―30― 異質
「これで僕の生徒会入は決まりですね」
バブロ・スアレスは生徒会の面々のほうに振り向いて、そう口にした。
「ああ、そうだ。流石Aクラスだな。圧倒的だった」
副会長のガルブ・ガルボーが称賛する。
パブロは〈氷の槍〉を二発受けたが、それは〈消去〉という上級魔術に挑戦し失敗したからだ。
その後の戦いはバブロが圧倒的でアベルは成すすべもなくやられたという印象だ。
「誰か、アベルの救出と治癒魔術を。それとバブロにも治癒魔術をかけてやれ」
ガルブは他の生徒会メンバーに指示を出す。
アベルは校舎の壁に衝突し、瓦礫に体が埋まっている状態だ。
死んではいないと思うが、救出をしなくては。
「アベルは大した男ではありませんでしたね」
ガルブは思ったことを口にする。
使った魔術は氷系統の基礎魔術ばかり。
あれでは平凡以下だ。
「会長も考え直すきっかけになったのでは。アベルなんて男を生徒会に入れるよりバブロのほうが断然いいと思いますよ」
そう会長に話しかける。が、おかしい。
反応がない。
「会長っ!」
いつもより大きな声を意識して話しかけて、やっと、
「え――?」
会長は我に返ったとばかりに反応した。
「なんか、言いましたか……?」
「ええ、ですからアベルは大した男ではないかと。やはり会長の見込み違いでしたね」
「そ、そうかもしれませんね……」
「……? 会長、大丈夫ですか?」
やはり、さっきから会長の様子がどこかおかしい。
「……副会長、後のことは任せます。わたくしはなんだか疲れたみたいなので、今日はもう休みますね」
「わ、わかりました」
やはりどこか具合が悪かったのだろうか。
ついさっきまでそんな様子は欠片もなかったが。
そんな副会長の心配を他所に、会長は一人で帰ってしまった。
◆
プラム魔術学院3年A組、ユーディット・バルツァー。
学業優秀であり、面倒見のよい性格も合わさって生徒会長を務めている。
生まれつき他人より魔力感知に優れ、それを生かした使役魔術が得意。
そんな彼女だから気がついてしまった。
(なに、あれ……?)
アベルとバブロの戦闘。
受験時に見せたアベルの不可解な魔術をまた見れたらいいな、と楽しみにしていた。
だが、実際に目にしたのは――
「〈氷の槍〉なのに〈氷の槍〉じゃない……?」
自分でもなにを言っているかよくわからない。
アベルの放った魔術、〈氷の槍〉はどこからどう見ても基礎魔術の〈氷の槍〉に思えた。
そしてバブロの放った〈消去〉。ユーディットの目からは魔術構築に間違いは見当たらなかった。
なのに〈氷の槍〉が消える気配がなかった。
意味がわからない。
ユーディットはアベルの放った二度目の〈氷の槍〉を注意深く観察した。
そして気がつく。
アベルの魔法陣が通常の魔法陣と根幹からして、かけ離れていることに。
魔法陣の持つ情報量はあまりにも膨大だ。
見ただけは、ただ記号や文字が無作為に乱立しているようにしか見えない。
また、同じ魔術でもその人の魔力の性質によって魔法陣を大きく変える必要があるのと、人によっては魔術を盗まれないように魔法陣をより秘匿性の高いものに書き換えるものもいる。
以上のことから、魔法陣を見たところで、それがどのように構築されているのかわからないようになっている。
だから、あの場ではユーディットだけが気がついた。
アベルの放った〈氷の槍〉が通常と大きく違うことに。
(どうなっているの……?)
ユーディットは混乱していた。
アベルの魔術が通常と違うことに気がついても、それがどう違うのかまではわからない。
ただひたすら理解不能。
全く意味をなしてない暗号文を見せられた気分だ。
ユーディットは今まで、自分より才能がある魔術師をたくさん見てきたし、自分では理解できそうにない魔術もたくさん見てきた。
けど、こんな感情を彼らには感じなかった。
――異質。
それがアベルに感じたユーディットの評価だった。
「なんとしてでも彼を手に入れたいわね」
それがアベルに対して抱いたユーディットの率直な思いだった。