表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣の見た夢  作者: MAKI
140/141

毒と誘惑

 





 アベルはランバニアの後を付いて歩く。

 ランバニア王女は何を考えているのだろうか……。

 想像を巡らすが、はっきりしたことは分からない。

 最悪の窮地を助けられたのは事実だった。


 たしか会うのはこれで二度目だ。

 一度目、謁見のあとの出会い。 

 偶然と思っていたが、あれすら待ち伏せしていたのかもしれない。


 二人きりで大理石の廊下を歩む。

 王宮の中とはいえランバニアには護衛すらいなかった。

 

 アベルは斜め前を歩むランバニア王女に視線を飛ばす。

 その美貌は群を抜いているという言い方でも足りない。

 ハーディアの姉だけあって面影には僅かに似たところがあるものの、美しさの方向は全く別である。

 せ返るほどの過剰な色香はハーディアには無いものだ。


 アベルが殺されかけた鍛錬所からすっかり離れたところ、王宮の列柱廊から夕焼けが見える。

 数え切れないほどの人間が暮らす王都の空が赤く染まっていた。

 ふと、カチェのことを思い出せば胸が締め付けられるように痛むのは何故なのか。

 怒っているかもしれない。

 泣いているわけはないが……。


「ランバニア様。王様が僕を呼んでいると聞きました。どうした理由でしょうか」

「あれは方便です。まぁ、半分は本当に違いありませんが」


 振り返ったランバニアが艶やかに微笑した。

 王女が奴隷に与えるような表情ではなかった。


「まさかヒエラルクが貴方を攫っていくとは思っていなかったから慌てましたよ。荒々しい戦士どもは簡単に人を殺しますから。廊下を走ったことなど久しぶりです」

「半分だけ……まさか王様が呼んでいるというのは嘘だったのですか」

「なんのこともありません、近いうちに本当になります」

「どうしてそんな」

「まずは傷の手当をしないといけません。痛そうで見ていられないわ」


 王女は怪我を心配するふりをして、はぐらかしてしまった。

 これ以上、しつこく聞き出すわけにもいかず黙るしかない。

 それに傷が痛むのは実際そのとおりだった。

 治療魔術は切り札になるので、今は隠している。

 だからヒエラルクの弟子たちにつけられた傷はそのままにしていた。

 流血は止まっているが、あちらこちらと赤黒い痣になっていた。


 王宮の一角。

 独立した二階建ての石造りの建物がある。

 外側は列柱が連なり、回廊形式の贅沢な作りだった。

 どうやらランバニアの私邸らしい。

 広い両開きの扉は既に開いていて、中へ入ると広間があり馬蹄形をした二重螺旋の階段が二階に続いている。

 美しいが魔物の館に侵入するような気分になる。


 軽装鎧と剣で武装した衛兵が畏まり、奴隷の小間使いが働いている。

 その横を通りすぎて、ひとつの部屋に案内された。

 アベルにはよく覚えのある匂い。

 生薬を鍋で煮たり、あるいは擂鉢で擦ったりする独特の香りがした。

 棚には薬の名札がつけられた壺がずらりと並んでいる。

 調薬室だった。

 身分の高い者ほど、うかつに薬を飲むことが出来ないので自前でこうした設備を作ることになる。


「服を脱ぎなさい。傷を治療魔術師に手当てさせるから」


 アベルが腰巻だけになって座っていると穏やかそうな中年の女性がやってきて、魔法により手早く傷を治してくれる。

 打撲によって熱を孕んで痛む肉が、すっと心地よくなっていった。

 最後に脳震盪の原因となった顎の打撃を治してもらって治療は終わる。


 アベルは敗北した戦いを思い出す。

 ヒエラルクの強さ。

 思い知らされた。

 格が違う。

 いくら考えてみても、どうすれば勝てるのか見当もつかない。


 どうして負けたのか……。

 有利に戦いを進めたようでいて、実はすっかり手筋を読まれていたのだろう。

 後の先を取られていた。

 それ以外、考えられなかった。


 問題は、あのイースの得意技である夢幻流の嵌め手をどうして見抜かれたのか。

 少ない可能性として既に見知っていた、ということがあるが、どうもそういう気がしない。

 しかし、初見であの技にあれほど完璧に対応できるはずがなかった。

 普通なら。

 つまりヒエラルクは天才であり異常というわけだ。


 ハーディアはヒエラルクをこう評していた。剣聖などと呼ばれているが聖なる部分などありはしないと……しかし、それは間違いではないか。

 あの尋常ではない剣の冴え、認識することさえ叶わなかった挙動。

