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軍魔鳩は告げる


 また新しくレビューを1件いただきました。ありがとうございます。


 そして2巻に引き続き、3巻の方も重版がかかったと担当様よりご報告をいただきました。これも2巻から継続してご購入くださった皆さまのおかげでございます。心より、お礼申し上げます。






 伝令がやって来た。

 女神からベインウルフに呼び出しがかかったそうだ。

 ベインウルフは渋い笑みを口端に浮かべると、無造作な髪を掻いた。


「ソゴウちゃんにいらんことを吹き込むんじゃないかと、危惧されてるのかもなぁ。やれやれ……」


 が、拒否する正当な理由もない。


「じゃ、またな」


 ベインウルフはそう言って綾香の傍を離れた。

 ほどなくして、


「用事が、済みました」


 女神が戻ってきた。

 まるで、ベインウルフと入れ替わるようにして。

 女神が、綾香に微笑みかける。


「男性に媚びているとああいう時に守ってもらえるので、とってもお得ですね。すごい処世術です。ですが、男性を誘惑するだけでなく……固有スキルも早く覚えてくださいね? 男性を誘惑するだけでなく……お願いしますね? 男性を、誘惑するだけでなく……」


 ベインウルフの私見は正しかったのかもしれない。

 ハッとして口に手をやる女神。


「あ、いけませんね……気をつけないと。普段通りに振る舞っているだけで、なぜか余裕がないと見られてしまうのでした……ソゴウさんのせいで……」


 その時、


「ヴィシス様っ」


 伝令が女神の隣に馬をつけた。

 神輿の方ではなく、本物の女神の隣にである。


「軍魔鳩がこちらの伝書を」

「はい、ご苦労様です」


 細い筒状に丸まった紙を開き、目を通す女神。

 通し終えると、彼女はその紙を伝令に返した。


「周りの方々へ聞こえるように、内容を読み上げていただけますか?」

「はっ! か、かしこまりましたっ」


 伝令が内容を読み上げ始める。

 と、内容が明らかになるにつれ兵士たちから、


「おぉ……っ!」


 声が上がり始めた。


 軍魔鳩が届けたのは東軍の戦果を伝えるものであった。


 内容は、以下のようなものであった。



 マグナル東部の最前線であるアイラ砦より、白狼騎士団が打って出た。

 騎士団長ソギュード・シグムス自らが率いたそうだ。

 勇者の高雄姉妹もそこに同行した。

 そして、東軍初の交戦となったその一戦は――


 完全なる大勝利に終わった。



 少なくとも2000にのぼる魔物を殺したと推測される。

 現在、敵は進軍を止めているそうだ。


 ”黒狼こくろう”ソギュード・シグムスもさることながら、


「『タカオ姉妹……特にS級勇者のヒジリ・タカオが上げた戦果には目を瞠るものがあり……その場にいた者によれば、あのソギュード・シグムスにも見劣りせぬ活躍だった、とまで語るほどであり……』」


 読み上げる伝令の瞳に希望の光が宿り始める。


 ”異界の勇者は、やはり救世主なのだ”


 そんな心の声が伝わってくるようだった。




 ――勝てる。




 列をなす兵士たちには緊張と退屈が漂っていた。

 ただ、この軍にはもう一つの暗い感情がずっとたゆたっていたのだ。


 恐怖である。


 先日西部で起きた蹂躙劇は少なからぬ兵たちを動揺させた。


 しかし今回の勝利の一報は、そのわだかまっていた恐怖を軍列の外へ外へと押しやっていった。


 入れ替わるように、彼らに戦意がみなぎっていく。


「やれる……やれるぞ! 西でも、聖女率いる殲滅聖勢が大魔帝軍を押し返してるって話じゃないか!」


 勝報の及ぼした高揚感は、みるみる伝播していった。


「敵の数がやたらすげぇって話を聞いてよ……正直、ちょっとばかりビビってたんだよな……」

「邪王素の負荷とやらも、不安だったし……」

「けど、十分戦えてるじゃねぇか……西軍に至っては勇者なしで善戦してんだろ? てことは……おれたちでも、いけるんだよ!」

「しかもこの南軍には女神さまを筆頭に四恭聖と竜殺しまでいる! その名の高さじゃ白狼騎士団や殲滅聖勢にだって負けてねぇ!」

「い、異界の勇者もすごいよ! 召喚されてまだ半年も経ってないんだろ? なのに、あの黒狼に劣らない活躍とか……やっぱり、異界の勇者は救世主なんだ!」


 自然、兵士たちの視線は勇者たちへと集まっていく。

 特にその視線は、聖と同じS級の桐原と綾香に多く集まっていた。

 兵士らの瞳には溢れんばかりの期待が込められている。

 綾香は、馬上で面を伏せた。


(この期待に、応えられるといいんだけど……)


