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宣戦布告


 アヴォス・ディルヘヴィアと七魔皇老たちが去った後、ガイラディーテの兵士たちは負傷者の救護と今回の事態を報告するのに大わらわといった様子だった。


 先程のディエゴの企みに加え、暴虐の魔王が霊神人剣を奪取したとなれば、ただ事ではすむまい。

 俺は一度宿舎の様子を見に行くことにした。


 途中でガイラディーテの街をちらりと見てみたが、平時と比べどこか騒がしい。兵士たちが走り回っている姿を見かけた。


 目的地にやってくれば、辺りは騒然としていた。

 ガイラディーテの兵士たちが勇者学院の第三宿舎を取り囲んでいるのだ。


 宿舎に予め仕掛けられていたのだろう。聖水を使った魔法の結界が張られている。その外には三〇〇名ほどの兵士が蟻一匹通さぬよう警戒に当たっている。


 アヴォス・ディルヘヴィアのことがあったにせよ、動きが早すぎる。

 予め準備をしていたといったところか。聖剣が奪われなくとも、行く行くはこうするつもりだったのだろう。


「これはなんの真似っ!?」


 責任者らしき兵士に、メノウが詰め寄っている。

 二人の間は結界によって隔てられている。


「大人しくしてさえいれば、身の安全は保証します」


「ふざけないでっ。学院交流に訪れた生徒を監禁するなんて正気とは思えないわっ。デルゾゲードだけの問題じゃ済まないわよっ」


 兵士は答えず、ただ油断ない視線をメノウに向けるばかりだ。

 彼らはガイラディーテの軍人だ。命令に従うだけで、詳細など聞かされてはいまい。


「誰の命令よっ?」


「お答えできません」


 兵士はその場から離れようとする。


「待ちなさいっ!」


 メノウが手を伸ばすが、魔法結界がそれを阻む。バチバチと音を立て、結界が彼女の指を焼いた。


「ご安心ください。外出の生徒がお戻りになった場合は、私が責任を持って、中に入れるようにいたします」


 生真面目な口調で兵士が言う。

 やれやれ、物々しいことだな。


「通してくれるか?」


 俺が兵士に声をかけると、彼らは血相を変えた。


「ま、魔王学院の生徒一名を発見しました! 特例対象者、あっ、アノス・ヴォルディゴードですっ! 繰り返します、アノス・ヴォルディゴードが第三宿舎前に姿を現しましたっ! 捜索隊は至急応援をっ!!」


 兵士たちは俺を警戒するように皆、結界の内側へ後退した。


 ふむ。神殿にいた兵士は俺の顔を知らぬようだったが、こいつらは違うようだな。


「そんなに脅えずとも、貴様ら傀儡と戦うつもりはない」


「油断するなっ! 全員結界の内側で備えろ。そうそう中には入ってこれ――」


 結界の内側へ足を踏み出す。

 聖なる魔法が俺を焼こうとするが、反魔法がそれを阻み、俺は悠々と中へ入った。


「なっ……ん、だと……?」


「け、結界を超えられましたっ!!」


 驚愕したように兵士は声を上げる。


「……あれだけの聖水を使った魔法結界を意にも介さないとは、報告以上の化け物ではないかっ……!? 上はどうやってあんな奴を押さえておけと言うんだ……」


「泣き言を言うなっ。できるできないにかかわらず、我々は任務を真っ当するのみだっ!」


「……は、了解っ!」


 なにやら喜劇じみたやりとりを交わす兵士たちをよそに、俺はまっすぐメノウのもとへ歩いていく。

 波が引くように、さーっと兵士たちは俺の前の道を空けた。


「……アノス君……これ、どういうことか、わかる?」


 メノウが俺に尋ねる。


「ああ。信じるかはお前次第だが」


 と、そのとき、宿舎からリーベストが顔を出した。


「メノウ先生っ。中に来てください。魔法放送で、ディエゴ学院長が……」


 メノウと顔を見合わせる。

 俺はうなずき、二人で宿舎の中へ入った。


 大勢がくつろぐために設けられた大広間には、魔法放送用の大きな映像水晶がある。そこにディエゴの姿が映っていた。場所はアルクランイスカの玉座のようだ。


「アゼシオンの民へ告ぐ。私は勇者学院アルクランイスカの学院長、ディエゴ・カノン・イジェイシカ。本日、アゼシオン全土の全ての魔法放送を中止し、こうして私が話しかけているのは他でもない。このアゼシオンに生きる皆に、どうしても伝えておかねばならぬことができたのだ」