 観法を会得しているという誇張じみた台詞も、今ではあながち虚言とも感じられない。

 むしろ剣聖と呼ばせ得る正体不明の深みがあると感じてしまう。


「傷はすっかり治りましたから、次はお風呂ですね」


 またしても、わざわざランバニ王女みずから案内してくれる。

 精緻な刺繍が施されている王女の衣服、歩くたびに優雅に揺れていた。


「風呂で体を洗わせる奴隷女を連れてきましょうか。見目麗しいのが何人かいますので」

「そういうのは遠慮しておきます」

「あら。奴隷では不満ということかしら。それとも、わたくしに湯女の真似をやらせたいのかしら」


 湯女というのは私設の公衆浴場にいる奴隷女のことだ。

 入浴の際、背中を洗わせたり揉ませたりする職業だが、金を払えば肉体を楽しむこともできる娼婦の一種でもある。

 ランバニアは冗談だとしても王女という尊貴な立場で何ということを言い出すのだろうか。

 だが、妖艶な肢体を持て余す態度や甘い視線が、もしかしたら本気かもしれないという想像を激しく掻き立てる。

 アベルは答えに困り、言葉が出ない。


「あら、貴方のような戦場を生き延びてきた男でも怖いのかしら? 父王様の奴隷女に手を出せば死罪なのは理解しているわけね。けれど、ここで抱ける女がいないわけではないのよ。たとえば出仕している貴族の女。それから……王族の女です。王族もまたイズファヤート王の家臣ですけれども側女ではありませんから」

「王族の女も? まさか」

「ふふっ。でも理屈としては整っていますよ。寝取られでもしたなら男の沽券に関わりますけれど息女はその限りではありませんわ。実際、父王はわたくしがどこでどういう男と遊んでも無関心。利用したいときに利用できれば、それでいいの」


 ランバニアの視線は底意が知れず真実を語っているのか嘘なのか分からない。

 その瞳は夕日を映して黄褐色のトパーズのように輝き、それでいて燻るように淫靡だった。

 実子を駒として扱い、ハーディアですら条件さえ満たせばズマのような残虐非道の男へ降嫁させようという王ならば、たしかにそうした態度なのかもしれない。


「それにしても奴隷アベル。貴方、本当に美しい体をしているわ。鍛えられていて贅肉のひとかけらも無い。それでいて筋肉が付きすぎているわけでもなく……なにより若い。素晴らしいわね。わたくしより素敵」

「そんなことはありません」

「あら。それでしたら、わたくしのどこが魅力的か言ってみて」

「……賢いところです」

「ふふっ。それで褒めているつもりですか。賢いというのは女に向かっては無礼になりますよ。頭のいい女など、男からすれば安心できない化物のようなものです」


 ランバニアが髪を掻き上げると張りのある乳房が揺れる。

 同時に黄金の首飾り、台座に嵌った黒真珠や緑碧色のエメラルドが煌めく。

 男を抜け出せない甘美な底なし沼に落ちた気にさせる女だった。

 それから、どういうつもりなのか忠告してくるのだった。


「わたくしの言うこと、聞いておいたほうがいいわよ。またヒエラルクに死ぬまで弄られるか、それとも牢獄での苦役か。どちらにしても愉快なことではありませんね」


 巧みな誘惑と脅迫が混ざり合った言葉。

 選択肢がどんどん減っていく。

 初めから無いも同然だが。


「とりあえず風呂には一人で入ります。すぐに終わりますから」


 急いで回廊の隅にある脱衣所で服を脱いで、浴室に入る。

 水浴槽から冷水を汲んで頭から浴びる。

 闘いの熱気が体内に籠っていたが、それが流れていく感覚が心地よい。

 次に温水を浴びてヘラや布で体の汚れを落とした。

 最後に爽やかな匂いの香草が投じられた風呂へ身を沈める。


 ランバニアへの対処にこれといった名案はない。

 どうせこんなところまで堕ちたのだ。なるようになれ、という気分だ。


 脱衣所に戻ると新品の下着に上衣トゥニカが置いてある。

 少し大きいが清潔で着心地が良い。

 それから下級奴隷には許されないはずの革サンダルもあった。

 置いてあるのなら使っていいという意味だろうと判断して履く。

 これだけは感謝に値した。やっぱり履物はあったほうがいい。


 アベルがすっかり着替えて表に出ると知らない奴隷の女が佇んでいた。

 案内らしい。

 回廊を移動して、螺旋階段を昇り二階へ。

 宴会を披けそうな広間を通過すると、続きの間にランバニアが待っていた。

 ソファに座るというより、身を崩している。


「やっぱり貴方は身綺麗にしていた方がいいわ。ハーディアあたりは血塗れの従卒を侍らすのが好みでしょうけれど、わたくしはこの小綺麗なのが趣味ですよ。さて、まずは飲み物にしましょうか」