「ふふふ、さすがは黒狼ですね。戦争で最も重要な要素の一つは兵士の士気です。聖女もそれを承知していたからこそ、早めの反撃に打って出たのでしょう」


 兵士たちの高揚ぶりを眺めながら、女神が述べる。


「アーガイルとシシバパの惨劇は、各国の兵士たちに少なからぬ動揺と恐怖を及ぼしたようですからね」


 綾香は感心した。


(そっか……勝利の報を他の軍へ早めに伝えることで、不安になっていた兵士の士気を回復させたんだ……)


 ゆえに、こちらから打って出た。

 攻められて守り切った、ではない。

 こちらから攻めて倒した、のである。

 その差は思ったより大きいのかもしれない。

 しかも、ネームバリューを持つ人間が出撃している。


 ”自分たちには勝利をもたらす人間がついている”


 勝利をもたらす象徴。

 その存在自体が人々に勇気を与えるのだ。

 たった二つの勝利の報によって、彼らは負けムードを払しょくした。


(”勇者”という言葉には、そういう意味もあるのかもしれない……色んな人に勇気を与える者って意味が)


 そう考えると勇者という言葉も悪くないように思える。


「……ヴィシス」

「あら、なんでしょう?」


 女神の横に馬を並べて声をかけたのは、桐原。


「この戦、オレにふさわしい舞台はちゃんと用意されているんだろうな? 見通しの甘さは、許されねーぞ……」

「キリハラさんは隠し玉ですからね。そう簡単に披露してはもったいないかなと思いまして」

「そうならざるをえねーのはわかるが、おまえはごまかしに長けた女神だ。もし、このままあっさり東と西だけで大勢が決まったら……いい加減、女神失格の烙印しかねーぞ……」

「え? なんですって?」

「目を逸らし耳を塞ぐのは、弱者のやることだぜ。現実から逃げてんじゃねーぞ……」

「ふふふ、キリハラさんは辛辣ですね。つまり……ヒジリさんに一歩先んじられた気分なのですね?」

「当然、と思わざるをえねーな……」


 馬上でふてぶてしく揺られる桐原が、前を向いたまま言った。


「聖が最強の勇者と誤認されちまうほどこの世界にとって不幸なこともねーだろ……言うなれば、王の誤認だぜ」


 桐原は、首を軽く傾げた。


 コキッ


「誰が真の王の器かを、オレはこの戦で全土に知らしめる必要がある。宿命ってやつだな……」

「キリハラさんは、王になりたいのですか?」

「なりたいわけじゃねーが、嫌でもそうなっちまうだろ。力を示す環境さえあればオレは王にならざるをえない。要するに……」


 息をつく桐原。



「オレの中のキリハラ(王性)が、王座から逃げることを許さない」



「一国の王の座にご興味があるのですね?」

「……なくもない。ま、このオレにふさわしい相手に種を残してやって、こっちの世界に優秀な子孫を残すのも悪くねーかもな……ただ、このオレにふさわしい相手がどれだけいるかだが……」

「クラスメイトさんではだめなのですか?」

「聖や綾香ならそういう相手と限定すれば多少マシかもしれねーが……元の世界までついてくると、邪魔で仕方がない。……例のネーアの姫騎士は、死んだんだったな?」

「そのようです」

「ちっ……となると残るはヨナトの女王や聖女ってとこか。他にマシそうなのは、あのニャンタンだが……アレは血統に疑問がな。薄汚ねぇ生まれだとキリハラ(王性)が濁る……」

「白狼騎士団のアートライト姉妹あたりも、美人な上に才媛と有名ですけどねー。貴族の娘ですし」

「オレにその気が湧けば、いずれ会ってやってもいい。だが、その前に王の器を見せつけねーとな……オレはどう見ても、口だけで結果の伴わないザコとは違う」


 髪を後ろへ撫でつける桐原。


「召喚された勇者の中でもオレのレベルについてこられているやつはいない。オレのレベルは今279……次点の聖にすら50以上の差をつけている。わかるか? 伸びが鈍くなってるにもかかわらず、50差……これは、S級の中にも序列が存在することを証明している。要するに――」


 桐原は右手を手綱から離すと、前方へ突き出した。

 まるで、何かを誇示するように。





 と、小山田が馬車から半身で乗り出した。

 話を聞いていたようだ。


「つーか大魔帝とか拓斗一人でぶっ殺せんじゃね!? つーかつーか、見せかけ株価ストップ安とか、S級詐欺イインチョとか、頭おかしい系双子姉妹とか、この異世界勇者ストーリーに必要でしたかーっ!? そこんとこ! 女神さまに! 聞いてみたい! 聞いてみたい! 聞いてみたい!」


 手綱を握り直し、桐原が振り向く。


「あいつらが身のほどを自覚するのも一つの成長物語だろ、翔吾……それに、オレ以外のザコがいねーとオレとの差が伝わんねーからな……だからクラス”全員”の召喚は必要だった。元の世界に戻ったらクラス内の序列も決定的になる。もう、好きにはさせねー……」