 一瞬、間を作り、厳かな口調でディエゴは言った。


「深き暗黒が訪れた」


 彼の表情は深刻そのもので、これから死地へ向かう戦士のそれを連想させる。


「勇者学院に極秘にて奉られていた、伝説の聖剣。霊神人剣エヴァンスマナが持ち去られてしまった。魔族の国ディルヘイドの代表たる七魔皇老メドイン・ガーサ、ゾロ・アンガート、エルドラ・ザイアの三名。そして、二千年の時を経て、彼の地に復活した深き暗黒――暴虐の魔王の手によって!!」


 大広間がざわめき立った。

 皇族派の連中を中心に、放送に対して口々に文句を言っている。


「二千年前、我らの祖先、伝説の勇者カノンは卑劣非道なる魔族と戦い、これに打ち勝った。長きに渡り、壁の向こうに閉じ込められた魔族たちは、壁が消えた後も我々を襲ってくることはなかった。私は彼らが自らの過ちを反省しているのだと思った。ならば、過去の遺恨を忘れ、魔族に許しを与えようと思った。そして学院交流というの名の救済を与えるべく、彼らに手を差し伸べた。これからの時代は共に助け合い、生きていこうというメッセージであったのだ」


 ディエゴは悔しそうな表情を浮かべる。

 拳を固く握りしめ、勢いよく振り下ろした。


「それを、奴らは卑劣な手段で裏切ったのだっ!! 我らの守り神であり、これまで人知れずこの地を守護してきた霊神人剣を持ち去った。これがなにを意味するか、今更言うまでもないだろうっ! 魔族どもはこのアゼシオンに攻め入ってくるつもりなのだっ!! そうでなければ、霊神人剣を盗む必要などないっ!!」


 正義は我にあると言わんばかりにディエゴは高らかに声を上げた。


「だが、案ずることはないっ! ガイラディーテ王の許可を賜り、私はこのガイラディーテにかつて魔王を打倒した、ガイラディーテ魔王討伐軍を再び結成することを宣言するっ!! そして、我らが祖先の誇りとも言うべき霊神人剣を持ち去ったディルヘイドに正義の鉄槌を下すべく、今日この場を持って卑しき奴らへ宣戦布告するっ!!!」


 玉座の間にいる兵士たちが、賛同するように大きな声を上げた。


「皆も知っているだろう。アゼシオンには遙か昔から語り継がれてきた口伝がある。やがて、深き暗黒が再びアゼシオンを飲み込む。だが、恐れることはない。希望と共に祈りを捧げよ。我らが伝説の勇者に。されば、彼の者の再来が現れ、希望の光でその暗黒を晴らすであろう」


 緩急をつけるように、静かにディエゴは言う。


「我が名はディエゴ・カノン・イジェイシカ。伝説の勇者カノンの末裔にして、その生まれ変わりであるっ! すでにアゼシオン各地にいる勇者学院の卒業生たちは、このガイラディーテに呼び戻した。明日にも、遠征の準備は調うだろう」