 銀製の壺を手に取ったランバニアが半透明の薄い青色硝子の杯へと液体を注いだ。

 壺は魔法で作った氷で冷やされて水滴が滴っている。

 勧められたアベルが口にしてみると舌に広がる強い甘みと香り。

 経験したことのない独特の美味さだった。


「貴腐の葡萄酒よ。口に合うかしら。シャリバト州の一部で偶然に醸造されるの。腐りかけの葡萄を使うと出来るとか、霧が関係しているなどと言われていますが、はっきりとは分かっていません。希少なものですからとても高価で薬としても珍重されています」

「初めて飲みました」

「人間も葡萄酒と同じだわ。仕込んでみないとどうなるか分からない。期待していたのに不味くなるかと思えば、信じられないほど美味に化けることもある。ところで貴方は字の読み書きができるそうですけれど、どのような書物を読んでいるのかしら」


 これは、やや意地悪な質問かもしれない。

 公文書や高等な文章を読み書きするという意味での識字率は一割にも満たない。

 名前や日常の出来事を簡単に書くことは出来たとしても、難解な本を読み解ける戦士はかなり少ない。


 アベルは取り合えず子供のころに読んだ基本教養書や、ハイワンド城でカチェと一緒に学んだ本のことを口にする。

 儀典長騎士スタルフォンは歴史や政治、諸学科を偏りなく学ばせる方針だったので、結果的には専門性というよりも広い教養を知ることが出来た。

 内容はほぼ全て暗記してある。

 するとランバニアは意外そうな顔つきをした。


「下級戦士の経歴とは思えない豊かな知識です。なるほど。分かりました。貴方は本当に有望な将校として抜擢されたのですね。それでしたらそのようにお相手いたしましょう」


 ランバニアの切り出した話題は芸術や詩、あるいは音楽についてだった。

 アベルは素性がばれない程度に、どこでどうした彫刻を見たとか、変わった楽器を使った演奏を聴いたなどの返答をする。

 そうでなければ王女が会話を楽しまないだろう。

 荒くれた武者たちとの、どうやって敵の頭をカチ割るかなどという殺伐とした問題は話のタネにならないのだった。


 ランバニアはアベルの話しにいちいち驚き、時には身を乗り出すように聞き入った。そうして美貌を好ましく変化させる。

 どう見ても本当に会話を楽しんでいるようだった。

 

 また、続けて杯を空けるよう頻繁に促してきた。

 たちまち時間が経っていき、日が暮れていく。


「ねぇ、アベル。ガイアケロンやハーディアとはどこでどうやって出会ったのかしら。それから戦場の事など聞かせてみなさい」


 だいぶ話を深めた後、ランバニアはそう言った。

 アベルは素直に頷く。

 どうやらこれが本題だったのではと薄々察した。

 酒に酔わせておいて本音を引き出す。

 格言に、海で溺れる者よりも酒と女に溺れて死ぬ者がより多いとある……。


 酔っている演技をする必要はなかった。

 かなり飲まされて、実際のところ酩酊感は抑えられないほどだ。

 とにかく王女様のご希望である。

 

 さっそく出会いのことや戦場の出来事をちょっとばかり面白く盛って伝えた。

 すべてオーツェルと矛盾ないように作り上げた嘘だ。

 中央平原セウタの街で出会った年月日。切っ掛け。王族兄妹への印象。

 あまり大げさだと嘘くさくなってしまうのでそこだけは注意して。

 ひとしきり話し終えるとランバニアは、満足げに首肯した。


「アベル。お前の見聞は妙な真実味があって面白いわ。武人というやつはこういう時に自分の手柄を立派に見せようとして大袈裟に言うものですから、かえって興醒めしてしまうものなのに。

