桜の国チェリンと七聖剣【百七十六】
「さて、これで『裏切り者』の粛清も完了。フォンの遺体を手土産にすれば、うちのことを疑っとる五大国も聖騎士協会も、なぁんも文句を言われへん。世界には平和が戻りました、とさ」
リゼはパンと手を打ち鳴らし、いつもの柔らかい笑みを浮かべた。
「裏切り者って、どの口が言うんすかねぇ……」
クラウンはどこか呆れたように苦笑し、
「リゼの姉さんに逆らった愚か者こそが、裏切り者なんでさぁ」
忠臣であるディールは、ただコクコクと頷いた。
「しっかし――バッカス、やっぱりあんたは強いなぁ……。病さえなければ、そう思わずにおれんわ……」
今はなき億年桜に目を向けながら、リゼにしては珍しく感慨の籠った言葉を漏らす。
「……く、クラウンの旦那、クラウンの旦那……っ」
その光景を目にしたディールは、クラウンの服の裾をクイクイと引き、小さな声で耳打ちをした。
「リゼの姉さんが、何やら随分と物憂げなご様子なんですが……。バッカスの旦那とは、何かご縁でもあったんですかぃ……?」
「んー……そのあたりは、ボクもあまり詳しく知らないんすよねぇ。なにせあの人は、ほとんど過去を語りませんから」
「そ、そうですかぃ……」
リゼとバッカスの間になんらしかの利害関係があったら、二人が昔からの旧友であったらのならば……自分はとんでもない狼藉を働いてしまったのではないか。
そう考えたディールは、顔を真っ青に染める。
「あ、あの……姉さん? もしかして、あっし……余計なことをやっちまいやしたか……?」
「いいや、なんも気にせんでええよ。あの阿呆とは、ただの腐れ縁やさかいな」
リゼが優しく微笑んだことで、ディールはホッと安堵の息をこぼす。
「それに……あの場で唯一、バッカスはこっちの存在に気付いとった。ただ――あの男は、ほんまもんの『ド阿呆』やからな……。うちの助太刀なんか、必要としてへんかったやんや」
激しい戦闘の最中、コンマ一秒にも満たない刹那、リゼとバッカスはしっかりと目が合っていた。
彼はそのとき、獰猛な笑みを浮かべながら、わずかに首を横へ振ったのだ。
――これは儂の戦い、つまらぬ手出しは無用。
無言のメッセージを受け取ったリゼは、発動寸前だった魂装<枯傘衰>を引っ込め、バッカスの最期を看取ることにした。
「それに第一、あの体は……もうあかん。幻霊<生命の樹>の力をもってしても、全く支えが効いとらんかった。もし今日この戦いがなかったとしても、もって数日の命……。まぁこれについては、本人が一番よぅわかっとったみたいや。だからこそ、バッカスは自分で死場を選び、次の時代に全てを託したんや」
次回更新予定:9月24日午前11:00。すなわち一週間後。
最近、やけに筆の乗りがいいのは……何故だろうか?