですしこちらを使いましょう」


 流れで、馬具の付け方も軽く教えてもらった。

 スレイの第三形態に乗った時は馬具が必要なかった。

 あの時はスレイの身体の形状が変化し、絶妙に俺を固定してくれていた。

 常にスレイの特殊な補助があったわけだ。

 ただ、今後は常にスレイが傍にいるとは限らない。

 他の馬に乗る機会にも備えておくべきだろう。


「お上手ですよ、トーカ殿」


 無事、スレイへの馬具の装着を終える。


 次に、セラスに手伝ってもらいあぶみに足を置く。

 ……うん。

 乗り心地は、悪くない。


「では、私も失礼して――」


 軽やかな身のこなしで俺の後ろに座るセラス。

 華麗に飛び乗る、なんて表現の似合う動作だった。

 セラスは一つ深呼吸すると、背後から、その白い手を俺の両手に添えた。


「では、始めましょうか」

「ああ、頼む」


 こうして俺は、実技を踏まえてセラスからレクチャーを受けた。


 手綱の操り方はこう、とか。

 落ち着かせるにはこうするとよいですよ、とか。

 横腹を蹴って走らせるやり方もあるにはあります、とか。


 騎乗の心得をマンツーマンで丁寧に教えてもらっていった。

 人の上に立つ聖騎士団長だったせいだろうか?

 やはり教え方が上手い気がする。

 ……座学にせよ実技にせよ、実際教師向きなのかもな。

 と、


「トーカ殿、一つ注意点が」


 コツの一端を掴んだかもと感じる頃、セラスが身を寄せてきた。

 声を潜め、彼女が耳もとで囁き気味に言う。


「スレイ殿は、あなたの意図を先読みして動いているきらいがあります。ですので、他の馬の場合はスレイ殿よりやや扱いづらいだろうという点は、頭の隅に入れておいてください」

「やっぱり、そうか」


 上手くいきすぎてるとは思っていたが。


「まだ生まれて間もない仔馬ですので、その……親と思っているトーカ殿に気に入られようと、かなり気を遣って動いている節があります」


 俺は、スレイのたてがみを撫でてやった。


「そうだよな……」

「パキュ〜ン♪」

「あんなすごい第三形態になれるから時々忘れそうになるけど……まだ生まれたばっかりなんだよな、おまえ……」



     ▽



 練習を終えてスレイの馬具を外していると、


「あれ?」


 セラスが家の方を見た。

 視線を追うと、イヴとリズが歩いてきていた。

 二人の背後にはエリカもいる。

 イヴとリズは、着替えていた。


「……もらったのか?」


 イヴが、うむ、と頷く。


「旅の服装ではくつろげぬだろうと、エリカが気を利かせてくれてな」


 エリカが、押しつけるように言った。


「こっちの方が二人ともくつろげるでしょ?」


 ”この服装に文句ある?”


 とでも言いたげな態度である。


「……ちょっと露出が多くないか?」

「露出ってよりは、解放的と言ってほしいんだけど」


 エリカの着ている服の別シリーズという感じである。

 西洋装飾のチャイナドレスみたいな、というか。

 とはいえイヴもリズも、あながち似合っていないとも言えない。


「仕方ないでしょ? 着ていた服は洗って干してる最中だし、それに、エリカは自分の気に入った服しか作らないんだから。エルフ族って、けっこう薄着を好む風潮があるの。とやかく言う人間もいるけど……知ったことじゃないし。ま、厳密に言うなら精霊関連の文化に行き着くんだけど……」


 ……まあ、セラスにしても薄着と言えるか。

 自分の服装に視線を落とすイヴとリズ。


「我は、気にならんがな」

「わたしもその、動きやすくなりましたし……」


 ジーッ


 エリカが俺を凝視してくる。

 射抜くような視線。

 敵意というより、


 ”どう? どう?”


 と、同意を迫っている感じだ。

 笑みを浮かべない分、感情を読むのにひと手間かかる。

 スレイの最後の馬具を外し終えた俺は、息をついた。


「強制されたなら別だが、当人たちが受け入れてるんならいいんじゃないか?」


 パチンッ


 エリカが指を鳴らす。


「物分かりのいい男は、好き」

「…………」

「何よ?」

「あんた、せこせこ作ってた服を自分以外の誰かに着せてみたかったんじゃないのか?」

「…………」

「…………」

「だめ?」

「いや、別に」


 エリカがハッとした。


「――って、服の感想を聞くのが本題じゃないのよっ。イヴに一つ贈り物があるんだけど、キミたちにも見てもらおうと思って」


 ふとエリカの表情に、陰が差す。


「数を作る必要がなくなったのは、よかったのか悪かったのか……いえ、よかったわけがないわね」


 ゆるゆると首を振るエリカ。

 つまり、


「豹人族のために用意していたものか」

「そーゆーこと。てかキミ、ほんと言葉の端々を捉えてそういうとこ的確に言い当ててくるわよね……」


 エリカはそう言ってから、銀色の腕輪をイヴに差し出した。

 腕輪には丸い窪みがあり、それぞれに三つの黒い球がはめ込まれていた。

 珠の近くには1〜3を示す数字が彫ってある。

 イヴが、腕輪を検める。


「ふむ? 装飾品か?」

「トーカ」


 チョイチョイ


 俺の名を呼び、手招きするエリカ。


「この”3”の珠に魔素を注いでみてくれる? 多分、体内に秘めてる魔素量ならエリカよりキミの方が多いだろうから」

「……わかった」


 何らかの強化作用を及ぼす魔法の道具だろうか?


「いくぞ、イヴ」

「う、うむ」


 注入、開始。


「……む、エリカよ。腕輪の内側から、何やら細いモノが我の腕に侵入しているようなのだが」

「大丈夫、キミに害のあるものじゃないわ」

「……そなたを信じよう」


 俺の腕から流れていく青白い光……。

 それらが次々と黒い半球に吸い込まれていく。


「けっこうな魔素量が必要みたいだな」

「効果を考えればそれくらいは、ね」


 エリカは自信ありげな様子である。

 あの自信……。

 効果はすでにどこかで実証済みか。

 つまりこれが初の試みではない。

 なら、安心できそうか。

 と、


「う、ぬっ!?」


 突然、イヴの身体がクリーム色の光に包まれた。

 濃淡のある光が何かグニャグニャと動いている……。

 ほどなくして――光が、収まった。


「え?」


 最初にそんな声を出したのは、リズだった。


「おねえ、ちゃん?」


 セラスも息を呑んだ。


「イ、ヴ?」

「これ、は……」


 放心気味に自分の両手を見つめるイヴ。

 俺は、問いかける視線を魔女に送った。


「エリカ」

「そうよ。これは、エリカがエイディムたち……スピード族のためにこしらえた、特製の腕輪」


 エリカは変態したイヴを見据え、腕輪の効果を口にした。


「豹人族を人間の姿に変換するための腕輪よ」




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― 新着の感想 ―
[一言]さすがに人間化は邪道
人化かあ
[一言] なぜイヴを人間に変えてしまうのか………
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