 それにしても貴方はずいぶん強いのねぇ。ヒエラルクの従卒ども、なんだかみんな痛めつけられていたみたい。ふふふ。おかしいわね。普段は罪人たちを欲しいまま殺しているような連中なのに」

「殺されかけたのは僕のほうです……。あの、教えてもらえませんか。助けてくれたのは何故ですか」


 単純な好意のはずがなかった。

 だが、ランバニアは笑って言う。


「単に貴方が好ましいからよ。わたくし、男に求めるのは若さと美しさだけ。それも逞しい美しさというよりも、お前のような少年の美を愛します。それ、その何十年も意固地に何かを研究した冴えない風体の中年男なぞ珍奇な動物と違わないではないですか。小さな穴に閉じこもって住んでいるハゲネズミみたい。

 筋肉ばかりで柔らかな体を捨て去った男というのも嫌ですし、書物も読まず、気の利いた会話すら出来ないのでしたら、せめて黙っていて不快にならない姿ぐらいしていてほしいものです」


 ランバニアはよほど酒に強いのか、葡萄酒とは違う種類のものを用意してきた。

 蒸留酒に蜂蜜や香辛料、ハーブを混ぜた高価というよりも珍しくて普通は飲めない代物だ。

 杯も新しくなり、雪花石膏アラバスタを削りだした優雅な品が手渡された。

 さっそくアベルも飲むように促される。

 口にしてみると味はまろやかなようで、かなり酒精が濃い。


「アベル。お前が立派な戦士であり今では哀れにも奴隷に身を窶したのは良く分かりました。

 貴方ばかりに話をさせるのは奴隷と王女とはいえ男女の掟に反します。わたくしのことも少しは教えてあげましょうか。といっても貴方ほどの波乱万丈な人生ではありませんから、ありきたりで退屈か、あるいは笑ってしまうようなものですけれど。その時は遠慮なく笑ってよくてよ。

 あれは……わたくしがまだ姫御であった十五歳のときのこと、父王様より戦場に赴き皇帝国と戦うかと問われたのです。わたくし、ハーディアのように物好きではありません。血と泥に塗れて、いずことも知れない辺土で戦うなど考えられもしないことです。

 そこで内政に尽くして王道国を繁栄させるため諸学科と政治学を熱心に学び準備をしていると申し上げたのです。それは本当の事でした。

 しかし、その翌年に父王は命じました。戦わないのであれば降嫁し、王家を安泰にせよと。もちろん断ることなど出来ません。そして夫となる相手は王道国名門五家のに数えられる、ドゥーレ家の当主マガウナド。先年に妻を亡くした男で年齢は五十歳でした」


 アベルは頷いた。

 十代半ばの少女に五十歳の夫。

 貴族ではそういう話がしばしばある。


「その時分のわたくしは自分で言うのも何ですが……王宮の華とも称えられた美姫だったのです。そうねぇ、今のハーディアに負けずとも劣らずと言わせていただこうかしら。自惚れではありませんけれど、男が呆然となって凝視してきたことなどあまりに日常の出来事でしたので、それがごく当たり前だと思っていてよ。

 まぁ、そのような優雅な暮らしも未婚の姫であったからのことです。全ては結婚という儀式を経て終いとなります。

 そうして、わたくしは当然のように初々しい花嫁となりました。新婚生活につきましては、なにしろまだ少女と呼んでも差し支えない年齢でありましたので、いささか過ぎた甘い期待していたのも事実とはいえ、マガウナドのわたくしに挑む姿はあまりにも必死で……かえってこちらは気持ちが冷めてしまったものです。だって十六歳の娘に老人が奮闘するのはやはりおかしくってよ」


 どうやら察するに、まるで期待外れの生活であったらしい。

 ランバニアは自分の杯を飲み干すと、アベルにもそうするように促してきた。

 合わせないわけにはいかないので素晴らしい芳香の酒を飲む。


 そうしてランバニアは姿勢を変えて話しを再開させたが、微妙に衣装が着崩れていく。おそろしく肉感的な太腿が露わになった。

 色香を放つ肢体がソファの上に横たわっていた。

 考えてみれば、こんな極上の女がすぐ傍に、あまりにも無防備でいるわけだった。


 アベルは気を取り直して周囲の雰囲気を読み取る。

 強かに酔わされているとはいえ、磨き抜かれた感覚。

 入口の方に、先ほどは感じられなかった人の臭い……隠されてはいるが誰かいるような気がした。 


「さて、マガウナドがわたくしを妻として望んだのは王族との誼を深めるために他なりません。それには婚姻だけではなく何を差し置いても子がいるのです。ところが、マガウナドの体質でもあったのか、どうにも芳しくありません。

