兄弟の絆
ゼペスほどではないが、リオルグも正直弱い。俺にとってはどちらも大差はなく、五十歩百歩といったところだ。しかし、命がけで起源魔法を使った意気込みにおいては評価してやってもいいだろう。
ここは一つ、俺が魔法戦のなんたるかを教授してやるとしよう。たとえ、どんな小さな芽であっても目をかけてやるのが、始祖である俺の親心というものだろう。
「未熟にも程があるが、命を懸けるとはまあまあだ。その覚悟に免じて、貴様に一つチャンスをやろう」
俺はある場所を目指して歩きながら言った。
「チャンス……だと?」
「そうだ。こんなチャンスを……な」
俺が魔法陣を描いたのは、ゼペスの消し炭だ。その中心に手を突っ込み、ぐっとつかみ上げれば、ゼペスの体がそこに現れていた。ただし、<蘇生>のときとは異なり、その肉は腐っている。
「なんだ……この魔法……? この禍々しい魔力は、いったいなんだ……?」
「初めて見るか? これは、<腐死>という魔法だ。簡単に言えば、死人を腐死者として蘇生するものでな」
「馬鹿な……動いている、だと……死したまま、生者のように動くというのかっ……!? そんな……そんな魔法が……貴様、化け物かっ!?」
「なに、そんな大げさものでもない。実に易しい魔法だ」
のっそりと腐死者として蘇ったゼペスが、リオルグに向かって歩き出す。その目は暗く淀み、口からは涎が滴っている。
「ああ、あぁぁぁぁーっ!! 痛え……痛え痛え痛え……兄者……なぜ殺した……なぜ俺を殺した……兄者……なぜだ……」
「……来るな……亡者が……消えろっ!!」
迷いなくリオルグは<魔雷>をゼペスに放つ。
「うぜえなっ!!」
ゼペスに向かって放たれた黒い雷が、一瞬で黒い炎に包まれる。彼の<魔炎>によって燃やし尽くされたのだ。
「なんだと……!? ゼペスの<魔炎>ごときに、なぜ俺の<魔雷>が……」
「それが<腐死>だ。魔法をかけられた者は絶大な魔力を得る。その代償として、殺されたときに抱いた憎悪に身を焦がし、癒えぬ傷の痛みに苛まれることになるがな」
リオルグが眉根を寄せる。
「……ゼペスに俺を殺させる目的か……」
純血としての誇りを持ち、見下していた弟にやられたとあっては、これほどの屈辱はない。
リオルグは俺が彼をコケにするため、<腐死>を使ったと思ったのだろう。
「残念ながら、俺はそれほど悪趣味じゃない。チャンスだと言ったはずだ」
「……なにがチャンスだというのだ?」
「言ったはずだ。貴様は力をはき違えているとな。取るに足らぬと思い殺したゼペスも、腐死者となれば貴様よりも強い。まずは弟が役に立たないという考えを改めることだ」
リオルグはゼペスから慎重に距離を取りながらも、俺に言った。
「考えを改めたから、どうだというのだっ!?」
「皆まで言わないとわからないのか? 弟を認め、そして共に力を合わせて、俺に向かってこい」
「な……んだと……!?」
どうやら、相当驚いたと見える。俺が思うに、力を合わせるという概念のなかったリオルグは、弟に頼るという発想がなかったのだろう。
腐死者と化した彼をただの敵としか見られなかったに違いない。
「ふざけたことを抜かすな! 腐死者となった者は殺されたときの憎悪に身を焦がすと貴様が言ったのであろうっ!! 癒えぬ傷の痛みに苛まれると。そんな奴が正気を保てるわけがないっ!」
「ああ、そうだ。永遠に続く地獄の苦しみだ。死んだ方がよっぽどマシだろうな。しかし――」
リオルグが気がついていない事実を、突きつけるように俺は言った。
「それでも仲良くするのが兄弟というものだ」
「……な……!?」
「さあ。兄弟の絆を俺に見せてみろ。力を合わせ、二人で向かってこい」
「貴様……正気か……? 腐死者として生きるぐらいなら、殺してやるのがせめてもの情けではないのかっ?」
「そんなものは自分が楽な方に逃げているだけだ。信じてみろ。兄弟の絆を。立場だのなんだのを気にせず、兄として、弟として、過ごしたときがお前たちにもあったはずだ」
リオルグは顔をしかめながらも唸った。
ふむ。そんな時期はないとでも言わんばかりだな。
「憎い……憎い……殺す……殺す……殺す……!!」
ゼペスが譫言のように呟きながら、手に漆黒の炎を召喚する。
「あああぁ……あぁぁぁぁーっ、痛え、痛え、痛え……殺す……殺す……殺してやるぅぅっ……!!」
ゼペスの恨みが燃えるように、彼の手の中の<魔炎>が激しく燃え盛る。あれをまともに食らえば、リオルグの命はないだろう。
「さあ、どうする? 仲直りするしかないぞ」
ここまで追い込めば、兄弟の絆が目覚めるはずだ、と俺は思った。
「……残念だが、私とアレが兄弟らしくしたことなど一度もない」
「甘ったれたことを言うな! だったら、今から仲良くすればいい。憎しみなど力尽くで晴らしてみせろ。さあ、呼べ。弟の名を。一瞬で心を通わせろ。今すぐ兄弟の絆を発揮しなければ、死ぬぞ!」
「あああああああああああああぁぁぁぁ、死ねえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
巨大な火の玉と化した<魔炎>が、リオルグめがけ、今にも放たれようとしている。
だが、俺は知っている。兄弟の絆がなによりも強いことを。神話の時代、腐死者と化してでも、兄や弟を守ろうとした魔族たちがいたことを。
時代が進み、魔族は弱くなったのかもしれない。
魔法術式は低次元に成り果て、魔法は退化したかもしれない。
しかし、兄弟の絆は変わるものではない。
「呼べと言ってるだろうがっ!!」
その瞬間、リオルグは意を決したように叫んだ。
「うおおおぉぉ、ぜ、ゼペェェェェェェェェェェェェェェェェスッ!!」
<魔炎>はまっすぐリオルグのもとへ向かい、そして、彼はあっけなく黒い炎に身を包まれた。
「ぐあああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
リオルグは消し炭と化してしまった。
「ふむ」
この時代の兄弟の絆は、こんなものか。