桜の国チェリンと七聖剣【百七十七】
リゼは足元に転がるバッカスの愛刀を拾い、それを見晴らしのいい丘へ突き立てた。
「まったく……。やりたい放題に暴れ倒して、最後の最後まで自分の筋を貫き通し、大笑いしながらあの世へ逝く。ほんま、無茶苦茶な爺さんやったわ」
リゼは着物の懐から、一本の酒瓶を取り出した。
それは桜の国チェリンの地酒――バッカスが好んで呑む一本だ。
「ん……ふぅ……っ」
彼女はそれを半分ほど呑み干し、残りの半分をバッカスの愛刀にトプトプと注ぐ。
「あんたは真っ直ぐやから、うちとはまったく馬が合わんかったけど……。妹を助けてもろた件は、ほんまに感謝しとる。……ありがとうな」
空になった酒瓶を地面に置き、心からの謝意を告げた。
「――クラウン。後でこの無人島を買うといて、それからバッカスに見合う豪勢な墓も忘れんでや」
「了解っす。ちなみに……フォンの遺体はどうしますか?」
「それは腐らんよう早めに処理せなあかんから、こっちで回収しとくわ。――おーい、運んでって!」
リゼがパンパンと手を打ち鳴らせば――黒服の集団がすぐさま駆け付け、手際よくフォンの遺体を回収。深く一礼した後、どこかへ消え去った。
「ほなな、バッカス。また気が向いたら、愚痴でもこぼしに来るさかい、そんときは聞いたってや。――ふふっ、安心しぃ。ちゃんと酒と肴は持って来るわ」
リゼはひらひらと手を振り、バッカスの愛刀に背を向ける。
「さて、と……せっかく桜の国チェリンまで来たんや。みんなで観光でもしていこか!」
「おぉ、それは名案っすね! それじゃまずは、『桜物』でも買いましょうか!」
「せやな。『旅の恥は掻き捨て』言うし……今日は童心に帰って、思いっ切り楽しもうや!」
リゼとクラウンが盛り上がる一方、ディールはげっそりとした表情を浮かべている。
「あの、リゼの姉さん……? あっし、つい先ほどまでアレンの旦那に殺され掛けていたんですが……?」
「あー、それなら問題ないわ。――クラウン、あれ出しぃ」
「はいな!」
クラウンは懐から青白い丸薬を取り出し、それをディールへ手渡した。
「ボクが新たに開発した『第三世代の霊晶丸』っす! なんとこれは従来の即時回復効果に加え、霊力もそこそこ回復できるうえ、課題であった魂装の安定性もググッと向上させた超優れモノ! いやぁ、我ながらいい仕事をしましたね! ――ささっ、ディールさん、ゴクッといってください!」
「あの……念のために聞いておきやすが、副作用のほどは……?」
「あー、それは……まぁ……たまに死ぬぐらいっすね」
「そりゃまた、えらく重篤なものですねぇ……」
ディールは苦笑いを浮かべながら、手元の丸薬を転がした。
「ま、まぁ、基本的には大丈夫っす! それに万が一のことがあったとしても、ディールさんなら<九首の毒龍>の能力で、なんとでもできますよね?」
「まっ、それもそうですねぇ」
もしも強烈な副作用が出た場合は、『霊晶丸の成分を中和する猛毒』を体内に充満させれば問題ない。
そう判断した彼は、青白い丸薬をガリッと噛み砕く。
「……おっ、こりゃ確かに効きやすねぇ……!」
アレンに散々痛めつけられ、ほとんど霊力が底を突きかけていたディールだが……。
第三世代の霊晶丸の効果により、通常戦闘に耐え得る程度には回復できた。
「効くでしょう? 凄いでしょう? とてつもない進化でしょう!? いやぁ、これ作るのほんと大変だったんすよぉ~。バレル陛下に直訴して、晴れの国ダグリオで採れた良質な霊晶石をゆずっていただきつつ、実験体を融通してもらえるよう各方面に折衝して――」
自分の『最新作』を褒められたクラウンは、マッドサイエンティスト特有の早口で捲し立て――見かねたリゼが「待った」を掛ける。
「こらこら、そのへんにしときぃ。ちょっと熱が入りすぎや。ディールが困っとるやろうに」
「あっ、す、すみません……。ついつい、自分の世界に入り過ぎちゃったみたいっす……っ」
「いえいえ、気にせんでくださいなぁ。クラウンの旦那の発明品にゃ、いろいろと助けられていますから。あっしなんかでよければ、いつでも話し相手になりやすよ」
そうして話が一段落したところで、リゼがパンと手を打ち鳴らす。
「――よっしゃ、そろそろ行こか! まずは桜物を買わなな!」
「了解っす!」
「リゼの姉さんと一緒に観光できるなんて、あっしは本当に果報者でさぁ」
その後、リゼはお洒落な桜模様の扇子・ディールは桜吹雪の描かれた徳利・クラウンは桜デザインの帽子――それぞれ思い思いの桜物を購入した三人は、人混みの中を練り歩く。
「ほんで……直接剣を交えた感想はどないや? ――あっ、おっちゃん、『桜たこ焼き』一舟ちょうだい! ソースは多めにかけたってや!」
「いやぁ、本当に強かったですねぇ……。もうあっしなんかじゃ、手も足も出やせん。体もだいぶと近付いているようですし、封印もかなり緩んでいやした。――露店の旦那ぁ、あっしも姉さんと同じものを一つお願いしやす」
「後は『ロードル家の闇』を操れるようになれば、『七聖剣』を相手にしても後れは取らないっすね! ――ボク猫舌なんで、ちょっとあっちで『桜焼きそば』買ってきます!」
「今のところは順調に進んどるが……はふはふっ……油断は禁物や。なんや『本家』の方が――ダリア=ロードルが不審な動きを見せとる。さすがに間に合わん思うけど、あの一族は不思議な力を持っとるさかいな。――うん、これえぇ味しとるな! 濃い口のソースがたまらんわ! 後は……時の仙人の動きにも注視しとかなあかんし、まだまだ気を抜くことはできん。――よし、次は『桜の雫』に行こか! あそこの温泉は、世界でも三本の指に入るんや!」
裏社会に生きる三人は、まるで観光客のような軽い足取りで、桜の国チェリンを満喫するのだった。
仲良しこよしの三人組のエピソードでした!
次回は桜の国チェリンを脱出したアレンたち視点で物語が始まります!
次回更新予定:10月1日(木)午前11:00ごろ――お楽しみに!