「ぶっちゃけ高雄ズとか浅葱とかうざかったかんなー! いるだけでクラスのバランスが崩れるってかさー! 正直、ああいう半端に序列高い空気出してる連中も困るわー! 放置してると死んだ三森ちゃんみたいなクソザコ勘違いモブも生まれるしよー! 生態系、崩れるわー!」


 と、


「三森のブザマすぎる死にざまは、最序盤で死ぬ典型的なモブそのものだった……あれがモブの役割であり、末路よな……」


 今まで黙っていた安が、歪んだ笑みを浮かべて言った。


「三森は偽物で、僕こそが本物だった。つまりお互い本来あるべき姿に着地しただけ……僕の本質は主人公で、三森の本質はモブだったのだ」

「あ゛ー!? なんだまーた調子こいてんのか安てめぇ!? マジお寒い方向性にキャラ変わりすぎだろ!」

「これが本物を持つ者への嫉妬、か……心地よいなぁ。まあ、小山田にはせいぜい噛ませキャラの桐原の腰巾着がお似合いだ。馬にも乗れんしな」

「ぶっ殺す!」

「くはは。四恭聖の長女にいつもやり込められている分際でよく吠える……くははは! 無様すぎる! 無様無様!」

「…………あー、マジ殺すわ」

「安に絡むのはやめとけって言ってるだろ、翔吾」


 桐原が制止する。


「けど拓斗よぉー? そろそろ、マジで身の程わからせねーと。ネットもSNSもねぇからブザマ動画晒しもできねーし」

「小物が突然身の丈以上の力を手に入れるとああなっちまうんだよ……成金が破滅しやすいのと同じだ。だが、所詮はピエロ……長続きしねーよ、あんなのは。だからそのうち、安は朽ちる……」

「……ふん、だとよー? わかったかな、見せかけ株価クン?」

「くはは、ついに桐原まで吠え始めたか。くくく……よほど、この黒炎の勇者が恐ろしいと見える……心地よい、心地よい……」

「つくづく救えねぇな、安智弘……」


 そんな光景を眺めている女神は、両手を合わせて微笑んでいた。


「皆さん、上昇志向が強くて素晴らしいですねー」



     ▽



 マグナルの王都へ向かう綾香たちの軍は、途中で休息を取ることになっていた。


 休憩地点は魔防の白城という城だそうだ。

 

 それは、その城まであと数日という道のりまできた時のこと――


 定期的にやって来る軍魔鳩が、一通の伝書を運んできた。


 女神に伝書を渡す伝令。


 女神は、いつも通り目を通した。





 その顔色が、変わった。





「何かあったのかな?」


 話しかけたのは、四恭聖のアギト・アングーン。


「……東侵軍の魔物の数が、ここにきて急激に増えているそうです」


「急激に? 伏兵がいたってこと?」


「いえ……これは長く隠しておける数ではありません。これだけの数が動いていれば、私たちの側がもっと早く気づいているはずです……」


「つまり……予兆なくいきなり現れたってこと?」


「そうなりますね」


 珍しく女神は、険しい表情をしている。


「白狼騎士団が率いている最前線の東軍は現在、アイラ砦を放棄しホルン砦まで後退しているようです。迅速に撤退を決めたため、損耗は大きくないようですが……」


 女神の声は小さかった。

 綾香の位置でようやく聞き取れる程度だ。

 勝利の報に対し、今回の報はあまり大っぴらに伝えたい内容ではないのだろう。


「向こうには大規模な転移術のようなものがあるってことかい? でもそんなの聞いたこともないし、それはさすがに勘弁してほしいんだけど……」

「いえ……もしあるとすれば奇襲に使うでしょう。それこそ、撤退の時間など与えぬような使い方を」

「あ、そっか。言われてみれば、そうだね」

「ですから、これは転移術のような力ではないと思います。となれば、この魔物の増え方はもう――」


 女神は眉間にシワを寄せると、冷めた視線で伝書を静かに睨み据えた。







「え? それって、つまり……」

「ええ……過去の情報から考えられる”それ”の特質上、そう考えるのが自然でしょう。意図は測りかねますが……これは、さすがに無視するわけにもいきません。しかし――なるほど、そうですか」


 女神はさながら真冬の断崖めいた乾いた冷気を纏うと、暖かさの欠片もない微笑を浮かべた。














「ここで出てきましたか、
















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クソ女神様にゲスでクズの勇者カルテットですか?ココまで本質を見せられると全く気分が悪くなってきますネ〜
[一言] 暫時、唖然としていたヴィシスだったが、全てを理解した時、もはや彼女の心には雲ひとつ無かった 「勝てる・・・勝てるんだ!」 桐原から旗を受け取り、仲間の元へ全力疾走するヴィシス、その目に光る涙…
[一言] だんだん女神様好きになってきたわw
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