 解決策として彼は妙な薬を飲みだすようになりました……。鹿の睾丸だとか珍しい人参だとかの精力剤を薬師に作らせては飲んでいたのです。

 ところが……なんとマガウナドが急死したのです」


 唐突な出来事にアベルは相槌も打てなかった。


「その日も朝からいつものように何やら薬を飲んでいたのですが、しばらくして胸が苦しいと呻いたのちに倒れて、心臓が止まってしまいましたの。手の施しようもなく、わたくしはそうして十七歳にして未亡人となりました。

 結局、子も授からず、ただの未亡人としてドゥーレ家に留まるのは嫌でしたから全ての相続権を放棄して再び王家に戻りました。たった一年で姫に戻ったというわけですね。もっともドゥーレ家の懇願と献金や様々な取り引きを経て成り立った婚姻でしたから、王家には恐ろしく利益になったことでした」


 ランバニア王女の話は続く。


「さて、わたくしは王家に関心はあっても、他の事には興味がありません。いよいよ父王の統治、政治に協力したいとお願いしました。その願いは聞き遂げられて二十歳まで様々な事業の指揮管理に携わったものですが、いよいよ政治というものが分かりかけたところで、やはり再び降嫁を命じられました。

 次の相手は新興貴族の雄と呼ばれ、王宮銀行の管理人を務めていたオステアノス家の当主ルジュです。アベルはご存じかしら?」

「いえ、申し訳ありませんが中央の事情にはまるで暗いのです」

「まあ! 教養や武術の心得があっても政治に無知では出世など出来はしませんよ。あの家は王道国でも有数の資産家でありましたが、家格は名門からずいぶんと落ちたものです。とはいえ二度目の結婚ともなりましたら仕方のないことと、わたくしはそう自分を納得させました。そして、なによりも父王の命令ですもの。従わないわけにはいきません。

 結婚式は類を見ないほど盛大を執り行われて、三日三晩に渡り、飲めや歌えやのお祭り騒ぎ。オステアノス家は魔獣界にほど近い植民半島の開拓を三代に渡って熱心に行った家です。無人の地を切り拓いた場合は税が非常に安いものですから、土地から手に入る莫大な利益はほとんどオステアノス家に転がり込む仕組みでしたの。

 父王はわたくしを降嫁させる条件としまして、その税の割合を一割から四割へと大幅に引き上げることを提案して、これを承諾させたのです。これにより王室の税収は増え、代わりにオステアノス家は家格を一気に上げることが出来ました。

 もっとも当主のルジュは奇しくもわたくしの亡夫マガウナドとそう違わない年齢でして、すでに四十九歳でした」


 ランバニアは話を区切り杯を傾けた。

 紅を刺した麗しい唇から滴が垂れる。

 アベルが知る限り、今現在でもランバニアは姫であったはずだ。

 ということは……。


「もしかすると、その方も……」

「ええ。その通りです。ルジュも死にました。もともと体が万全ではなかったのです。結婚してから一年も経たないうちに病に倒れました。いかなる手当ても虚しく亡くなったのです。

 そうしてまたもや同じように未亡人の座を断り王宮に舞い戻ったのですが、しばらくすると嫌な噂を立てられるようになったのです。つまりわたくしは、男の命を吸いとる淫婦ですとか、もっと酷いものになりますとイズファヤート王から暗殺を命じられていた、だとか……」


 口にはしなかったもののアベルはそんな疑いを掛けられるのも不思議ではないと感じた。

 イズファヤート王の残忍さ思えば、ありそうなことだ。


「ねぇ、アベル」

「はい」

「貴方、富や地位が欲しいのでしょう? だから父王様の要求に乗ったわけですね」


 ここで、違うとは言えなかった。

 憎悪を露わにさせたガイアケロンとハーディアを止める為であったと悟られてはならない。


「やはり黄金や豊かな土地を授けるとのお言葉には逆らえませんでした」


 ランバニアは飛び切り楽しそうに、それでいて優雅に笑って言う。


「素直でよろしくてよ。若い男はそうこなくては。アベル、いいこと。まだ機会は残されています。奴隷のまま一生を過ごすのはさぞかし悔しいことでしょう。ガイアケロンとハーディアに見出されたお前をこのまま捨て置くのは、あまりにも惜しい。

