桜の国チェリンと七聖剣【百七十五】
「くそ、やられた……っ。バッカス=バレンシア、敵ながらなんという男だ……ッ」
フォンは怒りに身を震わせながら、奥歯を強く噛み締めた。
「……旦那ぁ、これからいったいどうしやしょう……。さすがに今から追っても、間に合う距離じゃありませんよ?」
「アレン=ロードルだけは、いかなる手段を用いても、可及的速やかに殺さなければならない……ッ。だが、奴はこの戦いで深く傷付き、生と死の境を闊歩した。ゼオンとの結び付きが強固になったうえ、ロードル家の封印が弱まったことも間違いない。……次に会うときは、もはや私一人の手に負えんだろう。――今はとにかく、帝都へ帰還するぞ。バレルには、いくつか問いたださねばならないことがある」
フォンが次の行動方針を示したそのとき、
「――なんや、随分と怖い顔をしとるなぁ。せっかくの男前が台無しやで……なぁ、フォン?」
背後から涼しげな女性の声が響いた。
「……『血狐』リゼ=ドーラハイン……。そっちの男は確か、『奇人』クラウン=ジェスターか」
「うんうん、元気そうで何よりやわぁ。最後に会うたのは、ベリオス城でバレルと会談をしとったときやから……ちょうど一年ぶりくらいか?」
「お初に御目にかかります。いやぁ、それにしても嬉しいなぁ! ボクなんかの名前を知ってくれているなんて……光栄の至りっす!」
リゼとクラウンは相も変わらず、飄々とした様子を崩さない。
「……私にいったいなんのようだ? 生憎だが、今はとても忙しい。何か用件があるのなら手短にしてくれ」
「んー、そうやねぇ……。『口封じ』、言うたらわかってくらはるかな?」
「……ッ!? 貴様、やはりアレン=ロードルの正体、を……?」
フォンが素早く戦闘体勢を取ったその瞬間――彼の腹部から毒剣ヒドラが飛び出した。
「ディー、ル……? 貴様、何故……!?」
「すいやせんねぇ、フォンの旦那ぁ……。あっしは元々、リゼの姉さん派閥なんでさぁ」
細胞を殺す猛毒が、フォンの体を駆け巡り、その悉くを破壊していく。
「ぐっ、浄罪の白くじ、ら……っ」
フォンの意思に反して、砂鯨はボロボロと崩壊していき――十秒と経たずして、彼は物言わぬ肉塊と成り果てた。
本来ならば、これが正しい。
真装<九首の毒龍>の猛毒を食らって、あれだけ自由に動き回れたアレン=ロードルこそが異常なのだ。