 どれだけ魔法を駆使したとしても準備が早すぎる。

 予め戦争しようとしていたとしか思えぬが、殆どの人間はそんなことは気にはすまい。


 戦火に巻き込まれるまでは、実感などないものだからな。

 せいぜい我が身を案ずるのに精一杯だろう。


「正義は我にありっ! ガイラディーテ魔王討伐軍に勝利をっ!!」


 うおおぉぉぉっ!! と兵士たちが声を上げる。


「愚かな魔族に天の裁きをっ! 我々勇者に勝利をっ!!」


 うおおおぉぉぉっ!! と兵士たちが再び声を上げた。


 それを見ていた魔王学院の生徒たちがぼそっと呟く。


「なに言ってやがんだ、こいつら……。正気か? 本当に戦争なんかするつもりかよ……」


「ああ、頭おかしいんじゃねえか……?」


 無理もない意見だろう。

 しかし、脅えている者も少なくはない。


 なにせ本当にディルヘイドとアゼシオンで戦争するなら、敵国に捕らえられたことになるのだからな。


 と、そのとき、俺宛の<思念通信リークス>が届いた。


「聞こえる?」


 ミーシャの声だ。


「ああ。放送を聞いたか?」


「ん。アノスはどこにいる?」


「第三宿舎だ。兵士たちが取り囲み、生徒を捕らえている。ここには戻らぬ方がいい。外にいる兵士たちも魔王学院の生徒を捕らえようとしているはずだ。気をつけろ」


「大丈夫」


 まあ、人間の兵士にミーシャを捕らえるのは不可能だろう。


「他の者は一緒か?」


「サーシャは一緒。他の人は別行動」


 確か祭りに行くという話だったか。


「<思念妨害エドロ>の魔法が使われていて、<思念通信リークス>が安定しない。レイたちと通信するのは難しい」


 レイは魔法が苦手だ。ミサは元々魔力が弱い。

 二人とも<思念妨害エドロ>が使われている状態で、<思念通信リークス>の送受信は難しいだろう。


「まあ、レイとミサは一緒にいるだろう。放っておいても問題あるまい。先にファンユニオンを捜せ」


「わかった」


 そのとき、別の<思念通信リークス>が俺に届いた。


「またなにかあったら連絡しろ」


「ん」


 ミーシャとの<思念通信リークス>を終え、もう一つの<思念通信リークス>に応答する。ディルヘイドからだ。


「どうした、メルヘイス?」


「厄介なことになりました」


 <思念通信リークス>の魔法を通じ、<遠隔透視リムネト>が送られてくる。俺はそれを目の前に映した。


「余はアヴォス・ディルヘヴィア」


 あの仮面の魔族がそこにいた。

 傍らには七魔皇老メドイン・ガーサ、ゾロ・アンガート、エルドラ・ザイアがいる。三人はアヴォス・ディルヘヴィアに忠誠を示すよう、跪いている。


「どういうことだ?」


「ディルヘイド全土に放送されております。メドイン、ゾロ、エルドラが、暴虐の魔王の生まれ変わりを発見したと発表したところでございます」


 七魔皇老にそう言われれば信じざるを得まい。


「子孫たちよ。余は帰ってきた」


 力強くアヴォス・ディルヘヴィアは声を発する。


「二千年前、余は大戦を終わらせるため、この身を犠牲にし、世界を四つに隔てた。それこそが平和への最善の策であり、そして人間を滅ぼさぬ余の慈悲でもあった」


 メドインが<遠隔透視リムネト>の魔法を使う。

 映し出されたのは、つい先刻アゼシオンで流された魔法放送だ。


 ディエゴの演説がディルヘイド全土に伝わっていく。

 やがて、それが終わると仮面の男は言った。


「奴らは余を滅ぼすための霊神人剣を今日まで伝えてきたのだ。この平和な世で、魔族を殺す技を練り、勇者学院という名目で軍備を増強してきた。そなたらは戦いを忘れた。人間への恨みを忘れたであろう。だが、この二千年間、人間は変わらなかったのだ」


 淡々と告げる事実は、けれどもある種の重さを伴う。


「余が間違っていた。千年経とうと、二千年経とうと、人の本性は変わりはせん。奴らは自らと違うものを恐れ、差別し、殺す。醜く、愚かで、救いようがないほど醜悪だ」


 アヴォス・ディルヘヴィアは右手を掲げる。


「二千年前の過ちを、精算するべきときが来た。余の元へ集え、強者つわものどもよ。そなたらの命、この背中に預けるよい」


 仮面の男の掲げた右手に神々しい光が集う。

 それは霊神人剣エヴァンスマナと化した。


「奴らの最大の武器、余を滅ぼすために生み出されたエヴァンスマナはこの手にある。恐るることはなにもない。すべてを委ねよ、我が子孫よ。ならば、すべての生を守り、すべての誓いを果たさん。余と共に戦場を駆け、愚かな人間どもを滅ぼすのだっ!」


 匂いがした。


 かつて嗅いだ、血なまぐさい匂いだ。

 戦いが、始まろうとしていた。


 二千年前、確かに俺が避けたはずの、最後の大戦が――



いよいよ三章もクライマックスに向かい、物語が大きく動き始めましたっ。

ディルヘイドとアゼシオンの戦争、アノスが黙って見ているとは思えませんね。



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― 新着の感想 ―
[一言] つまりこれカノンか。
[一言] 前話までだけど勇者がかわいそすぎて泣いた
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