 わたくしの指示に従いなさい。父王様の傍で働けるようになります。頭角を現したものを父王は必ず拾い上げます。近衛将校も夢ではないわ」


 アベルは考える。

 このまま下級奴隷を続け、王宮という見ず知らずの場所で誰の協力もなしに上手く立ち回れるだろうかと。

 脳裏に蘇るガイアケロンの言葉。

 誰も信じるな……。


 だが、イズファヤート王に接近できれば、千載一遇の機会があり得るかもしれない。

 すなわち、王殺しの時。

 やれば確実に自分も殺される。

 破滅と快楽が混じり合い、想像しただけで背筋がざわついた。

 利用できるものはどんなものでも利用するしかない。


「アベル。まさか自分一人の力で出世が出来るなどと考えてはいないわね。今のお前は、何の後ろ盾もない奴隷に過ぎないのですよ」


 見透かしたような問いに肝が冷える。

 心中を隠して答える。


「その……。僕のような戦いしか知らない者がランバニア様に満足していただける働きができるか悩みました」

「なるほど。無理もない心配です。しかし、それは無用のことですよ。まずは、わたくしの言うとおりにすればよい。そうすれば全て上手く行く」


 ランバニアは一見したところさすが王族だけあって、溢れんばかりの気品に、なにより権力も感じさせた。

 ところが物言いは優しげなほどで、つい信じてしまいたくなるが……。

 何か隠された意図があるはずだ。

 

――このまま奴隷を続けていても、欲しいものは手に入らない。


 アベルは頷く。

 危険に飛び込まなくては、イズファヤート王に近づくことはできないのだ。

 命と欲望を天秤にかければ、欲望側に傾く愚かな男。

 自覚しつつも止まれない。


「荷運びのような仕事はさすがに飽き飽きしています。まずは王女様のお傍に仕えされてもらえますか」


 ランバニアは満足そうに、ひときわ美しい笑顔を浮かべた。


「貴方ぐらいの年頃をした奴隷が欲しかったのよ。少年と青年の境目は、言うなれば黎明の空のように微妙な変化に満ちているわ。若いときには何でも手に入れられるような気がして、本当に望みが叶う時もあります……」


 アベルは王宮という未知の世界に踏み込む自分を思い、暗澹たる気持ちになった。しかも、ランバニアはどうにも油断ならない。


「わたくしはそろそろ休みます。今日は楽しかったわ、アベル。お世辞ではなくてよ……。さぁ、お前はもう奴隷どもの寝床に戻らなくてよいのです」

 

 大理石と黄金、この世の富の全てが集まった王宮の奥にあの男がいる。

 イズファヤート王を殺す以外に目的など見出せななかった。


 


 

前話のあとがきにも書きましたが運営様より、・18歳未満の閲覧に不適切と判断される性描写が存在すること、訂正されない場合は作品を削除する、という通知がありました。

現在、一回目の改稿を行い、報告のメールはしてあります。


ただ、どのようにしても折り合いが付かないことや、私の都合もあり、改稿が不十分ということになると本作品は削除されることになります。

グランドデザインとしては、愛のテーマに沿ったものになっていると信じていたのですが、どうやらそうした問題ではないようです。


運営様がどれぐらい、わたしの表現を理解してくれるのか、全く分かりません。

四年ほど連載を続け、たくさんの人に応援してもらい残念の極みですが、運営様の指針ですので、どうにもなりません。


一応、カクヨムにアカウントはあるのですが、冒頭しか移行していませんので、ちょっとどうなるか不明です。

やるならバージョンアップしての掲載ということかな?


また、適切な年齢制限が行なわれない小説投稿が繰り返された場合ユーザID削除等のより厳しい対応を行なうこととなりますので、ご注意ください、ということですので、なろうで投稿を続けているうちにこのアカウントが突然、削除されることもありえます。


そういう現状ですので、今回をもちまして更新が無くなることもあるとお伝えしておきます。

約束はできませんが、よろしければカクヨムの方に動きがないか、見ていただければ幸いです。


それでは皆様、本当にありがとうございました。

どうか皆様の日々によきことがありますように。


※追記です。

現在は改稿が終わっており、運営様から許可は下りています。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054888930318


Twitter

https://twitter.com/Yx4JlsdxZVi3pOk

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